へっぶしんのニュースや日記

格差社会に疑問を感じながら日々を過ごしています。 まともに働いても給料が減り続けるので、副業で投資をして資産を築こうと株と投資信託、FXをしています。 趣味の読書とアイネット証券のループイフダンの日々の成績について書いていきます。

読書?

〜食べることもままならない貧困層が出現した国、日本〜 『年収100万円で生きる』(吉川ばんび)を読んで




 へっぶしんです。さぼり病がなおらずに、前回の更新がいつだったかを思い出せ中くなってしまっています^^;

 世間はコロナ禍で大変なことになっていますね^^;

 そのような中で、顧客の契約数が前年を下回る苦しい状況ながら、私の会社は元気に営業しています。電車に乗るのが苦痛で仕方がありませんが、夫婦そろって収入が変わっていないという状況に感謝しなければいけないという恐ろしい状況になっています。

 以前、階級社会の話で、リーマンショックなどで職を失ったのは低学歴層が多いという事実を書いた気がします。参照している記事が違ったら申し訳ありません。

 その後もちょこちょこ本を読み続けていますが、生まれた家庭がその後の人生を大きく左右する世の中だとういう事実を確信するばかりです。

 そして、能天気にブログを書いていられる自分の生まれた環境に感謝する日々を送っています^^;


 今回のコロナ禍で仕事を失った人、生活できないレベルの減収に陥った人は、対面でしか営業できないサービス業が多いそうです。たとえば、飲食店や理髪店などは、家賃が支払えなくなり廃業に追い込まれる店が多いようです。

 それ以前に、以前から貧困に陥っており、年収が100万円前後で、足を延ばして寝ることもできず、栄養状態が悪化して体調を崩して、さらに働けなくなっている層が、日本に存在するようです。貧困の話は何度かかいていますが、その実態のルポです。


 筆者自身も、阪神・淡路大震災で家を失ったことをきっかけに家庭が崩壊し、貧困の状況から這い上がったひとりで、大学の奨学金の返済、家への仕送り、ブラック企業で体力を削られて精神を病むという経験をしています。

 私立の大学を当たり前のように出してもらっている人間にとっては、にわかには信じがたいエピソードです。しかし、就職氷河期の経験で重なる部分もあり、ブラックな職場ということには共感を得られる部分もありました。

 私自身も、朝の8:30から夜中の23:00まで働き、通勤が片道1時間半かかったことがあり、2か月しか持たず、3か月目からは目に見えて遅刻が増え、体調不良が多くなり、有休を使い果たした経験があります。現在の有休が余って、使い方を知りたい等状況とは全く違う、過酷な日々を過ごしたことを思い出してしましました。


 さて、マック難民という言葉をご存知でしょうか。住むところを追われて、日雇いの仕事をして、24時間営業のマックで睡眠をとるという人が存在するようです。その方のそれまでの人生が簡単に書かれています。また、道の駅の駐車場で、車上生活をするひともいるようです。いずれもスマホで日雇いの仕事を探しながら、都市の中で放浪するような生活を送っています。


 いずれ、行き倒れになる人を横目に通勤する日が来るのではないかと、怖くなってしまいます。




 コロナ禍での政府の対応の遅さは、政治家や公務員が、自営業・フリーランスの人たち、資金力のない中小企業に勤めていて、仕事を失った人たちの温度感がわからないということに起因していると言われています。

 総理大臣自信が、祖父・祖父の弟が総理大臣、父親が外務大臣という家で生まれ育ち、小学校から私立だったために、一般の感覚を持った人と過ごしたことがない人のようです。そんな人がいくら、「国民の生命と財産を守ります」と言っても、言っていることとやっていることが一致しないのは当然でしょう。

 それは、アメリカでも同様でしょう。食うや食わずやという、命をつなぐのにギリギリの生活をしている人が、日本でも増えつつあるようです。




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〜ネトウヨ現象は欧米でも見られる〜 『朝日ぎらい』(橘玲)、『貧困と愛国』(雨宮処凛、佐高信)を読んで



 へっぶしんです。今年は暖冬で、早朝から1時間強も立ちっぱなしという過酷な業務が、そんなに辛くなくて拍子抜けしてしまいました。ただ、睡眠時間をきちんととれない状況が何日かあり、どうにか乗り切りました^^;1回寝坊してしまいましたが。。。

 私が勤めている会社では、人事異動が3月にあります。毎年のように少しずつ異動があり、今年も動きます。職場の環境が少しでもいい方向に行ってくれることを祈る日々です^^;


 ネトウヨに関して情報を集めている方々は、周知の事実かもしれませんが、彼らは低所得な場合が多いです。日本の最貧困層ではありませんが、社会的なポジションを外国人に奪われる危機に瀕している方々です。そうでないという指摘もあり、ネトウヨを増産するような出版物を買う購買力があるので、中産階級が主力だと主張している方がたもいらっしゃいます。

 しかし、朝日ぎらい よりよい世界のためのリベラル進化論 (朝日新書) [ 橘玲 ]では、アメリカにおいてはプアホワイトが、ヨーロッパでは移民に仕事を奪われた若者が、日本のネトウヨと同じような排外主義的なネット活動や行動をしているようです。

 アメリカのプアホワイトは、デトロイトなどの自動車工場で働いていたが、工場の閉鎖や縮小で仕事を失ったり、収入が減ったりしている白人のことです。アメリカでは、黒人の社会的地位や収入が低いので、大学入学で黒人が有利になるようにするアファーマティブアクションという黒人優遇政策がとられています。しかし社会的立場に恵まれない白人に対しての優遇措置は無いようです。そのため、恵まれない境遇に陥った白人が、「白人である」ということ以外に自分を誇ることができなくなり、人種差別的な発言・行動をするということです。

 ヨーロッパでは、イギリス・フランス・ドイツが経済的に強く、経済的に強くない東ヨーロッパからの移民が止まりません。イタリアでは、北アフリカからの難民が多くて問題を抱えています。そのような人たちが低賃金の非熟練労働に従事するために、もともと住んでいた若者と職を奪い合う構図になっています。そのため、移民などに仕事を奪われた若者が、排外主義的な言動や行動に出るということです。こちらも「〇〇人である」ということ以外に自らを誇れることがないということが、日本のネトウヨ、アメリカのプアホワイトと共通しています。

 いずれも、社会的立場が弱いにもかかわらず、自国の政府から支援を期待できない階層の人たちです。それを利用しているのが、アメリカのトランプ大統領やヨーロッパの右派政党、日本ではメディアではないでしょうか。 日本のメディアでは、最貧困層の生活を面白おかしく報道して、視聴者に対しては、ここまで自分の生活は落ちていないという妙な安心感を与えようとする番組が散見されます。また、日本はスバラシイという自己閉鎖的な番組や中国・韓国を罵倒して視聴者を喜ばせようという報道をし、極右政府を支援する番組があります。さらには、排外主義をあおって、自らの懐を温める言論人も多く存在します。

 日本のメディアの特徴としては、大手が独自取材をあまりしないということではないでしょうか。ただ海外の事情を知らないので、もしかしたら欧米でも似たような現象があるのかもしれません。以前に読んだ鈴木大介氏の著書(タイトルは忘れました^^;)では、大手メディアの記者に、貧困少女を紹介してくれと頼まれたが、それくらいは自分でルートを作ればいいのにといった内容が書かれていました。

 逆に政治や刑事事件の記事では、政府発表・警察発表を垂れ流すだけで、独自に取材した形跡の薄い番組・記事が目立ちます。自らの目で見たことを報道するというよりも、視聴者が見たいものだけを報道する姿勢が目立ちます。また、大企業の不利になるような報道もほとんどしていないのではないでしょうか。視聴者に耳触りの良いことだけを報道して、社会の問題点から目をそらすようなことを続けているうちに、実質的な経済は落ち込み、国民の人権は削られ、世帯年収がじわじわと下がり続ける状況が続いています。本当にメディアが想定るする視聴者は、日本が衰退期に入っているという報道を見たくないのでしょうか。関係者(特にトップやそこに近い人)には、猛省を促したいです。

 少し話を戻しますが、【バーゲン本】貧困と愛国 [ 雨宮 処凛 他 ]では、雨宮処凛氏が自己の体験として、スナックで働いたときに、経営者が「安い韓国の女の子を雇おうか」と発言したことに対して、「韓国人に自分の仕事を奪われる」と強い焦燥感を覚えたと書いています。雨宮氏は、20代でフリーターとニートを行ったり来たりする生活をしていて、「このままではいずれホームレスになるしかないね」などと、友人と話していたということです。そして実際に、30代・40代のフリーターで、住むところを奪われた方が、炊き出しなどに来ることが多くなっていると書かれています。年収を300万稼いで結婚することが夢だという人が増えていると言います。

 雨宮氏の体験談では、社会の分断、労働問題で考えさせらることが多いです。中卒・高卒のフリーターの方の中には、生活苦で自殺に追い込まれる方もいらっしゃるようで、現在は自殺者が減っていますが、それでも3万人弱の方が毎年自ら命をたっています。また当時は周囲に似たような境遇の人しかいなかったとかいています。日本社会の分断ということでは、私の周りには、わりと裕福な家庭に育って、大企業で働いている人が多く、逆に同年代のフリーターとの付き合いはほとんどありません。今いる自分のポジションに近い人しか見えない社会になっていると感じざるを得ません。一見開いているように見える日本社会ですが、見かけよりも閉鎖性が強いのではないでしょうか。

 労働問題では、ブラック企業の正社員で命を削りながら「普通の収入」を確保するのか、収入をあきらめてフリーターになるのかの二択しかないと書いています。中卒・高卒の人材を正規雇用する会社が少ないようです。またフリーターを続けて30代になった若者を雇用しようとする会社は、皆無に近いようです。そのような中でも採用を行っている企業は、人を使い捨てにするようなブラック企業しかないということでしょうか。

 生まれた環境が恵まれていなかったり、一度レールを踏み外したりすると、将来の展望を絶たれてしまう社会が、今の日本なのだなと怖くなりました。様々な人が、多様な方法で社会参加できるようになってほしいと切に願います。




 もともと日本は閉鎖的な社会だと言われています。相対的な貧困率で言えば、バブル絶頂期にもおそらく15%前後の方が平均年収の半分以下の収入で暮らしていたと思われます。それから30年たち、年号が令和になった現在では、平均年収自体がバブル期よりも100万円ほど下がり、2015年の国民生活基礎調査では、世帯年収の最頻値が300万円をわるというじょうきょうになっています。

 それでも政府は、景気は良くなったと強弁しています。事実や統計を見ながら、社会全体を見ていきたいです。
ているようです。



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〜格差の連鎖を悲しく思う〜 『子供と貧困』(朝日新聞出版班)、『貧困世代』(藤田孝典)を読んで



 へっぶしんです。仕事の最繁忙期が一段落しつつあり、休日のたびに体調を崩しています^^;

 人の幸せとは何か、憲法25条で定めている「健康で文化的な最低限との生活を営む権利」、つまりは生存権とは何かを考えながら、格差について読んでいます。

 日本では、会社に滅私奉公するのが一般的な男性の姿ですが、私は会社に人生をささげるつもりは毛頭ありません。そもそも会社という組織は、人の人生をサポートるするためにあるのです。仕事一筋の人生なんて、薄っぺらい、寂しい人生を歩むのはゴメンだと思っています。

 利用す対象でしかない会社という組織に、人生を圧迫されているという悲しい現実と向き合いながら、日本に、世界的に広がっている格差がどうにかならないかと日々考えています^^;


 まずは事実の確認から始めたいのですが、日本の子どもの相対的貧困率は、調査以来約15%前後を行ったり来たりしています。1学年で約100万人と考えると、貧困にさらされている子どもは約15万人います。子どもを18歳までだとすると、約270万人の子どもが貧困の中で育っていることになります。


 朝日新聞の取材班が取材したルポでは、親が高校生のバイト代を巻き上げてパチンコに行っている事例などもあります。そして、その親も貧困の中で育っているのだと。家庭の事情で進学をあきらめる子どもが、この日本に相当数いるという事実を直視しなければいけません。


 さらには『貧困世代』で藤田氏は、若者に対して社会福祉として住宅政策を行っている国と、そうでない国を比べると、婚姻率・少子化の度合いに有意な差がでると指摘しています。また、現在の弱肉強食の新自由主義を放置すると、貧困世代(藤田氏の定義では39歳以下のバブル崩壊後に社会参加した世代)の多くの人々が、将来貧困に陥り、今よりも社会保障費が膨らむ危機的な状態になると指摘しています。


 藤田氏は踏み込んで、社会の構造が若者を貧困に追いやっていると主張しています。住むところを追われて、藤田氏のNPOに支援を求めに行く若者は、特別な存在ではないと指摘しています。現在の大学への進学率は、50%程度です。なんとその半分が、奨学金を利用しているとのことです。私が大学生の頃は、アメリカでは奨学金で大学を出て、社会に出るときには500万くらいの借金を背負っているという話を聞いていました。そして、アメリカはひどい社会だなと対岸の火事のように感じていました。しかし今の日本も、約25%の若者が当時のアメリカと同じような状況になっているようです。借金を500万も背負って社会に出て、非正規雇用で年収200万しか稼げなかったとしたら、実家で暮らしていても苦しいのではないでしょうか。


 また大学進学者の半分もの若者が、奨学金(給付型ではないので、平たく言えば借金)に頼らざるを得ないのは、学費の高騰にあると藤田氏は指摘しています。OECD加盟国の中で、GDP比での国の教育支出が最低の日本では、大学・専門学校などが若者を借金漬けにしてから社会に出すという構図になってしまっているようです。


 このように、日本学生機構が若者を食い物にして、企業が非正規雇用の低賃金で若者を食い物にする。そんな国になってきているようです。バブル崩壊直前の1980年から比べると、日本の世帯年収の中央値は、100万円強も下がっています。にもかかわらず、政府は景気は良いと言い、経済は成長していると強弁しています。


 客観的な数字を基にして、社会のゆがみを指摘しながら、ひとつひとつ社会問題に対処していかないと、気付いた時には手遅れになっている危険があります。すでに政府がやることなすことが、後手後手に回っています。少子化の問題などは、30年前から指摘されていながら、問題が深刻化する一方です。本当に一般的な家庭を直視できる政治家が、民主的に官僚に指示を出せるようになってほしいものです。




 格差・貧困が、世界を覆う新自由主義政策の下で、深刻化しています。インドネシアでは、消費税をなくしたところ経済が良くなったとのことです。新自由主義の権化になり下がっている日本政府の「常識」を一生懸命に理解して内面化しようとすればするほど、普通の人は自分の首を絞めることになります。

 また、サンプルの少ないメディアの電話での世論調査は、怪しさを増すばかりです。なき各支持率は、大手メディアのものと地方新聞社のもので大きな乖離が出ています。

 周りの意見ではなく、自分でデータを見ながら社会の動向を考えなければいけない状況になっているようです。




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〜遺伝で自己家畜化を選んだ日本人〜 『もっと言ってはいけない』(橘玲)を読んで


 へっぶしんです。日々メンタルを削りながら仕事をしています^^;

 どこまで心が持つのかというチキンレースのような状況になっています><

 3月には、ひと段落するのですが、あと1か月は厳しい状況が続きそうです^^;

 さて今回は、「〜新下流層の出現〜 『言ってはいけない〜残酷すぎる真実』(橘玲)を読んで」の続編を読みました



 帯より、

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日本人の3人に1人は日本語か読めない?


人種で知能は違う!?


「置かれた場所」で咲くのは不幸!?


高所得をもたらす性格は!?


人間社会のタブーが


また、明かされる!


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帯裏より、

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 日本は世界一「自己家畜化」された民族/差別の温床は遺伝にある/知識社会に適応できない国民が多いほど、その国が混乱する/リベラルな社会ほど遺伝率が上がる/年を取るほど、親に酷似する/教育無償化で弱者はさらに苦しむ/先進国の知能は低下し始めている/男は極端、女は平均を求める/IQの高い国と低い国がある/知能の高い国はリベラルになる/言語が乏しいと保守的になる/人類の先祖は水生生活者/海外で成功した日本人にはワケがある/日本が華僑に侵されない理由/日本人は「ひ弱なラン」

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 帯には、衝撃的なフレーズが並んでいます。最近の遺伝行動学では、想像以上に遺伝の影響が大きいことが分かってきたようです。また、日本人の1/3は日本語が読めないというのは、国際機関によるテストの結果で、それでも諸外国よりは読める人の比率が高いようです。世論調査やネットを見ていると、読解力についてはうなずける部分が多いなというのが実感です。

 筆者は、遺伝について「リベラル」に判断すべきだと主張しており、また「ある程度」は「遺伝決定論」を受け入れるべきだと主張している。

 前書きで、

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「遺伝決定論」を批判するひとたちは、どのような困難も本人の努力や親の子育て、あるいは周囲の大人たちの善意で乗り越えていけるはずだとの頑強な信念をもっている。そしてこの美しい物語を否定する者を、「差別主義者」のレッテルを貼って葬り去ろうとする。
 だが、本人や子どもがどれほど努力しても改善しない場合はどうなるのだろうか。その結論は決まっている。努力しているつもりになっているだけで、努力が足りないのだ。なぜなら、困難は意志のちからで乗り越えられるはずなのだから。
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 と、述べています。知能は「ある程度」遺伝に左右されるようですが、遺伝の影響をを一切認めないと、「だれでも努力次第で東大に入ることもできるし、大企業の社長にもなれる。企業で昇進できない人、学力が上がらない原因はすべてが怠惰に起因する。」ということになります。

 そう言われると、反発したくなるのではないでしょうか。統合失調症やADHDも遺伝する確率が、身長や体重よりも高いようです。これが、日本では「言ってはいけない」事実だと筆者は主張しています。

 さて、「言語が乏しいと保守的になる」、「日本は世界一「自己家畜化」された民族」について考えていきたいと思います。

 「言語が乏しいと保守的になる」では、PIAACというOECDの主催で、16歳から65歳の成人を対象として「読解力」、「数的思考力」、「ITを活用した問題解決能力」の3分野を測定する「国際成人力調査」を説明しています。これには、23か国が参加しています。

・イギリス(ITスキル19位)のブレグジット
・アメリカ(数的思考力・ITスキル21位)大統領選挙でのトランプ大統領の選出
・フランス(読解力21位、数的思考力20位)の大統領選での「極右」の国民戦線のルペン候補者が決選投票に残る
・ポーランド(読解力19位、ITスキル23位)の排外主義的な右派政権の誕生

などを根拠としています。

 これでは、日本の極右長期政権を説明できませんが、ヨーロッパでは「言語が乏しいと保守的になる」は、現象と調査結果に相関関係がありそうです。日本に当てはめて考えてみると、自民党の支持者が約30%です。これを乱暴に、文章の読めない1/3に当てはめてしまえば、相関関係を説明できることになります。無理やりですが。だから、自分に不利になる政策を続ける政権を維持させ続けているのでしょう。〜所得格差拡大を憂う〜 『上級国民/下級国民』(橘玲)を読んででも書きましたが、徐々に、真綿で首を絞めるように日本人の平均世帯年収が下がり続けています。それにもかかわらず、逆進性(高所得者の負担が少なく、低所得者ほどダメージが大きい性質)のある消費税を増税しても、社会的な混乱が起きません。自民党を支持する日本で苦しい生活を余儀なくされている人は、「言語が乏し」く、自らの支持や投票行動によって自分を窮地に追いやっていることを理解できていないということになります。そうすると、現在の日本で起きている現象を説明できることになります。因果関係では、「言語が乏しいと保守的になる」を証明するのは大変でしょうが、読解力をキイワードにして相関関係があるということは言えるのではないでしょうか。

 次に、「日本は世界一「自己家畜化」された民族」ですが、これは、日本の地理的な環境によるものだと筆者は説明しています。農業社会では、狭い土地に人が密集して住むことになるために、狩猟・採集社会では必要だった「勇敢さ・獰猛さ」といった性質が嫌われるようになったということです。つまり、自ら牙を抜いたということになりますね。

 さらに進んで、指導者に逆らうものは徹底して排除されるという社会になり、指導者に従順に従う性質を身につけたと説明します。たしかに弥生時代以来、日本は農耕社会が続いていました。その歴史の中で、周囲との摩擦(行き過ぎると抗争に発展する)を避けるために必須のスキルのように思えます。このような性質が、遺伝的に組み込まれているとしたら、民主主義社会の想定する市民には到底なれませんね。遺伝で歴史を説明できてしまうという時代が、もうそこまで来ているのかもしれません。

 日本人の原罪として、太平洋戦争での周囲の国々への残酷な侵略行為を挙げることができ、なぜ道を間違えたのかの検証と、考察を続けなければなりません。個人的には、日本人の指導者への批判的能力の低さが、太平洋戦争の惨禍を引き起こしたのではないかと考えています。そして、なぜ、指導者が無能で、道を誤ってもついていってしまうのかが、「日本は世界一「自己家畜化」された民族」で説明できてしまうのであれば、何とかして克服したい性質ではないでしょうか。




 あなたの性格や考え方は遺伝で決定されている。と言われると、違和感を覚え、反発したくなります。しかし、最新の遺伝行動学では、自分は思っている以上に遺伝に影響されているようです。ただ、環境が自分を変える余地もかなりあるようです。自分にできるのは、自分の環境を自分で作っていくということです。

 残念なことに、子育てが子どもに与える影響はほとんどないようです。しかし、性格の遺伝はあるようです。また、遺伝以外に人格を形成する要因として、「非共有環境」(平たく言えば子供の友達関係)が、子どもに与える影響が大きいようです。であれば、家庭での子育てやしつけは効果がないとしても、子どもが付き合う友人環境には、親がある程度介入できるのではないでしょうか。

 遺伝行動学の知見を、自分に当てはめてみて、行動を決めていきたいです。


 著者は、橘玲氏です。 1959年生まれ。作家。国際金融小説『マネーロンダリング (幻冬舎文庫)』『タックスヘイヴン (幻冬舎文庫)』などのほか、『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方新版 知的人生設計のすすめ (幻冬舎文庫)』『幸福の「資本」論 あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」』など金融・人生設計に関する著作も多数。

 『言ってはいけない 残酷すぎる真実 (新潮新書)』で2017新書大賞受賞。近著に『もっと言ってはいけない (新潮新書)』『働き方2.0vs4.0 不条理な会社人生から自由になれる』『人生は攻略できる』など。


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〜日本社会の豊かさが奪われていく〜 『アンダークラス』(橋本健二)を読んで




 へっぶしんです。相変わらず仕事が最繁忙期で、メンタルが削られ続けている中の、つかの間の休日です^^;

 ランチでちょっぴり贅沢をしようと全力で回っているすし屋で昼食を食べていたら、サザエさんのように財布を忘れているのに気づきました。せっかくの贅沢が、スリリングな冷や汗に変わりました><

 結局は、スマホケースに入れている定期券をお店に預けて、家まで財布を取りに帰りました。後半のすしの味を全然覚えていません^^;

 さて、今回は『新・日本の階級社会 (講談社現代新書) [ 橋本 健二 ]』の続編の本です。



 帯より、

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出口の見えない不況の影で

「彼ら」は急速に増大した

この国を揺るがす衝撃の事実

930万人がアンダークラス

転職回数が多いと高齢アンダークラスになりやすい

「本が10冊以上ない家庭環境」で育つとアンダークラスに陥りやすい

女性がアンダークラスに陥るきっかけは「夫との離婚・死別」

落とし穴は、すぐそこにある


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帯裏より、

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 フリーターの先駆けだった元・若者たちは、すでに50歳前後となっている。その多くが、正規雇用を経験することなく、あるいは一時期しか経験することなく、今日に至っている。このような若者たちが、30年間にわたって社会に排出され続けてきた。そして離死別を経て、主婦から単身の非正規労働者へと転じた女性がここに加わり、巨大なアンダークラスが形成されてきた。アンダークラスを生み出す社会のしくみは、すでに日本の社会に深く根を下ろしてしまっている。

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 筆者は日本の階級構造を、
 ・資本家階級
 ・新中間階級
 ・労働者階級
 ・アンダークラス/主婦

と、旧中間階級に分けています。資本家階級、新中間階級、労働者階級、アンダークラス・主婦は、年収で縦に階層をなしています。これに、旧中間階級が独立した階層として横に置かれています。


 資本家階級は、構成比が4.1%で、個人年収が604万円・世帯年収が1060万円。

 新中間階級は、構成比が20.6%で、個人年収が499万円・世帯年収が798万円。

 労働者階級は、構成比が62.5%で、個人年収が263万円・世帯年収が564万円。

 旧中間階級は、構成比が12.9%で、個人年収が303万円・世帯年収が587万円。


 この本では、労働者階級にスポットを当てて、労働者階級の中で正規雇用の層と非正規雇用の層で分断が起きていると指摘しています。男性のデータをみると、正規雇用では個人年収が428万円・世帯年収が610万円です。非正規雇用になると、個人年収が、213万円・世帯年収が384万円です。


 これを見ると、私は労働者階級と新中間階級の間くらいで、新中間階級に近い収入を得ていることになり、首をかしげてしまします^^;


 それにしても、労働者階級内の分断の大きさは目を覆うばかりでしょう。労働人口が約6500満人と言われている中で、930万人もの人が世帯年収384万円でくらしているということは驚きです。これでは、食べていくだけで精一杯で、余暇を楽しんだり、ちょっとした贅沢を楽しむなどということは全くできないでしょう。


 そして、年収200万円台のアンダークラスに陥ってしまうと、未婚率が34%になり他の階層の17%の倍になります。おそらく余暇を過ごす金銭的な余裕がなく、男女が出会う場に行くことすらできないのでしょう。20代では15%ほどで10-50代では12%ほどがアンダークラスにいるようです。60代以上では比率が増えますが、企業の再雇用等で正規雇用の人が非正規になるからだとしています。結婚に関しては、適齢期を過ぎていると考えられる40代男性で、他の階層では8割前後が有配偶者なのに対して、アンダークラスでは約20%しか結婚できていません。収入が足りないために結婚ができないということが明白ですね。


 また筆者は、1990年代に出現したフリーターに対しての当時の分析を批判します。当時はパラサイトシングルなどと珍奇な目で見られていましたが、今から振り返ると、正規雇用のイスがないために非正規に甘んじるしかなかったのが実態のようです。そして、独立せずに親元で生活していたのも、独立するのに足る収入がなかったためだと主張しています。


 これがロストジェネレーションといわれている社会に出る時期が、就職氷河期と一致している世代と重なります。当時は、企業のリストラが方々で行われており、社会の目は失業したお父さんたちをどう支えるかに集中していたために、若者の就職まで支援が回らなかったようです。そのために、正規雇用を経験できずに業務スキルを身につける機会のなかった層が、アンダークラスになっているということです。さらには、企業が正規雇用を絞って非正規雇用を増やしているために、社会に出た瞬間からアンダークラスにいて、上昇する機会のない若者が毎年排出されているとしています。


 これらアンダークラスの男性は、貧しい家庭で育った比率が他の階層よりも高く、文化的環境に恵まれておらず、教育投資もされていない比率が、他の階層と比べて際立って高い特徴があります。まさに、「格差の遺伝」がおきているようです。さらに、学校でいじめなどを受けて不登校になったことのある比率も、他の階層と比べて突出しています。これを筆者は、「学校教育からの排除」と表現しています。


 またアンダークラスの女性については、出身家庭の環境は様々なようです。どちらかというと、結婚後に配偶者との死別・離婚が原因で貧困に陥ることが多いようです。


 これら59歳以下のアンダークラスの層の現状を筆者は、
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 五九歳以下の若年・中年アンダークラス男性と女性は、極度の貧困状態にある人が多く、安定した家族を形成したり維持したりすることもできない状態にある。肉体的にも精神的にも多くの困難を抱えており、状況が改善する見通しもない。五九歳以下の失業者・無業者は、さらに深刻な問題を抱えており、アンダークラスの一部、しかももっと下層性の強い部分とみなすことができる。
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と表現し、無業者を含めると2割くらいの層をなしていると指摘しています。この状態を放置すれば、いずれアンダークラスの層が高齢になった時に、社会保障に多額の費用がかかり、国の財政に大きな負の影響を与えると警鐘を鳴らしています。


 また、永山則夫を例に出して、自らの境遇に不満を抱き、階層を上昇させる機会がないために自暴自棄になり、無差別殺人などの事件が増えると指摘しています。


 確かに、秋葉原の通り魔事件、相模原の障がい者施設での大量殺人事件などの事件が、社会を震撼させています。構造的に生み出されてしまっているアンダークラスの人たちが、安心して生きられる社会を作らなければ、日本の足元が崩れていってしまうでしょう。


 この本で筆者は、自分がアンダークラスでないのは偶然にすぎないのだから、社会を下から支えているアンダークラスの人に居場所を提供するように政治を変えるべきだと主張しています。自分の育った環境を考えると、たまたま恵まれた家庭に生まれただけで、たいした能力もないと自覚しています。

 今まで紆余曲折を経ながらも、現在はなんとか正規雇用で仕事をできています。現在の生活環境は、育った環境よりも劣化はしていますが、むすめを私立の中高一貫校になんとか通わせることができています。これらは、自分の努力という枠の外で授かった「恩恵」に浴している部分が少なくありません。

 だからこそ、今よりももっとリベラルな社会になって、より多くの人が安心して、より豊かにくらせる社会になってほしいと願っています。個人的には、仕事にいっぱいいっぱいで、ストレスに負けそうになって、自分にまけることが多いですが、今の日本での自分のポジションはむしろ恵まれている方なのだと自覚しながら、生活に困窮してる人に対してできることを考えていきたいです。


 筆者は橋本健二氏です。

 1959年生まれ。東京大学教育学部卒。東京大学大学院博士課程修了。静岡大学教員などを経て、現在、早稲田大学人間科学学術院教授。専門は社会学。著書に『階級都市 格差が街を侵食する (ちくま新書)』、『新・日本の階級社会 (講談社現代新書)』、『「格差」の戦後史 階級社会日本の履歴書 (河出ブックス)[本/雑誌] (新書)』、『はじまりの戦後日本 激変期をさまよう人々 (河出ブックス) [ 橋本健二 ]』などがある。


 よろしければ、こちらのくりっくをよろしくお願いします。






〜学歴社会・教育格差の被害者たち〜 『ルポ教育困難校』(朝比奈なを)を読んで

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 へっぶしんです。ブログの更新を、仕事の最繁忙期だという言い訳でさぼっています^^;ただ、7:00過ぎの時間にちょっとした業務があって、さらに23:00まで家に帰れない日があったりすると、休みでもとにかく体を休めたくなって、頭も使いたくなくなってしまいます^^;

 ま、毎日が長時間労働ではないのが救いですが、メンタルは相変わらず追い詰められてきついです><


 帯より、

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見捨てられる生徒

追い詰められる生徒

知られざる「底辺校」衝撃の現実


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帯裏より、

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「先生、いくら勉強しても

わかんない人っているんだよ。

分かんないと思うけどさ」

高校改革が進む一方、

社会から取り残される「教育困難校」の生徒たち。

在学生、卒業生、教員、PTA関係者など、

現場のさまざまな声を通し、

現状と課題を照射する。

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 高校の教員を長年務めた筆者が、「教育困難校」の実情を述べ、社会への警鐘を鳴らしています。

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 「教育困難校」では授業を始めることに大変な苦労を要する。授業開始のチャイムが鳴っても、教員が既に教壇に立っていても、多くの生徒は自分の席についておらず好きなことをやっている。廊下で友人とたむろしている者、教室内で友人と大声で話している者、机上にマスカラやリップを並べて化粧に余念のない者等々さまざまな行動をしているが、最近ではスマホに向かっている生徒が最も多い。複数の教員が廊下を巡回しながら「チャイムが鳴ったぞ。教室に入れ!」と大声で注意するが、「うるっせえな」などと小声で返しつつ行動をなかなかやめようとしない。
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 「教育困難校」の授業前の日常の記述ですが、どこの幼稚園だ?と驚いてしまいました^^;ただ、帯にもあったように、小中学校の段階で授業についていけないという経験をした子どもは、勉強に対して後ろ向きになり、自分に対しては勉強が必要のない者だと思い込んで自分を守ろうとしているのでしょうか。勉強が好きで好きで仕方がないという人も、世の中のごく一部の人だとは思いますが、できないなりに何とかできるようにしなけらば習いくらいの認識があるのが普通でしょう。


 最初に筆者は「底辺校」という言い方に、子どもたちが傷ついている。卒業生も、自分が卒業した学校を言いたがらない。と述べています。同窓会も組織されず、OBからの寄付もない。そして、入学時の学力が低い学校を、世間では「底辺校」と言い、筆者は「教育困難校」と書いています。


 一般的にも、教育関係の学者でも、はっきりとした定義のない「教育困難校」ですが、筆者は入学偏差値が44以下、または38以下だと述べています。東京や大都市圏では例外的に中高一貫校が多いため、高校入試をする生徒たちは、学力上位層がほぼ抜けた中での競争になります。そのため都立の高校入試では、難易度の低い共通問題と学力上位層を選抜するための独自作成問題に分けられています。公立高校の入試は都道府県でさまざまにあると思いますが、学校の勉強だけではとても対応できない入試になっている東京都は、全国的にみると特殊なのではないでしょうか。このように都道府県によって、学力平均値である偏差値50にばらつきが出るために、筆者は偏差値44〜38以下を「教育困難校」としているのでしょう。


 個人的には、勉強なんか好きではなく、高校でも赤点を取って追試になるという面倒な事態を避けるために、定期試験では好きな教科はそれなりに勉強し、赤点ぎりぎりの強化は重点的に勉強するという手抜きの試験勉強をしていました。しかし「教育困難校」では、そもそも単元のポイントが何なのかを生徒が理解できないために、事前に定期テストと同じかもしくはそっくりな「対策プリント」を配布して、答えだけを覚えていれば単位を取れる状況にしているようです。そして、なんとか生徒に単位を取らしているとのことです。正直、そこまでしなければ成績を維持できないのであれば、普通科高校に行く必要はないと感じてしまいます。しかし筆者は、そのような「教育困難校」がなくなれば、高卒の資格を取れない子どもが大量に生み出され、「社会に出る際の最低限のパスポートともいうべき存在」を持たない人が街にあふれだしてしまいます。また、生育過程でネグレクト(育児放棄)にあっており、最低限の社会的マナーを身につける機会のない子どもが、放置されたまま社会に放り出されます。さらには、そのような社会的なマナーが十分に身についていない子どもが昼間の街にあふれだせば、治安も悪化するでしょう。そのようなことを防ぐためにも、「教育困難校」には存在意義があると言います。


 学習障害や貧困家庭に生まれたために、将来への希望が持てず、学習意欲・様々なモチベーションを持つことのできない子どもでも、大人になり社会に出なければなりません。そして、そのような子どもでも仕事をして生活を維持していかなければなりません。筆者は「教育困難校」出身者が、現在の低賃金労働の担い手だと述べています。これが外国人技能実習生の制度などで、外国人労働者が増えると、競争に勝てずに仕事を失う人たちだと述べています。そのため、「教育困難校」にこそ教育予算を振り向けるべきだと提言しています。



 以前に〜中学生の5割が教科書を理解できない〜 『AI vs 教科書が読めない子どもたち』(新井紀子)を読んでで書きましたが、学校の教科書を中学生の半分が自分で読むことができないという調査結果が出ています。そして、今回の本では、筆者は偏差値44〜38以下の入学偏差値の学校を「教育困難校」と定義しています。偏差値44と言えば、学校の平均を少し下回る程度ですが、そのレベルでも授業を聞いても先生が何を言っているのか理解できないということになります。意味の分からない授業を50分間も聞かせ続けられて、それを1日に6コマも受け続けなければならないとすると、とてつもない苦痛ですね^^;幸いに、私は内容がつまらないとは思っても、何を言っているかがわからないという事態の遭遇したことはほとんどないので、そのような子どもたちの日々を想像することはできません。

 ただ社会問題として、Fラン大学を揶揄する内容の読み物などを見ることが多くあります。私も、上述しましたが、そこまでして大学卒になっても意味がないのではないかと思っていた一人です。しかし、生まれた家庭によって、そもそも将来に希望が持てなかったり、学習意欲が低かったりするような子どもが、今の日本には多く存在します。そして、収入の低い家庭で生まれ育った子どもの成績・学習意欲が低いということが、統計的に有意だということが明らかになっています。

 現在の日本は、少子高齢化により企業は人手不足で困っています。これは、大企業がため込んでいる450兆円の内部留保があります。社会的に正しさを追い求めようとすれば、大企業は内部留保の半分でも人件費や国内での設備投資を増やすことに使えば、一気に景気が良くなります。そうすれば、貧困家庭が減り、意欲の少ない子どもの数が減ることになります。

 現在15%と言われている就学援助を受けいている貧困家庭の子どもが、少しでも減る社会になってほしいです。


 筆者は朝比奈なを氏です。

 筑波大学大学院教育研究科修了。公立高校の地歴・公民科教諭として約20年間勤務し、教科指導、進路指導、高大接続をテーマとする。早期退職後、大学非常勤講師、公立教育センターでの教育相談、高校生・保護者対象の講演等の教育活動に従事。主著に『置き去りにされた高校生たち 加速する高校改革の中での「教育困難校」 [ 朝比奈なを ]』ほか。


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〜兵站・後方支援の重要性は現在の課題〜 『断金〜チンギス紀(六)』(北方謙三)を読んで

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 へっぶしんです。働き方改革で人員が合理化されたために、業務量が膨大になり、ミスが続出して職場で怒鳴られまくっています。職場で怒りを爆発させる人たちってどうなのと思いますが、現場から人員を削減して「効率化」する「改革」の犠牲になっている気分です。最繁忙期に、メンタルが持つかどうか、不安で仕方ありません^^;

 今回は、まだまだ連載が継続中の北方謙三氏のチンギス紀です。


 帯の裏側より、

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テムジンは金国の連合を決意、


メグジン・セウルト率いるタタル族の大軍に突撃する!


金国が、タタル族と戦うために草原の長たちに出兵を要請した。タタル族に父を暗殺されたテムジンはそれに応じ、三千騎の出兵を決意する。また、ケレイト王国のトオリル・カンも金国の側に立つことを決断し、一万五千騎の陣容を整えた。一方、テムジンの盟友ジャムカは、金国とタタル族の双方を草原の民の敵とみなしていたため、この戦を静観する。金国とタタル族はウルジャ河付近で対峙し、テムジンはタタル族の大軍に向けて、早さを生かした三千騎で突撃を開始する――。
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  モンゴル族の傍流の長であるテムジンは、まだモンゴル族すら統一していない段階で、戦闘のための馬を確保し、鉄山を探して自前で武器の準備をするという、それまでの草原の民とは違った準備を行います。さらに交易ルートを開拓して、経済政策を同時に行っていきます。草原の民の常識にとらわれないテムジンの政策によって、支配下の人数以上の実力を蓄えていきます。

 たくさんの遊牧民の他部族に囲われて、弱小だったモンゴル族のキャト氏の長のテムジンが、同じモンゴル族のタイチウト氏をしのぐ実力をつけつつあります。

 そのような中で盟友だったジャムカと、期せずして一線を交えなければならなくなってしまいます。一族の長としての立場と信念が、テムジンとジャムカを引き裂いていきます。逆に、信用できないケレイト王国と同盟する形になるテムジンという政治外交の無情さが今後どう展開していくのかとても楽しみです。

 あまり細かく書いてしまうとネタバレになってしまいそうなので、あいまいに抽象的に書いていますが、テムジンの「改革」は着実にキャト氏の力を蓄えて、他部族とは違う、時代の先端をはしるようなものです。後の歴史では、モンゴル帝国の特色となる駅伝制(ジャムチ)は登場していませんが、その端緒となるような行動が散見されてきます。また、時代を制する者の条件として、情報の活用がうまいことが挙げられます。ここでも、テムジンは天性なのか「史記本紀」から学んだからなのか、情報収集と分析・活用をする部署を大々的に立ち上げています。

 今後のキャト氏の勢力拡張がどのような物語として編まれていくのか、次巻を待ちきれません^^;


 現在は、ネオリベラリズム(新自由主義)が世界を覆い、先進国の中間層が没落し、逆に発展途上国に中間層ができつつありながらも、先進国の富裕層だけが独り勝ちになる世界です。冒頭で書いたように、一般企業の「改革」は、そこで働く人たちからの搾取を強め、経営者や株主の独り勝ちなるようなものばかりでしょう。ほんの一握りの勝ち組の人たちが、「改革」の成果に恩恵を受け、大多数の人間が、「改革」により自らの労働や資産を搾取される現在の世の中の流れを、自分に内面化することができません。そして社会に適応できていない自分を上から眺めています。どうすればよいのわからずに手をこまねいています。

 没落する中間層に位置する自分の未来がどうなっていくのか、どうにか北欧のような社会民主主義の高負担高福祉の社会構造になってくれて、ライフワークバランスが取れる社会になってほしいと心から願っています。


 作者は北方謙三氏です。

 
 1947年佐賀県唐津市生まれ。中央大学法学部卒業。

 81年『弔鐘はるかなり (集英社文庫)』でデビュー。

 83年『眠りなき夜 (集英社文庫)』で第4回吉川英二文学新人賞、85年『渇きの街 (集英社文庫)』で第38回日本推理作家協会賞長編部門、91年『破軍の星 (集英社文庫)』で第4回柴田錬三郎賞を受賞。

 2004年『楊家将(下) (PHP文庫)』で第38回吉川英治文学賞、05年『水滸伝完結BOX (集英社文庫)』で第9回司馬遼太郎賞、07年『【中古】独り群せず /文藝春秋(文庫)』で第1回舟橋聖一文学賞、10年に第13回日本ミステリー文学大賞、11年『楊令伝「全15巻+読本」 (集英社文庫)』で第65回毎日出版文化賞特別賞を受賞。

 13年に紫綬褒章を受章。

 16年、第64回菊池寛賞を受賞。『【中古】三国志[文庫版]【文庫版 三国志全13巻+三国志読本 計14巻  全巻セット』、『史記 武帝紀 時代小説文庫 7巻セット[本/雑誌] / 北方謙三/〔著〕』ほか、著書多数。


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〜新下流層の出現〜 『言ってはいけない〜残酷すぎる真実』(橘玲)を読んで

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 へっぶしんです。 橘玲氏の著書を連続で読んでいます。著者の主張にはあまり共感できませんが、事実の認識においてはかなり近いものがあるように思えます。

 各種の統計結果や政治の方針を見る限り、これからは一部の富裕層が莫大な資産を築く一方で、ほとんどの人間が貯蓄すらできない下流層に転落する格差社会になってしまいそうです。

 著者は、その格差社会を受け入れて次の社会を考えるという立場を持たれていますが、私は格差を縮小させる方法はないものかと考え続けたいです。

 「あがきつづけて」でも、みずからの自由を求め続けたいです。


 本体カバー内側より、

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この社会はきれいごとがあふれている。人間は平等で、努力は報われ、見た目は大した問題ではない――だが、それらは絵空事だ。往々にして、努力は遺伝に勝てない。知能や学歴、年収、犯罪癖も例外ではなく、美人とブスの「美貌格差」は訳3600万円だ。子育てや教育はほぼ徒労に終わる。進化論、遺伝学、脳科学の最新知見から、人気作家が明かす「残酷すぎる真実」。読者諸氏、口に出せない、この不愉快な現実を直視せよ。
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 私は、自分が住む世の中は、努力が報われる社会であってほしいと思っています。ですから、たとえ貧困家庭に生まれたとしても、努力次第で社会階層を登っていける社会が理想的です。しかし現在の日本では、親の収入と学歴に相関関係があり、裕福な家に生まれれば、多少ひとより才能がなく、努力を怠ったとしても、裕福な一生をおくれる社会です。現在の総理大臣や財務大臣を見ればわかるでしょう。

 アメリカでは、上位の1%の富裕層が社会の富の42%を独占する社会になっています。日本はそこまでは格差が開いていないようですが、前回の記事で日本の世帯収入の没落ぶりを書きましたが、確実にじわじわと中間層が没落しています。

 1995年には日本の世帯年収の中央値が545万円だったのが、2015年には427万円と20年間で128万円も下がっています。1世帯で働いている人数、高齢化率などを無視しているので、単純に給料が下がったという言い方はできませんが、中間層が地盤沈下していることは間違いないでしょう。この傾向は、今の政権が続く限りは変わらないでしょう。10月に消費税が上がったとたんに、社会保障費の削減を言い出す政権ですから、国民が貧困にあえごうがどうしようが、自民党・公明党の閣僚・議員には興味がないのでしょう。

 さて、著者は具体例をアメリカに求めていますが、人種間で知能が異なるということが遺伝の研究で明らかになっているようです。そして、知能によって収入が異なるという知識社会になっているというのが筆者の社会の見解です。この見解には、同意せざるを得ません。日本のみならず、欧米だけではなく、発展途上国においても、学歴による収入差が確認できるようです。アメリカでは、黒人奴隷の反省からアファーマティブアクションという黒人優遇政策がとられていますが、現在の研究ではこの政策はあまり機能していないということです。

 また、最近はトランプ大統領(共和党)支持者がどういった境遇の人間なのかという説明で、プアホワイト(低学歴・低収入の白人)を挙げています。「白人だという以外に自らのアイデンティティのよりどころがない人たち」が、トランプ大統領を支持しており、この層は、元中流の工場労働者たちだとしています。そして、日本のネトウヨの説明でも、「日本人という以外に心のよりどころを持てない人」だしています。日米の政権支持層は、現政権から恩恵を受けている富裕層・エリート層と、現政権から見放されて、切り捨てられている新下流層という対照的な2つの層だというのです。

 ネトウヨについては、ネットで色々と見たり、実際にSNSで絡まれたりして、どんな生き方をすると政権に隷従することに喜びを覚えて、自分が不利になる政策をする政党支持するのか不思議で仕方がないのですが、著者と同じような説明が多いです。 また、不都合で残酷な真実として、フェミニストが激怒しそうな事実を挙げています。イスラエルで、子どもに対して性差のない教育を施して、家庭の方針が入り込まないように、共同生活させても、ほとんどの子どもが、成人後に選ぶ職業はステレオタイプとされるような男の職業・女の職業を選ぶようです。

 私自身も経験から、小さい我が子を抱く妻を美しいと感じ、とても幸せそうに見えたことを今でも覚えています。私自身は、男性も女性も自分の望むように自己実現をできる社会が良いと思っています。また、自分が育った家庭では、共働きで、圧倒的に母親の方が収入が多かったので、「男は一家の大黒柱」という言葉を、未だにバカバカしく思っています。ただ、どうしても意識から抜けないのは、母親の収入を自分が稼ぐことができない自己嫌悪感です。妻も働いていますが、世帯年収が、自分が育った家庭には到底及びません。そのため、社会階層において没落しているという焦燥感を覚えるのです。

 自分の思考は自分で組み立てるものだと思っているのですが、「寝ながら学べる構造主義 [ 内田 樹 ]」の記事でも書きましたが、様々な環境によって自分の思考が縛られているということに気づきました。さらには、今回の本では、趣味などですら遺伝に縛られているというのが最新の科学の知見だというから驚きです。

 遺伝子の研究がすすむにつれて、この本のタイトルのように、「残酷すぎる真実」がさらに明らかになっていくでしょう。本当に目をそむけたくなるような研究結果が並んでいますが、逆に遺伝とは関係のない、本人の努力で自分が規定されるようなものもわかっていくでしょう。

 それにしても、子育てですら無駄だという研究結果は、受け入れがたいですよね。何とか自分の力で子どもを周りの子どもよりも有利な状態で社会に題したいと願っているにもかかわらず、もはやあなたは自分の子どもへの影響力を持っていないと宣告されるのですから。

 脳科学には興味があったのですが、遺伝子研究はあまりフォローしていませんでした。ただ、遺伝子研究の動向についても、時間が許す限り、私の知能で理解できるレベルでフォローしていきたいです。


 今回の本で、読みながら繰り返し頭をよぎったフレーズが、「努力とは何だ?」ということです。現在の自分は、今までの自分の怠惰の罰によって苦しい生活を強いられているという風に考えていました。就職活動をせずに大学を卒業し、生まれて初めて社会的な地位がない状態になった時に、自分の社会における存在意義がないことに大きな焦燥感を覚えました。そこから就職活動を始めましたが、大卒後の新人に手を差しのべる会社はほとんどありませんでした。なんとか採用になった零細企業で働き始めましたが、そこは偽装請負で間に何社もマージンを取る会社が入り、某大企業の製品開発現場が人生最初の職場でした。当時の大企業は、今よりも景気は良かったので、海外で発売する製品の品質保証テストのために、約半年、海外出張というものもできました。ただ、同じ大学の友人たちは、自分よりももっと待遇として恵まれているのだろうなという劣等感にさいなまれ続けました。

 しかし、ずっと報われてないと思っていた自分の待遇が、実はロスジェネ世代としてはしぶとく生き抜いている状態だったのだと、最近になってようやく気付きました。ただ、気付くというのは、統計結果を見て驚いたということで、日々の生活をする中では、自分の生活レベルを客観視することはできないのだと反省しました。
 それが、今回の本では、自分の想像以上に今の自分が遺伝子によって規定されているのだということに驚きました。ただ、自分がどれだけ遺伝子によって規定されている部分が多いと言っても、自分の意識で変えられるところはどこなのかを、研究結果をフォローしながら調べ続けていきたいです。

 「あなたはヒトという種の存続の過程の単なる一部品なのですよ。」と言われて、個々と良く感じたり、安心したりする人は少ないでしょう。いい年をして、未だに自分とは何なのかを探し続けていますが、自分で変えられる自分とは何なのかを知りたくなりました。


 著者は、橘玲氏です。 1959年生まれ。作家。国際金融小説『マネーロンダリング (幻冬舎文庫)』『タックスヘイヴン (幻冬舎文庫)』などのほか、『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方新版 知的人生設計のすすめ (幻冬舎文庫)』『幸福の「資本」論 あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」』など金融・人生設計に関する著作も多数。

 『言ってはいけない 残酷すぎる真実 (新潮新書)』で2017新書大賞受賞。近著に『もっと言ってはいけない (新潮新書)』『働き方2.0vs4.0 不条理な会社人生から自由になれる』『人生は攻略できる』など。

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〜所得格差拡大を憂う〜 『上級国民/下級国民』(橘玲)を読んで

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 へっぶしんです。 仕事が繁忙期に突入し、暇なときに更新をさぼったツケがたまり続けています^^;

 せっかく読んだ本も、ブログになることがなく本棚に直行しているという残念な事態が続いています^^;

 ここからは、仕事が忙しくなりすぎるので、さらに更新頻度が落ちそうです^^;


 本体カバーうち側より、

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いったん「下級国民」に落ちてしまえば、
「下級国民」として老い、死んでいくしかない。
幸福な人生を手に入れられるのは「上級国民」だけだ――。
これが現代日本社会を生きる多くの人たちの本音だというのです。(まえがきより)
「下級国民」を待ち受けるのは、共同体からも性愛からも排除されるという
”残酷な運命”。一方でそれらを独占する少数の「上級国民」たち。
ベストセラー「言ってはいけない 残酷すぎる真実 (新潮新書)」の著者があぶり出す、
世界レベルで急速に進行する分断の正体。
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 現在の日本社会では、格差が拡大しているにもかかわらず、人々の目には実態として格差が見えなくなっています。それは、中産階級から没落した人は、友人の集まりに恥ずかしくて顔を出せなかったり、リア充ではないのでSNSなどにも投稿しなかったりと、一般的な人がやっていることをしなくなるからです。また、本の中ではアメリカの実態に触れて、住む地域が違うという指摘もしています。

 ちなみ格差の拡大とは、高額所得者の増加と貧困層の増加による格差の拡大のほかに、中産階級の没落が挙げられます。ちょっとだけデータを見てみましょう。厚生労働省の国民生活基礎調査の5年ごとの世帯収入の平均値と中央値です。

1995年

1995
2000年
2000


2005年
2005


2010年
2010

2015年
2015

1995年から2015年までの五年ごとの世帯年収の変化は、

平均年収で、
664.7万円⇒626万円⇒580.4万円⇒541.9万円

中央値では、
545万円⇒506万円⇒462万円⇒427万円

と、日本の家庭の年収は順調に下がっていることが確認できます。これが中産階級の没落です。原因はひとつではありませんが、本の中で言われているのは、国内の製造業の没落と、サービス業への就労割合の増加です。製造業の没落については、産業の空洞化と呼ばれているもので、製造業大手の会社が向上を海外移転させたために、国内の生産が減ります。そうすると就業者が減り、就業機会がなくなった人たちが、生産性の低いサービス業へと流出します。生産性が低い業種は当然に給料も低いので、上記のように年収が右肩下がりになります。

 もうひとつ大きな原因として考えらるのは、少子高齢化の進行による年金生活者の増加です。

 ちなみに、1995年から2015年までの再貧困層とみられる世帯年収200万円以下の層の変化は、


13%⇒18%⇒18.7%⇒20%


と、順調に増えています。

 この変化は、日本だけでなく欧米の先進国でも同様に起きているようです。筆者が原因として挙げているのが、上記で説明した産業の空洞化に加え、知識社会になったために知能の高い人が富をひとりじめしていると指摘しています。しかし、世界全体でみると中間層が増えているということも指摘しています。


 いやな言い方をすれば、日本の中間層が多少没落して貧困層に落ちても、日本の約10倍の人口を擁する中国で中間層が増えていれば、世界的にはうまくいっているというということです。


 ここで、貧困層に陥る人はどのような人たちなのかというと、筆者の言葉を言い換えると


々場労働者のような定型的な生産に従事する人。(ルーティン・プロダクション(定型的生産)サービス)
⊂売店従業員、ホテルレストランなどの従業員などの1対1の対人サービスに従事する人。(インパースン(対人)サービス)
L簑蟆魴茲簗簑衄見、データ、言語、音声、映像表現などのシンボルを操作するようなクリエイティブな仕事
をする人。(シンボリック・アナリティック・サービス)


´△暴昌する人たちの収入はグローバル化にさらされて下がり続け、に従事する人たちの収入は上がっているようです。日本では、ポスドクなどと呼ばれる高学歴のワーキングプアで苦しんでいる人たちもいますが、それはデータから外れた一部の人たちだということでしょうか。疑問も持つと先に進まないので、指摘だけしておきます。


 要するに、知識化社会においては、クリエイティブな仕事に従事できないと没落する危険性がとても高いということです。さらには、別の本で繰り返し指摘されていますが、日本ではどう頑張っても学歴社会であり、大学・大学院卒の高学歴な人たちはどちらかというとクリエイティブな仕事に就き、ルーチンワークや一冊のマニュアルで仕事ができてしまうような定型的な仕事の給料は下がり続けているようです。


 自分のこれからのことや、こどものことを考えると、どんどん恐ろしい社会に向かっているように思えて、だれかこの格差社会化の流れを止めるメカニズムを転換させるような仕組みを考えてくれないのかと、祈るような気持ちになってしまいます。


 別の記事で、何度か個人的な望みを書いていますが、サラリーマンとしての仕事に疲れ、アーリーリタイアをしたいと夢想しています。しかし、むすめの私立の学費が高く、学費実質無料化の恩恵にあずかることができずに、行政から見捨てられて、税金や社会保険料を搾り取るだけ搾り取られるぼろ雑巾のような階層にいる気がして仕方がありません。たいしてもらっているわけではない給与明細を見ると、げんなりとしてしまいます。手取り20万円って何だと、悲しくなる月もあります。

 自分が、グローバルな社会の中で戦う自信も全くありません。ただただ平穏に暮らしたいだけなのですが、周囲の状況が平穏な生活を送ることを許していないように感じます。

 上記の厚生労働省の国民生活基礎調査には、子育て世代の収入額も結果にありますが、自分が育った家庭の収入と現在の自分の収入を比較して、暗い気持ちになってしまいます。
 なんとか、未来が明るくなって、ほどほどに働いて、そこそこの余暇を過ごせるような社会になってくれるように祈るばかりです。


 著者は、橘玲氏です。 1959年生まれ。作家。国際金融小説『マネーロンダリング (幻冬舎文庫)』『タックスヘイヴン (幻冬舎文庫)』などのほか、『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方新版 知的人生設計のすすめ (幻冬舎文庫)』『幸福の「資本」論 あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」』など金融・人生設計に関する著作も多数。

 『言ってはいけない 残酷すぎる真実 (新潮新書)』で2017新書大賞受賞。近著に『もっと言ってはいけない (新潮新書)』『働き方2.0vs4.0 不条理な会社人生から自由になれる』『人生は攻略できる』など。

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〜学歴と「家柄」は相関関係にある〜 『教育格差』(松岡亮二)を読んで

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 へっぶしんです。 久しぶりに、教育と格差に戻ります^^;そして内容は、子どもの学力格差は親の学歴と投函関係にあるという「現実」をデータで示し、そのための解決策の提言です。

 子どもは生まれたときから、有利不利を背負っているというのは、とても重たい事実ですね。しかし歴史上で、格差が存在しない時代はありません(縄文時代以前なら違うかもしれませんが^^;)。その上で、格差はあるものだという諦観の上に生きていくのか。子どもの無限大の可能性をつぶさないためにも、できる限り「機会の平等」を確保できるような制度設計を目指すのか。

 個人の考えではどうにもなりませんが、世界を、日本をあきらめたくないですね^^;


 いつものように、帯の裏側より、

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就学前、小学校、中学校、高校、国際比較……
気鋭の社会学者が豊富なデータを基に描き出した
「緩やかな身分社会」
この国の実態。
・小学校入学前にすでに学力格差が生じている。
・公立の中学校同士でもおおきな「環境」格差がある。
・親が大卒か否かで、就学前〜高校までの格差が拡大。
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 ま、本を売るための宣伝文句なので衝撃的ではありますが、間違いなく本の内容をコンパクトに表現しています。

 子どもに学力格差が生じる背景に、親の学歴、生まれた地域があるということをデータで検証しています。以前に書いた「AI vs.教科書が読めない子どもたち [ 新井 紀子 ]」「AIに負けない子どもを育てる [ 新井 紀子 ]」では、読解力が学力を左右するという子どもを個別に見る視点での学力差でしたが、今回は子どもの出自により学歴が変わるという内容です。組み合わせると、学歴が高い親に生まれた子どもは読解力が高いということになりますが、研究者の方に検証していただきたいですね^^;

 今回の本の内容に戻ります。両親の学歴を、両親大卒、片方の親が大卒、その他に分けています。学歴が高い親は、幼少期から子どもに対して「意図的養育」をします。簡単に言えば、早寝早起きを習慣づける、朝食を抜かない、テレビの時間を制限する、食事の時はテレビをつけない、などのしつけです。逆に、その他の親は、子どもは自然に育つという意識から、「放任的養育」をするために子どもの学力が伸びないという知見を紹介されています。

 また、「意図的養育」をする親は、叱るときにはダメな理由を子どもに説明するそうです。それに対して、「放任的養育」をしている親は、理由を言わずに一括する傾向にあるとのことです。さらに、「意図的養育」をする親は、子育てをするための情報を積極的に集めながら試行錯誤で子どもを育てますが、「放任的養育」をする親は、自己の経験に基づいた子育て・しつけをするとのことです。何度か、どこかで書いていると思うのですが、本の読み聞かせを積極的にするのも、「意図的養育」をする親だということです。

 このように幼少期にすでに家庭の子育ての方針で、小学校入学以前に「落ち着いて話を聞く」、「ひとつのことに集中すること」、「がまんすること」などの指標で、統計的に優位な差が出るようです。

 この差は、小学校・中学校と引き継がれます。そして、高校になると、高校入試という選別を経て、学校間での勉強への意識の差につながり、学力差が決定的になるというのが著者の説明です。この学力格差を背負って、子どもたちは学歴社会へ投げ出されます。ただし学歴社会自体は、日本特有の現象ではなく、どこの国にもある、ある意味普遍的な状態だとのことです。

 最後に著者は、この社会の状態を何もしないで受け入れるべきなのか、少しでもいいので現状を変えるためのアクションをすべきなのかと問いかけ、もちろん後者を呼びかけます。


 ここからは、自信を振り返るしかないのですが、私は両親が高卒の家に生まれています。ただし世帯年収は、この本での両親大卒を上回っていました。そして、公立の小中学校から高校受験をする前提で書かれている今回の本の進路とは違う、中学受験を経て大学へ進学しました。中学受験では、ひとまず成功した部類に入る偏差値の学校でした。本の中で、小学4年生、中学1年生の大学に進学するかという意識調査がありましたが、私は小学校6年生の時に大学進学を明確に意識し、中学入学時には、大学進学が既定路線になりました。そういった意味では、両親が高卒ではありますが、その他の条件に恵まれていたのでしょう。本の中では、両親の学歴をSESという言葉に置き換えています。SESとは、簡単に言えば、親の経済的・社会的・文化的な資本のことです。本の中では、文化的資本の代表的な指標である家庭の蔵書を頻繁に用いています。これに限れば、生まれ育った家の蔵書は、1000冊くらいあり、床に本が落ちているのが普通の状態でした^^;家を出て、家庭を持った現在の住まいにも200〜300冊くらいの本があり、ブログになっていない本がリビングに積まれていて、家族のひんしゅくを買っています^^;そのためなのか、両親が高学歴でないむすめも、中学受験をして最上位校に進学しています。苦手な英語だけ塾に通っていますが、この間の模試の偏差値は、国語が64でした。塾で学習していない数学も偏差値60あり、まずまずの成績です。年収だけは、指標に使われている中央値ですが^^;

 そして、ありきたりになってしまいますが、地域的・社会的にはどうかと言えば、本の中には登場しませんでしたが、社会的資本の中に入るであろう人的資本という点では、私よりも年収の多い友達ばかりで、日々へこんでいます。年収が低いと言っても、以前にどこかで書きましたが、厚生労働省の出している国民生活基礎調査での世帯年収をみると、中央値付近の収入での暮らしが想像できません。子どもの学費だけで毎月5万取られており、300万〜400万の収入では、我が家の家計は破綻してしまいます^^;それにもかかわらず、周りを見渡すと劣等感を覚えるという人たちに囲まれています。そういう意味では、私個人も経済的・社会的・文化的資本に恵まれ、子どもにも有利な条件を与えているということになります。

 日本の社会が、思ったよりも貧しいのだなと、個人所得などを見て思ってしまいます。個人的には、すべての人が(私自身も含めて)、経済的に困ることのないくらしができる社会になってほしいなと願っています。もちろん、格差が縮小していく社会を望んでいます。


 著者は、松岡 亮二氏です。

 ハワイ州立大学マノア校教育学部博士課程教育政策学専攻修了。博士(教育学)。東北大学大学院COEフェロー(研究員)、統計数理研究所特任研究員、早稲田大学助教を経て、現在同大学准教授。国内外の学術誌に20編の査読付き論文を発表。日本教育社会学会・国際活動奨励賞(2015年度)、早稲田大学ティーチングアワード(2015年度春学期)、東京大学社会科学研究所附属社会調査データアーカイブ研究センター優秀論文賞(2018年度)を受賞。

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〜資産の築き方を考える〜 『金持ち父さん貧乏父さん』(ロバート・キヨサキ)を読んで





 へっぶしんです。 昨日(10/12)から今日(10/13)の台風は、史上最大というだけあって大きな被害が出ましたね。数々の川が氾濫している映像を見て、心が傷みました。被災者の方には、心よりお見舞いを申し上げ、復興することをお祈り申し上げます。

 特に、母の生地の長野市の千曲川の氾濫には、知っている土地のため驚きと悲しみで故郷が失われるような感覚に陥りました。重ねて、被災地にお住まいの方の心と生活の復興をお祈り申し上げます。

 さて、こんな時期ではありますが、今回は『金持ち父さん貧乏父さん改訂版 アメリカの金持ちが教えてくれるお金の哲学 [ ロバート・T.キヨサキ ]』です。

 金持ち父さんの教えはお金のために働くのではなく、お金を働かせなさいと言うものでした。私もアーリーリタイアのために投資をしていますが、父さんの教え通りにうまくは行っていません^^;ただ、金持ちになるためのマインドセットは理解できました。その通りにできるかどうかは、結局わたくし次第ですね^^;


 この本が出版されたときに、大きな話題になっていたような記憶はあるのですが、初版が2013年になっています。帯には「2000年から読まれてきた」と書かれているので、世に出たのは約20年前のようです。そして、なんとなく本の内容に記憶があるので、以前に読んだことがあったのかもしれません。


 内容としては、


  ・中流以下の人はお金のために働く


  ・金持ちは自分のためにお金を働かせる


 ということが、豊富な具体例とともに書かれています。


 しかし著者は、サラリーマンの経験もあり、会社勤めであっても強い目的意識があれば、金持ちなれると説いています。


 個人的には自分の経験も踏まえて、うなずける部分とちょっと・・・という部分が混在しています。ただ、学校は「お金のために働く方法を学ぶところ」という主張には大きく賛同できます。


 中学校では、生徒会長が創造的なことを言うと、指導教員から嫌われるという話を聞きます。中学校での優等生は、指導教員の意向をくんで、自分の考えを抑えながら過ごすことになります。それでは、創造性にあふれる生徒は育ちませんよね。部活もほどほどならよいと思いますが、朝練をして、放課後も練習をしていると、生徒が自由に使える時間が極端に減ります。勉強をしたい子もいれば、運動部でも音楽の習い事をしたい子もいるでしょう。趣味で絵を描くのが好きな子もいるかもしれません。しかし、朝と放課後に練習があり、宿題も課されれば、生徒が自由に使える時間はほとんどないでしょう。やはり、創造的な人間を育てる芽を摘むような教育と言わざるを得ないのではないでしょうか。


 次に、著者はセールスの方法を学ぶことはよいことだといっており、セールスマンを育てるプログラムを持つ会社に一度は行ってみるはいいことだと言っています。また、筆者自身もそうだったようですが、リーダーシップを学ぶために海軍に入隊したと言っています。営業会社にしても、海軍にしてもブラック企業ではないでしょうか。強い目的意識が必要だと筆者は言っていますが、この部分に関しては、疑問を感じてしまします。確かに、断られる恐怖を克服するということの重要性は理解できましたが、私が知っているセールスマンを育てるプログラムと筆者の言っているプログラムが、全く別のことであることを祈ります。


 最後に、資産を築くためには投資が大切だと説いています。これには大きく同意します。さらに筆者は突っ込んで、不動産、個別株、債券、オプション取引などを勧めています。ハイリスクハイリターンな投資をよく理解して、リスクを減らして投資すべきというのが筆者の主張です。そのモデルケースとして単純化したやり方についても、書かれています。


 興味がある方は、ぜひ読んでみてはいかがでしょうか。


 筆者は、時代が大きく変わっている時代だからこそ、個人資産のバランスシートを意識することが大切だと説いてます。この部分には、大きく同意できます。さらに踏み込んで、持ち家を買うことは負債を背負い込むことだということにも同意できました。以前に家を買おうと思い、ローンの返済額を趣味レーションしていて、ばかばかしくなってやめました。私がローンを計算していた時は、借入金利が3%くらいでしたが、35年ローンの複利計算をしてみたら、返済額が借りた金額の1.5倍になっていました。そして、金利が5%になると返済不能になる金額でした。この経験から、住宅ローンを背負い込むことは、負債を抱え込むことと同じことだという考え方は理解できました。また筆者は不動産取引をベースにして、大きな資産を築いたようです。

 すごい人だなと思うことと、簡単ではなかったと書いてありましたが、私に同じことができるかと考えると、難しいなと感じました。本に書かれていない部分での、大変だったところで破綻しそうな気がしました。
 この本からは、投資を続けることの重要性と、お金に関するリテラシーの大切さを学びました。同時に、筆者は、雇用を作れる人を育てたいという熱意で本を書いているようですが、リスクに関してきちんと説明をしないと、道を誤る若者が出てくるのではないかと危惧を覚えました。

 起業で成功する確率は、とても低いです。リスクの大きさと、そのリスクを乗り越えるための方法をきちんと書く必要があるのではないでしょうか。その答えようようなことは書いてありましたが、私には十分なもののようには思えませんでした。

 ただ、賛否両論が巻き起こるというところについては、世間に問題提起をする良書だとも思います。特に、教育についてはうなずける部分が多いなと感じました。


 著者は、ロバート・キヨサキ氏です。


 プロフィールがはっきりとは分からないのですが、海兵学校を出ているようです。


 現職は、起業家・教育者・投資家しか書いてありません。本の内容からもうなずけるプロフィールで、何を学ぶのかは、学んだ学校で決まるものではないと、いいそうですね^^;



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〜聖地回復と「聖人」〜 『十字軍物語(四)』(塩野七生)を読んで

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 へっぶしんです。

 何とか、最近読み終わった本だけでも、ブログにしていきたいと自分に願いながら休日を過ごしています^^;

 そして色々あって、日曜日がつぶれそうなので、休みが週1日になりそうです^^;

 今回は、『十字軍物語 第三巻 獅子心王リチャード (新潮文庫) [ 塩野 七生 ]』の続編で、十字文物語の最終巻です。1095年のクレルモン公会議でローマ法王ウルバン2世の呼びかけで始まった十字軍ですが、1270年のルイ9世の第8回十字軍で終わりを迎えます。

 十字軍とは何だったのか、何がもたらされ、何を失ったのか。日本で言えば平安時代末期から鎌倉時代初期にかけての時代に、ヨーロッパ・中近東で起こっていたことの物語です。



 作者は塩野七生氏です。


 塩野七生氏は、学習院大学文学部哲学科を卒業後にイタリアに遊学され、多数の著書を書かれています。全巻読破したいくらいなのですが、多すぎます^^;

 主な著書に
ルネサンスの女たち (新潮文庫) [ 塩野 七生 ]

チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷 (新潮文庫) [ 塩野 七生 ]

海の都の物語(1) ヴェネツィア共和国の一千年 (新潮文庫) [ 塩野七生 ]

ローマ人の物語(1) ローマは一日にして成らず 上 (新潮文庫) [ 塩野七生 ]

など多数あります。

[概要]

帯より

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 惨澹たる終戦
 
 最後に何が残ったのか

 王たちが夢見た「十字軍国家」は中途の地図から消えてしまうのだが・・・・・・
-----------------------------------------------


  歴史の物語は、一気に読んでしまいますね^^;

 塩野氏の筆力に翻弄されてしまいます^^;



 歴史の物語を読んでいると、100年・200年という時間があっという間に過ぎてしまいますね。実際には、書かれていることよりもこまごまとしたことがあって、2、3日で読み終わるような単純な出来事ではないのですが、それでもストーリーがしっかりしていると、まるで目の前で起こっている出来事のように感じながら読み進めてしまうから不思議なものです。


 今回は、ほとんどがローマ法王庁への批判に近いストーリー仕立てになっています。ベースには、膨大な史料を読み込んだ塩野氏の豊富な学識があります。それに基づいて書きだされているので、史実通りの出来事に塩野氏の想像が加えられたストーリーになっています。


 第4巻は、ローマ教皇に嫌われた神聖ローマ皇帝フリードリヒ2世の第6次十字軍から始まります。アラブ人が多く住むシチリアで生まれ育ち、アラビア語をも使うことのできる異色の神聖ローマ帝国皇帝は、第6次十字軍(1228-1229)において、交渉による講和という方法を用いて、無血でイェルサレムを回復します。しかしイェルサレムの奪還は、「キリスト教徒血を流して成し遂げるもの」だと考えているローマ教皇庁には、この業績が無視されます。逆に「不信仰の徒と交渉」したことで、評価を下げることになります。


 一方で、1248年から始まる第7次十字軍、1270年の第8次十字軍を率いたフランス王のルイ9世は、「聖人」に列せられます。第7次・第8次十字軍の業績が大きなものだったかどうかというと、第7次では、十字軍が丸ごと捕虜になるという屈辱的な結果に終わります。この影響で、キリスト教の軍隊に対するイスラム国家のイメージが大きく損なわれます。さらに、この時に活躍したマメルーク(マムルーク?)という元奴隷のイスラム兵士へのイメージが、イスラム世界の中でよくなります。それによって、エジプトでマムルーク朝が成立します。さらに第8次十字軍では、上陸して戦闘準備をしている最中に疫病が発生し、現地でルイ9世が亡くなり、空中分解のような形で十字軍が終了します。


 聖地を(軍隊という圧力はかけつつではありますが)平和裏に、イェルサレムの回復に成功した神聖ローマ皇帝のフリートリヒ2世は、破門を解かれるどころか、評価を下げました。


 逆に何の戦果もなく、逆にイェルサレムの地でキリスト教の権威を下げ、中近東にキリスト教徒の足場を失うという「成果」を出し、自らが中東の地で露と消えたルイ9世は聖人に列せられます。


 中世とはいえ、「人は見たい現実しか見ない」ものなのでしょうか。


 第4巻は、特に現代の日本に生きる私たちへ多くの問題を提起しているように思えます。


 人は誰かから認められたいという認知欲求によって社会性を身につけていくものだと思います。しかし、「人から認められる」、「人から評価される」ために、ただ人気を集めればよいのでしょうか。上司から気に入られるために仕事をすればよいのでしょうか。教師の前でいい子にしていればいいのでしょうか。


 中世において、戦争とその戦果を冷静に分析できるエリートは、ほとんどいなかったようです。本当に一部のリーダー層だけが、冷静に情勢を分析することができたようです。


 民主主義の時代になった現代はどうでしょうか。リーダーの政策の「成果」を、冷静に分析できる国民がどれだけいるのでしょうか。私自身はニュースを見るたびに、いやな気分になります。ただ、私はただの一般人で、学識も知識もたかが知れています。私は私の現在、将来のくらしを想像したときに、政府の政策が自分にとってプラスかマイナスかという軸でしか、政府の政策を判断しません。


 憲法の三大原則のひとつに国民主権があり、基本的人権があるという点において、現代の国民国家の視点としては、それでいいのではないでしょうか。もちろん、ニュースの中で、貿易政策では自由貿易から保護貿易への流れというものも感じています。これは、保護貿易が行き過ぎれば、第2次世界大戦を引き起こす結果になったブロック経済になる危険性をはらんでいます。しかし自由貿易政策を進めて、全世界の貿易が関税なしの「フラット」な状態になったら、完全なる弱肉強食経済が完成して今います。これは、産業革命が始まった初期のイギリスの経済状態に戻ることを意味します。


 ニュースを見るときに、このように歴史と関連付けながら、どうなったら自分が住みやすい未来に近づくのかと考えています。


 さて、今の日本はどこに向かっているのでしょうね。。。


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〜深刻な地方の衰退の処方箋を考える〜 『地域再生の失敗学』(飯田康之)を読んで

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 へっぶしんです。

 日曜の午後に、ラグビーのオールブラックスの試合を見ながらブログを書いています。日曜日には珍しく、外食ではなく家で昼食を摂りました^^;そのために、カフェに行くこともなく一歩も外に出ない日曜日を過ごしています。寂しすぎる休日ですねw

 今回も日本の地方の衰退に関する本です。『ドイツの地方都市はなぜ元気なのか 小さな街の輝くクオリティ [ 高松 平藏 ]』『地方消滅 東京一極集中が招く人口急減 (中公新書) [ 増田寛也 ]』と3冊連続で地歩都市について読んでいます。本当に色々と考えさせられますね。


 共著の本で、著者がたくさんいます。


 飯田康之氏
  1975年、東京生まれ、東京大学経済学部卒業後、東京大学経済学研究科博士課程単位取得退学をされています。駒澤大学経済学部准教授、財務省財務総合政策研究所上席客員研究員を経て、現在、明治大学政治経済学部准教授、内閣府規制改革推進会議委員、株式会社シノドス マネ−ジングディレクターなどを兼任されています。専門は日本経済・ビジネスエコノミクス・経済政策・マクロ経済学です。

 主な著書に、
 ・考える技術としての統計学 生活・ビジネス・投資に生かす (NHKブックス) [ 飯田泰之 ]
 ・マクロ経済学の核心 [ 飯田泰之 ] ・経済学講義 (ちくま新書) [ 飯田 泰之 ]
 ・日本史に学ぶマネーの論理 [ 飯田 泰之 ]
 などがあります。

 木下斉氏
  1982年生まれです。早稲田大学政治経済学部政治学科を卒業され、一橋大学大学院商学研究科修士課程を修了された、経営学修士の方です。一般社団法人エリア・イノベーション・アライアンスの代表理事をされています。内閣官房地域活性化伝道師、熊本城東マネジメント株式会社代表取締役、一般社団法人公民連携事業機構理事をされています。専門は、経営を軸に置いた中心市街活性化、社会企業などです。

 主な著書に、『稼ぐまちが地方を変える 誰も言わなかった10の鉄則 (NHK出版新書) [ 木下斉 ]』があります。 

 川崎一泰氏
  1969年生まれです。法政大学経済学部を卒業された後、法政大学大学院を満了された経済学博士です。東海大学政治経済学部准教授、日本経済研究センター研究員、国立国会図書館調査員(非常勤)、ジョージメイソン大学訪問研究員などを経て、2013年より東洋大学経済学部の教授をされています。

 入山章栄氏
  1972年生まれです。慶應義塾大学経済学部を卒業された後、三菱総合研究所での調査・コンサルティング業務に従事された後に渡米し、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院より博士号を取得されています。そこから、米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールの助教授に就任され、2013年より早稲田大学ビジネススクールの准教授をされています。専門は、経営学です。

 主な著書に、『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学 [ 入山章栄 ]』があります。

 林直樹氏
  1972年、広島生まれです。京都大学大学院農学研究科博士後期課程を修了され、能楽博士です。現在は東京大学農学生命研究科・特任助教をされています。編著に『撤退の農村計画 過疎地域からはじまる戦略的再編 [ 林 直樹 ]』があります。

 熊谷俊人氏
  1978年、神戸市で生まれています。現職の千葉市長をされています。早稲田大学を卒業された後、NTTコミュニケーションズに入社され、07年に千葉市長選挙に当選され13年に再選されて、現在は二期目です。


 前回の地方消滅に続き、国家政策としての地域再生の失敗を検証しながら、地域活性化を考えるという内容です。地方に住む人たちが、リトル東京を目指してしまったために、だったら東京に出た方がいいと若者が都会に出る理由を分析しています。また、政府の地域活性化策が、ハコモンを作る公共事業に終始して、地方都市に安定した雇用創出の仕組みを作ってこなかったと批判しています。

 帯の表より、
----------------------------------------------------
気鋭の経済学者が、一線級の研究者、事業家、政治家たちと徹底議論し、今本当に必要な「正しい考え方」を示す
・「活性化か消滅か」ではない選択肢を
・ゆるキャラとB級グルメは無駄
・ここにしかない魅力を徹底的に磨け!
・「人口減」前提のプランを立てよ
----------------------------------------------------

 日々の報道を見ていると、未だに人口増加を前提にした考えに基づかれて運用されている制度を、改めようともせずに、借金を増やし続けているように思います。道路計画なども、人口が減少に伴って、当然に生産年齢人口も減少するなかで、拡張ばかりしているように見えます。生産人口が減少するということは、GDPも落ち込んでいくわけで、政府は減収になっていきます。ただでさえ、税収の3割もの金額が借金の返済である国債費に回されているのに、さらに借金を増やし続けています。人口減少社会に向けて、地方都市は生き残りをかけた「人口減少前提のプラン」を建てなければならないし、国は、税収減を前提にした持続可能なプランの策定が必要です。

 そのなかで、日本の地方には文化的なオンリーワンがかなりあるはずです。それをリトル東京を目指したまちづくりを続けていては、東京や名古屋、大阪、福岡などの地方中枢都市の大都市への人口流出は止まるはずがありませんよね。その地域にしかないオンリーワンを再発見して、守っていくという考え方が、地方を守ることになるでしょう。逆に、リトル東京を目指すという思考から抜け出せなければ、30年後には人口が半分になってしまいます。国の政策を立案できるリーダーや、地方の有力者の方々は、危機感を持った地方創生の政策の実施が急務です。



 地方で暮らしたことのない私にとっては、都会へのあこがれというものが理解できません。しかし若者が都会に出る理由は、単なるあこがれだけではないでしょう。統計などを見ても、地方の魅力はあまりなさそうです。


 今回の本に書いてあるように、人がリピートして訪れたくなる、住みたくなるような、その地域オンリーワンに気づき、魅力ある地方を作ってほしいものです。

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〜少子高齢化は地方から都市部に波及する/待ったなしの少子高齢化対策〜 『地方消滅』(増田寛也)を読んで






 へっぶしんです。

 本日も1日を無駄に過ごしているなと^^;アフィをやったり、カフェで読書をしたりと、もっと楽しいことをできないのかなと、最近人付き合いが職場か家族に限定されていることに若干ですが、危機を感じています^^;

 さて、今回の本は『「読む力」と「地頭力」がいっきに身につく 東大読書 [ 西岡 壱誠 ]』で紹介されていた本です^^

 前回の『ドイツの地方都市はなぜ元気なのか 小さな街の輝くクオリティ [ 高松 平藏 ]』も、『東大読書』に紹介されていたのですが、今回は日本の人口問題について書かれています。

 人口問題として少子高齢化の問題が取りざたされて久しいですが、何も解決していないどころか、日本の国として危機的な状況にあるということがわかり、自分に何ができるのかを考えざるを得ないなと、ひとりで深刻になっています。

 人口問題自体は、年金の問題などもからめて、私が小学生のころから問題として社会科の授業で取り扱ってきたはずなのですが、何をしていたのでしょうね。。。

 現在の政治を見ていても、ほとんど危機感を感じません。人口減少社会のなかで、東京に住んでいると実感できないことが、地方では深刻な問題になっています。




 著者は増田寛也氏です。

 
   1951(昭和26)年東京生まれ、77年、東京大学法学部卒業、同年、建設省入省、95年より2007年まで3期にわたり岩手県知事、2007年より08年まで総務大臣を務める。2009年より、野村総合研究所顧問、東京大学公共政策大学院客員教授、2011年より日本創生会議座長。 

著書には、
『地域主権の近未来図』(朝日新書 2010)
「東北」共同体からの再生 東日本大震災と日本の未来 [ 川勝平太 ]
地方消滅(創生戦略篇) (中公新書) [ 増田寛也 ]
東京消滅 介護破綻と地方移住 (中公新書) [ 増田寛也 ]
が、あります。


 2019年時点で、1741の地方自治体があります。この本が書かれた2013年時点でも、1742の地方自体がありました。その自治体のうちの896もの市町村が消滅の危機に瀕していると警鐘を鳴らしています。

 まずは、私が大好きな本の帯の裏側です。

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 このままでは896の自治体が消滅しかねない--。減少を続ける若年女性人口の予測から導き出された衝撃のデータである。若者が子育て環境の悪い東京圏へ移動し続けた結果、日本は人口減少社会に突入した。多くの地方では、すでに高齢者すら減り始め、大都市では高齢者が激増してゆく。豊富なデータをもとに日本の未来図を描き出し、地方に人々がとどまり、希望どおりに子供を持てる社会へ変わるための戦略を考える。

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 筆者は、最初に人口の「再生産力」に着目します。生まれる子どもの95%は20〜39歳の女性の出産によるので、この若年女性の人口減少に注目します。子どもの出産を担う若年女性が減少すれば、人口が増えるはずはありません。これに「人口移動」の統計を加えて、若年女性がどれくらい減少するかのデータを出します。この推計で2010年から2040年までの間に「20〜39歳の女性人口」が五割以下に減少する市区町村数を、消滅可能性都市としています。これが冒頭にも書いた自治体の1742(2013年時点)のうち896もあるという衝撃の推計です。

 東京に住んでいるとほとんど実感できない少子高齢化、人口減ですが、地方ではすでに人口減少が始まっており、深刻な状況になっています。それにもかかわらず若者は、出生率の低い東京圏に吸い寄せられています。

 個人的な経験、感覚では、東京が子育てに適さないというのは大変いうなずけます。私自身も、以前に書いたかもしれませんが、子どもは3人くらいほしかったのですが、1人目が産まれて子育てをしているときに、託児所の料金が高すぎて2人目をあきらめました。当時は、保育所の民営化が進んでいる時期でした。公立の保育園に預けると月に1万8000円だった料金が、無認可の保育所では6万円かかりました。公立の保育所なら3人でも5万8000円で預けられますが、公立の保育所ひとりに無認可の保育所2人を預けると、1か月の保育所料金だけで13万2000円もかかります。当時の目先の家計の計算だけでも、2人目は無理でした。これは、その後には待機児童問題が報道されましたが、一向に問題が解決されていませんね。本にも取り上げられていますが、東京の出生率は全国で最低レベルです。私はたまたま家庭を持つことができましたが、2人目の子どもを作れなどころではなく、自分ひとりが生活すらままならない人が多いのではないでしょうか。以前に何度も出しましたが、厚生労働省の国民生活基礎調査では、世帯の年収の中央値が400万円台です。私の感覚では、子どもをひとり育てるのにも圧倒的に足りない年収です。人口問題の解決には、社会構造を変えていかなければ無理だと感じています。

 本に戻りますが、そんな子育てに向かない環境の東京に若者が吸い寄せられるのは、そもそも地方に若者を雇用するだけの受け皿がないことが挙げられています。いままでも政治の力で、大都市圏と地方の格差を縮めようとしてきましたが、ことごとく失敗しているようです。有名なところでは、池田勇人首相の所得倍増計画で太平洋ベルト構想があり、田中角栄首相の日本列島改造論などがあります。しかし大都市の所得を地方に移転させて、地方の活性化を達成するという結果は得られていません。現在はますます格差が広がっているのではないでしょうか。厚生労働省の賃金構造基本統計調査を見ると、都道府県別ではトップの東京で年収380.4万円、最下位の宮崎県で年収235.1万円と約140万円も差があります。これでは、若者が地方にとどまって家庭を築く可能性は低いですよね。

 本の中では、国家の政策としてできることを提言しています。 どの提言も、地方の強みを活かして、競争力のある都市作りのための処方箋です。

  ・ベッドタウン型
    これは、近くに強い都市があることが前提なので、個人的には違う魅力を模索してほしいなと。。。

  ・産業誘致型
    従来の大企業の工場誘致では、今までの失敗を繰り返すだけになるでしょう。製造業で重要なのは、原料の調達に有利なことという条件が重要です。日本には天然資源が多いわけではありませんが、地域の特色ある原料はゼロではないはずです。その地域が、他の地域と競争できるだけの資源を有している、まさに地の利のある業種の誘致であれば成功するのではないでしょうか。だた、儲かっている大企業ではなく、地場に定着する可能性の高い業種の誘致を考える必要があります。

 ・学園都市型
    茨城県のつくば市が最も有名だとは思いますが、これに産学連携が協力に結びつくと効果を発揮しそうですね。

 ・コンパクトシティ型
    従来の都市機能を中心部に集約して、都市機能を集積してその地ならでは魅力を発信するものです。前回取り上げた、ドイツの地方都市は、この型が多いように思えます。

 ・公共財主導型
    個人的には、ほとんどの地方都市がこの型に依存しようとして失敗しているのではないかと考えています。本の中で取り上げられているのは、関西国際空港がある市です。埋め立てのしやすい海岸沿いで、大都市に近いという立地上の有利以外に成功の要素がないので、多くの都市が見習えるものではなさそうです。

 有権者が一体となって、人口減少に歯止めをかけないと、20年後には日本の人口は1億人を割りそうなところまで減少してしまうようです。



 現在の政権は、アメリカからポンコツ戦闘機の爆買い、安全性がよくわからないトウモロコシの爆買いなど、人口問題・少子化対策などに全く興味がないようです。つまりは、日本の将来に興味をもっていない政党を、有権者が支持しているという、民主主義社会にあって意味不明の投票行動を続けています。

 人口減少が決定的になった現在の日本で、自らの生活を維持するためにも、現在の社会問題に対して興味を持つ人が少しでも増えてくれることを願うばかりです。そのためにも、人柄が信頼できそうなどという根拠不明の支持をせずに、ニュースで報道されている内容がどのような意味を持つのかを考えることが大切です。政治の話は難しそうという腰を引いた姿勢を直す有権者が増えてほしいものです。

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〜自分の思考はわりと不自由だということを知る〜 『寝ながら学べる構造主義』(内田樹)を読んで

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 へっぶしんです。

 本日は仕事が休みなのですが、家でうだうだしていて、あまりにもお腹がすいたのでランチのために街に出たのが13:30でした。どれだけ時間を無駄に過ごしているのかと愕然となってしまいました^^;


 今回の本では、ちょっとした発見がありました。難解な本に挑戦するのが好きで、その分、文章が難しすぎて挫折することがままあります。この分の意味が分かる人ってすごいなと思っていたのですが、難文は学者が読んでも難文だということがわかりました^^;


 わからないものは、わからないんだなと^^;



 著者は内田樹氏です。

 
  1950年に東京で生まれ、東京大学文学部仏文科を卒業され、東京都立大学大学院博士課程を中退されています。2011年の3月に神戸女学院大学大学院文学研究科公寿を退職されています。現在は神戸女学院大学の名誉教授でいらっしゃいます。専門はフランス現代思想、映画記号論、武道論です。2007年に『私家版・ユダヤ文化論 (文春新書)』で第6回小林秀雄賞を受賞されています。さらに、『日本辺境論 (新潮新書)』で新書大賞2010を受賞、他の著作に『ためらいの倫理学 戦争・性・物語 (角川文庫)』、『「おじさん」的思考 (角川文庫)』、『下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち (講談社文庫)』、『街場のメディア論 (光文社新書)』、『レヴィナスと愛の現象学 (文春文庫)』、『他者と死者 ラカンによるレヴィナス (文春文庫)』などがあります。



 P.167「構造主義者の書く文章は読みやすいとは言えません。特にラカンは、正直に言って、何を言っているのかまったく理解できない箇所を大量に含んでいます。」


 この記述にとても驚きました。難解な文章であっても、学者は理解していると思っていた先入観を見事に破壊してくれました^^


 P.169「まだ動き回ることができず、栄養摂取も他人に依存している幼児的=ことばを語らない段階にいる子どもは、おのれの鏡像を喜悦とともに引き受ける。それゆえ、この現象は、私たちの目には、範例的なしかたで、象徴作用の原型を示しているもののように見えるのである。というのは、<私>はこのとき、その始原的な型の中にいわば身を投じるわけだが、それは他者との同一化の弁証法を通じて<私>が自己を対象化することにも、言語の習得によって<私>が普遍的なものを介して主体としての<私>の機能を回復することにも先行しているからである。」」


 この次に来る文が、P.170「この難文をとにかく意味の分かる日本語に書き直しましょう。」です。術語(テクニカルターム)が含まれていて、「象徴作用の原型」とか、一般の人間(もちろん私を含みます)が知るはずもない単語・表現が大量に含まれると、意味が分からなくなりますよね^^;このような文に接したときに、自分の知識不足や読解力不足によって読めないのだと、今までは自分の無知にがっかりしていました。しかし、気を落す必要がないのだと、著者に勇気づけられました^^


 構造主義自体は、帯に書いてあるように著者が分かりやすく説明をされているので、大体はどのようなものなのかがわかりました。ただ、新井紀子氏の読解力関連の著作から、構造主義の考え方を現在のほとんどの日本人が習得しているという考え方には疑問を持つようになってしまっています。


 著者が構造主義の考え方の例に引いているのが、20世紀の帝国主義時代の植民地の支配者と被支配者の立場を今なら両方の立場で考えられるというものです。しかし、今まさにワイドショーなどで流されている嫌韓報道を見ていると、政府の首脳・大量の嫌韓報道を見させられている日本国民で、日本と韓国の両方の立場に立ちながら考えられる人は、一部にとどまっていそうです。出なければ、テレビ局があきもしないで、嫌韓報道を繰り返し、原因を作った日本政府の失策に対する批判がほとんどないことの説明ができません。


 一部の日本・韓国の両方の立場からものを見ることのできる人間だけが、劣化したテレビ報道に怒りを覚え、またウンザリしています。これが、ほとんどの人がうんざりしているのであれば、テレビ局へ批判が殺到するはずです。しかし、ほとんどの人はテレビの劣悪な報道を受け入れているために、大手テレビ局の日本政府を批判せずに嫌韓報道を繰り返すという愚かな姿勢を変えられないのです。


 他にも、構造主義の考え方から、学校教育で行われている「体育座り」が、生徒を支配するのに大きな役割を果たしていることが明らかになっているということに驚きました。体を屈して、自分の動きを制限し、浅くしか呼吸できない姿勢をとらせるということが、異常なことだと感じたことは今まで一切ありませんでした。世の中で当たり前に行われていることで、知らず知らずのうちに自分の自由を大きく奪っているものがあるという新鮮な発見ができて、とても有意義な一冊でした。


 目の前で行われていることにどういった意味があるのかを考え続けないと、知らず知らずのうちに軍国主義の考え方が身に沁み込んでしまいそうな日本の状況です。常に批判的な精神を持ちながら物事を見つめ、意味を考え続けていかなければ、奴隷的な思考の持ち主にされてしまいそうだと怖くなりました^^;


 頭を使い続けなければならないと、改めて決意させられました^^


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〜日本の地方創生を考える〜 『ドイツの地方都市はなぜ元気なのか』(高松平蔵)を読んで




 へっぶしんです。

 アフィリエイトがうまくいかずにへこむ日々が続いています^^;ま、本業は会社員なので、いつか自宅のPCの前が仕事場になればストレスのない生活ができるかな?くらいでやっているので、成果が出ないのかもしれませんが^^;

 相変わらず、本を読むペースにブログを書くペースが間に合っていないために、読み終わった本の山がなかなか片付きません^^;

 さて、『「読む力」と「地頭力」がいっきに身につく 東大読書 [ 西岡 壱誠 ]』で紹介されてた本を買ってみたのですが、日本では全くうまくいっていない地方創生が軌道に乗っているドイツの地方都市について書かれた本です。

 地方都市の衰退に問題意識を持っている方には、ぜひご一読いただきたい一冊です。



 作者は高松平蔵氏です。

 
 ドイツ在住のジャーナリストの方で、1969年にならで生まれた後に、会社勤務を経て独立されています。さらに、京都経済新聞社を経てジャーナリストになられています。1997年ころから、ドイツのエアランゲンと日本を行き来する生活をされています。2002年からドイツ・エアランゲン市を拠点にして現在に至っています。著書に『エコライフ : ドイツと日本どう違う【電子書籍】[ 高松平蔵 ]』があります。



 ドイツのエアランゲン市に住まれている著者の目から、日本の地方都市とドイツの地方都市が比較されています。著者が着目している点として、「質の高い都市」=「文化の充実度が高い都市」というものがある。また、ひとつの自治体ですべてがそろうということも重要視されています。

 生活のためのすべてのものをそろえられる自治体の規模とはどれくらいなのでしょうか。

 筆者は、10万人前後だと主張しています。

 しかし、ドイツでは50万人以上の自治体が12、100万人規模の自治体は3つだけですが、、日本では50万人以上の自治体が25もあります。都市への人口の一極集中や、市町村合併をする前に(もうかなり進んでしまっていますが)、最適な都市のサイズをただ単に大規模ならいいという発想から脱却して考えた方がいいですよね。生活に不自由しない近隣の都市が連携をしあっていくという発想が大切です。

 また、日本の過疎の問題で失われつつあるものが、ひとつの自治体ですべてがそろうということでしょう。教育・医療すらままならない自治体が増えています。補助金に頼り独自性を失っていく限界集落を多く抱える日本の自治体に比べると、輝いて見えるのがエアランゲン市です。

 衰退途上にある日本の自治体が、まずは取り組まなければならないのが「循環系」の復活のようです。

 「循環系」とは、「行政の企業誘致の成功」⇒「地域の人々に地元の職場ができる」⇒「都市の経済力が高まる」⇒「高い生活を実現するための環境整備ができる」⇒「文化度の高い都市の実現」⇒「企業誘致につながる」という都市が活性化するための好循環だと筆者は定義しています。

 日本では、産学連携というと大企業と有名大学の世界最先端の研究にこだわっている印象を受けます。調べていないのであまり偉そうなことは言えないのですが、その地方固有の問題を解決するための産学連携というのがあってもいいのかなと思います。観光の誘致をしたいのであれば、どの地域にも固有の歴史があり、他の地域とは異なる特産物があるはずです。それを農業研究したり、伝統的工芸品として申請したりといったことができそうです。その研究成果をSNSなどで発信していけば、観光資源になりうるのではないでしょうか。下調べなどを研究の一環として大学生がゼミなどで行い、それを自治体・企業が発信していくという仕組み作りなどは、今の日本の制度でもできそうです。

 個人的な体験では、海外に行っても都市はどこも同じように感じました。しかし電車で30分も移動すると、その国・その地方特有の風景が広がっていました。東京では、都心から電車で30分移動すると、あまり個性のないベッドタウンが広がってしまっています。首都圏では、地域の特性が出しにくくなってしまっています。だからこそ、人口が一極集中していない地方都市は、自らのアイデンティティに基づく特色ある都市づくりを再生する可能性があるのではないでしょうか。

 900万人もいる東京の特別区が失ってしまった地域の独自性を、日本の地方都市が取戻してくれれば、人口減少が進み経済規模が小さくなっていく日本にも、希望が持てるようになるのではないでしょうか。そんな変化の可能性を感じさせてくれる一冊です。


 少子高齢化が止まらない日本にあって、合計解く出生率の低い東京都に若者の人口流入が続くという、衰退の悪循環を止めるには、地方都市の再生がカギになるのではないでしょうか。大都市の魅力ではなく、特色のある地方都市の魅力を作っていける日本になるためには、世界の中で成功している地方都市に学ぶ姿勢が大切ではないでしょうか。


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〜モンゴルの草原に思いをはせる(5)〜 『絶影〜チンギス紀五』(北方謙三)を読んで





 へっぶしんです。

 さぼっていた期間を、年間でめったにない連休で取り戻せるでしょうか^^;

 発売とともに家に届いて、読むのは早かったのですが、そこからブログにするまでに約2か月も寝かせてしまいました。読んだ本というのは熟成するのでしょうか。なんてろくでもないことを考えながら、本日2本目を書いています^^;(暇なのかと言えば、休みの日は暇ですとしか言いようが。。。)



 作者は北方謙三氏です。

 
 1947年佐賀県唐津市生まれ。中央大学法学部卒業。

 81年『弔鐘はるかなり (集英社文庫)』でデビュー。

 83年『眠りなき夜 (集英社文庫)』で第4回吉川英二文学新人賞、85年『渇きの街 (集英社文庫)』で第38回日本推理作家協会賞長編部門、91年『破軍の星 (集英社文庫)』で第4回柴田錬三郎賞を受賞。

 2004年『楊家将(下) (PHP文庫)』で第38回吉川英治文学賞、05年『水滸伝完結BOX (集英社文庫)』で第9回司馬遼太郎賞、07年『【中古】独り群せず /文藝春秋(文庫)』で第1回舟橋聖一文学賞、10年に第13回日本ミステリー文学大賞、11年『楊令伝「全15巻+読本」 (集英社文庫)』で第65回毎日出版文化賞特別賞を受賞。

 13年に紫綬褒章を受章。

 16年、第64回菊池寛賞を受賞。『【中古】三国志[文庫版]【文庫版 三国志全13巻+三国志読本 計14巻  全巻セット』、『史記 武帝紀 時代小説文庫 7巻セット[本/雑誌] / 北方謙三/〔著〕』ほか、著書多数。



 第5巻を読み終わってもまだ、テムジンのモンゴル族の統一すらままならない状況です。何巻まで続くのでしょうか^^;本を読むこと自体は、泳ぎ続けなければ呼吸が止まってしまう鮪のように、文字を読み続けなければ、脳が・・・。になってしまいそうなので、活字には毎日触れていて、楽しくて仕方がないので全く問題ないのですが、新巻を待つというのがどうにも我慢できません。

 思春期の頃の週刊誌のマンガの新巻を待っていた時の感じを思い出します^^;

 さて、物語の内容ですが、テムジンがタイチウト氏と戦闘をすると前に立ちはだかり、勢力を伸ばす障害になっていた玄翁の正体が判明します。というか・・・。

 あとは読んでのお楽しみというところでしょうか。。。

 テムジンがこの後、モンゴル族を統一して、さらにモンゴルの地も統一して、草原から大きく西方に支配を広げるモンゴル帝国の基礎を築くのですが、北方氏はその基盤を兵站(ロジスティクス)に求めているようです。世界史のお勉強では、駅伝制(ジャムチ)という情報伝達手段が出てきたかと思いますが、鉄山を探し続け、馬の牧場を整備し、あらゆるものを交易に頼らずに自前で調達できる国作りを行っています。モンゴルの草原で作られたものが、のちに遥か西方にまでもたらされるのでしょうか。

 第6巻が待ち遠しいですね。




 じつは、冬になると森に入るメルキト族の長のトクトアの行動にちょっと魅かれています。数万人を統べる部族の長でありながら、ひとりで森に入り狩猟をしながら冬を越すという自然との戦い(共生?)をしているのは、人のしがらみから逃れたいという心情の発露でしょう。

 私自身は、とくに人を統べるような立場にあるわけではありませんが、サービス業のサラリーマンのため、常に人にもまれています。

 「ひとりになりたい」


 という気持ちは、心に染み入るほどよくわかります。ただ、冬のモンゴルの森で一人きりはさすがに大変そうですね^^;


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〜獅子心王リチャードとサラディンの対決〜 『十字軍物語(三)』(塩野七生)を読んで






 へっぶしんです。 相変わらず読み終わった本が山と積まれていて、本から、「いつブログにしてくれるの?」という声が聞こえてきそうな状態が続いています^^;

 そして、妻やむすめから、「いつ片付けるの?」といいたげな冷たい視線を浴び続け、家に帰るのが苦痛になり、飲んで帰り、妻の視線がさらに冷たくなるという悪循環の生活が続いています^^;

 世界の、日本の平和を願う前に、我が家が平和にならないかというささやかな願いが叶うことを、心から願っています。もちろん、世界が平和になり、日本が平和になることも望んでいます。

 連続になりますが、四巻立ての三巻目を読み終えました^^塩野七生氏の『十字軍物語(2)』です。日本史はある程度は通史が頭の中に入っているのですが、世界史は高校生以来、体系的な学習を行っていないので、忘却のかなたです。『ローマ人の物語』、『海の都の物語』、『ローマ亡き後の地中海世界』を読みましたが、ヨーロッパ史は、なかなか頭に入りません^^;



 作者は塩野七生氏です。


 塩野七生氏は、学習院大学文学部哲学科を卒業後にイタリアに遊学され、多数の著書を書かれています。全巻読破したいくらいなのですが、多すぎます^^;

 主な著書に
ルネサンスの女たち (新潮文庫) [ 塩野 七生 ]

チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷 (新潮文庫) [ 塩野 七生 ]

海の都の物語(1) ヴェネツィア共和国の一千年 (新潮文庫) [ 塩野七生 ]

ローマ人の物語(1) ローマは一日にして成らず 上 (新潮文庫) [ 塩野七生 ]

など多数あります。

[概要]

帯より

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 揺れる中東
 役者はそろった
 激化する総力戦
 「中世騎士道の華」と呼ばれた男が中途のうちを舞台に、イスラム世界の盟主と相まみえる!
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  相変わらず、物語をあじわいながら堪能するということができずに、続きが気になるばかりに一気に読んでしまっています。伏線も情景描写などによる暗示も何もすっ飛ばして、ひたすらストーリーを追いかけています^^;



 キリスト教の聖地であり、イスラム教の第三の聖地でもあるイェルサレムをめぐる中世のキリスト教国家とイスラム国家の盟主同士の対決です。


 物語の時期は1187年のサラディンの大勝利となったハッティンの戦闘から始まります。サラディンにより奪われた聖都イェルサレムを回復するための第3回・第4回・第5回の十字軍の物語です。第5回の十字軍が終結した1221年で物語が終わっています。


 第3回十字軍は、スンニ派とシーア派に分裂していたイスラム国家を統一した英雄サラディンに、若きイギリス王のリチャードが立ち向かいます。第3回十字軍の発足では神聖ローマ帝国皇帝フリードリッヒ1世・フランス王フィリップ2世・イギリス王リチャード1世が軍を率いてサラディンに立ち向かいます。しかし、フリードリッヒ1世は、陸路を中東に向かうも途中で、渡河中に落馬して命を落とします。さらに、中世的な領土欲からフィリップ2世は帰国します。このあたりの記述が、多くの封建領主を従える王ではあるが、直轄領の少ないフランス王の事情に迫っていて大変興味深かったです。


 サラディン対リチャードの戦闘も、大軍を率いていながら先頭に勝利できないサラディンの苦境と、少数の兵で大軍と戦うリチャード1世の駆け引きに惹きつけられました。ローマ帝国を15年間書き続けた塩野氏の描写力がいかんなく発揮されていて、興味深い場面がとても多いです。


 さらに、3回にわたる十字軍の影の功労者であるイタリアの海洋都市国家であるジェノバ・ピサ・ヴェネツィアの利害の対立が物語をまるで目の前で起こっている出来事のように、リアルに見せる役割を果たしていました。


 日本では、1185年に平家が滅亡して、鎌倉幕府が成立し、将軍家である源氏の滅亡に起因する承久の乱の年に3巻が終わっています。第5回十字軍の終了の年と、承久の乱の年が同じなんですね。ヨーロッパの中世が、登場人物の背景とともに生き生きと魅力的に書かれています。


 第1巻で戦争を書かなければ歴史を語れないと帯で宣言を指摘をして始まった十字軍の物語ですが、中世のローマ教皇庁・イスラム国家の体制の類似性(権威と権力の分離)や、王や封建諸侯の事情、ヨーロッパ・中東の住居の状況など細部に至るまで、想像力を巡らせて編まれた物語に魅了されるばかりです^^;

 第4巻は未購入なのですが、 楽しみです♪


 よろしければ、こちらのくりっくをよろしくお願いします。









〜AIに仕事を奪われないための読解力アップ実践法〜 『AIに負けない子どもを育てる』(新井紀子)を読んで

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AIに負けない子どもを育てる [ 新井 紀子 ]
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 へっぶしんです。

 以前に書いた『AI vs.教科書が読めない子どもたち [ 新井 紀子 ]』を書いた著者の読解力を育てるための本です。今後20年の間に、現在ある職種の47%がAIにとってかわられるという衝撃の研究結果が出ており、著者はそれに対しては肯定的な見方をしています。そこで、AIに仕事を奪われないためのスキルとして著者が主張しているのが「読解力」です。著者が主導するプロジェクトで、AIで東大に入れるかというもの(「東ロボ君」)があり、そのプロジェクトを進めていくうちに、AIは意味がわからないということが明らかになっていきました。しかし同時に、現在の小中高校生にも、AIと同様の読解力不足という課題があることが明らかになりました。

 そこで、大学で教鞭をとる教員でもある著者が、RST(リーディングスキルテスト)を開発して、全国各地の小学校・中学校・高等学校でテストを実施した結果などが書かれています。



 作者は新井紀子氏です。

 
  国立情報学研究所教授で、その中の社会共有知研究センター長を務められ、一般社団法人「教育のための科学研究所」の代表理事・所長もされています。

 東京都出身で、一橋大学法学部・イリノイ大学数学科を卒業、イリノイ大学5年一貫制大学院数学研究科を単位取得退学、東京工業大学より博士(理学)を取得、専門は数理論学です。

 2011年より人工知能プロジェクト「ロボットは東大に入れるか」プロジェクトディレクタを務めます。2016年より読解力を診断する「リーディングスキルテスト」の研究開発を主導されています。

 主著に「ハッピーになれる算数」「生き抜くための数学入門」「数学は言葉 (Math stories) [ 新井紀子(数学) ]」「コンピュータが仕事を奪う [ 新井紀子(数学) ]」「AI vs.教科書が読めない子どもたち [ 新井 紀子 ]」などがあります。



 以下、本書の帯裏面より、
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 【問題例】
 以下の文を読みなさい。

 色やにおいで引き付けられた動物は、おしべの花粉を体につけ、別の花のめしべへと運び、植物の受粉を助ける。

 この文脈において、以下の文中の空欄にあてはまる最も適切なものを選択肢のうちから1つ選びなさい。

植物の受粉を助けるのは(    )である。

_嵎粥 ´動物  おしべ  い瓩靴
--------------------------------------------

 いかがでしょうか。

 さほど難易度の高い問題ではないと思うのですが、このレベルの問題を数問、平均よりやや偏差値の高い高校の生徒に解かせると、正解率が7割前後になるようです。「植物の受粉を助ける」のは、問題文の主語である動物になることは明白なはずで、文の構文もそれほど複雑でないにもかかわらずです。本書にはこのような例題が28問あり、自分で筆者の開発したRST(リーディングスキルテスト)を体験できるようになっています。また、リーディングスキルテストには、「係り受け解析」、「照応解決」、「同義文判定」、「推論」、「イメージ同定」、「具体例同定」の6つの判定要素があります。

 私が試してみた感じでは、「係り受け解析」と「照応解決」は、間違えようがなく、「同義文判定」、「推論」はミスさえしなければ正解できそうでした。(満点に近い点数でした)ただ、「イメージ同定」、「具体例判定」になると、とたんに正解率が下がってしましました。自分の読み方のクセを自分で理解できました。ただ、「同義文判定」などは、いくらでも問題を難しくでき、専門分野の文をもってくると人によって大きく正解率が変わりそうに感じました。ただ、著者は問題のレビューやテストのデータから、人や専門分野による偏りを、本番のリーディングスキルテストからは排除できていると主張しています。

 さらに著者の主張では、公立高校から国立大学に進むような、「多様性」のある生徒構成の学校で育ったエリートに将来の期待を寄せています。これは、何度か当ブログでも書かせていただきましたが、現在の東大の入学者の約75%は、中高一貫校出身者で占められています。子どもに中学受験をさせられる社会階層は、私立中学に通わせることを前提にすると、世帯年収の上位2割に該当する年収800万が下限だと言われています。我が家はそれ以下の世帯年収で、むすめを私立中高一貫校に通わせてしまっているため、むすめの自己認識では社会の下層に位置していると思い込んでいます。また、けして楽に入れる学校ではないはずなのですが、自己肯定感は低く、自分を普通だと言っています。小学校4年生から塾通いをしても、入れる子供は上位1割くらいのレベルの子しか入れないレベルにもかかわらずです^^;

 おそらく、著者の主張したい点は、今の例のような環境で育った子供には、就学援助を受けなければならい家庭の状況や、学校の先生の授業がさっぱりわからないという感覚がないまま大人になるのが、一定レベル以上の中高一貫校で育った子どもだということなのでしょう。私自身も、私立の中高一貫校出身で、学校の授業がわからないと嘆くような友人はほとんどいませんでした。大人になってから知ったことですが、私が中高で受けたカリキュラムは、進学塾の選抜クラスレベルのものでした。先生が教科書をベースに授業をしようとすると、読めばわかるもののなので、誰も聞かなくなり授業が荒れていたように記憶しています。私自身も、高校時代は部活に明け暮れており、授業は寝ている時間の方が多かったように記憶しています。授業を受けていなかった分は、テスト前に友人にノートを借り、教科書・問題集・ノートと気合と根性と徹夜で乗り切っていたように記憶しています。おどろいたことに筆者の主張では、そんなことをできるのは一部の人間だけのようです。

 特に、リーディングスキルテストの下位25%は、コンピュータ上で実施するテストで、解答までの時間や始めてから終了するまでの35分間で解いた問題数から、まじめに説いているにもかかわらず、正解率が鉛筆を転がすのと変わらないようです。(4択だけであれば25%)例題に示したように、問題のレベルは、短い文に書いてある意味を理解できれば正解できるものです。どれだけミスをしたとしても、前半の「係り受け解析」と「照応解決」は間違えようがありません。

 したがって、AIに仕事を奪われないためには、少なくとも業務マニュアルを正確に読んだり、メールでのやり取りを正確にしたりする能力が必要ですが、それが高校を卒業するまでにできていない層が5割にも及ぶようです。そのために、著者は一般社団法人を立ち上げて、リーディングスキルテストの普及に努められています。なんと、一部上場企業でも、採用や新人研修などでリーディングスキルテストを導入しているとのことです。

 20年以内に仕事を奪われる47%にならないためにも、文章を正しく読む能力を高めていきたいですね^^;


  最近、テレビのニュース番組や情報番組の劣化が激しくて、誰も怒らないのかと不思議に思っていましたが、大人の半分は報道されていることを抽象化して分析する能力がないようです。大それたことを言っているわけではなく、嫌韓報道を見て、日本は大丈夫か?同様の政治家の政権与党の腐敗はないのか?とググるだけでいいはずです。

 また、消費税が上がった前回は景気にどのようなインパクトがあったのか?今回は大丈夫なのか?なども、ニュースサイトを検索すれば、そこそこ信用のおける学者などのコラムを読むことができるはずです。そうすれば、テレビでやっている増税前に・・・。などという報道を見れば怒りがわくはずです。また、「しかたない」という街中の人間のコメントの不自然さに気が付くはずです。

 どうにか、普通に文章を読解できる日本人が増えてほしいものです。


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〜サラディンによるイェルサレム再奪還〜 『十字軍物語(二)』(塩野七生)を読んで

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 へっぶしんです。 人間、さぼり始めるとどこまでもさぼってしまうものですね^^;

 更新が滞りすぎてしまって、放置ブログになってしまっています。さぼり始めたのが、義父の見舞いにプライベートの時間を大きく使うようになってからです。その義父も逝去して、仕事がそのまま繁忙期になりました。ようやく落ち着いて2週間弱で、ようやくブログを立ち上げています。

 5月から4か月もの間、一度ついてしまったさぼり癖から抜け出せずにいます。今日を機に、読んだ本について書き始められればいいのですが。。。積ん読ならぬ、ブログ待ちの本が山になっていて、この間も積んである場所が崩壊して、妻とむすめから冷たい視線を浴びました。

 さらに、本棚が満杯になってしまっていて、もう読むことはないであろう佐藤優氏の著書をチャリティーバザーに持って行ってもらいました。

 ・ ブログを書く
 ・本棚を整理する

 という「仕事」が、ものぐさな私に課せられていながら、放置し続けています^^;さて、前回に引き続き塩野七生氏の『十字軍物語(2)』です。日本史はある程度は通史が頭の中に入っているのですが、世界史は高校生以来、体系的な学習を行っていないので、忘却のかなたです。『ローマ人の物語』、『海の都の物語』、『ローマ亡き後の地中海世界』を読みましたが、ヨーロッパ史は、なかなか頭に入りません^^;



 作者は塩野七生氏です。


 塩野七生氏は、学習院大学文学部哲学科を卒業後にイタリアに遊学され、多数の著書を書かれています。全巻読破したいくらいなのですが、多すぎます^^;

 主な著書に
ルネサンスの女たち (新潮文庫) [ 塩野 七生 ]

チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷 (新潮文庫) [ 塩野 七生 ]

海の都の物語(1) ヴェネツィア共和国の一千年 (新潮文庫) [ 塩野七生 ]

ローマ人の物語(1) ローマは一日にして成らず 上 (新潮文庫) [ 塩野七生 ]

など多数あります。

[概要]

帯より

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 中東の地に打ち建てられた「十字軍国家」。
 その儚い夢をイスラム世界の英雄が打ち砕く
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  ゆっくりと味わいながら読みたかったのですが、1巻に引き続き、次の展開が気になって、一気に読んでしまいました。



 十字軍国家を打ち立てた第一次十字軍に従軍した世代の亡き後、キリスト教世界は徐々に人材不足に陥っていく。

 逆にイスラム世界では、ゼンギ、ムラディン、サラディンと英雄が立て続けに現れる。イスラム世界が統合され、イェルサレムをイスラム教世界が奪回するまでの物語です。

 塩野七生氏は、十字軍が中東に向かっていない時期に着目して、なぜ十字軍が少ない兵力にもかかわらず100年近くもイスラム国家からイェルサレムの地を守り続けられたのかを考察しています。

 ひとつにはこの時期に結成されたテンプル騎士団・聖ヨハネ騎士団の活動にあるとしています。騎士団に集まる寄付をもとに、イェルサレムの東側に防衛のための城塞を築いていき、防衛を可能にしたということです。

 さらには、キリスト教研究者が正面からは検証したがらない経済面でのイタリアの海洋国家の活動を挙げています。中世の地中海で、制海権を握っていたのは、イタリアの海洋国家であるジェノバ・ピサ・ヴェネツィアです。この海洋国家群が、イェルサレムが海から攻められることから守っていたと説明しています。ただ、著者は、これらの海洋国家を「中世のエコノミックアニマル」と表現しており、イスラム承認とも取引をする姿勢が、キリスト教世界からは嫌われていたようです。

 十字軍国家は、100年しかもたなかったのか、100年も続いたのか。著者の豊富な史料の読み込みから編まれる物語に、時間を忘れるほど没頭してしまいます。


 主に外交・戦争をテーマに書かれた物語ですが、塩野氏らしい経済面の記述もとても面白かったです。国家の存続をかけた人々の攻防と、それに口をはさむ女たちの姿が生き生きと描かれていました。また、度重なる大地震からイスラム世界を復興に導くヌラディンなどは、現代の政治家たちに見習ってほしいなと思っていました。

 事実は小説よりも奇なりという言葉もありますが、台風15号に対して現地入りすらしない首相かと思ったら、停電で46万人もの国民が苦しんでいるのも知らずに、「防災訓練」でそれと知らずに「現地入り」する首相に、「国家の存亡をかけた人々」の爪の垢を煎じて飲ませたいと思ってしまいました。


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〜大規模な宗教戦争の始まり〜 『十字軍物語(一)』(塩野七生)を読んで




 へっぶしんです。

 3か月も更新をさぼってしまったので、本日は頑張ります♪

 なんせ読み終わった本が3か月分もたまっていますからwリビングの一隅に読み終わった本が積まれていて、家族から「早く片付けろ」という無言のプレッシャーを、日々受け続ていますし。。。

 割と好きな世界史のなかでも、十字軍の物語を読み始めました。ヨーロッパの中世というと、大学受験で世界史を使った人でも印象が薄いのではないでしょうか。雑に位置づけると、十字軍によって、古代ギリシア・ローマの文物が、イスラム側からキリスト教側に還流したために、ルネサンスの原因になったのが十字軍です。

 塩野氏の物語があまりも巧みなので、500ページの文庫本を、3日で読んでしまいました^^;

 9連休の3分の1を塩野氏に捧げてしまいました^^;



 作者は塩野七生氏です。


 塩野七生氏は、学習院大学文学部哲学科を卒業後にイタリアに遊学され、多数の著書を書かれています。全巻読破したいくらいなのですが、多すぎます^^;

 主な著書に
ルネサンスの女たち (新潮文庫) [ 塩野 七生 ]

チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷 (新潮文庫) [ 塩野 七生 ]

海の都の物語(1) ヴェネツィア共和国の一千年 (新潮文庫) [ 塩野七生 ]

ローマ人の物語(1) ローマは一日にして成らず 上 (新潮文庫) [ 塩野七生 ]

など多数あります。

[概要]

裏表紙より

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 戦争を書くのを避けていては、歴史は書けません。歴史とは、良くも悪くも戦争の歴史なのですから。しかも、西洋史上での十字軍は、これがあったからそ古い時代が終わり、新しい時代が始まることになるほどに、重要な歴史上の事件なのです。
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  ゆっくりと味わいながら読みたかったのですが、次の展開が気になって、一気に読んでしまいました。



 ヨーロッパの中世の物語ですが、権威はあるが権力を持たないローマ教皇と、権力を持ちながらも権威の正当性をローマ教皇に担保してもらうしかない、神聖ローマ皇帝やフランス王などの諸侯たちを中心に書かれています。中世の社会の構造は、日本と似ていますね。そして、日本では平清盛が平氏の全盛を気づいたとに鎌倉幕府が誕生しようとする時期に、第一回十字軍が結成されます。

 ローマ教皇により権威を付与されて、権力の正当性を担保されていたヨーロッパの諸侯と、天皇による権威の付与によって権力の正当性を担保されていた日本の武家政権の構造がそっくりですね。世界史というのは、奇妙な一致を示すものだと、本書を読んで改めて気づきました。

 時は1077年のカノッサの屈辱で、ローマ教皇であるグレゴリウス7世が、神聖ローマ帝国皇帝のハインリヒ4世を破門したために、ハインリヒ4世が、カノッサで赦しを乞うことになりました。この事件で、教皇の権威の高さが再確認されたということまでは、世界史を勉強すれば知っていることになるでしょう。そこから先を楽しく読めるのが塩野氏の史料にあたる真摯さと、筆力によるものになります。

 神聖ローマ帝国の皇帝といえども、中世の社会の中では中央集権を発揮して強大な権力を持っているわけではないために、教皇から破門されると、周囲の諸侯からそっぽを向かれてしまうため、権力を維持できません。そのため、カノッサの屈辱において、ローマ法王から破門を解いてもらう必要がありました。

 ところが、神聖ローマ皇帝のハインリヒ4世も、強大な権力者であり、ひとりの人間です。ローマ教皇に対する恨みは終生消えるものではありませんでした。そのため、グレゴリウス7世に圧力をかけ、ローマにいられない状況に追い込みます。結局、グレゴリウス7世は、ローマにもどることができずに世を去ることになります。そのあとを継いだローマ教皇がウルバヌス2世です。前教皇の失敗を目の当たりに見ていた、ウルバヌス2世は、神聖ローマ帝国皇帝のハインリヒ4世により失墜させられた権威を回復すべく、聖地エルサレムを奪還するための十字軍の結成を提唱します。

 熱烈なカトリックへの信仰心から参加する諸侯や、部屋住みで領土の無いために領土欲に燃える諸侯などの6人の中心人物がエルサレムを奪還してエルサレム王国を建設するまでが描かれています。


 人間の世界というのは、古代から進歩しているのかという疑問を、ローマ人の物語の中でつぶやいていた塩野七生氏ですが、私もローマ人の物語を読みながら同じような感想を抱いています。神聖ローマ帝国やフランスの王朝、カスティリヤ王国、ハンガリー王国、ビザンツ帝国、ローマ教会などの自己中心的な領土争いや、逆に盲目的なキリスト教信仰など、物語として読むと、現代でも似たようなことが再現されているように思えてなりません。

 見た目の政治制度こそ変わっていますが、人間の対面のコミュニケーションや精神性・欲と理性など、個々人の精神面やパブリックやプライべーでのふるまい方など、人間の中身が進化しているのかと疑問に思ってしまうほど、塩野氏の物語の中の登場人物たちは生き生きと描かれています。

 夏休みが終わってしまうと、読書に避ける時間が極端に減りますが、なんとか2巻以降を読む時間を作りたいです。


 よろしければ、こちらのくりっくをよろしくお願いします。







〜中学生の5割が教科書を理解できない〜 『AI vs 教科書が読めない子どもたち』(新井紀子)を読んで

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 へっぶしんです。

 前回、書評を書いたのがゴールデンウィーク中だったようで、どれだけ更新をさぼっているんだという話ですね^^;

 ゴールデンウィークが終わり、仕事に戻った時に妻の父(私にとっては義父)が亡くなりました。その関係で、家庭内でやることが増え、仕事も繁忙期になり(っていつも繁忙期のような…)、ブログを更新できなくなってしまいました^^;

 1度さぼると、後回し・後回しになり、気が付けば3か月も更新をしていないという状況になってしまいました。

 昨日、義父の納骨も終わりひと段落したので、読み終わった本の山に恐怖感を覚えながら、書評(できの悪い読書感想文)を更新します^^;




 作者は新井紀子氏です。

 
  国立情報学研究所教授で、その中の社会共有知研究センター長を務められ、一般社団法人「教育のための科学研究所」の代表理事・所長もされています。

 東京都出身で、一橋大学法学部・イリノイ大学数学科を卒業、イリノイ大学5年一貫制大学院数学研究科を単位取得退学、東京工業大学より博士(理学)を取得、専門は数理論学です。

 2011年より人工知能プロジェクト「ロボットは東大に入れるか」プロジェクトディレクタを務めます。2016年より読解力を診断する「リーディングスキルテスト」の研究開発を主導されています。

 主著に「ハッピーになれる算数」「生き抜くための数学入門」「数学は言葉 (Math stories) [ 新井紀子(数学) ]」「コンピュータが仕事を奪う [ 新井紀子(数学) ]」などがあります。



 数学を専門として、AIで東大に合格するためのプロジェクトをされている著者の経験から、AIと人間の未来について書かれています。20年後に47%の仕事がAIにとって代わられて、失業者が増えるという説に対して、著者は肯定的な立場をとっています。

 著者が開発に携わった「東ロボ君」は、大学入試の模試で偏差値57をたたき出しました。AIに仕事を奪われないためには、それ以上の能力が必要になります。現在、4年制大学への進学率が約50%です。偏差値57という数字はその中の上位約20%にあたります。4年生大学に進学する生徒と、しない生徒の能力が同等だとすると、約80%の人がAI以下の能力ということになります。厳しい見方をすれば、4年制大学に進学する生徒の方が、しない生徒よりも能力が優れているので、世の中の約90%の人がAIの能力に勝てずに、仕事を奪われることになります。

 しかし、AIにとってかわられた分の仕事が新たに想像されるという説には、筆者はくみしていません。AIが得意なことと、苦手なことを分析すれば、人間が訓練しなければならない能力が見えてくるというのが筆者の立場です。

 AIが得意なことは、数学の中でも「統計」「確率」に関する分野です。苦手なことは、「論理」です。そこで、著者が注目したのが、読解力です。AIは、言葉の意味を理解することができないようです。そのため、「東ロボ君」は、数学では東大模試(※)で偏差値76をたたき出しながら、センター模試では、英語・国語の偏差値は50程度しか出せなかったようです。
 ※東大模試は、2次試験の記述式で、6問が出題される中で4問を完答したとのことです。さらに東大模試とセンター模試では受験層が違うため、単純に偏差値同士の比較はできませんが、偏差値が出にくい東大模試での偏差値76は驚異的な数字だとの理解で間違いありません

 現在の状況では物事の意味をAIに理解させることは、かなり厳しいようです。だから、AIに仕事を奪われないためには、AIの苦手な読解力をつけることが不可欠になるというのが筆者の主な主張になります。

 では、中高生の読解力はどうなのかということで、AIに模試を受けさせ続けた「東ロボ君」開発チームが「リーディングスキルテスト」を開発します。この結果が衝撃的で、中学生の半分が教科書を読めていないということが判明します。さらに、高校生では、偏差値の高い学校に通っている生徒ほど、読解力が高いことが判明します。もともと読解力がある生徒は、教科書を読んで勝手に理解して、勝手に学力をつけます。一方で、教科書が読めない生徒は、学校で授業を受けていても、先生が何を言っているかも理解できずに、学力がつきません。

 恐ろしい結果ですね。


  AIにできるのは、ビックデータを検索して、確率的に正しいと思われる答えを出すことです。そのため、限定された条件での答えを出していくことにはめっぽう強いです。一方で、条件を限定できないような状況で最適解を出していくことは苦手です。

 したがって、規格品を作るような職業はAIにとって代わられる代表的な仕事です。生活をしているうえで実感できることでもありますが、電話のオペレーターなどは、ほとんどがAIで代替が可能な業務です。また、銀行・証券会社の窓口も不要になるようです。さらには、税理士もなくなる職業の上位にあります。(税理士に関しては、税法が変わるたびに大量の作業が必要になりそうなので、微妙ですが)

 逆に、AIが苦手とする職業が、コミュニケーションの能力を求められる仕事や、定型化が難しい仕事です。医療・教育関係が多くを占めています。さらには、整備・設置・修理の第一線監督者というのもあります。個別的・具体的に物事を見ることはAIには苦手です。

 今からも可能であれば、上記のようなスキルを身につけていく必要があるのではないでしょうか。さらに、自分の子どもに対しても、つけさせたいスキルですよね。


 よろしければ、こちらのくりっくをよろしくお願いします。



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〜読書で論理的思考力を鍛える〜 『東大読書』(西岡壱誠)を読んで


「読む力」と「地頭力」がいっきに身につく 東大読書 [ 西岡 壱誠 ]
「読む力」と「地頭力」がいっきに身につく 東大読書 [ 西岡 壱誠 ]


 へっぶしんです。

 ゴールデンウィークも終わりにさしかかっていて、1年に2回しかない休みの1回目が終わろうとしていることに対して、若干憂鬱になっています^^;

 今年のゴールデンウィークは、色々と親戚関係で問題があったために、家族での旅行には行けませんでした^^;



 作者は西岡壱誠氏です。

 
 東京大学3年生(現在は4年生?)。歴代東大合格者ゼロの無名校のビリ(元偏差値35)だったが、東大受験を決意。あえなく2浪が決まったがけっぷちの状況で「『読む力』と『地頭力』を身につける読み方」を実践した結果、みるみる成績が向上し、東大模試全国4位を獲得。東大にも無事に合格した。

 現在は家庭教師として教え子に「『読む力』と『地頭力』を身につける読み方」をレクチャーする傍ら、1973年創刊の学内雑誌『ひろば』の編集長も務める。また、人気漫画『ドラゴン桜2(1) (モーニング KC) [ 三田 紀房 ]
』に情報提供を行う「ドラゴン桜2東大生プロジェクトチーム『東龍門』」のプロジェクトリーダーを務め、受験や学習全般に関してさまざまな調査・情報提供を行っている。

 著書に
超カンタンなのにあっという間に覚えられる! 現役東大生が教える 「ゲーム式」暗記術 [ 西岡 壱誠 ]

読むだけで点数が上がる! 東大生が教えるずるいテスト術 どんな試験でもすぐに使えるテストの裏技34 [ 西岡 壱誠 ]

現役東大生が教える「ゲーム式」暗記術 超カンタンなのにあっという間に覚えられる! / 西岡壱誠 【本】

がある。



 前半に書いてあった、本を読むための準備というところに関しては、当然のことが書いてありましたが、後半部分の自分で疑問を持って論理の先の道筋を推測したり、自分で問題を設定しながら読むといったようなことは、したことがなかったので、目からうろこでした。

 ただ、本の帯に書いてあった、・早く読める・内容を忘れない・応用できるの3点のうちで、早く読めるというところがどこに書いてあったのかわかりませんでした。

 また、気になってしまったのは、「ドラゴン桜」のコラムでもあったのですが、「なので」を順接の接続詞として使用しているのが、とても気になりました。

 接続助詞の「・・・なので」を、口語の世界では、文頭に持ってきてしまって、接続詞のように使っていますが、文章で出会うと違和感が大きいです。

 ・・・・どうでもいいことですが。。。


 本を読むにあたって、事前の情報収取から始まって、読みながら気になったことをメモ・付箋をして、最後に疑問をまとめて、自分なりの結論・感想をアウトプットする方法を、わかりやすくかつ丁寧に解説しています。

 根気をもって、本書に書いてあることを実践し続ければ、論理的思考力を鍛え続けられること間違いなしです。

 ただ、言うは易し、行うは難しといったところで、わかりやすく具体的に、読書の方法が書かれていますが、実際に行うのはとても大変そうです。


 よろしければ、こちらのくりっくをよろしくお願いします。



「読む力」と「地頭力」がいっきに身につく 東大読書 [ 西岡 壱誠 ]
「読む力」と「地頭力」がいっきに身につく 東大読書 [ 西岡 壱誠 ]

〜モンゴルの草原に思いをはせる(4)〜 『遠雷〜チンギス紀四』(北方謙三)を読んで

チンギス紀 四 遠雷 [ 北方 謙三 ]
チンギス紀 四 遠雷 [ 北方 謙三 ]


 へっぶしんです。

 4巻立てだと思っていたら、連載継続中で5巻が7月に発売予定とのことで、ショックを受けています^^;

 7月が待ち遠しいです。

 ゴールデンウィークは、義父のお見舞いに行ったり、昨日は初めてメーデーのデモに参加してきました。様々な会社で不当解雇などの問題が起こっていたり、関西では労働組合を潰すために、政財界が一体となって中小企業や労働者を潰しにかかっているということを知り、改めて日本社会の病の深さを実感しました。

 このまま使い捨ての労働者で終わりたくありません^^;



 作者は北方謙三氏です。

 
 1947年佐賀県唐津市生まれ。中央大学法学部卒業。

 81年『弔鐘はるかなり (集英社文庫)』でデビュー。

 83年『眠りなき夜 (集英社文庫)』で第4回吉川英二文学新人賞、85年『渇きの街 (集英社文庫)』で第38回日本推理作家協会賞長編部門、91年『破軍の星 (集英社文庫)』で第4回柴田錬三郎賞を受賞。

 2004年『楊家将(下) (PHP文庫)』で第38回吉川英治文学賞、05年『水滸伝完結BOX (集英社文庫)』で第9回司馬遼太郎賞、07年『【中古】独り群せず /文藝春秋(文庫)』で第1回舟橋聖一文学賞、10年に第13回日本ミステリー文学大賞、11年『楊令伝「全15巻+読本」 (集英社文庫)』で第65回毎日出版文化賞特別賞を受賞。

 13年に紫綬褒章を受章。

 16年、第64回菊池寛賞を受賞。『【中古】三国志[文庫版]【文庫版 三国志全13巻+三国志読本 計14巻  全巻セット』、『史記 武帝紀 時代小説文庫 7巻セット[本/雑誌] / 北方謙三/〔著〕』ほか、著書多数。



 第4巻では、モンゴル族の統一を目指すテムジンが、外交に目覚めていく過程が描かれています。メルキト族と領土を接していて、場合によっては対立する同じモンゴル族のジャンダラン氏のジャムカと連携して、さらにはケレイト王国のトオリル・カンと同盟を結び、メルキト族のトクトアと戦争をするも、トクトアの奇策により戦争は大敗に終わります。

 そして、徐々に明らかになってくる父イェスゲイの非業の死の真相にも近づきつつあります。

 様々な物語が、並行して進んでいきます。草原の遊牧民の台風の目となりつつあるモンゴル族チャト氏のテムジンが、時代を切り開く準備を着々と進めていく様子が描かれています。

 まだまだ勢力が弱い中で、大きくなるためにテムジンが準備をしていることは、現代の社会での四半期決算に追われる会社人間にとっては、一つに警鐘になりうるように感じます。


 遠雷でのテーマは、情報ということにあるように思えます。テムジンは、モンリク・ダイル父子とボオルチュを使って、交易網の整備とともに、各国の状況や出来事を知るための情報網の整備も同時に行っています。


 さらには、父の非業の死の真相をつかむために、狗眼一族に近づき臣下にしていきます。その中で、避けられえぬ玄翁との戦いに備えて、動きの読みずらい玄翁の細かな動静を探ります。


 ケレイト王国の軍師についての情報も、徐々に得つつ、大国である金・西遼の思惑を探っていくことになるでしょう。金に動かされているタタル族の衰退により、ケレイト王国に食指を伸ばす金。


 それぞれの国の細かな思惑が、5巻ではどのように展開されていくのか楽しみです。


 よろしければ、こちらのくりっくをよろしくお願いします。



チンギス紀 四 遠雷 [ 北方 謙三 ]
チンギス紀 四 遠雷 [ 北方 謙三 ]

〜モンゴルの草原に思いをはせる(3)〜 『虹暈〜チンギス紀三』(北方謙三)を読んで

チンギス紀 三 虹暈 [ 北方 謙三 ]
チンギス紀 三 虹暈 [ 北方 謙三 ]


 へっぶしんです。

 ゴールデンウィークになりましたね^^

 私のゴールデンウィークは、昨日からだったのですが、昨日は昼飲みをして、夕方から22時ころまで寝てしまい。そこから寝られなくなり、夜通し起きていて、先ほど14時から16時まで昼寝をしてしまいました^^;

 いきなりダメ人間の生活に陥っていますw

 ただ、読書だけは欠かさずにしているので、チンギス紀の第3巻を読み終えました。明日か、明後日には、4巻も読み終わると思います。



 作者は北方謙三氏です。

 
 1947年佐賀県唐津市生まれ。中央大学法学部卒業。

 81年『弔鐘はるかなり (集英社文庫)』でデビュー。

 83年『眠りなき夜 (集英社文庫)』で第4回吉川英二文学新人賞、85年『渇きの街 (集英社文庫)』で第38回日本推理作家協会賞長編部門、91年『破軍の星 (集英社文庫)』で第4回柴田錬三郎賞を受賞。

 2004年『楊家将(下) (PHP文庫)』で第38回吉川英治文学賞、05年『水滸伝完結BOX (集英社文庫)』で第9回司馬遼太郎賞、07年『【中古】独り群せず /文藝春秋(文庫)』で第1回舟橋聖一文学賞、10年に第13回日本ミステリー文学大賞、11年『楊令伝「全15巻+読本」 (集英社文庫)』で第65回毎日出版文化賞特別賞を受賞。

 13年に紫綬褒章を受章。

 16年、第64回菊池寛賞を受賞。『【中古】三国志[文庫版]【文庫版 三国志全13巻+三国志読本 計14巻  全巻セット』、『史記 武帝紀 時代小説文庫 7巻セット[本/雑誌] / 北方謙三/〔著〕』ほか、著書多数。



 第1巻の火眼は、チンギスハンの幼少期が描かれ、第2巻の鳴動は、モンゴル族の統一に向かってモンゴル族のキャト氏の首領としての足場固めが描かれていました。


 第3巻では、何度も死の淵に追いやられながらも、しぶとく生き残り、ついにモンゴル族内のタイチウト氏の有力者のひとりトドエン・ギルテを倒しました。もう1人の有力者であるタルグダイも戦で右腕を切り落とし、戦意を喪失しました。数の上では、テムジンが集められる2千5百の兵に対して、2万人の兵を動員できるタイチウト氏ですが、首領が内政重視の対外的には消極的政策に転じています。


 さらには、他部族のメルキト族のダレル・ウスンを討ち、いよいよモンゴル族を統一して外に出る勢いをつけたところで3巻は終わっています。


  テムジンがキャト氏を束ねるようになってからの特徴は、後方部隊の充実と、交易路の確保、鉄の生産体制の構築という軍の調練一辺倒のモンゴル族にあっては得意な政策をとっています。交易の重要性を認識している他部族(メルキト族・ケレイト王国など)はあるものの、鉄の生産に目を向ける首領はいませんでした。


 それまでは、交易についてもあまり積極的はなかったモンゴル族にあって、上記の政策を行ったのは、第1巻での幼少時代に、金国で過ごして、中国の文化に触れ、さらに『史記本記』を読んだ経験からきているように思います。


 第3巻では、他に中国の文化を知る人物として、50騎だけの軍隊で何度も2度もテムジンの軍を壊滅に追いやった玄翁がいます。


 謎多き人物やなかなか気持ちよく勝利できないテムジンのキャト氏に、ハラハラドキドキの第3巻です。次の第4巻でどんなラストが待っているのかが、気になって仕方ありません^^;


 よろしければ、こちらのくりっくをよろしくお願いします。



チンギス紀 三 虹暈 [ 北方 謙三 ]
チンギス紀 三 虹暈 [ 北方 謙三 ]

〜モンゴルの草原に思いをはせる(2)〜 『鳴動〜チンギス紀二』(北方謙三)を読んで

チンギス紀 二 鳴動 [ 北方 謙三 ]
チンギス紀 二 鳴動 [ 北方 謙三 ]


 へっぶしんです。

 ゴールデンウィークに向けて、仕事のペースが緩やかになってきていて、読書のペースが上がっています^^

 ただ、何が悲しきサービス業なので、業務時間中はぎりぎりの人員配置で、目が回るような時間を過ごします。落ち着いた作業時間やじっくりと顧客とコミュニケーションをとるという時間が、なかなか取れません^^;

 そんな状態で、売り上げが悪いと言われてもね。。。

 という不満は、変わらぬままです。

 アーリーリタイアを夢見ていますが、いつになることやら。それどころか、定年後もバイトとして働く羽目になったらどうしようと、先行きを悲観してしまうこともあります^^;



 作者は北方謙三氏です。

 
 1947年佐賀県唐津市生まれ。中央大学法学部卒業。

 81年『弔鐘はるかなり (集英社文庫)』でデビュー。

 83年『眠りなき夜 (集英社文庫)』で第4回吉川英二文学新人賞、85年『渇きの街 (集英社文庫)』で第38回日本推理作家協会賞長編部門、91年『破軍の星 (集英社文庫)』で第4回柴田錬三郎賞を受賞。

 2004年『楊家将(下) (PHP文庫)』で第38回吉川英治文学賞、05年『水滸伝完結BOX (集英社文庫)』で第9回司馬遼太郎賞、07年『【中古】独り群せず /文藝春秋(文庫)』で第1回舟橋聖一文学賞、10年に第13回日本ミステリー文学大賞、11年『楊令伝「全15巻+読本」 (集英社文庫)』で第65回毎日出版文化賞特別賞を受賞。

 13年に紫綬褒章を受章。

 16年、第64回菊池寛賞を受賞。『【中古】三国志[文庫版]【文庫版 三国志全13巻+三国志読本 計14巻  全巻セット』、『史記 武帝紀 時代小説文庫 7巻セット[本/雑誌] / 北方謙三/〔著〕』ほか、著書多数。




  第1巻の火眼では、 モンゴル族の統一を目前にして父イェスゲイが殺され、テムジン一家は没落します。その後、テムジン一家の属するキャト氏を抱き込もうとタイチウト氏のトドエン・ギルテが弟に近づきます。異母兄弟は、タイチウト氏の陰謀とは気づかずに、タイチウト氏に近づこうとします。その弟をテムジンは殺害して、タイチウト氏の干渉を逃れるために、一人金国へ旅立ちます。


 第2巻は、金国から戻ったテムジンがキャト氏を立て直しながら、妻を娶ります。広大なモンゴルで繰り広げられる戦と数々の陰謀の中で、キャト氏をモンゴル族統一へと導く基礎を築くまでが、巧みに描写されています。

 「鳴動:大きな音を立てて動くこと」

 まだまだ大きな音にはなっていませんが、大山が鳴動しそうな予感を秘めたところで、第2巻が終わります。




 モンゴル族の馬と共に生きる姿は、未だに古き生活を守るモンゴル人に受け継がれています。蒼き狼の子孫たちの過去の栄光であるモンゴル帝国が作られている過程が、躍動感をもって描写されています。厳しい冬と短い夏の日々を、定住することなく遊牧を行いながら暮らしています。私の悪い癖で、本を読むとすぐに感化されて、今はモンゴルの草原に行ってみたくて仕方なくなっています。


 モンゴルの夏の草原を、厳しい寒さに耐えながら暮らす厳冬の生活を想像してしまいます。馬と共に生き、羊を飼いながら暮らし、馬乳酒で体を温める生活にあこがれてしまいます。


 ローマに行きたくなって、ヴェネツィアに行きたくなって、フィレンツェに行きたくなって、今はモンゴルにあこがれています。いつか海外旅行を繰り返せる日々が来るといいなと願っています^^;


 よろしければ、こちらのくりっくをよろしくお願いします。



チンギス紀 二 鳴動 [ 北方 謙三 ]
チンギス紀 二 鳴動 [ 北方 謙三 ]

〜モンゴルの草原に思いをはせる〜 『火眼〜チンギス紀一』(北方謙三)を読んで

チンギス紀 一 火眼 [ 北方 謙三 ]
チンギス紀 一 火眼 [ 北方 謙三 ]



 へっぶしんです。

 モンゴル帝国を築いたチンギスハンの歴史小説です。雄大なモンゴルの草原から出現した巨大帝国の創始者のチンギスハンが、モンゴル族キャト氏を率いることになるまでが書かれています。

 歴史ものは昔から大好きで、平日の午前中に読み始めると、仕事に遅刻しそうになるほど時間を忘れてしまいます^^;




 作者は北方謙三氏です。

 
 1947年佐賀県唐津市生まれ。中央大学法学部卒業。

 81年『弔鐘はるかなり (集英社文庫)』でデビュー。

 83年『眠りなき夜 (集英社文庫)』で第4回吉川英二文学新人賞、85年『渇きの街 (集英社文庫)』で第38回日本推理作家協会賞長編部門、91年『破軍の星 (集英社文庫)』で第4回柴田錬三郎賞を受賞。

 2004年『楊家将(下) (PHP文庫)』で第38回吉川英治文学賞、05年『水滸伝完結BOX (集英社文庫)』で第9回司馬遼太郎賞、07年『【中古】独り群せず /文藝春秋(文庫)』で第1回舟橋聖一文学賞、10年に第13回日本ミステリー文学大賞、11年『楊令伝「全15巻+読本」 (集英社文庫)』で第65回毎日出版文化賞特別賞を受賞。

 13年に紫綬褒章を受章。

 16年、第64回菊池寛賞を受賞。『【中古】三国志[文庫版]【文庫版 三国志全13巻+三国志読本 計14巻  全巻セット』、『史記 武帝紀 時代小説文庫 7巻セット[本/雑誌] / 北方謙三/〔著〕』ほか、著書多数。




  広大な版図を持つモンゴル帝国を築いたチンギスハンが、父イェスゲイの死を機に没落していくキャト氏を守るために、弟を殺して旅に出る。そして、金の街の妓楼で働きながら『史記』を読み、成人直前の14歳で家に戻るまでの物語です。


 壮大なモンゴルの草原の厳しい自然環境の中で、馬とともに暮らし、まとまり切れないモンゴル族の状況が描かれています。


 個人的には、歴史小説が大好きで、中学生の時に司馬遼太郎氏の『竜馬がゆく』、吉川英治氏の『三国志』を読みました。両書ともその後も、2回ずつ読んでいます。


 北方謙三氏の小説は、恥ずかしながら今回が初めてですが、広大なモンゴルを舞台にした物語は読みごたえがあります。


 ゴールデンウィークを控えて、第1巻を読み終えましたが、残り3冊を味わうように読みたいです。

 よろしければ、こちらのくりっくをよろしくお願いします。



チンギス紀 一 火眼 [ 北方 謙三 ]
チンギス紀 一 火眼 [ 北方 謙三 ]

〜新自由主義に生活が奪われる〜 『政府はもう嘘をつけない』(堤未果)を読んで

政府はもう嘘をつけない (角川新書)[本/雑誌] / 堤未果/〔著〕
政府はもう嘘をつけない (角川新書)[本/雑誌] / 堤未果/〔著〕



 へっぶしんです。

 堤未果氏の著書は結構読んでいるので、サクッと読めました。それにしても、新自由主義の社会に生きていて、企業は命よりもカネを優先しているのだなと切に感じました。堤氏の新作は常にチェックをしていかなければならないですね^^;




 著者は、堤未果氏です。

 国際ジャーナリスト。東京都生まれ。ニューヨーク市立大学大学院国際関係論学科修士号取得。国連、アムネスティ・インターナショナルNY支局員、米国野村證券を経て現職。日米を行き来し、各種メディアで発言、執筆・講演活動を続けている。多数の著書は海外で翻訳されている。

 『報道が教えてくれないアメリカ弱者革命 なぜあの国にまだ希望があるのか [ 堤未果 ]』で日本ジャーナリスト会議黒田清新人賞、『ルポ貧困大国アメリカ (岩波新書) [ 堤未果 ]』(3部作)で日本エッセイストクラブ賞、新書大賞受賞。近著に『沈みゆく大国アメリカ(逃げ切れ!日本の医療) (集英社新書) [ 堤未果 ]』(2部作)『政府は必ず嘘をつく (角川新書)[本/雑誌] / 堤未果/〔著〕』など。

 さらに、『日本が売られる (幻冬舎新書) [ 堤未果 ]』でも、記事を1本書いています^^




  新自由主義の脅威が世界を覆っていますね。1%の富裕層が社会の富の99%を所有する世の中になっているアメリカを、必死の形相でマネをする日本はどこに向かおうとしているのでしょうか。アメリカでは、すでに5割の人がフルタイムでの労働ができずに、低賃金で働かされています。大学を出るために、地獄の学生ローンを組んでいる学生が7割にも達し、奨学金を返済できずに破産する若者が増えています。給付型の奨学金がほとんどない日本でも、同じ流れになっていくでしょう。


 第2章では、「日本に忍びよる「ファシズムの甘い香り」」と題して、緊急事態条項について書かれています。この辺の情報は、普通にフォローしているので目新しいことはあまりなかったのですが、現政権の改憲案に滑り込んでいる内容は、先進諸国の中でも突出して酷い内容のようです。自然災害が起こった時に、内閣の出す政令が法律と同等の権限を持つようになるようです。自然災害で、緊急事態条項が発せられれば、内閣が立法権をも掌握し、衆議院の解散が停止するようになるとのことです。この一旦出された緊急事態宣言は、最低でも100日続くということで、他の先進国は最長でも30日のような決め方になっているようです。

 どこまで、内閣に国家権力を掌握させれば気が済むのでしょうか。自民党の改憲案が通ってしまったら、独裁国家日本が誕生してしまいます。この強力な国家権力の掌握度は、北朝鮮と同等だということです。それでも現自民党政権を支持し続ける奴隷根性の染みついた日本の有権者のメンタリティを、これから変えていくことはできるのでしょうか。


 第3章では、海外のニュースも実は、必要な情報を正しく流そうとはしていないということが書かれています。新自由主義によって、多国籍化した企業は、現在は国よりも国際社会に対して発言力を持ちつつあります。第1章では、多国籍企業のロビイストによるアメリカ政権の掌握の仕方が解説されていました。巨大資本により牛耳られているマスメディアは、自らに不利なニュースは出さずに、真実の側面にあることばかりを報道して、民衆を操作しているとのことです。


 このことは、共謀罪の成立過程や水道事業民営化法案の成立過程でもまざまざと見せつけられていました。個人的には、報道の自由度ランキングがウナギ下がりの日本だけの現象かと思っていましたが、欧米でも似たようなことが起こっているようです。


 信じたくない状況が、先進国でも起こり続けているようです。


 このマスメディアの報道の仕方で気になったのが、アイスランドで起きた「鍋とフライパン革命」です。個人的にアイスランドという国名を聞いたのが、パナマ文書の流出で首相が辞任したというニュースでした。それ以前のリーマンショックでの国家破産については、あまり知りませんでした。リーマンショックでの国家破産で、IMFが医療の切り下げを要求したことをきっかけにして、アイスランドで政府反対運動が盛り上がり、政権が辞任。そこから新憲法を成立させて、「カネより命」の国に生まれ変わったとのことです。


 「カネより命」の国とは、国民の税金を高負担にして、医療・教育を充実させる政策をするということです。日本では残念ながら、公教育のレベルが低く、大学受験に関しても、けっして今日の高い人間が通りやすい制度にはなっていません。さらに、何度か記事で書いたように思うのですが、国内で一番良いと位置づけられている東京大学の入学者の内訳は、公立も含む中高一貫校出身者が7割にもなります。教育は、ほとんど自己負担の国なのです。


 私の理想的な国家像は、分厚い中間層に支えられた福祉国家です。つまり、戦後の復興を遂げる中で成し遂げられたバブル前の日本が理想的だと思っています。しかし今の日本は、中曽根内閣以降に、次々と新自由主義政策が取り入れられ、戦後の復興の中で縮小した格差を拡大させ続けています。私は、一握りのエリートではありませんので、今のような世の中にはNoと言いたいです。健全にひとりの市民として生活しようとすることができなくなり、ほとんどの市民が(すでにアメリカでは半数)貧困にあえぐような社会は、健全ではないはずです。


 今、安倍政権によって壊されようとしているのは、世界に誇る共助の制度である国民皆保険制度です。だれもが安心して医療を受けられる制度が壊され、ひとにぎりの富裕層だけが分厚い医療を受けらるような民間企業の医療保険だけになってしまったらどうなるのかを、政治に疎い日本の有権者に、少しでもいいから想像してほしいです。


 このような多国籍企業による「命よりカネ」が大事な世の中への変化を少しでも止めていきたいです。


 久しぶりに格差社会についての記事になりましたが、カネにより良識・倫理観が破壊されている世の中にシフトチェンジしている日本に住んでいて、恐ろしく思っているのは、私には貧困層が見えないことです。周りを見渡すと、世帯年収の上位2割以上の人しか見えません。平均世帯年収である460万円程度の収入で暮らしている人すら、近くにいないのです。


 分断化された社会はとても不健全です。道徳心の強い日本人の国民性のおかげで、犯罪率は高くなっていないようですが(感覚なのでソースはありません)、外国人技能実習生の制度などで、日本の常識を持ち合わせない外国人を大量に受け入れれば、犯罪率も上がり、凶悪犯罪が増えることが予想されます。


 今の自民党政権がすごい勢いで推進している新自由主義政策を受け入れるということは、自分の生活を破壊し、自ら貧困層へダイブする自殺行為です。普通の生活を普通に営んでいきたければ、政治に目を向けて、現在の世界情勢を考え、アイスランドの「鍋とフライパン革命」を見習うべきではないでしょうか。

 よろしければ、こちらのくりっくをよろしくお願いします。



政府はもう嘘をつけない (角川新書)[本/雑誌] / 堤未果/〔著〕
政府はもう嘘をつけない (角川新書)[本/雑誌] / 堤未果/〔著〕

〜19世紀のロシア貴族の生活に思いをはせる〜 『アンナ・カレーニナ』(トルストイ、木村浩訳)を読んで



 へっぶしんです。

 なかなか仕事が落ち着かないのと、文豪の名著を相手にしていたので、なかなか更新ができませんでした^^;

 19世紀のロシアの言わずと知れた文豪のトルストイの名作です。日本では幕末から明治の初期にあたる年代を生き、ロシア革命直前に没したトルストイが見ていた貴族の生活が、まるで目の前で展開されているかのように感じました。 

 古典的な名著は味わい深いですね。




 著者は、トルストイです。

 19世紀ロシア文学を代表する巨匠。ヤースナヤ・ポリャーナに地主貴族の四男として育つ。

 ルソーを耽読し大学を中退後、暫く放蕩するが、従軍を機に処女作『幼年時代 (岩波文庫) [ レフ・ニコラエヴィチ・トルストイ ]』等を発表、賞賛を受ける。

 帰還後、領地の農民の教育事業に情熱を注ぎ、1862年の幸福な結婚を機に『戦争と平和(全6冊セット) (岩波文庫) [ レフ・ニコラエヴィチ・トルストイ ]』『アンナ・カレーニナ(上巻)改版 (新潮文庫) [ レフ・ニコラエヴィチ・トルストイ ]』を次々に完成。

 後、転機を迎え、「神と人類に奉仕する」求道者を標榜し、私有財産を否定、夫人との不和に陥る。

 '99年『復活(上) (岩波文庫) [ レフ・ニコラエヴィチ・トルストイ ]』を完成。1910年、家での10日後、鉄道の駅長官舎で波乱の生涯を閉じた。




 19世紀のロシアを舞台に、黄昏時の貴族の世界が書かれています。テーマは、生と死、愛と嫉妬、友情などの人生における人間関係で起こりうることを、様々なストーリーで描写しており、緻密な構成で読者を飽きさせない名作です。

 文庫本なのに、3冊合わせて2400ページくらいあり、読みごたえが抜群にありました。

 主役のアンナの兄のオブロンスキーが、浮気がもとで離婚の危機に直面している場面から始まりました。愛を何とか取り繕い切った兄に対して、妹のアンナは愛に殉じます。

 19世紀の貴族の結婚観が生き生きと描かれています。アンナは20歳年上の夫と結婚し、良い妻を演じ続けますが、ヴロンスキーと出会ってしまいます。ヴロンスキーと新の愛に目覚めてしまったアンナは、夫であるカレーニンと暮らしていくことはできなくなります。この辺りのアンナの心境を、男の私が推し測ることはできません。しかし理性では、倫理的には、問題のある不倫ですが、その禁断の恋の渦中にあるアンナの心境が緻密に描写されています。

 また、アンナの親友で、ストーリー最初で夫オブロンスキーに浮気されてしまったドリイ婦人は、アンナの禁断の恋、禁断の生活を客観的かつ冷静に見つめます。夫との愛は冷めてしまい、5人の子どもに囲まれて、自らのことは後回しにして家庭を切り盛りする生活に疲れたときに、アンナに会いに行きます。しかし、アンナとヴロンスキーの生活を目の当たりにして、いてもたってもいられなくなり、家庭に戻ります。家族の温かさを知るものと、恋に生きていても家族のぬくもりを実感できないアンナとの対比は、深く考えさせられました。理想の女のアンナと、一般的な主婦のドリイですが、この2人が互いに理解し合う親友だという設定も興味深いです。

 そして、トルストイが自らを重ねていたという田舎貴族の理想主義者のリョービンは、ドリイの妹のキチィと、紆余曲折は経たものの理想的な結婚をします。しかし、その生活はあまりに現実的でした。理想と現実の間に葛藤を重ねながら、自らの領地の農事経営に没頭して、一家の長としての務めを果たしていく姿に、地味に感動しました。

 リョービンの生活の中でも、あまり馬の合わない新進気鋭の学者である兄コズヌイシェフとのなんとなくうまくいかない距離感と、心ではつながっているが、放蕩のはてに病死する兄ニコライの対照的な人生という対比も考えさせられました。

 複線的なストーリーと緻密な構成が、素晴らしかったです。さすがは、古典的名著です。


 格差社会の話や中学受験の話ばかりで、小説を読んでなかったなと思い、ここ2,3か月は小説が増えています。人間とは何なのかを、物語を通して考えていますが、貴族についての考え方が若干変わったように思います。


 領地の民とともに地に足をつけて生活する貴族もいれば、19世紀のロシアでは、モスクワ・ペテルブルグで豪華な生活をしている貴族もいる。立派な人間もいれば、堕落した人間もいる。様々な貴族がおり、ひとくくりにしてはいけないのだと、今更ながらに気づきました。


 また、生涯勉強を続けなければならないなと、小説を読んで改めて思いました。特に現代の技術の進歩から背を向けてはならないなと。ただ、何でもかんでも新しいものが優れていて、古いものは淘汰される運命にあるわけではなく、新しさと引き換えにして、大切なものを失い続けているかもしれません。特に現代の核家族化による家族の結びつきの弱まりには気を付けなければいけないと、危機を感じました。


 私はサービス業という仕事の性質上、ここのところほとんど友人づきあいができていません。家族とは、なんとか週2回の休日にまとまった会話ができるくらいです。近くに住んでいるにもかかわらず、実家には月に1回か2回しか顔を出しません。


 アンナ・カレーニナでの貴族の交友の仕方を見ていると、現代では失われてしまいつつある濃厚な人間関係の大切さに改めて気づきました。

 よろしければ、こちらのくりっくをよろしくお願いします。



〜第二次世界大戦のナチスのホロコーストを想像する〜 『夜と霧』(ビクトール・E・フランクル、池田香代子訳)を読んで

 へっぶしんです。

 昨日は、1年で数回しかない連休の2日目でした^^;

 サービス業という性質上、週2回の休みはだいたい確保できるのですが、平日と日曜日の組み合わせになるので、なかなか連休が取れません^^;

 そのような中で、昨日はあまりやることもなく、午前中は寝て過ごすというもったいない時間の使い方をしてしまいました^^;反省した午後は、カフェに行って、夜と霧新版 [ ヴィクトル・エミール・フランクル ]を、一気に読みました♪

 1日で1冊を読破するのは久しぶりです^^

 前回の〜戦争とそれに巻き込まれる人について考える〜 『アンネの日記』(アンネ・フランク、深町眞里訳)を読んでに引き続き、第二次世界大戦中に行われた蛮行であるナチスドイツによるホロコーストを生き抜いた精神科医のヴィクトール・E・フランクルによる回顧録的な小説です。

 戦争という、人類がその残虐性と無意味さを認識していながら無くすことのできない愚行について、その究極的な悪、絶対悪であるホロコーストについて知り、考えなければ、未来志向的に生きることができないのではないかと感じています。

 自らの平和主義を深めるためにも、とても有益な一冊でした。

 平和を愛する方には、一度は手に取っていただきたいです。




著者は、ヴィクトール・E・フランクルです。

1905年にウィーンに生まれ、ウィーン大学を卒業。在学中よりアドラー、フロイトに指示し、精神医学を学び、第二次世界大戦後中にナチスにより強制収容所に送られた体験を、戦後まもなく『夜と霧』新版に記す。1955年からウィーン大学教授。人間が存在することの意味への意志を重視し、心理療法に活かすという、実存分析やロゴテラピーと称される独自の理論を展開する。1997年9月歿

 主な著書に、『夜と霧』、『死と愛』、『時代精神の病理学』、『精神医学的人間像』、『識られざる神』(以上、邦訳、みすず書房)、『それでも人生にイエスと言う』、『宿命を超えて、自己を超えて』、『フランクル回想録』、『〈生きる意味〉を求めて』、『制約されざる人間』、『意味への意志』(以上、邦訳、春秋社)

 いつもの悪い癖で、頼みすぎて読めなくなる状況を避けるようにします。



  世界的にも有名なナチスのユダヤ人強制収容所について、今まで一冊も読んだことがありませんでした。人類の愚行というのは、ここまで酷いものだということに戦慄を覚え、平和の尊さを実感しました。日々のストレスなんて大したものではないと思い知らされました。

 著者の精神科医であるビクトール・E・フランクル氏は精神科医で、心理学の視点から客観的にユダヤ人強制収容所内で起こっているホロコーストの被害者たちの状況を分析されています。具体的に目の前で起こっとを、客観的な視点を持ちながら見るということは、大変な知性と自己抑制能力が必要なことです。このような人間の究極的な悪と善について、想像するのも困難ではありますが、多くの人が知ろうとすることが平和な世界を作っていくためには必要なことなのではないでしょうか。

 著者は、強制収容所に収容される人たちの心理的段階を3段階に分けています。
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・施設に収容される段階
・まさに収容所生活そのものの段階、
・そして収容所から出所ないし解放の段階」(本書P.11)
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 ・施設に収容される段階

 まず最初にユダヤ人収容者たちは、映画『シンドラーのリスト』で映像化された光景を見たこともある方も多いかと思いますが、貨物列車にすし詰めにされて移送させられます。貨車1台に80人も乗せられていたようです。

 筆者がアウシュビッツ強制収容所についたときに最初の「選別」が行われたようです。なんともおぞましい話ですが、ドイツ軍の将校のわずかな左右を指す指の動きによって、90%の人がいきなりガス室送りになったようです。その後、収容者たちは恩赦願望という根拠のない願望に取りつかれます。筆者の説明によると、死刑を宣告された人間が、死刑直前に恩赦で許されると妄想することのようです。しかし、その楽観的な期待はひとつひとつ打ち消されていき、最後はそれを笑い飛ばすやけくそのユーモアと好奇心をもつようになるそうです。

 すべての身ぐるみをはがされ、無一文になり、体中の毛まで剃られ、まさに裸一貫の状態にされた収容者たちの心情はどのようなものだったのか、想像すらできません。

 この時のユダヤ人収容者たちの心理を、
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 異常な状況では異常な反応を示すのが正常なのだ。精神医学者の立場からも、人間は正常であるほど、たとえば精神病院に入れられるといった異常な状況に置かれると異常な反応を示すことは、充分に予測できる。強制収容所の被収容者の反応も、異常な精神状態を示しているが、それ自体は正常な反応であって、このようなじょうきょうとの関連において見るかぎり、典型的な感情の反応なのだ。(本書P.31〜P.32)--------------------------
と記しています。

・まさに収容所生活そのものの段階、
 強制収容所の収容者たちの第二の心理段階として、感情の抹殺が起こるようです。これは、たとえば大切な人の突然の死などの信じられない出来事が起こるときに呆然となることの拡大版のように思えます。

 本書の記述では、
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十二歳の少年が運び込まれた。靴がなかったために、はだしで雪の中に何時間も点呼で立たされたうえに、一日じゅう所外労働につかなければならなかった。その指は凍傷にかかり、診療所の医師は壊死して黒ずんだ足指をピンセットで付け根から抜いた。それを被収容者たちは平然と眺めていた。嫌悪も恐怖も同情も憤りも、見つめる被収容者からはいっさい感じられなかった。苦しむ人間、病人、瀕死の人間、死者。これらはすべて、数週間を収容所で生きたものには見慣れた光景になってしまい、心が麻痺してしまったのだ。(本書P.35)
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 これは、以前に読んだ〜過去を直視して、考えたくないことを考える〜 『『夜と霧』ビクトール・フランクルの言葉』(諸富祥彦)を読んで(過去記事)の本にも取り上げられていた箇所です。想像するだけでも恐ろしい光景にもかかわらず、強制労働による疲労に加えて満足に食事を与えられない飢餓状態にあり、さらに殴られ罵倒され続けた人間は、正常な心の持ちようを捨て去るしかないようです。レベルは全く違いますが、昨今の虐待されている子どもにも、似たような心理状態がみられるのではないでしょうか。人として生きるために必要な食事・睡眠・住居を奪われて、人間性を喪失していく強制収容所の収容者たちの様子がこれでもかというくらいに描き出されています。

・そして収容所から出所ないし解放の段階」
 最後は、解放されてからの心理状態ということですが、最初は自分が解放されたという実感が全く持てずに、うれしいという感情を持つに至るまでに時間がかかるようです。さらに家族との再会に一縷の希望を託して家に帰ると、そこに家族がいなかったという喪失の感情に襲われるようです。実際に強制収容所からは、ほとんど生還できなかったようです。前回書いた〜戦争とそれに巻き込まれる人について考える〜 『アンネの日記』(アンネ・フランク、深町眞里訳)を読んででも、《隠れ家》生活の半ばで捕まった8人のうち静観できたのは、アンネの父親ひとりでした。著者も生存率は5%だと本書の中で記しています。

 このような何百万人も及ぶ大量虐殺が、歴史上では何度も繰り返されています。ホロコーストやジェノサイドといった愚かな行為を誘発するような戦争は、絶対にあってはならないと強く感じました。


 この本で最も感銘を受けた箇所は、「精神の自由」(本書P.109〜P.113)というところです。人間は、どのような極限状態に陥っても、ふるまいに関しては、自分で決められるというところです。個人的には、ハードルの高すぎる態度ですが、自らが飢餓状態にあるにもかかわらず、それよりもつらそうな人にパンを分ける。自分が疲労困憊で、話したくもない時でも、周囲に暖かい言葉をかける。などの行為を選ぶことがでる自由は、何人も奪えないということです。

 したがって、死人も見ても無感動になり、死んだ仲間の身に着けているもので、自分のものよりましなものをはぎ取るのか、そのようなことはしないのかという判断を下すのは自分だということです。このようなエビソード、考え方は、今の日本でも必要なことのように感じます。太平洋戦争時においては日本の国民感情にも、差別思想が蔓延したり、無茶な戦争遂行に疑問を持たずに積極的に協力したりといった、自らの判断を放棄するような感情が蔓延しました。

 平和を願うなら、たとえ自分の周囲の考え方と違っても、空気が読めないと言われても、疑問に思うことは自分が納得できるように考えて態度を決めることが大切だと痛感しました。自らの行動を、自らの責任において、自分で考えて行うことは、とても困難です。しかし、その困難に立ち向かわなければ、平和を維持することは難しいのだと思い知らされました。

 よろしければ、こちらのくりっくをよろしくお願いします。

〜戦争とそれに巻き込まれる人について考える〜 『アンネの日記』(アンネ・フランク、深町眞里訳)を読んで

 へっぶしんです。

 毎日少しずつ昼間が長くなってくることを実感し、春の訪れを感じられるようになりましたね。

 ここのところ、中学受験・格差社会はどこに行ったのかというくらい、読む本のテーマがずれてきています^^;

  今回は、第二次世界大戦という人類の負の出来事に巻き込まれて15歳でその生涯を閉じざるを得なかった『アンネの日記』(A.フランク)を読みました。

 私自身、人と感性がずれているのか、ヒトラーのナチスドイツによる陰惨なユダヤ人迫害の被害について考えるというよりも、アンネ・フランクというひとりの少女の知性に驚嘆しました。

 日記の中には、将来はジャーナリストか作家になりたいと記されていました。この少女が、ユダヤ人迫害から生き抜いて、ジャーナリストになったらどれだけ活躍したかと想像すると、戦争というものがもたらす災禍を恨まざるを得ません。

 この年になるまで、この名著を一度たりとも読んだことがなかった自分を深く恥じ入りました。

 戦争という人類が克服できない愚行について考えるためにも、人として生きるためには一度は読むべきでしょう。まだ読んだことのない方には、是非ともご一読いただければ幸いです。




 著者は知らない人はいないと思うのですが、アンネ・フランクです。

 [カバー裏より]
 1929年6月12日、ドイツのフランクフルトで裕福なドイツ系ユダヤ人仮定の次女に生まれる。1933年、迫害を逃れ一家はオランダのアムステルダムに移住し、1942年7月、姉マルゴーの召喚を機に一家は隠れ家生活に入る。ついに1944年8月4日、密告により連行されたアンネはアウシュヴィッツ、ついでベルゲン=ベルゼンに送られ、そこでチフスのため15年の生涯をおえた。1945年2月末から3月はじめと推定される。1942年6月12日から44年8月1日まで書きつづけられた日記は、永遠の青春の記録として、いまも世界中の人びとの胸をうってやまない。



  アンネの日記は、仮想の友達に宛てて書くという形式で書かれています。父親の会社の四階建ての建物の三階と四階部分に3世帯で暮らします。この日記を読むまでは全く知らなかったのですが、オランダ人の支援者が多数存在して、生活に必要な物資の調達を引き受けていました。そして、その支援者の誰かか、もしくは支援者の周囲にいる人間の密告によって、ゲシュタポに捕まってしまいます。

ナチスドイツによるユダヤ人迫害により、強制収容所で15という年齢で命を落とした、ひとりの天才少女による日記が、終戦から約75年たった現在においても戦争の悲惨さを伝え続けています。

 家族や同居人との確執に揺れる少女が、ナチスの影におびえながら《隠れ家》で生活する息苦しさが良く表れていると思える1節を抜き出してみます。

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1943年11月8日、月曜日夜

 親愛なるキティーへ

 あなたがもしもわたしの手紙の山をつぎつぎに読み返すことができたら、きっと、それらを書いた時の気分が、あまりにもまちまちなのに驚くことでしょう。これほど周囲の雰囲気に左右されやすいというのは、けっして感心したことじゃありませんけど、でもこれはわたしばかりじゃないんです。ここではみんなそうなんです。たとえば、なにかの本に夢中になっているときなど、わたしはまずしっかり心を落ち着かせてからでなくては、ほかのみんなの仲間に加わることができません。そうでないと、みんなからちょっとおかしくなったと思われるのがおちですから。たぶんお気づきでしょうけど、目下のところわたしは、ちょっとした鬱状態です。なぜそうなのかはうまく説明できませんけど、たぶん、わたしが臆病だからでしょう。そしてこれが、このところわたしがしょっちゅうぶつかっている問題なんです。

 きょうの夕方、ベップがまだここにいるとき、入り口の呼び鈴が長く、けたたましく、突き刺すようになりわたりました。わたしはたちまち真っ青になり、急な腹痛と、激しい動悸とに襲われましたすべてが強いおびえからくる症状です。

 夜になって、ベッドにはいると、自分がパパやママと別れて、たったひとり地下牢にいるような気がしてきます。ときには、路傍をさまよっていたり《隠れ家》が火事になったり、夜中に兵隊がやってきて、わたしたちを連行していったりする場面が目に浮かび、つい絶望のあまりベッドの下にもぐりこんで、身を隠してしまうことを想像します。すべてを実際に目の間で起こっているようにまざまざと見てとり、そのあともずっとこういうことが、じきに現実になるかもしれない、という恐怖から逃げられません。

 ミープはよくわたしたちに、ここがこんなに静かで、ひっそりしているのは、うらやましいと言います。それはそうかもしれませんけど、彼女がわたしたちをとりかこむさまざまな恐怖のことに気がついていないのです。

 いつかまたいい世の中がきて、私たちが普通に暮らせるようになるなんて、とても想像がつきません。もちろんわたしだって、「戦争が終わったら」なんてことをよく話題にはしますけど、それはたんなる空中楼閣、けっして実現することのない夢なんです。

 この《隠れ家》に住むわたしたち八人、この八人がわたしには、黒い、黒い雨雲にかこまれたちっぽけな青空のかけらのように思えます。わたしたちのたっているこの円い、はっきり境界を区切られた地点は、いまのところまだ安全ですけど、周囲の黒雲はだんだん近づいてきますし、迫りくる危険からわたしをへだてているその円は、しだいに縮まってきています。いまでは、危険と暗黒とにすっかりとりまかれているので、わたしたちは必死で逃げ道をもとめて、おたがい同士ぶつかりあっているのです。下界を見れば、そこでは人間同士が戦っていますし、上を見れば、そこは平穏で、美しい。けれどもいっぽう、その巨大な黒雲はわたしたちをさえぎり、上へも下へも行かせてくれずに、突き破れない壁さながら、前に立ちふさがっています。それは私たちを押しつぶそうとしていますが、まだそこまではいたっていません。わたしにできるのはただ、泣きながら祈ることだけです。「どうかあの黒い輪が後退して、わたしたちの前に道がひらけますように」と。

 じゃあまた、アンネより

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 戦争の陰惨さと、《隠れ家》での生活の息苦しさ、さらには空襲の恐怖などが、ものの見事に表現されています。これを書いたのが、弱冠14歳の少女だとは恐れ入るばかりです。世界に向けて、戦争の悲惨さを訴え続けるこの日記の価値を今まで知らなかった自分に恥じ入るばかりです。





 戦争とはかくも悲惨なものだということを、常に考えて、平和な日本に生まれ育ったということに感謝しながら日々を過ごさなければと強く思いました。しかし、現在の日本は、このような過去の悲惨な戦争を忘れようとしているように感じることが多々あります。また、一定の人たちは、戦争を相対化して語るさまが目につきます。古代から繰り返され、人類が辞めることができていない戦争というものが無い世界になることを願ってやみません。

 戦争を肯定する人たちは、もっと戦争によって引き起こされる個々の悲惨な物語に目を向けるべきです。そして、けっして戦争というものを相対化して考えることをしないでほしいです。たとえば、アメリカが正義のために戦っていて、日本だけが協力しないのはおかしいという言い方です。戦争は絶対悪だから、たとえアメリカが正義のための戦争をしていたとしても、他に取るべき手段があるにも関わらず、暴力である武力に訴えての問題解決方法は容認できない。という風に堂々と主張できる世の中になるように、日本人として努力していかなければならないと強く思いました。

 また、日本人として、太平洋戦争における旧日本軍の数々の蛮行を忘れてはいけないし、迷惑をかけた周囲の国々の方々の怒りに鈍感に生きてはならないと決意しました。ナチスによるユダヤ人迫害は、対岸の火事ではありません。同盟国であった当時の日本でも、非人道的な捕虜の虐待があり、南京大虐殺という蛮行を行い、植民地であった韓国・台湾の人々への従軍慰安婦問題・徴用工問題など、未だに解決できていない問題が山積しています。これらの負の歴史を真摯に受け止めて、未来に向かって戦争の悲惨さを子どもたちに伝えながら、自らの中にある差別意識などを払拭しながら生きていきたいです。

 よろしければ、こちらのくりっくをよろしくお願いします。

〜思い出の映画満載の息子との対談〜 『ローマで語る』(塩野七生)を読んで



 へっぶしんです。

 気が付けば、もう3月ですね。仕事の繁忙期も終わり、そろそろ友人と飲みに行く約束でも取り付けて、旧交を温めようかと思い始めました。

 ここのところ、中学受験・格差社会はどこに行ったのかというくらい、イタリア在住の作家の塩野七生氏の本ばかり読んでいます^^;

 またもや、去年読破した文庫本43巻立てのローマ人の物語(1) ローマは一日にして成らず 上 (新潮文庫) [ 塩野七生 ]の著者の塩野七生さんのエッセイです。

 今回は、イタリアで映画製作にかかわっている塩野七生氏の息子であるアントニオシモーネ氏との親子の映画に関するエッセーです。塩野七生氏は、読書と同等のレベルで映画を鑑賞されているようで、映画はあまり見ない私には、知らない映画ばかりでした^^;

 ただ、一時期は映画をよく見ていて、その当時の映画についても語られていたので、懐かしかったです。




 著者は塩野七生氏と息子のアントニオシモーネ氏です。

 塩野七生氏は、学習院大学文学部哲学科を卒業後にイタリアに遊学され、多数の著書を書かれています。全巻読破したいくらいなのですが、多すぎます^^;

 アントニオシモーネ氏の方は、大学で考古学を学ばれた後に映画製作の仕事に就かれているようです。

 主な著書に
ルネサンスの女たち (新潮文庫) [ 塩野 七生 ]

チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷 (新潮文庫) [ 塩野 七生 ]

海の都の物語(1) ヴェネツィア共和国の一千年 (新潮文庫) [ 塩野七生 ]

ローマ人の物語(1) ローマは一日にして成らず 上 (新潮文庫) [ 塩野七生 ]

など多数あります。

[概要]

裏表紙より

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歴史と文化に造詣の深い塩野七生とその息子アントニオ・シモーネが、世界中の映画を語り尽くす! 戦争下における人間の尊厳を描く『戦火のかなた』、作家の毒と狂気に満ちた『カポーティ』、知力を駆使して悪を欺く『スティング』など、芸術作品から娯楽映画まで
世代とジャンルを越えて心に刺さる名作60作品以上を徹底分析。”最初で最後の共演”と明言する、稀世の親子対談集。
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 塩野七生氏と息子の対談ですが、現在(5年ほど前)のイタリアの状況なども、アントニオシモーネ氏の仕事の状況を通してわかる部分があり、映画よりもイタリアの政治経済の状況の方に興味を持って読んでしまいました^^;


 最初に紹介されているのが、イタリア映画の「戦火のかなた 」です。イタリア人の視点で制作された反戦映画です。第二次世界大戦では、日独伊三国同盟で、日本とともに敗戦国になったイタリアでしたが、イタリア降伏時の混乱については想像すらしていませんでした。

 イギリスがイタリア南部にあるシチリア島からイタリア本土に北上していき、ナチスドイツとともにこれを防いでいる途中に降伏して、イタリア国内にいるドイツ軍とイタリア兵が、イタリア北部に取り残されるとい悲劇が起きたようです。戦争による悲劇を探せば枚挙にいとまがありませんが、だだの一般人である私は、やはり戦争はできる限り防いでほしいものだと願うばかりです。どのような戦争でも、被害を被るのは庶民で、勝っても負けても得をするのは権力者だけなので、常に反戦の意思を表示していきたいものです。

 様々な映画が紹介されていますが、私が見た映画で印象に残っていたものも紹介されていました。これもイタリア映画ですが、「ライフ・イズ・ビューティフル」は、第二次世界大戦時にアウシュビッツ強制収容所に送られた親子が、収容所内で起こす捧腹絶倒の喜劇です。お腹を抱えて笑った後のラストシーンで涙する傑作でした。もう一度見てみたくなりました。

 親子の対話で、ここまで映画について語れるというのもすごいなと思いました。


 最も印象に残ったのは、結局は映画ではなく、塩野七生氏と息子のアントニオシモーネ氏が、仕事観について語っている部分でした。 ちょっと引用してみます。
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アントニオ いや、ボクはそうは考えない。「陽の下に新しきことなし」が、人間社会の真実を映し出しているということには賛成です。だけどそれだからあきらめて何もしない、というわけにはいかない。塩野さんの世代ならば、生涯の仕事はやり終えたと言えるのだからそれでいいでしょう。生涯の仕事をやり遂げるということは、それによって自信も確立したということですからね。
 しかし、ボクの世代はそうはいかない。自信を確立していく手段である仕事でさえ、容易には期待できなくなった世代ですよ。仕事の性質からしてボクは初めからそれを期待していなかったけど、普通の若者ならば望む、定職や終身雇用なんて夢の夢になった時代です。
 五十代の失業も悲劇です。しかし、職業に就く機会さえも初めから与えられない若者の悲劇は、どういう悲劇になるんだろう。
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 2015年が初版になっているので、約5年ですが、イタリアにおいても定職に就いたり、終身雇用を望むのは夢の夢になっているというところは、日本と同じような状況なのだなと感じました。弱肉強食で富めるものはますます富み、貧しい家庭に生まれたら、階層を逆転できる希望をほとんど持つことができない新自由主義が世界を席巻しているのだなと、気分が重くなりました。

 前回書いた〜塩野七生氏の日本への提言〜 『日本人へ』(塩野七生)を読んでで、塩野七生氏がイタリア職人の技術について語られていましたが、職人の技術などは一朝一夕で身に就くものではなく、それこそ一生をかけて技を磨くものです。にもかかわらず、グローバル化によって消費者の性向も変わり、とにかく安いものが好まれるようになってしまいました。しかも中間層の没落が続いており、よいものを買い求めようにも、生活するのに精いっぱいで、よいものを作っても売れない時代になってしまっています。

 映画のテーマの話で、労働環境などが語られたところに敏感に反応してしまいましたが、塩野七生氏の息子の社会を見る視点に共感しました。

 読書の利点は、知らない人の感じることや考えることに共感できる点だなと、改めて思いました^^


 よろしければ、こちらのくりっくをよろしくお願いします。






〜過去を直視して、考えたくないことを考える〜 『『夜と霧』ビクトール・フランクルの言葉』(諸富祥彦)を読んで




 へっぶしんです。

 久しぶりにテレビを見ていて考えさせられました。羽鳥慎一モーニングショーのそもそも総研「日本人が知っておくべきこと」で、ウーマンラッシュアワーの村本さんと、ジャーナリストでシリアでテロリストにとらわれていた安田純平氏が出ていました。

 その中で玉川氏が、テレビでは視聴率が理由で、視聴者が必要としていない情報は伝えられないと発言していました。そのために、原発問題、シリア問題などに時間を割けないということのようです。

 それに対して村本さんは、テレビは真実を伝えるのではなく、人々を安心させる情報を伝えているとコメントしていました。だから、嫌韓・嫌中のニュースを見て安心するのだと。そして、聞きたくない情報にたいしては、心を閉ざすのだと話していました。

 さらに、今の日本人には心の余裕がなくなっていて、不安になっている。その不安を解消するのが、嫌中のニュースだと分析していました。安田純平さんも交えて、バブルのころは、もっと中南米の紛争のニュースを報道していたとも、話されていました。

 今の日本人は、海外の出来事に興味を持つだけの心の余裕がないんだなと、なるほどなと思いながら見ていました。

 こんな群集心理い陥っている人々には、第二次世界大戦の大日本帝国軍の蛮行を振り返って、反省して未来に生かそうというようなことを考える余裕はないんだなと^^;

 こんなことを考える余裕があるだけ、私はマシなのでしょうか^^;

 毎晩、酒ばかり飲んでいるただの飲んべいで、給料が少なくて不満に思っているなんてのは、小さいことなんでしょうね^^;

 気も小さいですが。。。

 さて今回は、第二次世界大戦でのナチスドイツのユダヤ人迫害の被害に遭い、そこから生き延びた精神科医の著書からの名言集です。




 著者は諸富祥彦氏です。

 筑波大学・大学院を卒業後に千葉大学教育学部の助教を経て、明治大学の文学部教授をされている教育学博士の方です。

 主な著書に
『知の教科書 フランクル』
『ビクトール・フランクル 絶望の果てに光がある』
『フランクル 「夜と霧」』
『』
などがあります。

[概要]

帯より

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ナチス収容所を生き延びた精神科医の152のメッセージ

 たとえ今、あなたが、
 人生に絶望しているとしても、
 人生があなたに絶望することはない

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〔目次〕
第1章 強制収容所での体験
第2章 愛することについて
第3章 生きることの「むなしさ」について
第4章 人生の「苦しみ」について
第5章 生きる意味について
第6章 仕事について
第7章 幸福について
第8章 時間と老いについて
第9章 人間について
第10章 神について
第11章 生きるのがつらい人へ - 心理療法的助言と苦しみへの対処法


 『夜と霧』-------------------------------------------------

 無感動・無感覚になる囚人たち


 収容所での生活が長期化するにつれて、囚人たちは信じ難いほど無感動かつ無感覚になっていった。仲間が鞭で打たれてサデイステイックに痛めつけられる様子を見ても、あるいは、囚人がそこで漏らした尿や糞の上に何時間も立たされたり、寝かされたりしている光景を見ても、多くの人はまったく意に介さなくなっていった。


 関心があるのは、食べることだけ


 いつも殴り続けられ、痛めつけ続けられている囚人たちは、自分の心を守るために無感動・無感覚にならざるをえなかった。あらゆる行動と生活は、ただ一つ、命を守るという目的に集中していった。
 囚人たちのあいだでは、食べ物についての会話がただひたすら繰り返されていた。一日に一回だけ配給されるさずかなパンについて、それをどのように分けて食べるか、ひたすら話が続いていった。

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 ユダヤ人の強制収容所の内部の状況が克明に記されていて、想像を絶する状態に恐怖を覚えました。また著者は、このような過酷な状況にもかかわらず、周囲を客観的に見ているられるという驚異的な精神力の持ち主だと、驚嘆せざるを得ません。


 一日一回の食事で、強制労働をさせられて、おそらくは疲労と空腹で意識も朦朧としてしまうのではないかという状況下で、周囲の人間を観察し続け、後世にこのような言葉を残したのは、まさに偉業ではないでしょうか。


 異動があってから、職場の人間関係が最悪になって、会社には仕事をこなしに行くだけになっている日常に不満があります。評価される可能性がほとんどなく、8割の人が非正規雇用のため、雑務がのしかかってきて本来の仕事を圧迫し続けています。そして、正社員なんだからという魔法の言葉により、スーパーマンのような仕事ぶりを要求されます。モチベーションが上がるわけないという環境で、低いモチベーションで日々を送っています。

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 そんな私に突き刺さった言葉は、

 どんな悲惨な状況にあっても
 
 あなたがどんな人間になるかは

 「あなた自身が決める」ことができる
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 です。

 これに続けて書かれている文が、


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 つまり人間はひとりひとり、このような状況にあってもなお、収容所に入れられた自分がどのような精神状態になるかについて、なんらかの決断を下せるのだ。典型的な「被収容者」になるか、あるいは収容所にいてもなお人間として踏みとどまり、おのれの尊厳を守る人間になるかは、自分自身が決めることなのだ。

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 ナチスの強制収容所に入れられてもなお、自分自身の気の持ちようで、自らの尊厳を守ることができるという筆者の強い精神性に心を打たれます。ここまで、自己制御ができるなんて、驚嘆に値しますね^^;

 少しくらい、いやなこと上がるくらいで音をあげてしまう自分が恥ずかしくなります^^;

 まさに奴隷的な労働を強いられて、報酬さえもなく、ただ生きることに望みを託すという状況を生き抜いた人間の、なんという力強い言葉でしょうか。


 死体が転がっていて、その死体から衣服や靴をはぎ取って、自分のものと変えるという行動をするような、まさに生き地獄と言っていい状況でも、自らも同じことをするのか、自分は人間としていたいから衣服をはぎ取るような非人間的な行為は慎むのかという選択はできるということです。想像するだけで気分が悪くなるような状況においても、典型的な「被収容者」、つまり奴隷的な心情を持ち、行動をする。ほとんどの人は、そうなってしまうのではないでしょうか。そのような状況においても、冷静に人間観察を続け、終戦まで生き残った著者の言葉は、胸に刺さります。

 究極的には、自分の自由を守れるのは、自分でしかないということになってしまうようですね。

 私自身も、自らの自由を守るためにも、考え方を変えていきたいです。


 このブログを読んでいただいた方には、是非、本書もご一読いただき、過去の人のなせる蛮行と、それを生き抜いた一人の偉人の言葉をかみしめてください。


 よろしければ、こちらのくりっくをよろしくお願いします。



〜塩野七生氏の日本への提言〜 『日本人へ』(塩野七生)を読んで

日本人へ(国家と歴史篇) (文春新書) [ 塩野七生 ]
日本人へ(国家と歴史篇) (文春新書) [ 塩野七生 ]

 へっぶしんです。

 2月の繁忙期を、ほぼ乗り切りました^^;

 若干気が抜けてて、今日の休みもネットを見たり、カフェに行って読書をしてきたりした後、昼寝をしてしまいました。^^;せっかくの休みをもったいない過ごし方をしてしまいました。


 3回連続になっていますが、去年読破した文庫本43巻立てのローマ人の物語(1) ローマは一日にして成らず 上 (新潮文庫) [ 塩野七生 ]の著者の塩野七生さんのエッセイを読みました。

 随筆(エッセイ)なので、サクサク読めましたが、塩野氏の海外から日本を見たときの視点が面白かったです。




 著者は塩野七生氏です。

 学習院大学文学部哲学科を卒業後にイタリアに遊学され、多数の著書を書かれています。全巻読破したいくらいなのですが、多すぎます^^;

 主な著書に
ルネサンスの女たち (新潮文庫) [ 塩野 七生 ]

チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷 (新潮文庫) [ 塩野 七生 ]

海の都の物語(1) ヴェネツィア共和国の一千年 (新潮文庫) [ 塩野七生 ]

ローマ人の物語(1) ローマは一日にして成らず 上 (新潮文庫) [ 塩野七生 ]

など多数あります。

[概要]

帯より

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 ローマの衰亡は500年

 日本の衰亡は20年

 ならば、どうする?

(混迷の時代に希望の灯をともす 「ことば・言葉・ことば」43本

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表紙の内側

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 日本人へ 国家と歴史篇

 夢の内閣をつくってみた。大臣たちは、私が慣れ親しんできたローマの皇帝にする―治者とは?戦略とは何か?現代日本が突き当たる問題の答えは、歴史が雄弁に物語っている。大好評『日本人へ リーダー篇』につづく21世紀の「考えるヒント」。
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 私と共通の好みが、本の帯が好きだということです。これは、妻には理解されないので、フェチになるのでしょうか。出版社が本を売るために、必死になってひねり出した本の紹介で、とても力の入ったものではないでしょうか。

 だから本の内容への期待が膨らむ、力強いことばのように感じています。なかなか、自分の好みを言葉にするのは難しいのですが、簡単に自己分析をしてみました。


 自分で自分を守ろうとしない者を誰が助ける気になるか。
 -ニコロ・マキアヴェッリ


 本編の冒頭で著者の塩野氏が引用した、『君主論』で有名なマキャベリの言葉です。塩野氏自体は、日本は憲法を改正して自衛隊によって、国を防衛すべきだと考えています。この考え方については、私は受け入れられないのですが、塩野氏のローマ史を書かれた経歴からは、主張の根拠は理解ができます。


 また、塩野氏の著作がいつ書かれたのかを、きちんと追っていないので何とも言えません。しかし、塩野氏が興味を持っているマキャベリ自体も、16世紀のイタリアの都市国家では当然であった傭兵制度を批判して、自国であるフィレンツェに常備軍を持たせることに情熱を傾けた人であることを考慮すると、国家が自衛軍を持つというのは当然という発想を持たれているのでしょう。


 さて本書は、43編の短いエッセイからなっています。


 これを大きく3つの章に分けています。

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 機)換颪糧畄爐箸蓮⊃雄爐欠乏するから起こるのではなく、人材はいてもそれを使いこなすメカニズムが機能しなくなるから起るのだ。
 (「『ローマ人の物語』を書き終えて」より)


 供〔瓦寮府をつくってみた。大臣たちは、私が慣れ親しんできたローマの皇帝にする。
 (「夢の内閣・ローマ篇」より)


 掘 屬呂犬瓩妨斥佞△蠅」とは、最後まで「言葉ありき」なのである。
 (「仕分けで鍛える説得力」より)
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 なんだか、これだけで本の内容が手に取るようにわかってしまいそうで、編集の緻密さに舌を巻いてしまいます。ちなみに私は、巻き舌ではしゃべりません。。。


 2010年に初版が発行されているので、10〜15年前の日本の状況について書かれています。全体的には、政治の話が多いのですが、塩野氏の政府間としては、改革好きであるように思えます。また、安定した政局が、改革を貫徹するためには必要なので、与党は安定多数を持っている状態がいいと考えられています。


 逆に政権基盤の弱い内閣は、よろしくないと考えられているようです。


 ただ、現代の状況についての見方は大変に柔軟で、一時帰国されたときに、懐かしの民主党政権の「仕分け」を見られた時には、官僚の説得力の無さに驚愕されたと感想を述べられています。ここでも、改革という動きを相対化して、どうすれば改革を貫徹できるかといった視点から意見を書かれています。内容について細かく把握をして、一つ一つを取り上げるといった思考の仕方はしていないように感じました。


  「ブランド品にはご注意を」という1編では、現在のイタリア製のブランド品について書かれいます。イタリア製のブランド品で、MADE IN ITALYにして良いのは、イタリア政府はその製品の30%がイタリア国内で作られていればよいという基準にしているようです。さらにその30%のイタリア国内でも、ブランドの下請けで作業をする人が、不法入国の中国人が使われているようです。したがって、現在では70%を中国で作り、残りの30%をイタリア国内で製造している「正規品」も、日本にはMADE IN ITALYとして輸入されているようです。最近は、ブランド品をありがたがる風潮がなくなり、安ければいいという風潮の方が幅をきかせています。そのような状況の中でなんともグローバルな状況になっているものだと思いました。


 これが書かれていた15年くらい前ですら、こんな状況で、今では服であれば外注先は中国ですらなくて、ベトナムやインドネシアなどの、さらに人件費の安い地域に工場が移動している。


 この中で、塩野氏が危惧されていたのが、熟練の職人の喪失です。日本でも、伝統的工芸品を作る技術を持った若者が育たないことが問題になっており、熟練の職人の喪失は文化の喪失にもつながるので、私も心配をしていることで、共感を覚えました。また、安かろう悪かろうの商品に囲まれて育つと、じっくりと腰を落ち着けてものごとに取り組む姿勢や、深く考える姿勢を失ってしまうのではないかと心配になります。


 次にイタリアの難民の事情ですが、「昔・海賊、今・難民」という1編が印象に残りました。ヨーロッパの中でも、地中海のアフリカ方面に向けて長靴状(私はロングブーツだと思っている)に突き出ている地形のため、政情不安のモロッコ、アルジェリア、チュニジア、リビアなどから、ゴムボートなどに乗って難民が押し寄せているそうです。最近の日本に老朽化した漁船に乗ってくる北朝鮮の難民と重ねて考えてしまいました。


 ただ、地中海の南端にあるアフリカ諸国と北朝鮮が重なったことに興味を覚えたのではなく、千年のベネツィアの歴史を書いた塩野氏の著作である海の都の物語(1) ヴェネツィア共和国の一千年 (新潮文庫) [ 塩野七生 ]
で書かれていた、イスラム教徒の海賊の出発地と、難民の出発地が重なるという箇所に興味を覚えました。古代ローマ帝国が衰亡してからの中世のヨーロッパは、フランス・スペインでは絶対王政に向かって、強大な王権を確立していき、イギリスが追随しました。しかし、ドイツ・イタリアは、領邦国家や都市国家が残っており、統一国家の建設が遅れていきます。そこにローマ教皇の権威が絡み、イタリアは、フランス・スペインからの圧力と、イスラム教国のオスマン帝国の海軍に徴集されることがある北アフリカの海賊の脅威にさらされ続けていきます。


 その北アフリカ諸国から、今度は難民の脅威にさらされているというのは、歴史の皮肉でしょうか。それとも、地政学的に切っても切れない関係にあるために起きている現象でしょうか。それにしても、人口5000万人のイタリアに、年間50万人もの難民が押しかければ、政治的な問題に発展するのも致し方ないことでしょう。


 随筆を読むと、いろいろなことが想像できて、とても楽しい時間を持てますね♪


 このブログを読んでいただいた方には、是非、本書もご一読いただければ幸いです。


 よろしければ、こちらのくりっくをよろしくお願いします。

日本人へ(国家と歴史篇) (文春新書) [ 塩野七生 ]
日本人へ(国家と歴史篇) (文春新書) [ 塩野七生 ]

〜マキアヴェッリはなにを考えたか〜 『わが友マキアヴェッリ(3)』(塩野七生)を読んで


 へっぶしんです。

 本日2本目ですが、お出かけの時間が迫っています。そのため、先ほどの1本目を軽くリライトするレベルにとどめます^^;

 仕事でもないのに、時間に追い立てられています。


 前回に引き続き、去年読破した文庫本43巻立てのローマ人の物語(1) ローマは一日にして成らず 上 (新潮文庫) [ 塩野七生 ]の著者の塩野七生さんのマキャベリに関する小説の2巻・3巻を読みました。

 やはり、小説は面白いですね。次は、塩野氏の随筆(『男たちへ』)を読み始めています。日曜日にアップできればいいなと思います。




 著者は塩野七生氏です。

 学習院大学文学部哲学科を卒業後にイタリアに遊学され、多数の著書を書かれています。全巻読破したいくらいなのですが、多すぎます^^;

 主な著書に
ルネサンスの女たち (新潮文庫) [ 塩野 七生 ]

チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷 (新潮文庫) [ 塩野 七生 ]

海の都の物語(1) ヴェネツィア共和国の一千年 (新潮文庫) [ 塩野七生 ]

ローマ人の物語(1) ローマは一日にして成らず 上 (新潮文庫) [ 塩野七生 ]

など多数あります。

[概要]
 第3巻ですが、「マキアヴェッリは、なにを考えたか」というテーマで、君主論が書かれている現場の実況中継のような物語です。フィレンツェの政府を追われ無職になったマキャベリが、著作をしていく過程が生き生きと描かれています。

 3回目ですが、巻末の解説は、佐藤優氏が書かれています。国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて (新潮文庫) [ 佐藤優 ]の宣伝か?と思えるくらいに、佐藤氏とマキャベリの共通点を上げて、マキャベリに共感できる理由を挙げられているのが、いろいろな意味で面白かったです。


 情熱をもって取り組んでいた官僚としての仕事を、メディチ家のフィレンツェ復帰に伴い失職したマキャベリですが、復職すべく仕官運動の一環として書き上げたの君主論です。その後、フィレンツェ政府から小間使いのような仕事をしたり、ローマ法王から依頼されて『フィレンツェ史』を書いたりと、人間マキャベリの晩年が生き生きと描かれています。

 また、友人と国際政治の情勢から身の回りのことまで書いた、往復書簡の紹介などもあり、偉大な政治思想家とは思えないほどの人間味あふれる物語に、まるで当時のフィレンツェにいるかのような錯覚に陥ります。


  3巻目はいよいよ、政治思想の大著である『君主論』が書かれる物語です。


 失業して無職になり、郊外に引っ越して、自らの境遇を友人に書き綴った往復書簡から、仕官運動のために書き上げた『君主論』、オリチェラーリの園の弟子たちに捧げる『政略論』、メディチ家出身のローマ方法に依頼されてまとめた『フィレンツェ史』など、大著が書かれていく過程を暖かな視線で、まるで母親が息子を見守るかのような筆致で、物語られています。


 この楽しい物語を、是非、皆様と共有したいです。



 よろしければ、こちらのくりっくをよろしくお願いします。






〜マキャベリはなにをしたか〜 『わが友マキアヴェッリ(2)』(塩野七生)を読んで


 へっぶしんです。

 世間では、インフルエンザが大流行しています。皆様も、ご自愛いただければと願っています。そうはいいながらも、現在の新自由主義の最終局面ともいえる社会状況の中で、自分の体をいたわりながら働くというコントロールができる状況なのかという疑問も持ってしまいます。


 1月の繁忙期がひと段落し、2月の繁忙期が目の前に迫っています。5時に起きて午前様になる日が数日あります。体調管理のしようもなく、起きて、仕事して、帰って1杯飲みながら夕食を取り寝るだけという、「健康で文化的な最終限度の生活を営む権利」はどこに行ったんだ?という生活が、1月に続き待っていると思うと若干うんざりします。ただ、休みはとれるので、睡眠時間だけは削らないようにします。


 前回に引き続き、去年読破した文庫本43巻立てのローマ人の物語(1) ローマは一日にして成らず 上 (新潮文庫) [ 塩野七生 ]の著者の塩野七生さんのマキャベリに関する小説の2巻・3巻を読みました。

 やはり、小説は面白いですね。次は、塩野氏の随筆(『男たちへ』)を読み始めています。日曜日にアップできればいいなと思います。




 著者は塩野七生氏です。

 学習院大学文学部哲学科を卒業後にイタリアに遊学され、多数の著書を書かれています。全巻読破したいくらいなのですが、多すぎます^^;

 主な著書に
ルネサンスの女たち (新潮文庫) [ 塩野 七生 ]

チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷 (新潮文庫) [ 塩野 七生 ]

海の都の物語(1) ヴェネツィア共和国の一千年 (新潮文庫) [ 塩野七生 ]

ローマ人の物語(1) ローマは一日にして成らず 上 (新潮文庫) [ 塩野七生 ]

など多数あります。

[概要]
 第2巻ですが、「マキアヴェッリは、なにをしたか」というテーマで、君主論にその必要性が書かれている常備軍の創設に奔走する姿や、外交に従事する姿、忙しい仕事の隙間でのロマンスなどが書かれています。君主論が書かれるに至った、マキャベリの仕事ぶりや、当時のフィレンツェの時代背景についてとても興味深く読むことができました。

 ちなみに、巻末の解説は、佐藤優氏が書かれています。国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて (新潮文庫) [ 佐藤優 ]の宣伝か?と思えるくらいに、佐藤氏とマキャベリの共通点を上げて、マキャベリに共感できる理由を挙げられているのが、いろいろな意味で面白かったです。


 塩野氏の本を読むと、イタリアを旅したくなってしまいます。いつかは、ヴェネツィア・フィレンツェ・ミラノ・ナポリなどのイタリア一周旅行をすることが、密かに人生の目標になってしまいそうです。もしかしたら、もうなっているかもしれません。

 また君主論自体の評価について、従来の冷血な政治技術のようなイメージから、マキャベリの人間性に触れるにつれて、倫理と政治技術を切り離した、ルネサンスの産物だという塩野氏の主張が自然に理解できるような気がします。

 さらにイタリアが都市国家で分裂している間に、フランス・スペイン・イギリスが、絶対王政を確立していき、イタリアの都市国家が統一できずに時代の敗者になっていく過程が理解できます。同時代の日本では、1467年の応仁の乱以降の戦国時代から、織田信長の登場の辺りの時代であり、ヨーロッパと日本の歴史が類似しているような親近感をイタリアに覚えてしまいます。


 中世から近代への過渡期のヨーロッパで、都市国家フィレンツェの崩壊と運命を共にするように生きたマキャベリの生涯について、共和国書記官に任命されるところから第2巻が始まります。また、歴史上の偉人にしばしばあるように、死後にゆるぎない名声を獲得したマキャベリでしたが、生前の給与は中流程度だったようです。その給料で仕事に情熱を燃やすマキャベリの姿を、塩野氏は温かい視線で記述していきます。その仕事ぶりを、「欲張り婆さんみたいになんでもかかえこんで」と表現されていて、なんともほほえましく読めます。


 中世から近世への過渡期の都市国家フィレンツェでの官僚としてのマキャベリの仕事内容は、「政治、経済、軍事、外交のすべてのことがマキアヴェッリに入り、マキアヴェッリから出ていくようなものであった。彼がもっていなかったものは、国家を代表するに足るほどの官位と、政策決定の権利だけだったのである。」という、マルチに活躍するジェネラリストの官僚としてのものだったようです。


 このマキャベリの仕事ぶりが、まるで目の前で展開されているような生き生きとした筆致で描かれています。500年の時を経て、君主論の著者が目の前で仕事をしているかのような錯覚にとらわれる物語を、皆様もご一読いただければと思います。


 よろしければ、こちらのくりっくをよろしくお願いします。





〜マキャベリに興味のある方は必読〜 『わが友マキアヴェッリ(1)』(塩野七生)を読んで



 へっぶしんです。


 体調を崩さないように、仕事はほどほどにしたいものです^^;


 仕事が繁忙期に入り、早朝から深夜にかけての勤務があったり、もともと不定期だった休みが少なくなったりで、読書の時間が取れずに更新が滞りがちになっています^^;


 3月になれば、少しは落ち着きます。それまでは、更新頻度が落ちます。

 もともとは小説好きなのですが、本棚の中身は格差社会に関するもの、中学受験に関するもの、脳科学やメンタルに関するものが多くなっています。


 現在は、去年読破した文庫本43巻立てのローマ人の物語(1) ローマは一日にして成らず 上 (新潮文庫) [ 塩野七生 ]の著者の塩野七生さんのマキャベリに関する小説を読んでいます。久々の小説なので、読むペースは速くなるはずなので、仕事が忙しい時期にはちょうどいいかもしれません。




 著者は塩野七生氏です。

 学習院大学文学部哲学科を卒業後にイタリアに遊学され、多数の著書を書かれています。全巻読破したいくらいなのですが、多すぎます^^;

 主な著書に
ルネサンスの女たち (新潮文庫) [ 塩野 七生 ]

チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷 (新潮文庫) [ 塩野 七生 ]

海の都の物語(1) ヴェネツィア共和国の一千年 (新潮文庫) [ 塩野七生 ]

ローマ人の物語(1) ローマは一日にして成らず 上 (新潮文庫) [ 塩野七生 ]

など多数あります。

[概要]
 第1巻は、マキャベリが生まれる前後のイタリアの状況からマキャベリがフィレンツェ政府の書記官に就任するまでが書かれています。文芸復興や人文主義が花開いたイタリアのルネッサンスの中心のフィレンツェの状況と、マキャベリと切っても切れないメディチ家のコシモ・デ・メディチとロレンツォ・デ・メディチについて書かれた後に、サヴォナローラが登場し、いよいよマキャベリが書記官として登場します。

 さらに、若きマキャベリを取り巻く家庭環境や父親の年収のレベルなどを「遊び」で調査した結果などが書かれています。

 ちなみに、巻末の解説は、佐藤優氏が書かれています。国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて (新潮文庫) [ 佐藤優 ]の宣伝か?と思えるくらいに、佐藤氏とマキャベリの共通点を上げて、マキャベリに共感できる理由を挙げられているのが、いろいろな意味で面白かったです。


 マキャベリが登場するまでのイタリアの特にフィレンツェのルネッサンスが華やかなりしころの空気が、あたかもそこにいたかのような錯覚を起こさせるような筆致で描かれています。ローマ人の物語で、ヨーロッパ中を見てみたくなり、海の都の物語で、ぜひともヴェネツィアに海側から入ってみたくなり、今度はフィレンツェに1度は行ってみたくなっています。塩野さんの筆力には、脱帽するしかありません。

 イタリアへの憧憬をかきたてられる渾身の3冊を、ぜひともいろいろな方々と共有したいものです。


 中世のヨーロッパをたぐいまれなる文筆力で描かれ、マキャベリズムとも呼ばれる現実主義的な政治・経済思想を生み出した中世から近代にかけてのヨーロッパのイタリアのルネッサンスに憧憬をかきたてられ、イタリア旅行をしたくてたまらなくなりました。


 キリスト教の教会に縛られたヨーロッパの中世前期の空気から解放されて、生き生きとした人文主義の花開いたイタリアの空気を満喫しながら、少ない休みの日を癒されています。


 それにしても15世紀から16世紀にかけての中世から近代(日本では近世)に向けての時代は、ヨーロッパも日本も戦乱の時代で、各国が統一国家建設に向けて躍動的に動いていた時代んなんだと感慨深くなりました。


 マキャベリが生まれたのが1469年で、このあたりの日本での大事件は、1467年の応仁の乱です。イタリアでルネッサンスの花が開いているときに、フランスは絶対王政への道をひた進み、日本でもまた室町幕府の権威が失墜して、戦国時代から1603の江戸幕府成立を待つまでの戦乱の世の中になっているのですね。


 日本が戦乱の世の中で織田信長を待っている間に、マキャベリが『君主論』を書き上げていたのですね。


 現在は2巻を読み始めていますが、おそらくはあっという間に読んでしまうでしょう。次の休みは水曜日なので、それまでに2巻を読了できればと思っています。



 よろしければ、こちらのくりっくをよろしくお願いします。








〜好景気を実感できない方は必読〜 『底辺への競争』(山田昌弘)を読んで



 へっぶしんです。

 久しぶりに、格差と社会と中学受験という本来のテーマに戻り、格差社会について読みました。

 個人的には、会社員として働いても、周りの人間よりも生活レベルが低いように感じていて、生活が苦しいと思っています。その実感を、論証してもらえた気がする一冊です。

 現在の日本では、中間層は階層転落の恐怖とともに生活を送らざるを得ない社会状況になっているようです。我が家も、共働きで何とか日々の生活をやりくりしていますが、私か妻のどちらかが働けなくなったら現在の生活を維持できなくなります。どちらかの両親の介護が必要になり、その料金を払わなければならなくなったら、現在の生活を維持できなくなります。

 今の生活を維持するのが精いっぱいで、ここから生活が良くなるという希望は持てません。筆者の主張しているように、今の生活が維持できなくなったらという恐れとともに日々の生活を送っています。

 なぜこのような状況になっているのかが書かれている本書を、ぜひご一読ください。




 著者は山田昌弘氏です。

 東大文学部を卒業後に東大の大学院社会学研究科博士課程を単位取得後に退学されて、現在は中央大学の文学部教授をされています。

 主な著書に、
【中古】近代家族のゆくえ—家族と愛情のパラドックス【中古】

家族のリストラクチュアリング 21世紀の夫婦・親子はどう生き残るか [ 山田昌弘 ]

【中古】 パラサイト・シングルの時代 ちくま新書/山田昌弘【著】 【中古】afb

希望格差社会 「負け組」の絶望感が日本を引き裂く (ちくま文庫) [ 山田昌弘 ]

【中古】 新平等社会 「希望格差」を超えて / 山田 昌弘 / 文藝春秋 [文庫]

など多数あります。

[目次]
序章  「底辺への競争」とは何か
第1章 下流化する中年パラサイト・シングル
第2章 パラサイト・シングルが発見された時代
第3章 多様化とリスク化にさらされる若者
第4章 「格差」にさらされた最初の世代
第5章 高止まりする非正規化・未婚化
第6章 日本以外でも増えるパラサイト・シングル
第7章 「底辺への競争」の末路
終章  脱「底辺への競争」に向けて


帯より

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 「底辺への競争」から逃げきれるか?
 15年ほど前にアメリカでベストセラーになった『The Race To The Bottom』(2000年、日本未訳)という論考があります。(中略)
(著者の)トネルソン氏は、グローバリゼーションが進む中、
世界規模で繰り広げられる経済競争によって、
労働者の賃金も社会保障も、
最低水準まで落ち込んでいく様相を
「底辺への競争」と名付けました。(「はじめに」より)
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 私は、帯が大好きなのですが、本を売るためのキャッチフレーズとして、本の内容をとてもコンパクトにまとまっています。そして、いつも衝撃的です。


 本書のタイトルでもある「底辺への競争」は、アメリカの本の日本語訳のようですが、私の生活の実感をとてもよく言い表しているように感じます。


 その中で、第5章の高止まりする非正規化・未婚化の内容が特に、私の日々の実感と重なりました。


 1970〜1979年生まれのアラフォー世代が、最初に格差を経験した世代で、「底辺への競争」の先頭を走っている世代だと筆者は定義しています。バブルがはじけた後に就職活動をして、大量のフリーターを生み出し、努力しても給料が上がらずに食べていくのが精いっぱいという生活を強いられている層と、正社員になれた層で格差が広がっているとのことです。


 そして、そのアラフォー世代を見て育ったアラサー世代の特徴として、女性に専業主婦志向が復活していると著者は指摘しています。「結婚せずに、恋に仕事に充実した人生を送る中年女性なんて、結局、メディアの中にしかいなかった」(『クロワッサン症候群』松原淳子、1988年、文芸春秋)から、「安定した収入の男性と結婚した女性ほうが、いい生活をしているじゃないか。結局、結婚しなかった女性は負け犬じゃないか」(『負け犬の遠吠え』酒井順子、2003年、講談社)へと女性の意識が変化した中で結婚適齢期を迎えているのがアラサー世代だということです。そのために、専業主婦志向が復活しているというのが筆者の見解です。それも難しいと悟っているのが二十歳前後の女性で、共働きを続けられる一般職志向が復活しているとのことです。


 さらに、今の大学生に「大学を卒業して、何になりたいか」と聞くと、「正社員」と答える学生が多いそうです。筆者は、中央大学の教授をされていますから、難関大学の学生の目標が正社員になることというのは、何とも夢のない社会だなと残念になります。


 結婚に関しては、アラサー世代では、「あきらめる」という意識をもつ人が増えているようです。正社員でないと、結婚生活を営むことができない社会になってしまい、就職に失敗してしまった人は将来に夢を持てずに、結婚をあきらめていくという状況が今の日本だということです。


 これよりもさらに悲惨な世代が、現在の二十歳前後の世代で、1990年代のバブル崩壊後の不況で親がリストラなどにあったために小さなころから格差社会を生きてきた世代です。アラサー、アラフォー世代は、自分が就職できなくても、親にパラサイトするという逃げ道があったが、二十歳前後の世代では、親も頼れない世代だと筆者は指摘しています。この世代は、若いころから生活が破たんしていて、それが再生産される社会になる危険性があると、筆者は警告しています。 


 現在の日本では、少子化が進んでいるために、少子化対策が急務となっています。しかし現実は、二歩も三歩も先を行っているようです。現在の正規雇用・非正規雇用の比率はおおむね6:4くらいになっています。本書では、エビデンスとしてのデータが示されていませんが、このところの「好景気」で、若者の比率に限っては若干の改善がみられるようです。しかし、様々な本やインターネットのコラムなどで示されていますが、年収300万が結婚をできるかどうかのラインになっているようです。あくまでも統計上のデータでの話ですが。そうすると、正社員になれなければ結婚ができない社会だと言えます。4割の若者が、結婚が現実的でない状況で社会に放り出されるというのは、とても残念です。


 自分の境遇を嘆いている場合ではない状況になっていることに驚きを隠せません。結婚できることが、勝ち組の条件になる社会というのは、あまりにも悲しいです。しかし、高齢化も相まって、若者が夢を持って将来を語れる世の中ではなくなっているようです。


 団塊世代が75歳以上の働くことができない高齢者になり、団塊ジュニア世代には就職難の影響で結婚できなかった層が形成されて、少子化が止まらなくなった。さらにその子供たちである現在の二十歳前後の世代は、社会に出た時点で、生活が破たんしている層がある。


 少しでもいいから、もっと希望の持てる社会になってほしいなと、強く願います。

 よろしければ、こちらのくりっくをよろしくお願いします。


〜自由貿易主義に疑問を持っている方は必読〜 『経済と国民』(中野剛志)を読んで


 へっぶしんです。

 今回は難しめの本です。自由貿易万能主義が、世界を覆っていました。トランプ大統領の登場で、この流れは変わっています。しかし、TPPなどの関税を引き下げての自由貿易を推し進めようと動きが、まったくなくなったわけではありません。

 そんな風潮を一刀両断するような内容になっています。

 自由貿易主義に疑問を抱いている方は、ぜひ読んでほしい一冊です。




 著者は中野剛志氏です。

 東大を卒業後に通産省(現経産省)に入省されて、その後に評論家になられています。

 主な著書に、

TPP亡国論【電子書籍】[ 中野剛志 ]

富国と強兵 地政経済学序説 [ 中野 剛志 ]

 があります。

「目次」
序章  自由貿易という逆説
第一章 理論と実践
第二章 科学とヴィジョン
第三章 プラグマティズムとナショナリズム
第四章 力量と運命
第五章 国家理性と経済ナショナリズム
終章  リスト追悼



 自由貿易推進派は、関税を撤廃すればそれぞれの国で得意とする分野で利益を上げるので、経済の効率が良くなり関係する国々がWinWinの関係を構築できると主張しています。


 しかし本書では序章で、主流派経済学の基礎的な理論であるリカードの定理の前提を説明して、あり得ない前提に立った現在の自由貿易論を糾弾しています。


 リカードの定理の前提
・世界には二国、二財、一つの生産要素(労働)のみが存在する
・生産は規模に関して収穫不変(生産要素の投入量をn倍にしたとき、生産量もn倍になる)
・労働は完全雇用されている
・労働は国内を自由に移動できる
・運送費用はゼロである
        などなど


 これだけですべてを語ることはできませんが、たとえば「生産要素の投入量をn倍にしたときに生産量もn倍になる」という機械的な前提では、生産過程が効率化されていき生産量が上がっていくという「収穫逓増」を説明できません。この前提をそのまま適用すると、現在の企業が目を血走らせて行っている業務の効率化・合理化を説明できません。企業は、無駄な努力に血道をあげているのでしょうか。


 しかし現実の政治では、TPPなどの自由貿易の協定を結べば各国のGDPは増大すると結論付けて、自由貿易を推進する強力な流れが存在します。この流れに対して著者は、「完全雇用」という仮定が自由貿易推進派の理論的な誤りだと指摘しています。


 どこかの国でも成長産業に労働者を移行させていくという議論がありましたが、工場で組み立て作業をしている人が、製造業は縮小するからITのプログラマーに転職させればいいという発想に無理があるという批判があったのを思い出します。自由貿易をすれば、たとえば農業が弱い国は、農家に従事している人を別の成長産業に移して、その産業が成長することによって経済的効果を上げるということになります。結果、農業が弱い国の食料自給率はゼロになります。こんな暴論があり得ないことは、誰にでもわかることでしょう。実際に、TPPの経済効果に、失業によるマイナスを加えて計算したところ、日本とアメリカは、GDPが減少するという試算結果もあるようです。


 ところで自由貿易に対立する考え方として、保護貿易があります。アメリカのトランプ大統領が、アメリカの伝統的な自由貿易政策から、自国の産業を保護するために貿易額が輸入超過になっている国々に対して、関税を引き上げると発言して、保護貿易政策に舵を切っています。


 歴史的に1800年代の欧米では、自由貿易を推進していた時期は不況であり、保護貿易が主流になった時期は好景気だったと筆者は主張しています。ただし個人的には、保護貿易も万能ではありえず、1929の世界恐慌の時は、欧米各国がブロック経済政策を実施して経済の再生を図る過程で、植民地を持たない経済弱者の国家である日独伊がファシズム国家となり、第二次世界大戦に発展した歴史を忘れてはいけないと考えています。


 本書では、このような自由貿易と保護貿易の経済政策の歴史を踏まえながら、自由貿易論を批判したフリードリッヒ=リストの思想を紹介しています。


 本書での自由貿易への批判は、私の感覚ととても合っていました。企業が利益を上げ、株価が上がる一方で、労働者に支払われる実質賃金は見事な右肩下がりを描いているのが日本の現状です。


 企業内部留保は400兆円に達しているにもかかわらず、それが賃金には反映されません。少々古い擁護になりますが、産業の空洞化が進んでいるため、製造業で熟練労働者を必要としない作業は海外へオフショアされます。結果、国内の雇用が減り、労働者条件が切り下げられることになっています。自由貿易は、このような産業の流れを推し進めます。

 上述していますが、自由貿易がダメだから保護貿易が良いという安直な結論を出すつもりはありません。しかしTPPのように複数の国で一緒になって関税を撤廃するという協定には、違和感を覚えます。江戸幕府が1858年にアメリカ総領事と井伊直弼の間で結んだ、関税自主権のない不平等条約である日米修好通商条約を皮切りにして、安政の五か国条約が次々と結ばれました。1868年以降の明治政府では、この不平等条約の改正交渉を地道に続けましたが、陸奥宗光が領事裁判権を撤廃させられたのは、1894年で条約締結から36年です。さらに関税自主権に至っては、1911年に小村寿太郎がアメリカ相手に回復するまで53年間もの年月をようしています。貿易に関して関税をかけることは、その国が弱い産業を守る役目を果たします。TPPのような協定は、日本の弱い産業を壊滅に導きます。とりわけ、衰退の止まらない農業にとどめを刺す危険性が高いです。

 程よい、関税を相手の国ときちんと交渉して決めていくということが大切なのではないでしょうか。

 よろしければ、こちらのくりっくをよろしくお願いします。

〜人間関係がうまくいかずに生きづらさを抱えている方は必見〜 『マインドフルネス&スキーマ療法』(伊藤絵美)を読んで


 へっぶしんです。

 職場での人間関係がうまくいかずに、メンタルが体調に出てしまい、自分で何とかしようとしている中で、読んだ本です。BOOK1については、過去の記事に書いています。

 認知行動療法に基づくマインドフルネスをできるようになったら、次はスキーマ療法に取り組むことになります。ま、私自身はうつ症状で済んでいて、病院に行くほどではないと思っています。それにしても、このようなメンタルにかかわる本を読むにつけ、会社の上司という人種は、なぜ真逆の態度をとるのかが不思議に思えてきます。

 多くの企業が、従業員のメンタルを壊すために活動しているとしか思えません。部下や従業員のメンタルを壊して得られるものは何なのかを、会社経営者や管理職の人たちには真剣に考えてほしいものです。




 著者の伊藤絵美氏は、洗足ストレスコーピング・サポートオフィス所長をされているそうです。(興味がある方はググってみてください。不親切でごめんなさい。。。)臨床心理士、精神保健福祉士で、慶應義塾大学の大学院を卒業されているそうです。

 一回見てもらおうかと思ったのですが、料金的にちょっと。。。という感じでした。健康保険が使えないカウンセリングだと、それくらいしてしまうよな。。。ということで、私のサイフでは無理そうでした。



  さて本書は、ケアする人も楽になる マインドフルネス&スキーマ療法 BOOK1 [ 伊藤 絵美 ]。の続編です。

 認知行動療法によって、自らの感情とそれに伴う自動思考をメモして(外在化・見える化)することを繰り返して、身の回りに起こる様々なことに伴う自分の感情を客観視できるようにします。

 たとえば、ネトウヨに絡まれると即キレるのはなぜか?といったことをメモに書きだしてみます。怒りはどこから来るのかを考えてみます。ま、この例だと、考える必要もありませんが。で、自分が怒っているということを自覚します。さらに怒っている自分を、幽体離脱して上から見るというイメージをしてみます(マインドフルネス)。その怒っている自分をまるごと受け止めて、著者の書き方によると、ウンコを流すイメージで怒りを流します。

 これを自分の中に起こる不安や恐怖の感情が出たときに繰り返します。そうすると、自分の感情を丸ごと受け止められるようになるようです。

 これだけのことでも、メンタルが大きく傷ついている人には、1年から1年半くらいの時間がかかるようです。職場での私は、どれくらいかかるのでしょうか^^;人事異動を待つ方が早いかもしれません。

 このように、日常で起こる様々な出来事から生まれる自分の感情をうまく処理できるようになったら、スキーマ療法に進みます。

 スキーマについては、本書内では、
1.見捨てられスキーマ
2.不信・虐待スキーマ
3.「愛されない」「わかってもらえない」スキーマ
4.欠陥・恥スキーマ
5.孤立スキーマ
6.無能・依存スキーマ
7.「この世には何があるかわからないし、自分はそれらにいとも簡単にやられてしまうスキーマ
8.巻き込まれスキーマ
9.失敗スキーマ
10.服従スキーマ
11.自己犠牲スキーマ
12.「ほめられたい」「評価されない」スキーマ
13.否定・悲観スキーマ
14.感情抑制スキーマ
15.完璧主義的「べき」スキーマ
16.「できなければ罰されるべき」スキーマ
17.「オレ様・女王様」スキーマ
18.「自分をコントロールできない」スキーマ

 これらの過去のつらい体験から作られた早期不適応スキーマから作られるモードを、ハッピースキーマに書き換えていくというのが、簡単に言えばスキーマ療法です。

 このスキーマが作られる過程を思い出す作業は、メンタルが壊れてしまった人には過酷なものなので、まずは安心できる状況を確保します。

 そのうえで、過去のトラウマを思い出しながら、乗り越えられるイメージを繰り返し自分に植え付けていくという地道な作業を繰り返しますので、とても時間がかかります。それだけ、幼少期から思春期にかけてのつらい体験は、その後の人生に大きな影を落とし続けるのですね^^;トラウマおそるべしです。

 このような若干理解しにくいものを、架空の人物を使いながらわかりやすく書かれている本書は、専門家でない私のような人間にもとても理解しやすかったです。

 メンタルがやられていることを自覚している私のような人間だけでなく、なんか人間関係がうまくいかないな、くらいにしか思っていない方でも、一度読んで、自分の過去を振り返ってみるといいのではないでしょうか。




  読んでいて思ったことは、今までもずいぶん自分でハッピースキーマを作って、自己防衛していたんだなということです。特に今の職場に移動になってからは、上司の2人とそりが合いません。というか2人とも職場で怒声を上げたり、機嫌が悪い時は態度が尊大になり上からものを言ったりするので、そのような態度を大の大人にするということに反発を覚え、心を開けないのです。もちろん売り上げは右肩下がりで、さらに上司の機嫌は悪くなります。そして、私への当たりは強くなります。失敗は私のせい。。。やってられません。

 そのせいで、家を出ようとすると胸が圧迫されるような感覚になり、早めに職場の最寄り駅に行き、職場に入ってもいいかなと思えるまで、カフェで時間を潰しています。心に余裕があるときなどは、読書をしますが、心に余裕がない時はひたすらスマホをいじっています。

 そのようなメンタルが崩壊寸前の状況の中で、厚生労働省の国民生活基礎調査での平均世帯年収を見て、自分は恵まれている方なんだから、職場での状況は仕方がない。と必死に自分い言い聞かせています。

 あるいは、大学の在学中に就職活動をしなかったために、零細企業に就職することになり、その後の年収の伸び悩み(実は収入はそこまで悪くなかった)に悩み、世間を恨んでいました。しかし、現在は曲がりなりにも1部上場企業で正規雇用で働けているんだから、恵まれている方だと言い聞かせています。

 このようなことを、スキーマ療法では、カードに書いて早期適応スキーマによるマイナスモードが起動したときに、カードを読んで自分を落ち着かせる。自分のマイナスモードが起動する特定の状況に対して、対処方法をカウンセラーが教え、繰り返し大丈夫なことを確認するという方法で、メンタルが落ち込み切らないように対処するようです。

 そうしたことを通して、小さな成功体験を積み重ねて、誰も信じられないという状況から、信じられる人もいるというように意識を変えて、生きづらさを解消していくとのことです。

 本書での架空の人物も、最後は職場でスキルアップを成し遂げて、仕事と人生にやりがいを感じてハッピーエンドになっています。

 私自身も仕事にやりがいを感じているものの、人間関係がどうにもならず、メンタルが崩壊寸前になっています。せめてもの自己防衛で、自分で認知行動療法を続けて、ハッピースキーマを作れるようにしていきたいです。

 よろしければ、こちらのくりっくをよろしくお願いします。


〜団塊世代で学生運動をしていた方は必見〜 『昔、革命的だったお父さんたちへ』(林信吾・葛岡智恭)のまとめ


 へっぶしんです。

 私自身は、不動産業とは関係のないサービス会社員ですが、今日は休みです♪

 起きてから、FXのチェックと1月からの利益のまとめを作ってみて、そのあと本を読んでいたら、いい時間になってしまいました^^;

 もっと休日を楽しまないといけませんねw

 この後は、私の休日恒例の家族で飲み会です^^




 著者の林信吾氏は、以前の記事でも取り上げた『しのびよるネオ階級社会』を書かれています。本書は、なんとなくタイトルが面白かったので、買って読んでみました。大学を入ってすぐに辞めて、イギリスで10年間生活されていた方です。その後はジャーナリストとして執筆活動をされているとのことです。


 前半は、団塊の世代の方たち(私の父にあたる世代ですね^^;)の社会史のようなものが書かれています。その後に、成人した団塊世代の社会の状況があり、現在はどうなっているのか、団塊の世代の方がへの提言という内容になっています。

 著者の方が、イギリスで階級社会を肌で感じられた経験からか、現在の格差社会に対しての批判的な書き口にとても共感を覚えます。



 さて本書ですが、1946年の終戦直後から1948年までに生まれた世代を団塊世代として、この世代の方々が育ち、社会での主役として活動していた時代について書かれています。


 まずは、60年の安保改定についてですが、このころは団塊世代の方々はまだ小学生だったはずです。安保改定を反対した方々をプレ団塊世代と呼び、この世代で学生運動をリードした人たちについては、左翼運動ではあるもののマルクス主義(どちらかというと理論派)ではなくレーニン主義(行動主義に近い)に基づいた運動であったということと、エリート意識のなせる業だったと評価している。


 それにしても、その中に西部邁がいるというのが良くわからないですね。エリート学生としての責任から、民衆に伍するのではなく、自らを「適宜に助言や指針を与えることで社会の発展に寄与する」という立場だと自覚して言論活動を行っているようです。なんとなく、鼻持ちならないですね。


 プレ団塊世代はこれくらいにして、いよいよ60年の後半に団塊世代の方がたの活躍が始まります。大学生になった団塊世代の方々は、ベトナム戦争の激化に加えて1970年の安保改定や1972年の沖縄返還などの政治的な出来事の中で学生生活を送ることになります。


 この中で、まだ日本に返還されずにアメリカの占領下にあった沖縄から、ベトナムへ爆撃機が飛んでいるという事実に対して、反対しないということは黙認(賛成)することだという風潮が蔓延する中で、学生生活を送ったようです。そのような社会の雰囲気の中で、東大闘争や日大闘争が起きています。


 この辺は、細かくネタ晴らしをしても仕方がないので、結局は大多数のノンポリ(特に政治的に主張を持たない人)も、空気を読んでヘルメットとゲバ棒を持っていたと、団塊世代の方の著書を引用しています。


 その後の団塊世代の方々は、企業戦士になり、会社の空気に合わせて仕事をして定年を迎えます。


 仕事をしているときには、バブル景気とその崩壊があり、今に至っています。


 ここから、著者の提言が始まります。現在の格差社会(ただし初版が2005年で15年前)に生きるのは、団塊世代の方々の孫になり、年金をもらって人生を全うするまえに、もう一度、現在の社会に目を向けるべきだと提言しています。



 私自身、父親がもろに団塊世代で、団塊ジュニア世代の少し年下なのですが、世代間格差を大きく感じています。

 いまだに世帯年収が、高卒同士の共働きだった両親の75%しかありません。我が家も夫婦二人でフルタイムの共働きにもかかわらずです。そして本にも出てきますが、大学を卒業するときは、まさに就職氷河期でした。前にも書いたかな。。。30社落ちるのが当たり前で、酒に溺れながら、「オレは社会から必要とされていないのか?」などと思いながら、就職活動をしたのを覚えています。

 世代間の格差で言えば、年金に関しては、個人的には自己防衛をしないと間違いなく下流老人になる未来が待っていると思っています。だからできもしない投資を一生懸命やっているわけで、つつましい生活をして必死に貯金をためても、穏やかな老後は来ないと確信しています。

 さらには、わが父は、暴力的なところは一切ない平和主義者ですが、正真正銘の左翼です。社会党の地方の専従の職員でしたから。思想的にはかなり左巻きです。村山政権になって、自衛隊は合憲だという発言を受けて、社会党を去りましたし。。。

 だから、父はいまだにフルタイムで働いていますが、「あんたの敗北があって、今があるんだ。労働者は死ぬまで働くんだよ。」と平気で父に言っています。もちろん親子の関係が安定しているから言えるのであって、これを関係のない人に言ったら激怒必至の暴言であることは承知していますが、ニュースを見ながら父と飲んでいると、二人して「こんな格差社会になっちゃって。。。」と空気が暗くなります。そして、政権への呪詛が。。。

 このように、今回の本に関しては、15年前に団塊世代向けに書かれていますが、社会状況は当時に輪をかけて悪くなっています。若者の半分が非正規雇用になり、結婚さえ許されない低賃金(年収200万くらい)で働かされています。正規雇用で会社に入れたとしても、すごい勢いで歯車として働かされて、消耗しています。

 1%の富裕層が社会の99%の富を独占する社会が、もうそこまで来ています。みんなで危機感を共有したいです。

 よろしければ、こちらのくりっくをよろしくお願いします。



〜家族や自分を発達障害ではないかと疑ってる方必見〜 『高次脳機能障害・発達障害・認知症のための邪道な地域支援講座』(粳間剛)を読んで


 へっぶしんです。

 最近は中学受験と格差社会というテーマからずれまくっていますが、新たに・密かに加わってきた脳科学についての本です。最近はやたらめったらに発達障害という言葉が独り歩きして、何でもかんでも発達障害に結びつけてしまう風潮があるような気がします。大袈裟ですかね^^;


 今回も、前回同様に、脳は回復する 高次脳機能障害からの脱出 (新潮新書) [ 鈴木 大介 ]での参考文献に上がっていた本で読みやすそう打と思い購入した本です。私の過去記事はこちら

 マンガということで、読みやすいだろうなと思い買ったのですが、とても字が多いです。それと、医療・教育・介護についている専門家向けに書かれているので、予備知識なしに読むには努力が必要です。

 そのため、読むのにかなり時間がかかってしまいました。ただしタイトルにも書いたように、自分の家族や自分自身を、「何でもかんでも発達障害に結びつける」のはよくないので、そのためには正確な知識を身に着ける必要があります。もし、身近に発達障害ではないかと疑うような人がいるのであれば、まずは自分で正確な知識を身に着ける必要があるのではないでしょうか。

 そういう意味では、脳の構造と実際に出てくる障害の見方と対処がコンパクトにまとまっているという言い方もできる一冊です。医療・教育・介護に従事されている専門家の方でなくとも、時間をかけて読めば何とかなりますので、発達障害なのではという不安のある方には、じっくりと読んでほしいです。




 著者の粳間剛氏は、医師・医学博士の方です。精神科医で、主に高次脳機能障害・発達障害・認知症の専門外来をされているようです。

 長年、脳画像を一日中見られていたそうです。お医者さんって、変わっていますね。子の方だけかもしれませんが。



 さて本書は、「邪道な」とタイトルにあるように、オーソドックスな診断方法をとらずに、発達障害でも認知症でも外傷性の脳疾患でも、起きている症状から逆算して治療をしましょう。というような内容がメインになっています。

 そのために、脳について専門知識がない人向けに(もちろん私も入ります)、脳の構造の説明が分かりやすく書かれています。久しぶりに高校の生物の授業を受けたような感覚になりました。脳の内側から外側へと、進化していくというところなど、懐かしいなぁと思いながら読みました。

 ところどころで、脳疾患を患っている人向けの支援方法が、そのまま一般社会で過ごすうえでも通用する方法になっていそうに感じました。第6回の問題行動への支援の方法(発達障害児にたいして)で、ポジティブな行動支援というところは、日常でも会社でも、そのまま使えそうです。

 褒める、叱るの有効性について書かれている箇所で、発達障害児は「きちんと座っていなさい」という指示が理解できないのだそうです。子育て論でもよく書かれていますが、「ちゃんとしなさい。いい子にしなさい」という指示は、普通の幼児でも理解できないようですね。

 そこで、立ち歩いた発達障害児を叱っても、叱った人がいなくなると結局問題行動を起こすとのことです。逆に、黙って座れているときに褒めると、黙って座ることができるようになるようです。

 私も子どもを持つ親なので、子どもが小さかった頃のことを思い出すと、1回や2回でできるようになるとは思えませんが、繰り返し繰り返し、できたことを具体的に褒めることは、叱るよりも効果があることは体験的に理解しています。私自身は、ダメ親・毒親です。たとえば、子どもをほとんど褒めたことがなく、子どもが低学年の時は「パパは私が頑張っても全然褒めてくれない」と、妻に訴えていたそうです。

 それはさておき、普通のことができているときに褒めるということは、普段の生活・仕事の中でも大切なことではないでしょうか。家事をしてくれている妻に対して、当たり前だから褒めようがないとか、ウチの子は褒めるところがないとか、よく聞きますよね。私は当然に、そう思っています。しかし、相手が気持ちよく当たり前のことをするには、当たり前のことを具体的に褒めることで、モチベーションを上げることにつながるのではないでしょうか。

 このように普段の生活で、試してみたくなるような支援方法がいくつか書かれています。専門家以外の方でも、参考になることが満載です。



 身近な方に対して、もしかしたら発達障害なのでは?という思いを持った方には、ぜひ一度、本書を手に取っていただきたいです。

 よろしければ、こちらのくりっくをよろしくお願いします。


〜生きづらさを抱えて生活している人へ〜 『マインドフルネス&スキーマ療法(1)』(伊藤絵美)を読んで


 へっぶしんです。

  中学受験と格差社会を中心のテーマとして、本を読み続けているつもりなのが、いつの間にか脱線して、メンタルをケアするために、みたいな路線に変わっています^^;

 最近、上司に叱責されると胸が圧迫されるような感覚になり、仕事に行きたくないという気持ちにさいなまれることが多くなっています。毎日、会社に入りたくないのです^^;

 仕事が楽しくて楽しくて仕方がないという人以外は、多かれ少なかれ仕事に行きたくないという気分になることはあるでしょう。それが、ほとんど毎日になってしまい、 メンタルがやられているなと感じている日々をおくる中で出会った本が、脳は回復する 高次脳機能障害からの脱出 (新潮新書) [ 鈴木 大介 ]でした。私の過去記事はこちら

 この『脳は回復する』の参考文献に上がっていたので、とりあえず買って読んでみました。
 
 まずは、帯に書いてある「生きづらさ」という言葉が、今までの自分を振り返った時に、ぴたりとはまるように思えました。何度か転職をして、ようやく安定した企業に勤めることができているにも関わらず、職場で人間関係をうまく構築できず、社内で自分のことを相談できる人を作れていません。また、以前から「問題解決型の会話」ができずに、いろいろと仕事上での失敗を繰り返してきました。今に至っては、ストレスとうまく付き合えずに、胸が圧迫さるような身体症状を感じるまでになっています。

 私と同じように、仕事で追い込まれているなと感じている方には、ぜひ自己防衛のためにも自分の心理状態を外在化(メモに書きだし)して、それに対処するための行動の仕方を身につけてほしいです。

 さらに、仕事上では左遷されるかもしれないという状態に追い詰められています。 カミさんに相談したら、「別にいいんじゃない?勤務地が近くなるし♪」と軽く返されて、ずいぶん救われています。このメンタルが追い込まれている状況が、「気の持ち方」で変わるのかに興味があります。

 ま、仕事自体は、会社に残れて人間関係のストレスが軽減すれば部署にはこだわらないのですが、たはして私の状況は、周囲の環境からくるものなのか、自分で自滅してしまっているのかという疑問を解決したいのです。



 著者の伊藤絵美氏は、洗足ストレスコーピング・サポートオフィス所長をされているそうです。(興味がある方はググってみてください。不親切でごめんなさい。。。)臨床心理士、精神保健福祉士で、慶應義塾大学の大学院を卒業されているそうです。

 一回見てもらおうかと思ったのですが、料金的にちょっと。。。という感じでした。健康保険が使えないカウンセリングだと、それくらいしてしまうよな。。。ということで、私のサイフでは無理そうでした。



 さて、本書は、慢性的な「生きづらさ」を抱えた架空の人物に対して、認知行動療法を通して自己を見つめて、対症療法を繰り返しながら問題の核心に迫っていくストーリー仕立てになっています。理論を論理的に説明されると、かなり難しくなりそうなものを、事例をもとにわかりやすく解説しています。


 そのなかで、マインドフルネスという「自分の体験を自分の体験としてしっかり受け止め、味わい、手放すこと」を練習します。最初の自分自身の体験という部分が、環境(ストレス要因)に対しての自分の行動に至るまでの自分自身を細分化(「認知」、「気分・感情」、「身体反応」、「行動」)して書き出し、分析をする(セルフモニタリング(自己観察))ということになりそうです。それを味わい、手放すのですが、ストレス要因に対して、味わって、手放すことができるようになれば、ずいぶん楽に生活できそうです。


 「環境」⇒上司からの叱責
      ↓
 「認知」   ⇒「始まったよ。いつまで続くんだ。」
 「気分・感情」⇒不愉快・恐れ
 「行動」   ⇒聞いている振り。
 「身体反応」 ⇒胸の圧迫


 といった、「外在化」(見える化)をします。


 この感情を、受け止めて(本の中の例だと、このマイナス思考を「うんこ」に喩えている)、手放す(トイレで流すと喩えている)。というのが、マインドフルネスのやり方のようです。


 これを年単位にわたって行い、「認知」(自動思考)の傾向を分析し、自分の体験や思考・感情と向き合うことを繰り返すようです。


 そして、スキーマ療法に移ります。(BOOK2へ)となっています。




 年単位で、自分の体験や思考・感情をセルフモニタリングできるかどうかが不安になりました。とりあえず、注文したBOOK2を読み、自分でできるスキーマ療法みたいな本も読みながら、セルフモニタリングをやってみます。

 なんとかメンタルがつらいのを直したいですから。。。

 よろしければ、こちらのくりっくをよろしくお願いします。




〜これからの就活生・仕事でストレスが大きい人必見!!人とつながる経済・消費〜 『100万円で家を買い、週3日働く』(三浦展)を読んで

100万円で家を買い、週3日働く (光文社新書) [ 三浦展 ]

価格:864円
(2018/11/21 16:21時点)
感想(0件)



 へっぶしんです。

 中学受験と格差社会を中心のテーマとして、本を読み続けています。わりと読むことの多い、三浦展氏の著書を読みました。

 新自由主義とグローバリゼーションが一体となって、格差社会を進行させています。自分の労働が会社に搾取されていると感じる方は多いのではないでしょうか。さらには、会社の合理化や効率化によって、1日働くとヘトヘトになっている方、メンタルがぎりぎりの状態で働いている方も多いと思います。もちろん、私もその一人です。もっと仕事がゆるくなってほしいと願っているのですが、そんなことは無理だということも会社内での話を聞いていると理解せざるをえません。

 何度も書いていますが、私の仕事はサービス業なので、お客様が休みの時間・曜日に働くことになります。幸いにして日曜日は特別なイベントがなければ休めるのですが、土曜日は毎週毎週、目が回るくらい忙しいです。イベントを午前と午後で2つずつ同時に回すこともあります。その合間の時間を縫って、営業電話をかけることも珍しくありません。なぜそんなに忙しいかというと、職場の正社員の比率が2割程度だからです。極限まで人件費を削って、最大限に利益を出すためのシステムに組み込まれていることを、肌で感じているのです。

 正社員になれば勝ち組かというと、仕事でメンタルを壊さなければという条件付きになるのではないでしょうか。私は、大きな責任とストレスにさらされ、毎日・毎週・毎月がギリギリの精神状態で働いています。追い打ちをかけるように、ミスをすれば上司の暴言が待っています。勤務時間だけが午後から終電までという短い時間で済んでいます。せめてもの救いです。もちろん、標準の勤務時間からはみ出た分は、無賃労働になります。

 そんななかで、目に留まったのが本書でした。むすめが私立中学に通っていて、学費がかかるため、簡単に会社を辞めるわけにはいきませんが、いつかは会社を辞めて、新自由主義的な要素の少ない、人とのつながりを最大限に重視した生活というのを模索したいです。



 著者の三浦氏につきましては、過去の記事(『都心集中の真実』)などで触れていますので、興味がある方は参照してみてください。



  さて、本書は『第四の消費』の生活を実践している人たちのルポのような作りになっています。簡単に「第四の消費」について触れたいと思います。

 まずは第一の消費の時代ですが、これは1904年の日露戦争のころで〜1941年の日中戦争くらいまでで、生活の洋風化と大都市化にまつわるものと定義されているようです。

 次に第二の消費は戦後の高度成長期の時代で、資本主義の大量消費・大都市志向の消費志向のようです。

 続けて第三の消費は、オイルショックにより高度経済成長期が終わってからバブル経済の崩壊までの時代で、ブランド志向に代表されるような個性化・多様化・差別化を重視した消費行動とのことです。

 最後に今回の第四の消費ですが、ノンブランド・カジュアル・シェア志向の消費行動のことのようです。『第四の消費』読んでいないので、ネットの拾い読みでかいつまんで書いているだけなので、雑で正確性には欠けますが、おおよその要素は満たせていると思います。




 本書を読むと、現在の標準的な生活スタイルとは別の方法で、「豊かさ」を求める生活をしてる人に魅了されます。キーワードは、人と人とのつながりです。上記に書いた「第四の消費」をもう少し詳しく引用すると、「序」の見出しになりますが、

・ものの豊かさ志向から人間関係の豊かさ志向へ
・私有志向からシェア志向へ
・ゴージャス・ブランド志向からシンプル・ナチュラル・手作り志向へ
・欧米・都市志向から日本・地方志向へ
・再・生活化
・「人間の居る場所」を探す

 となります。

 私自身も生活をしていて感じるのですが、地域のコミュニティが壊れていて、近所の人の素性もわからないのが当たり前になっています。隣に住んでいる人とあいさつもしません。顔もはっきりとはわからないので、街で会っても隣人だと気づきません。そんな社会から、シェアハウスで自営業を営みながら、子育てをする。離島で年収150万で暮らす。などの生活をしている人たちを紹介しています。その底流に流れているのが、「人とのつながり」です。筆者はそれを、リアルで濃密な人間関係と表現しています。

 現代の社会では、生きていくうえでお金を無視した生き方はできません。しかし、お金を中心にものを考えていると、人間関係もぎくしゃくして、本当に人間的な、つながっているということを意識できる関係は作れないのではないでしょうか。自分の得意分野を生活にいかして、共同生活を営むというある意味、理想的かつ若干は原始的なにおいを漂わせる生活にあこがれしまいます。

 会社に頼らず、かといって厳しい競争を勝ち抜くような追い詰められた生活でもない、まさにストレスを軽減したゆるい生活をしたくなりました。

 よろしければ、こちらのくりっくをよろしくお願いします。



〜子どもの保護者・教育関係者必見!!スマホ・LINEは学力を破壊する衝撃の真実〜 『スマホが学力を破壊する』(川島隆太)を読んで


 へっぶしんです。

 中学受験と格差社会を中心のテーマとして、本を読み続けています。最近はまりつつある、 #脳トレ で有名な川島隆太先生の著作です。タイトルにも書きましたが、子どもの保護者・教育関係者必見の衝撃の事実です。時代の最先端機器が、子どものみならず、おそらく大人の脳にも深刻な打撃を与えていると思わるスマホについてです。

 自分自身、スマホの使い方に気を付けなければと強く思いました。本日は家族会議です。。。そして、一番スマホ中毒になっているのは、実は私です。。。

 今日は休日だったサービス業従事のサラーリーマンですが、午前中にブログを書く、学校が休みの娘と焼肉屋の定食でランチ、散髪をしてカフェで読書して、またブログを書いています。書き終わったら、たぶん居酒屋で夕食で、正体不明になり早めの就寝になりそうな一日です。

 有意義なのか、無駄な一日だったのか。。。




 筆者は、 #脳トレ でお馴染みの川島隆太先生です。東北大学で教授をされていて、東北大学加齢医学研究所所長を務められています。

著作
川島隆太教授の脳を鍛える大人の国語ドリル 昭和の新聞記事音読・漢字書き取り60日 (川島隆太教授の脳を鍛える大人のドリル) [ 川島 隆太 ]
【中古】現代人のための脳鍛錬 /文藝春秋/川島隆太 (新書)
さらば脳ブーム(新潮新書)【電子書籍】[ 川島隆太 ]

我が家の本棚にある著作
2時間の学習効果が消える! やってはいけない脳の習慣 (青春新書インテリジェンス) [ 川島隆太 ]
「本の読み方」で学力は決まる 最新脳科学でついに出た結論/松崎泰/榊浩平/川島隆太

 衝撃的な帯になっていますが、「スマホをやめるだけで偏差値が10上がります。」となっています。実際に内容を読んでみると、仙台市と提携して小中学生のデータを解析すると、スマホをやればやるほど学力が下がり、LINEはさらに大きく学力を下げることが実証されています。

 最近の小中学生は、机に向かいながらスマホで複数のアプリを立ち上げて、音楽・ゲーム・LINEなどをしながら勉強をしているようです。

 このながら勉強が、学習の効率を下げ、さらには学力を破壊していると著者は警鐘を鳴らしています。原因は、マルチタスキングにあり、人間の脳は、一つのことしかできないようになっているようです。たしかに、2つの難しいことを同時にやろうとすると、パフォーマンスが上がる場合はあるようなのですが、スマホと勉強には、そのような親和性はないようです。

 人間の能力として"Use it,lise it."というものがあるようで、20代の若者でも、1か月の間、寝たきりの生活をすると筋力が大幅に低下して、骨密度も下がるというものです。ところが、スマホの学力に及ぼす影響は、この"Use it,lose it."を上回る"destroy it."だと著者は主張しています。

 子どもの保護者の方・教育関係の仕事をされている方々にはぜひ本書をご一読いただき、スマホについて考えていただきたい一冊です。


 〔目次〕
 はじめに
 第一章   スマホを使うだけで学力が下がる!?
 第二章   睡眠不足が成績低下の原因か
 第三章   スマホが先か、学力が先か
 第四章   LINE等インスタントメッセンジャーの影響
 第五章   テレビやゲームの影響
 第六章   どれだけの生徒がスマホ等を長時間使用しているのか
 第七章   勉強中のスマホ使用の実態
 第八章   メディア・マルチタスク
 第九章   スマホが脳発達に悪影響を与えている?
 第一〇章 スマホの依存度評価
 終章    スマホにまつわる雑感
 参考資料
 おわりに



  本書の内容については、家族でスマホの使い方について話し合いを行わなければならないと痛切に感じました。私自身、スマホをいじっていると、気が付いたら30分くらいたっていたというようなことが頻繁にあります。むすめも、勉強しているときにスマホが机の上にあることはありませんが、同じ室内にスマホがある状況で勉強しています。間違いなく学力を下げる学習環境になっています。


 おそらく、家族でスマホについて話し合うと、一番私がバッシングを受けることになりそうですが、私自身もスマホとの付き合い方を変えないとならないと痛感しました。そして、対面のコミュニケーションを増やす必要を感じています。仕事についても、ビジネス書に書かかれている「対面>電話>メール」という原則は、脳科学的にも実証されていると感じる内容です。サービス業で、お客様との対面の状況が多いものの、プライベートでは、引きこもり・インターネットという生活が多いので、家でPCの前に座る時間を極力減らして、読書の時間を増やす必要がありそうです。


 さて、子どもの学力に与えるスマホの破壊力ですが、スマホの使用時間が1時間以内であれば、スマホを持っていない子どもよりも学力が高くなるようですが、1時間を越えると見事に学力が下がっていきます。したがって、我が家でもむすめについては、夜のスマホの使用に関しては「禁止」にします。たぶん、スマホを使う時間は、夕食前までで、それ以降はリビングで充電というルールにしようと考えています。スマホの悪影響は、寝る前の使用で、睡眠の導入を妨げる危険性があるので、部屋への夜の時間の持ち込みは「禁止」がよさそうです。




 私自身は、高校生の頃はポケベルを持っていましたが、たいしてメッセージが来ないにもかかわらず、ひたすらポケベルを気にしていて、机に向かっても気もそぞろだったように記憶しています。そんな状況で、勉強しても集中できるわけはないですよね^^;大学生になると、PHSから携帯を持つようになり、常に着信がないかを気にしていたように思います。個人的に、電子機器への依存体質が強いように感じますし、ゲームも始めると時間を忘れて続ける性格は今も続いています。ですから、これが小中学生や高校生であれば、学力に与える影響は深刻なものになるでしょう。


 また、ながら作業=マルチタスクについても、サービス業に従事する私は、出社時間が午後になることが多いため、午前中はテレビでニュースを流しながらTwitterをやり、インターネットでもニュースを閲覧するということをしています。個人的には、ネットで見るニュースやコラムは頭に入ってこないなと感じていました。この感覚が、本書で紹介されているアメリカでの研究で実証されているようです。ですから、ニュースについては、テレビで確認をして(新聞を読むのはさすがにおっくうなのです)、PCを上げながらということをしないようにします。


 最後にむすめの学習については、大学受験をしなければならないむすめの学力を破壊させないためにも、スマホの利用については、家族としっかりと話し合って、厳格にルールを守るようにします。これによって、一番生活が変わるのは私なのですが。。。



 よろしければ、こちらのくりっくをよろしくお願いします。

〜住む地域でも格差が拡大しているのですね〜 『都心集中の真実』(三浦展)を読んで


 へっぶしんです。

 中学受験と格差社会を中心のテーマとして、本を読み続けています。別に読書家というわけではありませんが、テーマに沿った本をネットで探しては買って読んでいます。そして、最近は本棚から本があふれ始めてきて再配置や家族へマンガの処分を頼むとかの整理をしなければならなくなってきています。


 今の世の中は、欲望を全肯定する新自由主義社会に突入しており、「稼ぐことは悪いことか?」などと大真面
目な議論が行われた時代もありましたよね。資本主義を基本として社会ができている以上、稼がなければ生活ができないので、当然に稼ぐことは大切です。しかし、儲かれば何でもいいというのとは、話が違うのは当然の話です。また、欧米には「ノーブレス・オブリージュ(高貴なるものの義務)」という考え方があります。これは、生まれたときの家の環境で、その後の人生の有利不利が決まるという当然の状況に対して、上流階級に生まれた人は相応の社会還元の義務を負いましょうね。という考え方です。


 最近のニュースを見ていると、日本にはまったく馴染みのない考え方ですね。


 さて、今回は、東京都の特別区(23区)内の人口の動きについての本です。少し視野を広げて、市部について書いた内容もありますが、あくまでも都心部との対比というかたちでの記述でした。




 筆者は、私の本棚ではお馴染みの三浦展(みうら・あつし)氏です。一橋大学社会学部を卒業された後に、パルコでマーケティング誌の編集長を務められた後に、三菱総合研究所勤務を経て、カルチャースタディーズ研究所を設立されています。精力的に調査・著作活動をされています。主な著作に

【中古】 あなたの住まいの見つけ方 買うか、借りるか、つくるか / 三浦 展 / 筑摩書房 [単行本]【ネコポス発送】
下流社会 新たな階層集団の出現 (光文社新書) [ 三浦展 ]
東京郊外の生存競争が始まった! 静かな住宅地から仕事と娯楽のある都市へ [ 三浦展 ]
第四の消費 つながりを生み出す社会へ (朝日新書) [ 三浦展 ]
【中古】ファスト風土化する日本 郊外化とその病理 /洋泉社/三浦展 (新書)

などなど、多数あります。


 内容はかなりマニアックで、「大久保1丁目では20歳の87%が外国人」、「東雲1丁目だけで子どもが2400にん増加」、「女性未婚者増加数は港区港南で1300人」など、特別区と市部だけではなく、町の丁目までみて、特徴的な動向を分析されています。


 格差社会に興味を持って読むと、ハイクラスは港区や中央区、千代田区の都心に住む傾向があるようです。そして、23区内でも住む地域によって収入の格差が広がっていて、3倍もの差があると指摘されています。


 あとがきにも、かなり控えめな目立たない女子のように、こそっとマニアックな内容になったと書かれていますが、かなりマニアックな内容になっています。興味を持たれた方は是非ご一読いただきたいです。

 〔目次〕
 はじめに
 第1章 大久保1丁目では20歳の87%が外国人!!
 第2章 港区と足立区の格差は1.57倍から3.06倍へ
 第3章 中央区の30−50代の未婚女性は6000人も増えた!
 第4章 多摩市の出生率1.16は渋谷区の1.07とさして変わらぬ低水準
 第5章 郊外に可能性はあるのか?
 あとがき



 本のメインテーマから離れて、自分が興味を持ったところを拡大化して読むという、自由な読み方を続けています。今回は、私の読書のメインテーマである格差社会にからみ、第2章の所得格差と居住地についてに興味を集中させました。というか、そこしか見えない状態で読みました。


 港区と足立区の収入の格差が、現在は3.07倍あるようです。この事実は、衝撃的なのか、今の時代では当然なのか。そして、港区に住んでいるアッパークラスはどのような仕事をしているのか。さらには、高齢化率の自治体による差異はどうなっているのか。などが書かれており、格差という言葉に執着している私としては、おもちゃを与えられた子どものように、むさぼり読みました。


 ただ、統計調査だけでは不明なことも多く、新たな興味をそそられる記述もありました。2節のタイトルですが、「「自由複業者」が都心を豊かにしている?」となっています。「自由複業者」ってなんだ?アッパークラスの仕事が変わってきているのか?という疑問です。これに対して著者は、


 ・ITエンジニアだが、ライターでもあり、写真もとるし、デザイナーでもある
 ・筆者⇒著述家でもあり、プランナーでもあり、メディアを作ることもある
  ※筆者は、「国勢調査」には、「調査研究」と書いているようです


 というように、いくつかの種類の仕事を、自営業で掛け持ちしており、主副の関係ではなく、それぞれが収入の柱になるような「複」業の人が多いようです。23区全体でも非雇用者に占める割合は53%もいるとか。どうやって稼いでいるのでしょうか。。。


 このあたりのルポのような記事があればいいのですが。


 あとはこの章では、最近人気になりつつある地域なども書かれており、変貌し続ける都市の中で、これから栄えるところと、若干後退している場所などが書かれています。





 最後に、89ページに特別区内の生活保護世帯の受給率が高い区のグラフが載っています。1位台東区、2位足立区、3位板橋区、4位荒川区となっています。トップの台東区は、なんと7%を越えています。特別区であっても、7%を超える世帯が生活保護を受けているというは衝撃です。


 捕捉率というのがあり、日本ではこれがかなり低いようなので、生活保護を必要とする人は、実際に生活保護を受けている人の数倍はいるようです。この捕捉率を考慮すると、貧困・格差社会が確実に進行しているという事実につきあたります。


 みんなが安心して暮らせる社会になってほしいです。 



 よろしければ、こちらのくりっくをよろしくお願いします。

『脳は回復する』(鈴木大介)を読んで 〜高次脳機能障害に興味を持つ〜


 へっぶしんです。

 相変わらず格差社会と中学受験(教育関係)をキーワードに本を読み続けています。

  今回は、テーマから若干ずれてしまっていますが、以前に読んだ





 で、阿部彩氏の対談相手になっていて、貧困問題において精力的に最貧困層に陥ってしまっている若者たちを取材されていた鈴木大介氏の著書を読みました。

 『貧困を救えない国』の中で、鈴木氏が繰り返し話されていた最貧困層に陥ってしまった女性の精神科への通院歴の高さと高次脳障害の関連性に興味を持ちました。そして、鈴木氏自身が脳梗塞を患い、高次脳機能障害に陥ってから、仕事に復帰できるまでに回復した過程について書かれている本書を手にすることにしました。


 若干、迂遠なのですが、格差社会⇒最貧困層⇒高次機能障害という、論理性の薄い関連性ですが、脳科学・高次脳機能障害も読書のテーマに加わってしまいそうです^^;




 著者は、最貧困層の若者への取材を通したルポを中心に書かれている鈴木大介氏です。


 著書には、『最貧困女子』『脳が壊れた』などがあります。


 著者の脳梗塞による高次脳機能障害の経験と多くの最貧困層に陥ってしまっている若者への取材経験から、貧困層の若者と高次脳機能障害を持つ人間の生きづらさに気づいたこと、高次脳機能障害の治療法への提言などが書かれています。

 おそらく、認知症の介護をされている方や、社会を逸脱している若者、社会不適応で職にうまくつけていない人、不登校の子どもを抱える家庭、勉強しているのに極端に成績が悪い子どもの保護者などの方々の参考になることが多く含まれているように思います。

 そのような悩みを抱えている方がたへの示唆に富んだ内容になっています。一度、本書を手に取られてはいかがでしょうか。


 〔目次〕

 序章  脳コワさんになった僕
 第一章 号泣とパニックの日々
 第二章 僕ではなくなった僕が、やれなくなったこと
 第三章 夜泣き、口パク、イライラの日々
 第四章 「話せない」日々
 第五章 「受容」と、「受容しないこと」のリスク
 第六章 「脳コワさん」伴走者ガイド
 あとがき



 どうも私の読書は、著者のもっと伝えたいことからわき道にそれて、自分の興味のあることに理解を集中させる癖があるようです。本書では、著者自らが経験した高次脳機能障害の辛さと、その回復の過程を書くことにより、同様の苦しみを味わっている人をいかに救うかの行政への提言や、医療関係者への提言が主たるテーマになっています。


 そのなかで、私が興味を持ったのが第四章の「話せない」日々です。自分の思いが伝えられない、交渉事ができない。免許更新の窓口で、自分の状況をうまく説明できない苦しさが書かれています。私のずれた興味は、この中の交渉ごとについての箇所に集約されていきます。


 私自身は、特に問題を起こすことなく学校を卒業して、普通に会社勤めを続けています。しかし、高次脳機能障害とまでは行きませんが、こと仕事に関する交渉事が極端にダメなのです。高次脳機能障害の苦しさの中で、反論できないというところがありました。私自身も、反論をすることが極度に苦手です。言おうと思えば言えるのですが、おそらく私が相手の意見に反論してしまうと、相手との人間関係が終わります。


 つまりは、キレてしまうのです。そこで、どういえば相手の気分を害すことなく、相手に反論をしながら自分の意見を伝えられるかを考えているうちに、相手に畳みかけられて、交渉が決裂してしまうのです。著者は、この部分を感情の脱抑制と表現しています。これに関して、私の感情の制御能力は、一般の人に大きく劣るのではないかと日々の仕事の中で感じているのです。





 上記の内容について、著者は言語聴覚士から聞いた専門用語では、「問題解決的会話の困難」という症状のようで、「食い下がって説明する」ことと表現しています。さらに、「訪問販売に拒否の意思が伝えられず」と書いていますが、私もできません。。。インターホン越しに断ることが精一杯です。おそらく、高次脳機能障害になると、それすらもできないのでしょうが。あとは、営業電話も一般生活ではできません。会社では、「営業の電話ですか?」と聞いて、「では、本社におかけください」と言って切ることができますが、プライベートではできない場合があります。また、「本社の電話番号を聞かれる」と、本社の代表番号を調べて教えてあげてしまいます。これは、「自分でお調べください」と突き返すもののようですが、このようなQ&Aが頭に入っていないとできないのです。つまりは、マニュアル的に拒否の意思表示の仕方が分かっているものに関しては拒否できるのですが、突発的に拒否の意思表示をせまられた場合には、ほとんど拒否できません^^;


 著者の「問題解決的会話」の方法は、
  「まず第一に、相手の観察だ。相手の口調や態度、それまでの言動を観察し、相手がどんな意見を持っているのかを推察する。そのうえで、その相手にどんなトーン、どんな言葉の選択、どんな内容の切り口で説得を開始すればいいのかをいくつかの候補の中から選択し、いざ発話。」
 とのことです。


 私、この中で「いくつかの候補の中から選択」が全くできません。ほとんど、単線的な反応になってしまいます。だから、その前のどんな切り口でということに考えがまったく及びません。さらに著者は、これがうまくいかなくても、「再アプローチ」をするために「相手にパラダイムシフトを起こさせるようないい切り口やたとえ話はないのかと」考えるようですが、普通に会話をしているスピードの中で、このようなことを考える余裕は、私にはありません。


 これを読んでしまうと、私はコミュ障なのか?と思ってしまいます。


 と、全く本文のテーマとかけ離れたことを考えながら読んでしまいました。


 この辺りについては、さらに本書で紹介されている参考文献を読み進めていきたいです。読書のテーマがずれていき、脳科学や発達障害が加わってきそうですね^^; 



 よろしければ、こちらのくりっくをよろしくお願いします。


『やってはいけない脳の習慣』(川島隆太)を読んで 〜スマホ・ゲーム・LINEは学力を破壊するのか…〜


 へっぶしんです。

 相変わらず格差社会と中学受験(教育関係)をキーワードに本を読み続けています。

 今回は教育関係ということで、前回に引き続き川島隆太氏が監修している著書を読みました。スマホによって子どもの学力が破壊されているという衝撃のデータを見て、我が家でもスマホの使い方についてのルールを設定しなければならないと痛感しました。


 一昔前にゲーム脳という本が世間をにぎわしたことがありました。当時はまだ科学的なデータがそろっておらず、大バッシングが起きたと記憶しています。もしかすると2chでの炎上を、世間のバッシングと勘違いしただけかもしれませんが。。。


 しかも、その時はPCゲームにはまっていて、廃人寸前だったので、ポジショントーク的な理解で、自分に有利な「ゲーム脳などない」という情報だけを信じ込んでいたのかもしれません。むすめだけではなく、自分自身を制御するためにも、スマホの使い方には気を付けるようにします。




 著者は、ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、その昔、「脳トレ」という任天堂DSのソフトを出していた川島隆太氏が監修して、東北大学の加齢医学研究所で助教をされている横田晋務(よこた・すすむ)さんが本文を執筆されています。

 帯には、「脳の解析データを見て絶句し、自分の子どもにスマホを与えたことを大いに後悔しました」と、本書を監修された川島隆太氏のコメントが載っています。


 仙台市の7万人の児童への調査結果から導き出された衝撃のデータです。お子様の教育に興味をお持ちの親御様、全国の教育に関係する仕事をされている皆様には、ぜひ本書を手に取ってご一読を願いたいです。


〔目次〕
 はじめに
 第1章 学習効果を打ち消す「スマホ脳」の衝撃
 第2章 MRIで解明! 脳が変形してしまう危険な習慣
 第3章 脳のやる気スイッチ「線条体」を活動させる方法
 第4章 自己肯定感の高い子ほど学力が高い、のはなぜ?
 第5章 朝食のおかずが増えるほど、脳はよく成長する!
 第6章 習慣は、生まれつきの脳力に勝る!?
 おわりに



 本書で気になった章は、第3章のやる気(モチベーション)にかかわる部分です。これは、子どもの勉強だけではなく、自分自身の仕事にかかわるモチベーションにも関係し、職場の周囲の人たちのやる気の個人差の大きさはどこかる来るのか、自分のモチベーションが落ちているときにどうすればやる気を出せるのか、などを知りたくなりました。

 心理学では、モチベーションは内発的動機付けと外発的動機付けにわかれます。その中で、もっともやる気が出るのは、内発的動機付けである、自分が成長できると感じられたり、それ自体を楽しいと感じられたりということが重要です。ちなみに、我が家のむすめは、勉強自体は嫌いではないのですが、やはり勉強自体が楽しくてしょうがないというレベルではないです。それでも、中学受験でたまたま受かった最難関校に通い、殺人的なカリキュラムにどうにかついていっています。ただ、天文学的な蔵書を誇る図書館が大好きで入り浸っているようです。本だけは子どものころから大好きで、放っておいても枕元から本がなくなることはありません。

 前回の川島氏の著書の『「本の読み方」で学力は決まる』の記事で書きましたが、むすめの本好きはどれだけ忙しくても読み聞かせを続けてくれた妻のおかげです。私自身も少しはむすめに読み聞かせをしましたが、小さい頃はストーリーではなく、ひたすらページをめくり続けようとするむすめに怒りを覚えたのを今でも覚えています。言葉を覚えたころのむすめに、次にやった私の読み聞かせは、ストーリーを変えるということでした。むすめにはすこぶる評判が悪く、「パパが読むと話が違う!」と嫌がられたものでした。

 長くなりましたが、次に外発的動機付けです。これは4段階に分かれるようで、この外発的動機付けの細分化までは知りませんでした^^;


 ,笋蕕気譴
  もっとも効果の低い動機付けで、「やらないと怒られるから宿題をやる」というものです。私自身も、母親に「勉強しなさい!」といわれると、そろそろ勉強しようなきゃなといった気持ちが、魔法でもかけられたように雲散霧消したのを覚えています。おそらく、親が最も行ってはいけない、子どもの勉強をする気を根こそぎ削ぐのが、「勉強しなさい!」というマイナスオーラ前回の魔法の言葉ではないでしょうか。強制力で人を動かそうとしても、誰も心から従ってくれないのですね。社会人も対人関係において気を付けなければなりませんね。私自身も、職場で人にものを頼むときには、強制力を伴うような言い方はしないように気を付けないと、いつの間にか周りから嫌われているという事態を招きかねませんね。


 ⊆分の考えをもとに行動する
  次の外発的動機付けは、「みんながやっているから勉強する」です。,龍制力よりは、自主性が出ています。ただし、まだまだ自分からやろうという積極性は見られませんね。これでは、机に向かっていても、やっている振りをするだけで効果的な学習に向かう可能性は低いですね。


 2礎佑あると考えて行動する
  これは、「頑張って成績を上げよう」といった前向きな考えに基づいて、机に向かうような状態です。社会人であれば、仕事をするときはこの辺のレベルのやる気が出発点になっているのではないでしょうか。自分を振り返ると、上司に強く叱責されてやれと言われたことは、ほとんど手につきません。期限を守れないこともよくあります。これは、最悪レベルの,離皀船戞璽轡腑鵑納茲螻櫃るからでしょう。ただ、顧客から頼まれたことは、結構必死に取り組みます。おそらくこのレベルのやる気が発動されているのでしょう。管理職の方には、指示の仕方ひとつが部下の仕事の成果が決まるということに留意してほしいものです。


 す佑┐襪泙任發覆自然に行動する
  最終段階の高い外発的動機付けで、「これは何のためにやるのか?」などとは考えずに、自然に体が動く状態とのことです。おそらく、成績が高い子どもや職場で頭一つでている仕事ができる人のやる気は、少なくともこのレベルになっているのではないでしょうか。私などは、まだまだこのレベルで仕事をしている状態は少ないです。ただ、仕事自体は嫌いではないので、真摯にお客様に向き合って、お客様の求めに応じられるように努力はしたいと思っています。なかなかうまくいかないのは、職場の人間関係が悪いからでしょうか。。。




 さて、上記の4つの外発的動機付けから、親として子どもが何事にもやる気を出すような声かけを考える必要があるのではないでしょうか。ここまで書いてきて、自分には後悔の念しかありませんが。。。皆様はいかがでしょうか。


 まずは、何事にもプラスになる目標を共有して、できたこと(経過)をほめて、やる気レベルから物事をスタートさせて、自然に取り組むまでほめ続ければ、やる気レベルがい砲覆蝓∈埜紊漏擇靴いらやるという内発的動機付けにつながっていくのではないでしょうか。


 そんなに簡単に物事が進めば、人生は楽でしょうがないとは思いますが、ないも考えないで目の前に起きていることに生の感情をむき出しにしてケンカなどしている場合は、まさに「親の鏡としての子ども」ということになってしまいますね。


 むすめに対して申し訳ない思いでいっぱいになってきました。。。

 子どもの成績が思うように上がらない、言っても言っても机に向かってくれない、勉強のことでケンカが絶えない、といった悩みを抱えている子どもの保護者の方(私もですがw)には、ぜひご一読いただきたい1冊です。

 



 脳科学の本は、茂木健一郎さんがよくテレビに出ていた時に何冊か読んだことがあります。最近は研究者に費用対効果にコミットして結果を出す圧力がかかっていて、逆に研究レベルが下がっているという話を耳にしますが、本書を読んでみるとやはり、様々な研究手法を用いてデータのを裏付けるべく、逆に調査結果をデータで証明するという地道な研究をされている研究者の方々がいらっしゃるなと感じました。また、いろいろな意味で、科学の進歩は早いものだとも感じました。

 私の本棚で眠っていた茂木健一郎さんの本は、


 です。テレビで「アハ体験」とかの紹介をしていたころが懐かしいですね。

 その他で、私の本棚で眠っていた脳科学関係の本です。






 よろしければ、こちらのくりっくをよろしくお願いします。




『貧困を救えない国 日本』(阿部彩・鈴木大介)を読んで 〜貧困者の実態について知る〜


 へっぶしんです。

 相変わらず格差社会と中学受験(教育関係)をキーワードに本を読み続けています。

 今回は格差関係で、貧困について読みました。本の帯に「わが国の貧困一九〇〇万人の現実」とありました。厚生労働省がまとめている国民生活基礎調査の統計によると、相対的貧困率が15.7%(約7人に1人)になっているようです。(前からそうだったのかもしれませんが)

 で、相対的貧困率とは、「等可処分所得の半分以下の収入で生活する人」という良くわからない定義ですが、雑に理解すると税引き後の収入という言い方で、当たらずとも遠からずといったイメージになります。そうすると、世帯収入の中央値が442万ですから、相対的貧困に陥っている人の税引き前の年収は約221万円ということになります。「世帯」年収です。。。東京に住んでいると、アルバイトでもそれくらい稼げそうな気がしてしまいますが、この感覚が強者のおごりなのだということに多くの人に気づいてほしいです。私自身も、世帯年収では上位の方に入るのにもかかわらず、中の下くらいの生活レベルだと感じています。とんでもない錯覚ですね^^;

 本書では、触法の少年少女の現場取材が豊富な鈴木大介氏と貧困問題を研究されている阿部彩氏の対談本です。面白いことに、国の政策提言などをしている阿部氏の政治感覚に違和感を覚える箇所があり、日本のトップエリートである大学の研究者でも、政治感覚は疎いのだなと上から目線になってしまいました。

 上から目線にになっている私自身は、そこらへんの会社で働いているただのサラリーマンなのですが。。。

 本書を読んでいる限りでは、地方の貧困や貧困の連鎖の問題は、すでに日本に重くのしかかっているように感じます。実際の取材の結果や生活保護の世代間継承なのど問題を、改めて世に問う良書ではないでしょうか。

 ぜひ、手に取っていただいて、ご一読をお願いします。



 著者の阿部彩氏は、社会政策学者です。首都大学東京の教授をされていて、『こともの貧困』『子供の貧困供戮覆匹涼書があります。

 対談相手の鈴木大介氏は、『最貧困女子』『脳が壊れた』『脳は回復する』などの著書があります。

 上述していますが、現場からは遠ざかってしまっている研究者の阿部氏と、現場で取材を積み重ねる鈴木氏の対談は示唆に富む内容になっています。


 まえがきでは、貧困の定義として、「単に低所得で貧しいだけではなく・・・そこから自力で抜け出すのも困難な状態」と定義しています。それと、格差をテーマにした本によく出てくるのですが、私も含めて「今の日本に貧困などあるのか」と疑問を感じている人たちの存在に警鐘を鳴らしています。


 まえがき
 第1章 間違いだらけの「日本の貧困」
 第2章 なぜ貧困を放置してはいけないのか?
 第3章 誰が貧困を作っているのか?
 第4章 メディアと貧困
 第5章 精神疾患が生み出す貧困
 第6章 地方の貧困と、政治を動かす力
 第7章 財源をどこに求めるか
 第8章 支援者の問題
 第9章 貧困対策を徹底的に考える
 対談を終えて




 印象に残ったのは、第4章のメディアと貧困のところです。権力に対しての批判を辞めてしまった大手メディアの腐敗ぶりに比べて、ネットのメディアは左右ともに活発だと思っていました。(右の権力マンセーは気持ち悪いですが)

 しかしネットメディアにしても、売れるコンテンツを書いているため、本質的に貧困を考えたり、本気の貧困問題の解決を目指したりする記事は多くないということでした。プロのライターである以上、どうしても売れる記事を書く必要があり、書きたい記事と売れる記事が違う場合には、売れる記事の方を書いてしまうものなのか、認識が甘かったな。と、残念に思いました。

 それでも、本書のように貧困問題を世に知らしめるための良書も存在するし、鈴木大介氏が単なる売文家でははく、自身の問題意識を世に知らしめて、何とか世の中に影響を与えたいという熱意のある文筆家もいらっしゃり、やはり大手メディアを批判しながらネットメディアで良質な記事を探していきたいです。




 よろしければ、こちらのくりっくをよろしくお願いします。

『「本の読み方」で学力は決まる』(川島隆太)を読んで 〜むすめが小さかった頃を思い出す〜


 へっぶしんです。

 相変わらず格差社会と中学受験(教育関係)をキーワードに本を読み続けています。

 今回は教育関係ということで、読書と学力の関係について読みました。どちらかというと、幼児の子供を持つ親向けに書かれているものです。特に母親の読み聞かせについて書かれています。この辺りが、私自身がむすめに読み聞かせていたので、「母親向け」になってしまうところに若干の違和感を覚えます。

 父親のデータも欲しかったなと。

 そして、むすめに読み聞かせをしていたころを思い出すとともに、妻も忙しい中でよく、むすめに読み聞かせをしてくれていたなと感謝の念も覚えました。



 著者は、ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、その昔、「脳トレ」という任天堂DSのソフトを出していた川島隆太氏が監修して、東北大学の医学系の大学院の学者さんである松泰(まつざき ゆたか)氏と榊浩平(さかき こうへい)氏が執筆されています。

 こんなのもあるんですね^^;






 はじめにで、子どものの学習成績は読書習慣の有無と関係があると、本書結論を先取りして述べています。さらに、子どもの読書習慣は、幼児期の読み聞かせにさかのぼると述べています。そして、仙台市教育委員会と山形県長井市と共同プロジェクトで大規模な統計データをとり、それを本文内で論証していきます。

 ただ、新書ですので、カチカチに硬い文章ではなく、コラムをはさみながら読みやすく構成されています。


 はじめに
 第1章 最新脳解析が実証!
      読書が学力を左右していた衝撃の事実
 第2章 スマホやゲーム、睡眠、本の読み方・・・
      読書の効率を上げる習慣、下げる習慣
 第3章 本を読まないと脳がダメになる!?
 第4章 「読み聞かせ」が子どもと大人の脳を鍛える
 第5章 親子関係を変える「読み聞かせ」力
 第6章 脳の構造を変える!
      親子コミュニケーションの脳科学
 おわりに




 個人的には、むすめの年齢もあり、第1章に書かれている読書と学力の関係についての部分が気になりました。学力を上げるために最も効果のある読書の時間は、1日に1〜2時間で、2時間以上の読書は逆に学力が下がるという衝撃(?)の結果も出ています。

 ただ、1日に2時間以上の読書は、こどものほかの活動時間をうばってしまい、他の子とのコミュニケーションやさらに学習時間が加わると、睡眠時間が削られるからではないかと、筆者は推論しています。

 そのため、学力と睡眠時間の関係についても調べたところ、睡眠時間と学力にも相関関係が認められるという結果が出ています。さらに、スマホをする時間と読書の時間・学習時間にも相関関係が認められるとのことです。小学生は8〜9時間、中学生は7〜9時間の睡眠をとっている子の学力が最も高くなっています。

 やはり、睡眠は重要ですね。最近は、仕事帰りがほとんど深夜な私が、家に帰る時間になっても電気がついていることが多いので、本書を見せて、睡眠時間をきちんとコントロールするように言わなければいけませんね^^;



 脳科学の本は、茂木健一郎さんがよくテレビに出ていた時に何冊か読んだことがあります。最近は研究者に費用対効果にコミットして結果を出す圧力がかかっていて、逆に研究レベルが下がっているという話を耳にしますが、本書を読んでみるとやはり、様々な研究手法を用いてデータのを裏付けるべく、逆に調査結果をデータで証明するという地道な研究をされている研究者の方々がいらっしゃるなと感じました。また、いろいろな意味で、科学の進歩は早いものだとも感じました。

 私の本棚で眠っていた茂木健一郎さんの本は、


 です。テレビで「アハ体験」とかの紹介をしていたころが懐かしいですね。

 その他で、私の本棚で眠っていた脳科学関係の本です。






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