へっぶしんのニュースや日記

日々の生活で気になるニュースの、独断と偏見に基づいたコメントや日々の出来事、株について、娘(思春期)のことなどをつれづれなるままに書きます。最近は、アイネット証券のループイフダンを中心に、資産運用について書いています。

読書?

〜子どもの保護者・教育関係者必見!!スマホ・LINEは学力を破壊する衝撃の真実〜 『スマホが学力を破壊する』(川島隆太)を読んで


 へっぶしんです。

 中学受験と格差社会を中心のテーマとして、本を読み続けています。最近はまりつつある、 #脳トレ で有名な川島隆太先生の著作です。タイトルにも書きましたが、子どもの保護者・教育関係者必見の衝撃の事実です。時代の最先端機器が、子どものみならず、おそらく大人の脳にも深刻な打撃を与えていると思わるスマホについてです。

 自分自身、スマホの使い方に気を付けなければと強く思いました。本日は家族会議です。。。そして、一番スマホ中毒になっているのは、実は私です。。。

 今日は休日だったサービス業従事のサラーリーマンですが、午前中にブログを書く、学校が休みの娘と焼肉屋の定食でランチ、散髪をしてカフェで読書して、またブログを書いています。書き終わったら、たぶん居酒屋で夕食で、正体不明になり早めの就寝になりそうな一日です。

 有意義なのか、無駄な一日だったのか。。。




 筆者は、 #脳トレ でお馴染みの川島隆太先生です。東北大学で教授をされていて、東北大学加齢医学研究所所長を務められています。

著作
川島隆太教授の脳を鍛える大人の国語ドリル 昭和の新聞記事音読・漢字書き取り60日 (川島隆太教授の脳を鍛える大人のドリル) [ 川島 隆太 ]
【中古】現代人のための脳鍛錬 /文藝春秋/川島隆太 (新書)
さらば脳ブーム(新潮新書)【電子書籍】[ 川島隆太 ]

我が家の本棚にある著作
2時間の学習効果が消える! やってはいけない脳の習慣 (青春新書インテリジェンス) [ 川島隆太 ]
「本の読み方」で学力は決まる 最新脳科学でついに出た結論/松崎泰/榊浩平/川島隆太

 衝撃的な帯になっていますが、「スマホをやめるだけで偏差値が10上がります。」となっています。実際に内容を読んでみると、仙台市と提携して小中学生のデータを解析すると、スマホをやればやるほど学力が下がり、LINEはさらに大きく学力を下げることが実証されています。

 最近の小中学生は、机に向かいながらスマホで複数のアプリを立ち上げて、音楽・ゲーム・LINEなどをしながら勉強をしているようです。

 このながら勉強が、学習の効率を下げ、さらには学力を破壊していると著者は警鐘を鳴らしています。原因は、マルチタスキングにあり、人間の脳は、一つのことしかできないようになっているようです。たしかに、2つの難しいことを同時にやろうとすると、パフォーマンスが上がる場合はあるようなのですが、スマホと勉強には、そのような親和性はないようです。

 人間の能力として"Use it,lise it."というものがあるようで、20代の若者でも、1か月の間、寝たきりの生活をすると筋力が大幅に低下して、骨密度も下がるというものです。ところが、スマホの学力に及ぼす影響は、この"Use it,lose it."を上回る"destroy it."だと著者は主張しています。

 子どもの保護者の方・教育関係の仕事をされている方々にはぜひ本書をご一読いただき、スマホについて考えていただきたい一冊です。


 〔目次〕
 はじめに
 第一章   スマホを使うだけで学力が下がる!?
 第二章   睡眠不足が成績低下の原因か
 第三章   スマホが先か、学力が先か
 第四章   LINE等インスタントメッセンジャーの影響
 第五章   テレビやゲームの影響
 第六章   どれだけの生徒がスマホ等を長時間使用しているのか
 第七章   勉強中のスマホ使用の実態
 第八章   メディア・マルチタスク
 第九章   スマホが脳発達に悪影響を与えている?
 第一〇章 スマホの依存度評価
 終章    スマホにまつわる雑感
 参考資料
 おわりに



  本書の内容については、家族でスマホの使い方について話し合いを行わなければならないと痛切に感じました。私自身、スマホをいじっていると、気が付いたら30分くらいたっていたというようなことが頻繁にあります。むすめも、勉強しているときにスマホが机の上にあることはありませんが、同じ室内にスマホがある状況で勉強しています。間違いなく学力を下げる学習環境になっています。


 おそらく、家族でスマホについて話し合うと、一番私がバッシングを受けることになりそうですが、私自身もスマホとの付き合い方を変えないとならないと痛感しました。そして、対面のコミュニケーションを増やす必要を感じています。仕事についても、ビジネス書に書かかれている「対面>電話>メール」という原則は、脳科学的にも実証されていると感じる内容です。サービス業で、お客様との対面の状況が多いものの、プライベートでは、引きこもり・インターネットという生活が多いので、家でPCの前に座る時間を極力減らして、読書の時間を増やす必要がありそうです。


 さて、子どもの学力に与えるスマホの破壊力ですが、スマホの使用時間が1時間以内であれば、スマホを持っていない子どもよりも学力が高くなるようですが、1時間を越えると見事に学力が下がっていきます。したがって、我が家でもむすめについては、夜のスマホの使用に関しては「禁止」にします。たぶん、スマホを使う時間は、夕食前までで、それ以降はリビングで充電というルールにしようと考えています。スマホの悪影響は、寝る前の使用で、睡眠の導入を妨げる危険性があるので、部屋への夜の時間の持ち込みは「禁止」がよさそうです。




 私自身は、高校生の頃はポケベルを持っていましたが、たいしてメッセージが来ないにもかかわらず、ひたすらポケベルを気にしていて、机に向かっても気もそぞろだったように記憶しています。そんな状況で、勉強しても集中できるわけはないですよね^^;大学生になると、PHSから携帯を持つようになり、常に着信がないかを気にしていたように思います。個人的に、電子機器への依存体質が強いように感じますし、ゲームも始めると時間を忘れて続ける性格は今も続いています。ですから、これが小中学生や高校生であれば、学力に与える影響は深刻なものになるでしょう。


 また、ながら作業=マルチタスクについても、サービス業に従事する私は、出社時間が午後になることが多いため、午前中はテレビでニュースを流しながらTwitterをやり、インターネットでもニュースを閲覧するということをしています。個人的には、ネットで見るニュースやコラムは頭に入ってこないなと感じていました。この感覚が、本書で紹介されているアメリカでの研究で実証されているようです。ですから、ニュースについては、テレビで確認をして(新聞を読むのはさすがにおっくうなのです)、PCを上げながらということをしないようにします。


 最後にむすめの学習については、大学受験をしなければならないむすめの学力を破壊させないためにも、スマホの利用については、家族としっかりと話し合って、厳格にルールを守るようにします。これによって、一番生活が変わるのは私なのですが。。。



 よろしければ、こちらのくりっくをよろしくお願いします。

〜住む地域でも格差が拡大しているのですね〜 『都心集中の真実』(三浦展)を読んで


 へっぶしんです。

 中学受験と格差社会を中心のテーマとして、本を読み続けています。別に読書家というわけではありませんが、テーマに沿った本をネットで探しては買って読んでいます。そして、最近は本棚から本があふれ始めてきて再配置や家族へマンガの処分を頼むとかの整理をしなければならなくなってきています。


 今の世の中は、欲望を全肯定する新自由主義社会に突入しており、「稼ぐことは悪いことか?」などと大真面
目な議論が行われた時代もありましたよね。資本主義を基本として社会ができている以上、稼がなければ生活ができないので、当然に稼ぐことは大切です。しかし、儲かれば何でもいいというのとは、話が違うのは当然の話です。また、欧米には「ノーブレス・オブリージュ(高貴なるものの義務)」という考え方があります。これは、生まれたときの家の環境で、その後の人生の有利不利が決まるという当然の状況に対して、上流階級に生まれた人は相応の社会還元の義務を負いましょうね。という考え方です。


 最近のニュースを見ていると、日本にはまったく馴染みのない考え方ですね。


 さて、今回は、東京都の特別区(23区)内の人口の動きについての本です。少し視野を広げて、市部について書いた内容もありますが、あくまでも都心部との対比というかたちでの記述でした。




 筆者は、私の本棚ではお馴染みの三浦展(みうら・あつし)氏です。一橋大学社会学部を卒業された後に、パルコでマーケティング誌の編集長を務められた後に、三菱総合研究所勤務を経て、カルチャースタディーズ研究所を設立されています。精力的に調査・著作活動をされています。主な著作に

【中古】 あなたの住まいの見つけ方 買うか、借りるか、つくるか / 三浦 展 / 筑摩書房 [単行本]【ネコポス発送】
下流社会 新たな階層集団の出現 (光文社新書) [ 三浦展 ]
東京郊外の生存競争が始まった! 静かな住宅地から仕事と娯楽のある都市へ [ 三浦展 ]
第四の消費 つながりを生み出す社会へ (朝日新書) [ 三浦展 ]
【中古】ファスト風土化する日本 郊外化とその病理 /洋泉社/三浦展 (新書)

などなど、多数あります。


 内容はかなりマニアックで、「大久保1丁目では20歳の87%が外国人」、「東雲1丁目だけで子どもが2400にん増加」、「女性未婚者増加数は港区港南で1300人」など、特別区と市部だけではなく、町の丁目までみて、特徴的な動向を分析されています。


 格差社会に興味を持って読むと、ハイクラスは港区や中央区、千代田区の都心に住む傾向があるようです。そして、23区内でも住む地域によって収入の格差が広がっていて、3倍もの差があると指摘されています。


 あとがきにも、かなり控えめな目立たない女子のように、こそっとマニアックな内容になったと書かれていますが、かなりマニアックな内容になっています。興味を持たれた方は是非ご一読いただきたいです。

 〔目次〕
 はじめに
 第1章 大久保1丁目では20歳の87%が外国人!!
 第2章 港区と足立区の格差は1.57倍から3.06倍へ
 第3章 中央区の30−50代の未婚女性は6000人も増えた!
 第4章 多摩市の出生率1.16は渋谷区の1.07とさして変わらぬ低水準
 第5章 郊外に可能性はあるのか?
 あとがき



 本のメインテーマから離れて、自分が興味を持ったところを拡大化して読むという、自由な読み方を続けています。今回は、私の読書のメインテーマである格差社会にからみ、第2章の所得格差と居住地についてに興味を集中させました。というか、そこしか見えない状態で読みました。


 港区と足立区の収入の格差が、現在は3.07倍あるようです。この事実は、衝撃的なのか、今の時代では当然なのか。そして、港区に住んでいるアッパークラスはどのような仕事をしているのか。さらには、高齢化率の自治体による差異はどうなっているのか。などが書かれており、格差という言葉に執着している私としては、おもちゃを与えられた子どものように、むさぼり読みました。


 ただ、統計調査だけでは不明なことも多く、新たな興味をそそられる記述もありました。2節のタイトルですが、「「自由複業者」が都心を豊かにしている?」となっています。「自由複業者」ってなんだ?アッパークラスの仕事が変わってきているのか?という疑問です。これに対して著者は、


 ・ITエンジニアだが、ライターでもあり、写真もとるし、デザイナーでもある
 ・筆者⇒著述家でもあり、プランナーでもあり、メディアを作ることもある
  ※筆者は、「国勢調査」には、「調査研究」と書いているようです


 というように、いくつかの種類の仕事を、自営業で掛け持ちしており、主副の関係ではなく、それぞれが収入の柱になるような「複」業の人が多いようです。23区全体でも非雇用者に占める割合は53%もいるとか。どうやって稼いでいるのでしょうか。。。


 このあたりのルポのような記事があればいいのですが。


 あとはこの章では、最近人気になりつつある地域なども書かれており、変貌し続ける都市の中で、これから栄えるところと、若干後退している場所などが書かれています。





 最後に、89ページに特別区内の生活保護世帯の受給率が高い区のグラフが載っています。1位台東区、2位足立区、3位板橋区、4位荒川区となっています。トップの台東区は、なんと7%を越えています。特別区であっても、7%を超える世帯が生活保護を受けているというは衝撃です。


 捕捉率というのがあり、日本ではこれがかなり低いようなので、生活保護を必要とする人は、実際に生活保護を受けている人の数倍はいるようです。この捕捉率を考慮すると、貧困・格差社会が確実に進行しているという事実につきあたります。


 みんなが安心して暮らせる社会になってほしいです。 



 よろしければ、こちらのくりっくをよろしくお願いします。

『脳は回復する』(鈴木大介)を読んで 〜高次脳機能障害に興味を持つ〜


 へっぶしんです。

 相変わらず格差社会と中学受験(教育関係)をキーワードに本を読み続けています。

  今回は、テーマから若干ずれてしまっていますが、以前に読んだ





 で、阿部彩氏の対談相手になっていて、貧困問題において精力的に最貧困層に陥ってしまっている若者たちを取材されていた鈴木大介氏の著書を読みました。

 『貧困を救えない国』の中で、鈴木氏が繰り返し話されていた最貧困層に陥ってしまった女性の精神科への通院歴の高さと高次脳障害の関連性に興味を持ちました。そして、鈴木氏自身が脳梗塞を患い、高次脳機能障害に陥ってから、仕事に復帰できるまでに回復した過程について書かれている本書を手にすることにしました。


 若干、迂遠なのですが、格差社会⇒最貧困層⇒高次機能障害という、論理性の薄い関連性ですが、脳科学・高次脳機能障害も読書のテーマに加わってしまいそうです^^;




 著者は、最貧困層の若者への取材を通したルポを中心に書かれている鈴木大介氏です。


 著書には、『最貧困女子』『脳が壊れた』などがあります。


 著者の脳梗塞による高次脳機能障害の経験と多くの最貧困層に陥ってしまっている若者への取材経験から、貧困層の若者と高次脳機能障害を持つ人間の生きづらさに気づいたこと、高次脳機能障害の治療法への提言などが書かれています。

 おそらく、認知症の介護をされている方や、社会を逸脱している若者、社会不適応で職にうまくつけていない人、不登校の子どもを抱える家庭、勉強しているのに極端に成績が悪い子どもの保護者などの方々の参考になることが多く含まれているように思います。

 そのような悩みを抱えている方がたへの示唆に富んだ内容になっています。一度、本書を手に取られてはいかがでしょうか。


 〔目次〕

 序章  脳コワさんになった僕
 第一章 号泣とパニックの日々
 第二章 僕ではなくなった僕が、やれなくなったこと
 第三章 夜泣き、口パク、イライラの日々
 第四章 「話せない」日々
 第五章 「受容」と、「受容しないこと」のリスク
 第六章 「脳コワさん」伴走者ガイド
 あとがき



 どうも私の読書は、著者のもっと伝えたいことからわき道にそれて、自分の興味のあることに理解を集中させる癖があるようです。本書では、著者自らが経験した高次脳機能障害の辛さと、その回復の過程を書くことにより、同様の苦しみを味わっている人をいかに救うかの行政への提言や、医療関係者への提言が主たるテーマになっています。


 そのなかで、私が興味を持ったのが第四章の「話せない」日々です。自分の思いが伝えられない、交渉事ができない。免許更新の窓口で、自分の状況をうまく説明できない苦しさが書かれています。私のずれた興味は、この中の交渉ごとについての箇所に集約されていきます。


 私自身は、特に問題を起こすことなく学校を卒業して、普通に会社勤めを続けています。しかし、高次脳機能障害とまでは行きませんが、こと仕事に関する交渉事が極端にダメなのです。高次脳機能障害の苦しさの中で、反論できないというところがありました。私自身も、反論をすることが極度に苦手です。言おうと思えば言えるのですが、おそらく私が相手の意見に反論してしまうと、相手との人間関係が終わります。


 つまりは、キレてしまうのです。そこで、どういえば相手の気分を害すことなく、相手に反論をしながら自分の意見を伝えられるかを考えているうちに、相手に畳みかけられて、交渉が決裂してしまうのです。著者は、この部分を感情の脱抑制と表現しています。これに関して、私の感情の制御能力は、一般の人に大きく劣るのではないかと日々の仕事の中で感じているのです。





 上記の内容について、著者は言語聴覚士から聞いた専門用語では、「問題解決的会話の困難」という症状のようで、「食い下がって説明する」ことと表現しています。さらに、「訪問販売に拒否の意思が伝えられず」と書いていますが、私もできません。。。インターホン越しに断ることが精一杯です。おそらく、高次脳機能障害になると、それすらもできないのでしょうが。あとは、営業電話も一般生活ではできません。会社では、「営業の電話ですか?」と聞いて、「では、本社におかけください」と言って切ることができますが、プライベートではできない場合があります。また、「本社の電話番号を聞かれる」と、本社の代表番号を調べて教えてあげてしまいます。これは、「自分でお調べください」と突き返すもののようですが、このようなQ&Aが頭に入っていないとできないのです。つまりは、マニュアル的に拒否の意思表示の仕方が分かっているものに関しては拒否できるのですが、突発的に拒否の意思表示をせまられた場合には、ほとんど拒否できません^^;


 著者の「問題解決的会話」の方法は、
  「まず第一に、相手の観察だ。相手の口調や態度、それまでの言動を観察し、相手がどんな意見を持っているのかを推察する。そのうえで、その相手にどんなトーン、どんな言葉の選択、どんな内容の切り口で説得を開始すればいいのかをいくつかの候補の中から選択し、いざ発話。」
 とのことです。


 私、この中で「いくつかの候補の中から選択」が全くできません。ほとんど、単線的な反応になってしまいます。だから、その前のどんな切り口でということに考えがまったく及びません。さらに著者は、これがうまくいかなくても、「再アプローチ」をするために「相手にパラダイムシフトを起こさせるようないい切り口やたとえ話はないのかと」考えるようですが、普通に会話をしているスピードの中で、このようなことを考える余裕は、私にはありません。


 これを読んでしまうと、私はコミュ障なのか?と思ってしまいます。


 と、全く本文のテーマとかけ離れたことを考えながら読んでしまいました。


 この辺りについては、さらに本書で紹介されている参考文献を読み進めていきたいです。読書のテーマがずれていき、脳科学や発達障害が加わってきそうですね^^; 



 よろしければ、こちらのくりっくをよろしくお願いします。


『やってはいけない脳の習慣』(川島隆太)を読んで 〜スマホ・ゲーム・LINEは学力を破壊するのか…〜


 へっぶしんです。

 相変わらず格差社会と中学受験(教育関係)をキーワードに本を読み続けています。

 今回は教育関係ということで、前回に引き続き川島隆太氏が監修している著書を読みました。スマホによって子どもの学力が破壊されているという衝撃のデータを見て、我が家でもスマホの使い方についてのルールを設定しなければならないと痛感しました。


 一昔前にゲーム脳という本が世間をにぎわしたことがありました。当時はまだ科学的なデータがそろっておらず、大バッシングが起きたと記憶しています。もしかすると2chでの炎上を、世間のバッシングと勘違いしただけかもしれませんが。。。


 しかも、その時はPCゲームにはまっていて、廃人寸前だったので、ポジショントーク的な理解で、自分に有利な「ゲーム脳などない」という情報だけを信じ込んでいたのかもしれません。むすめだけではなく、自分自身を制御するためにも、スマホの使い方には気を付けるようにします。




 著者は、ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、その昔、「脳トレ」という任天堂DSのソフトを出していた川島隆太氏が監修して、東北大学の加齢医学研究所で助教をされている横田晋務(よこた・すすむ)さんが本文を執筆されています。

 帯には、「脳の解析データを見て絶句し、自分の子どもにスマホを与えたことを大いに後悔しました」と、本書を監修された川島隆太氏のコメントが載っています。


 仙台市の7万人の児童への調査結果から導き出された衝撃のデータです。お子様の教育に興味をお持ちの親御様、全国の教育に関係する仕事をされている皆様には、ぜひ本書を手に取ってご一読を願いたいです。


〔目次〕
 はじめに
 第1章 学習効果を打ち消す「スマホ脳」の衝撃
 第2章 MRIで解明! 脳が変形してしまう危険な習慣
 第3章 脳のやる気スイッチ「線条体」を活動させる方法
 第4章 自己肯定感の高い子ほど学力が高い、のはなぜ?
 第5章 朝食のおかずが増えるほど、脳はよく成長する!
 第6章 習慣は、生まれつきの脳力に勝る!?
 おわりに



 本書で気になった章は、第3章のやる気(モチベーション)にかかわる部分です。これは、子どもの勉強だけではなく、自分自身の仕事にかかわるモチベーションにも関係し、職場の周囲の人たちのやる気の個人差の大きさはどこかる来るのか、自分のモチベーションが落ちているときにどうすればやる気を出せるのか、などを知りたくなりました。

 心理学では、モチベーションは内発的動機付けと外発的動機付けにわかれます。その中で、もっともやる気が出るのは、内発的動機付けである、自分が成長できると感じられたり、それ自体を楽しいと感じられたりということが重要です。ちなみに、我が家のむすめは、勉強自体は嫌いではないのですが、やはり勉強自体が楽しくてしょうがないというレベルではないです。それでも、中学受験でたまたま受かった最難関校に通い、殺人的なカリキュラムにどうにかついていっています。ただ、天文学的な蔵書を誇る図書館が大好きで入り浸っているようです。本だけは子どものころから大好きで、放っておいても枕元から本がなくなることはありません。

 前回の川島氏の著書の『「本の読み方」で学力は決まる』の記事で書きましたが、むすめの本好きはどれだけ忙しくても読み聞かせを続けてくれた妻のおかげです。私自身も少しはむすめに読み聞かせをしましたが、小さい頃はストーリーではなく、ひたすらページをめくり続けようとするむすめに怒りを覚えたのを今でも覚えています。言葉を覚えたころのむすめに、次にやった私の読み聞かせは、ストーリーを変えるということでした。むすめにはすこぶる評判が悪く、「パパが読むと話が違う!」と嫌がられたものでした。

 長くなりましたが、次に外発的動機付けです。これは4段階に分かれるようで、この外発的動機付けの細分化までは知りませんでした^^;


 ,笋蕕気譴
  もっとも効果の低い動機付けで、「やらないと怒られるから宿題をやる」というものです。私自身も、母親に「勉強しなさい!」といわれると、そろそろ勉強しようなきゃなといった気持ちが、魔法でもかけられたように雲散霧消したのを覚えています。おそらく、親が最も行ってはいけない、子どもの勉強をする気を根こそぎ削ぐのが、「勉強しなさい!」というマイナスオーラ前回の魔法の言葉ではないでしょうか。強制力で人を動かそうとしても、誰も心から従ってくれないのですね。社会人も対人関係において気を付けなければなりませんね。私自身も、職場で人にものを頼むときには、強制力を伴うような言い方はしないように気を付けないと、いつの間にか周りから嫌われているという事態を招きかねませんね。


 ⊆分の考えをもとに行動する
  次の外発的動機付けは、「みんながやっているから勉強する」です。,龍制力よりは、自主性が出ています。ただし、まだまだ自分からやろうという積極性は見られませんね。これでは、机に向かっていても、やっている振りをするだけで効果的な学習に向かう可能性は低いですね。


 2礎佑あると考えて行動する
  これは、「頑張って成績を上げよう」といった前向きな考えに基づいて、机に向かうような状態です。社会人であれば、仕事をするときはこの辺のレベルのやる気が出発点になっているのではないでしょうか。自分を振り返ると、上司に強く叱責されてやれと言われたことは、ほとんど手につきません。期限を守れないこともよくあります。これは、最悪レベルの,離皀船戞璽轡腑鵑納茲螻櫃るからでしょう。ただ、顧客から頼まれたことは、結構必死に取り組みます。おそらくこのレベルのやる気が発動されているのでしょう。管理職の方には、指示の仕方ひとつが部下の仕事の成果が決まるということに留意してほしいものです。


 す佑┐襪泙任發覆自然に行動する
  最終段階の高い外発的動機付けで、「これは何のためにやるのか?」などとは考えずに、自然に体が動く状態とのことです。おそらく、成績が高い子どもや職場で頭一つでている仕事ができる人のやる気は、少なくともこのレベルになっているのではないでしょうか。私などは、まだまだこのレベルで仕事をしている状態は少ないです。ただ、仕事自体は嫌いではないので、真摯にお客様に向き合って、お客様の求めに応じられるように努力はしたいと思っています。なかなかうまくいかないのは、職場の人間関係が悪いからでしょうか。。。




 さて、上記の4つの外発的動機付けから、親として子どもが何事にもやる気を出すような声かけを考える必要があるのではないでしょうか。ここまで書いてきて、自分には後悔の念しかありませんが。。。皆様はいかがでしょうか。


 まずは、何事にもプラスになる目標を共有して、できたこと(経過)をほめて、やる気レベルから物事をスタートさせて、自然に取り組むまでほめ続ければ、やる気レベルがい砲覆蝓∈埜紊漏擇靴いらやるという内発的動機付けにつながっていくのではないでしょうか。


 そんなに簡単に物事が進めば、人生は楽でしょうがないとは思いますが、ないも考えないで目の前に起きていることに生の感情をむき出しにしてケンカなどしている場合は、まさに「親の鏡としての子ども」ということになってしまいますね。


 むすめに対して申し訳ない思いでいっぱいになってきました。。。

 子どもの成績が思うように上がらない、言っても言っても机に向かってくれない、勉強のことでケンカが絶えない、といった悩みを抱えている子どもの保護者の方(私もですがw)には、ぜひご一読いただきたい1冊です。

 



 脳科学の本は、茂木健一郎さんがよくテレビに出ていた時に何冊か読んだことがあります。最近は研究者に費用対効果にコミットして結果を出す圧力がかかっていて、逆に研究レベルが下がっているという話を耳にしますが、本書を読んでみるとやはり、様々な研究手法を用いてデータのを裏付けるべく、逆に調査結果をデータで証明するという地道な研究をされている研究者の方々がいらっしゃるなと感じました。また、いろいろな意味で、科学の進歩は早いものだとも感じました。

 私の本棚で眠っていた茂木健一郎さんの本は、


 です。テレビで「アハ体験」とかの紹介をしていたころが懐かしいですね。

 その他で、私の本棚で眠っていた脳科学関係の本です。






 よろしければ、こちらのくりっくをよろしくお願いします。




『貧困を救えない国 日本』(阿部彩・鈴木大介)を読んで 〜貧困者の実態について知る〜


 へっぶしんです。

 相変わらず格差社会と中学受験(教育関係)をキーワードに本を読み続けています。

 今回は格差関係で、貧困について読みました。本の帯に「わが国の貧困一九〇〇万人の現実」とありました。厚生労働省がまとめている国民生活基礎調査の統計によると、相対的貧困率が15.7%(約7人に1人)になっているようです。(前からそうだったのかもしれませんが)

 で、相対的貧困率とは、「等可処分所得の半分以下の収入で生活する人」という良くわからない定義ですが、雑に理解すると税引き後の収入という言い方で、当たらずとも遠からずといったイメージになります。そうすると、世帯収入の中央値が442万ですから、相対的貧困に陥っている人の税引き前の年収は約221万円ということになります。「世帯」年収です。。。東京に住んでいると、アルバイトでもそれくらい稼げそうな気がしてしまいますが、この感覚が強者のおごりなのだということに多くの人に気づいてほしいです。私自身も、世帯年収では上位の方に入るのにもかかわらず、中の下くらいの生活レベルだと感じています。とんでもない錯覚ですね^^;

 本書では、触法の少年少女の現場取材が豊富な鈴木大介氏と貧困問題を研究されている阿部彩氏の対談本です。面白いことに、国の政策提言などをしている阿部氏の政治感覚に違和感を覚える箇所があり、日本のトップエリートである大学の研究者でも、政治感覚は疎いのだなと上から目線になってしまいました。

 上から目線にになっている私自身は、そこらへんの会社で働いているただのサラリーマンなのですが。。。

 本書を読んでいる限りでは、地方の貧困や貧困の連鎖の問題は、すでに日本に重くのしかかっているように感じます。実際の取材の結果や生活保護の世代間継承なのど問題を、改めて世に問う良書ではないでしょうか。

 ぜひ、手に取っていただいて、ご一読をお願いします。



 著者の阿部彩氏は、社会政策学者です。首都大学東京の教授をされていて、『こともの貧困』『子供の貧困供戮覆匹涼書があります。

 対談相手の鈴木大介氏は、『最貧困女子』『脳が壊れた』『脳は回復する』などの著書があります。

 上述していますが、現場からは遠ざかってしまっている研究者の阿部氏と、現場で取材を積み重ねる鈴木氏の対談は示唆に富む内容になっています。


 まえがきでは、貧困の定義として、「単に低所得で貧しいだけではなく・・・そこから自力で抜け出すのも困難な状態」と定義しています。それと、格差をテーマにした本によく出てくるのですが、私も含めて「今の日本に貧困などあるのか」と疑問を感じている人たちの存在に警鐘を鳴らしています。


 まえがき
 第1章 間違いだらけの「日本の貧困」
 第2章 なぜ貧困を放置してはいけないのか?
 第3章 誰が貧困を作っているのか?
 第4章 メディアと貧困
 第5章 精神疾患が生み出す貧困
 第6章 地方の貧困と、政治を動かす力
 第7章 財源をどこに求めるか
 第8章 支援者の問題
 第9章 貧困対策を徹底的に考える
 対談を終えて




 印象に残ったのは、第4章のメディアと貧困のところです。権力に対しての批判を辞めてしまった大手メディアの腐敗ぶりに比べて、ネットのメディアは左右ともに活発だと思っていました。(右の権力マンセーは気持ち悪いですが)

 しかしネットメディアにしても、売れるコンテンツを書いているため、本質的に貧困を考えたり、本気の貧困問題の解決を目指したりする記事は多くないということでした。プロのライターである以上、どうしても売れる記事を書く必要があり、書きたい記事と売れる記事が違う場合には、売れる記事の方を書いてしまうものなのか、認識が甘かったな。と、残念に思いました。

 それでも、本書のように貧困問題を世に知らしめるための良書も存在するし、鈴木大介氏が単なる売文家でははく、自身の問題意識を世に知らしめて、何とか世の中に影響を与えたいという熱意のある文筆家もいらっしゃり、やはり大手メディアを批判しながらネットメディアで良質な記事を探していきたいです。




 よろしければ、こちらのくりっくをよろしくお願いします。

『「本の読み方」で学力は決まる』(川島隆太)を読んで 〜むすめが小さかった頃を思い出す〜


 へっぶしんです。

 相変わらず格差社会と中学受験(教育関係)をキーワードに本を読み続けています。

 今回は教育関係ということで、読書と学力の関係について読みました。どちらかというと、幼児の子供を持つ親向けに書かれているものです。特に母親の読み聞かせについて書かれています。この辺りが、私自身がむすめに読み聞かせていたので、「母親向け」になってしまうところに若干の違和感を覚えます。

 父親のデータも欲しかったなと。

 そして、むすめに読み聞かせをしていたころを思い出すとともに、妻も忙しい中でよく、むすめに読み聞かせをしてくれていたなと感謝の念も覚えました。



 著者は、ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、その昔、「脳トレ」という任天堂DSのソフトを出していた川島隆太氏が監修して、東北大学の医学系の大学院の学者さんである松泰(まつざき ゆたか)氏と榊浩平(さかき こうへい)氏が執筆されています。

 こんなのもあるんですね^^;






 はじめにで、子どものの学習成績は読書習慣の有無と関係があると、本書結論を先取りして述べています。さらに、子どもの読書習慣は、幼児期の読み聞かせにさかのぼると述べています。そして、仙台市教育委員会と山形県長井市と共同プロジェクトで大規模な統計データをとり、それを本文内で論証していきます。

 ただ、新書ですので、カチカチに硬い文章ではなく、コラムをはさみながら読みやすく構成されています。


 はじめに
 第1章 最新脳解析が実証!
      読書が学力を左右していた衝撃の事実
 第2章 スマホやゲーム、睡眠、本の読み方・・・
      読書の効率を上げる習慣、下げる習慣
 第3章 本を読まないと脳がダメになる!?
 第4章 「読み聞かせ」が子どもと大人の脳を鍛える
 第5章 親子関係を変える「読み聞かせ」力
 第6章 脳の構造を変える!
      親子コミュニケーションの脳科学
 おわりに




 個人的には、むすめの年齢もあり、第1章に書かれている読書と学力の関係についての部分が気になりました。学力を上げるために最も効果のある読書の時間は、1日に1〜2時間で、2時間以上の読書は逆に学力が下がるという衝撃(?)の結果も出ています。

 ただ、1日に2時間以上の読書は、こどものほかの活動時間をうばってしまい、他の子とのコミュニケーションやさらに学習時間が加わると、睡眠時間が削られるからではないかと、筆者は推論しています。

 そのため、学力と睡眠時間の関係についても調べたところ、睡眠時間と学力にも相関関係が認められるという結果が出ています。さらに、スマホをする時間と読書の時間・学習時間にも相関関係が認められるとのことです。小学生は8〜9時間、中学生は7〜9時間の睡眠をとっている子の学力が最も高くなっています。

 やはり、睡眠は重要ですね。最近は、仕事帰りがほとんど深夜な私が、家に帰る時間になっても電気がついていることが多いので、本書を見せて、睡眠時間をきちんとコントロールするように言わなければいけませんね^^;



 脳科学の本は、茂木健一郎さんがよくテレビに出ていた時に何冊か読んだことがあります。最近は研究者に費用対効果にコミットして結果を出す圧力がかかっていて、逆に研究レベルが下がっているという話を耳にしますが、本書を読んでみるとやはり、様々な研究手法を用いてデータのを裏付けるべく、逆に調査結果をデータで証明するという地道な研究をされている研究者の方々がいらっしゃるなと感じました。また、いろいろな意味で、科学の進歩は早いものだとも感じました。

 私の本棚で眠っていた茂木健一郎さんの本は、


 です。テレビで「アハ体験」とかの紹介をしていたころが懐かしいですね。

 その他で、私の本棚で眠っていた脳科学関係の本です。






 よろしければ、こちらのくりっくをよろしくお願いします。


『辞めるなキケン』(森永卓郎)を読んで 〜年収300万円時代が本当に来るのか?〜

辞めるなキケン! 年収300万円未満時代の会社との付き合い方 (文芸社文庫) [ 森永卓郎 ]

価格:626円
(2018/10/28 10:55時点)
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 へっぶしんです。

 相変わらず格差社会と中学受験をキーワードに本を読み続けています。

 今回は、森永卓郎が警鐘を鳴らしている年収300万円時代の到来について考えました。アメリカでは、1%の富裕層が社会の富の99%を独占しており、残りの99%の人間は社会の富の1%しか持てないという状況に向かっているとのことです。

 日本の政治や社会が、アメリカを目指しているのは、今までの本でも紹介をしていると思いますが、まさか年収300万にはならないだろうというのが個人的な実感です。

 しかし、日々のニュースなどに接していると、労働者の非正規雇用が40%を超えているという報道があったり、金融広報中央委員会の「家計の金融行動に関する世論調査〔単身世帯調査〕では平均貯蓄額が942万円なのに中央値が32万円で2478世帯中で貯蓄額が0が1160世帯もあったりという情報に触れると、格差社会が確実に進行しているのではないかと感じます。




 著者の森永卓郎氏は、以前はよくテレビで見かけましたが、最近は干されているのか、テレビではあまり見なくなりました。格差社会の進行に警鐘を鳴らし、年収300万でも楽しく生きようと提唱していますが、本人の年収は3000万という皮肉(三浦展氏)を言われている人でもあります。

 東大卒の経済アナリストで、獨協大学経済学部教授(発刊当時なので今はどうでしょう)。




 まえがきでは、2011年の「就業形態の多様化に関する総合実態調査」の内容に触れて、平均月給が正社員が32万円に対して非正社員は15万円と、正社員の47%とのこと。非正規雇用の比率が4割に達していると指摘しています。つまり、正社員であれば生活ができるが、非正規雇用になると普通に家族を持って生活することは困難であると筆者は述べています。

 したがって、正規雇用の正社員であることは「小さな幸せ」であり、「小さな幸せ」を見つけることが大切だと主張しています。(繰り返しますが、筆者の年収は3000万円だとか。。。)


 キケン その1  転職してステップアップしたいなぁ・・・
 キケン その2  求人も多いし、今こそ転職のチャンスかなぁ。
            えぇ!? 正社員で採用してくれないんですか?
 キケン その3  若さでは負けますが、私には経験があります!
 キケン その4  こんな安月給でやってられるか! もういい、転職してやる!
 キケン その5  友達に「ウチの会社に来いよ」って誘われているんだよね
 キケン その6  ウチの会社、もう全然だめっすよ
 キケン その7  次の転職に、私の人生全てを賭けます!
 キケン その8  毎日、毎日、サービス残業で、もうウンザリですよぉ〜
 キケン その9  やっぱり、お金と幸せは比例するんじゃない?
 キケン その10 年収? そりゃあ、1000万円くらい目指したいでしょ
 キケン その11 失業? 間違っても自分だけはありえないでしょう
 キケン その12 年功序列で定期昇給より、成果主義のほうがいいに決まってるよ
 キケン その13 どうせなら、これからの成長産業に転職したいな
 キケン その14 とりあえず、上司の言うことだけやってればクビになんないよね
 キケン その15 外資系なら収入いいし安定してるし、まず間違いないよね
 キケン その16 資格持ってるから、何とかつぶしが利くはずだよね?
 キケン その17 結局のところ、「勝ち組」になればいいんじゃないの?
 キケン その18 年収300万円なんて、今さら生活れべる下げられないよ
 キケン その19 もし年収100万円台になったらどうやって生活するんですか?
 キケン その20 今年もボーナスなかったよぉ。なんか小金稼ぐ方法はないかなぁ
 キケン その21 人に言えないけど、実はオレ、鉄道オタクなんだよね
 キケン その22 いつか独立・企業の夢は捨てられないよ
 キケン その23 有給ってなんか取りずらいなぁ。仲間に悪いし、あとで忙しくなるし
 キケン その24 「カイシャ人間」をやめて楽しく生きたい。
            でも楽しい生き方がわからないんです
 キケン その25 楽しく暮らしたいけど、いつリストラされるか不安で・・・
 キケン その26 でも結局、働かないと食べていけないよなぁ





 筆者は、これからの日本社会は、1割の高給取りの「勝ち組」と9割の年収300万円以下の「負け組」の世の中になると主張しています。たとえ、1割の「勝ち組」になっても、そこは猛烈な競争社会で、職員間で足の引っ張り合いをしながら、相手を引きずりおろして自分が優位に立てる人間が勝ち残ると述べています。

 そういう競争社会だと認識して、覚悟を持って仕事をするのか、残りの9割でよいから仕事はほどほどにして、それなりの生活をしていこうよという意識で、「小さな幸せ」を見つけるのかの2択をせまり、9割でもいいでしょといっています。

 正直、同意する部分が多いです。個人的にも仕事がハードで、常にこなしきれない業務量を押し付けられて、優先順位もわからなくなり、ミスをすれば責任を追及されて責められるという日々を送っています。

 10月は、8連勤の後に1日休んで10連勤があり、ようやく今日は休みです。

 ちなみに、サービス業で月曜〜土曜に通常営業をしている関係で、私は水曜日が休みということになっています。今回の10連勤は、他の人が水曜に有給を取りたいとのことだったので、私が代わりに出たために、平日の休みを献上したのと、日曜にやる特別のイベントに参加したために、本来の休みである日曜と水曜が同時に出勤になったために発生しました。

 周りの人には、気兼ねなく休んでほしいと思っているので、代わりに出勤してくれと言われれば、極力断らないようにしています。救いなのは、1日の業務時間がそこまで長くないことです。平日であれば、朝起きてから昼くらいまでは、自由な時間があります。ただ、仕事に行きたくないなぁ〜と、日常的に思っており、メンタルは大丈夫なのかと日々自問自答しています。

 それと、何度か出している画像ですが、厚生労働省の「生活基礎調査」を見る限りでは、我が家の世帯年収は、上位のほうにあります。仕事がきついのは、それなりの収入を得ているからだと自分に言い聞かせています。

国民生活基礎調査29年度グラフ

















 これでも、日本の会社員の年収は、先進国間で比べてもそこまで安いわけではないとのことです。国際調査は、英語が読めないため自分で調べられません^^;

 それにしても、何度見ても衝撃的なのですが、世帯年収の中央値が442万円です。個人年収ではないというのが非常に怖いです。もちろん一人世帯も入っているでしょうし、子供のいる家庭の平均年収は700万円くらいとのことなので、そのくらいであれば納得がいきます。私自身もむすめが一人いるので、世帯年収が700満円くらいであれば、何とか生活ができるような気がします。

 ですから、本書では個人年収の話をしているので、年収300万円で夫婦共働きであれば、贅沢をしなければやっていけるという主張には、深く同意します。前述のように、私も職場環境が厳しいと感じており、さらには上司を見ていると、背負っている責任に対する給料は低いと感じています。そのため、社内の出世競争に参加する気もなく、上層部の人たちの足の引っ張り合いや責任のなすりつけ合いからは、距離を置いて目の前の顧客へのサービスに精を出すようにしています。

 このような本を読むたびに、仕事は大変ではありますが、まだまだ自分は恵まれているのだと思えます。

 また明日からの仕事をがんばります。。。



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辞めるなキケン! 年収300万円未満時代の会社との付き合い方 (文芸社文庫) [ 森永卓郎 ]

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『日本が売られる』(堤未果)を読んで 〜新自由主義社会の恐ろしさについて考える〜

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 へっぶしんです。

 日本がアメリカの属国のように、アメリカの言いなりになり続けていることに疑問を持つ方も多いと思います。普通に考えると、自国内に他国の軍隊が駐留し続けているということは異常なことなのですが、日本の安全保障を考えると、自前の軍隊を憲法9条で持つことができない以上はある程度は仕方がないことなのかもしれません。しかし、自前の軍隊を持たないからと言って、政治の主権を放棄する必要はないのではないでしょうか。


 もう10年以上前になりますが、拒否できない日本 アメリカの日本改造が進んでいる (文春新書) [ 関岡英之 ]に衝撃を受けましたが、日本人が稼ぎ出した富がアメリカに売り渡されている状況は、当時よりもさらに深刻になっていることに対して、本書では警鐘を鳴らしています。



 一人でも多くの方に本書を手に取っていただいて、現在の対米追従性策の愚かさについて考えていただきたいです。




 著者の堤未果氏は、ニューヨーク州立大卒でニューヨーク市立大で修士号を取得されている国際ジャーナリストの方です。数々のアメリカの新自由主義政策の矛盾を、豊富な取材をもとに書かれた著書が多数あります。

また、参議院議員の川田龍平氏を夫に持つ方でもあります。


 私が同氏の著書に興味を持ったのは、ルポ貧困大国アメリカ (岩波新書) [ 堤未果 ]を読んだ時です。シリーズを読みました。教育、医療、保健などが、新自由主義の先頭をひた走るアメリカではどうなっているのかが書かれており、日本にはマネしてほしくないと強く思ったことを覚えています。




 まえがきでは、イラク戦争に従軍した元アメリカ兵のエピソードが書かれており、非常に印象的でした。


 「「日本には前から行きたかったんだ。水と安全はタダといわれる国で、どこへ行っても安全で美味しい食べ物があるなんて最高だ。」」という他国の人間が日本に対して持っている印象が、徐々に政治によって奪われつつあることを、本書では警鐘を鳴らしています。


 現在、ほとんどの日本人が知らない「水道の民営化」や福島原発汚染土だけでなく原発の売り込みのネタとして、汚染土の引き受けをしていたり、種苗法の改悪で一部の多国籍企業が独占する遺伝子操作をした種子を有害物質であるネオニコチイドの農薬とセットで受け入れるようにになっていたりと、日本の売国政策を次々と暴露しています。


 さらに、高度プロフェッショナル法案によって、労働者の定額働かせ放題の問題も暴いています。また学校や医療、介護保険の問題についても書かれており、自分と関係ないと問題に関心を寄せていない間に、どんどんと1%の金持ちが、99%の貧困層から搾取する社会に変貌させるための日本政府の政策を列挙しています。


 ぜひとも、現在の日本、これからの日本について、国民全員考えて行動し、民主主義を守りたいです。そのためにも、本書のご一読を推奨します。


 まえがき いつの間にかどんどん売られる日本!
 第1章 日本人の資産が売られる
 第2章 日本人の未来が売られる
 第3章 売られたものは取り返せ
 あとがき 売らせない日本





 私が特に印象に残ったのは、第2章5項の「学校が売られる」です。公立学校の公設民営化やバウチャー制度の問題は、崩壊するアメリカの公教育 日本への警告 [ 鈴木大裕 ]を読んですでに知っていました。しかし、アメリカの行き過ぎた新自由主義って恐ろしいなくらいの対岸の火事くらいにしか考えていませんでした。




 ところが、すでに日本でも国家戦略特区という法律を通さずに、自治体レベルの判断で政策が決定できる制度を隠れ蓑に、日本でも実験が始まっているということです。




 何度か書きましたが、最近の読書のテーマは、格差と教育(中学受験)になっているのですが、日本の教育の崩壊の序章の幕が切って落とされていたことに驚きを隠せません。ゆとり教育の導入から始まった、新自由主義者たちが、無産市民層を奴隷化するための国民の知性を劣化させる政策が、ゆとり教育の早い段階での失敗でとん挫したと安心していました。しかし、アメリカの教育を崩壊させた公立学校の公設民営化の日本への導入の地ならしがされつつあります。


 問題点は、現在でも大阪府の中学校の非正規職員の割合が40%くらいだそうですが、これが100%になるということです。新自由主義者たちは、人件費を抑えられ、「競争によって安くて良質の教育を実現できる」というお決まりの文句を言うでしょう。しかし、下手をしたら本すらまともに買えない低賃金の教員の提供する授業がはたして「良質」なものになるのでしょうか。




 国鉄の自由化で、地方の赤字路線が廃止されて過疎化が進みました。郵政民営化では、それまで赤字ではなかった決算が、大幅に赤字になりました。民営化推進論者たちは、失敗に対して反省することなく、ひたすらに「競争化によってサービスは向上する」と繰り返しますが、日本の民営化は失敗続きです。教育まで民営化しても大丈夫なのでしょうか。


 アメリカでは、教員が生徒の成績で評価されます。さらに生徒の成績が良くないと、学校に補助金が下りなくなり学校が廃止されます。そのときに公務員である教員が解雇されます。そのために、学校は成績の悪い生徒の入学を拒否するようになり、教育難民ともいえる子供たちが発生します。


 経費を極限まで切り詰めた公設民営学校は、カリキュラムをビデオで見せるだけのものに変貌していきます。まさに教育が崩壊していくのです。


 ここまで市場原理主義が浸透し、本来であれば競争とは相容れない教育にまで費用対効果を求める新自由主義とは何なのかを考えさせられます。


 よろしければ、こちらのくりっくをよろしくお願いします。

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(2018/10/24 11:24時点)
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『下流社会』(三浦展)を読んで 〜格差の問題は意識の問題なのかを考える〜

下流社会 新たな階層集団の出現 (光文社新書) [ 三浦展 ]

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(2018/10/17 11:19時点)
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 へっぶしんです。

 「年収300万円、貯金ゼロ、フリーター願望・・・」という衝撃のキャッチコピーで一世を風靡した一冊ですが、出た当時に読んでいました。そして、その時に誤読をして相当に落ち込んだ記憶があります。

 新聞などの「平均賃金」を見ていると、そんなんにもらっていないという印象を受ける方が多いのではないでしょうか。月収しかり、ボーナスしかりですが、自分の収入が報道される「平均」に届いたことがありません。新聞テレビでの「平均」は、一部の大企業の正社員の平均だからです。

 昔読んだ時の誤読も、そうした報道を真に受けていて政府がHPで発表している全体の統計を見ていなかったことが、原因でした。世帯年収で700万円くらいないと、まともに生活できないというようなことが書いてありましたが、それを個人年収と勘違いするという大変な誤読でした。



 さて、著者の三浦展氏は、一橋大卒業後にパルコ・三菱総合研究所を経て独立しカルチャースタディー研究所を設立。家族、消費、都市問題などを横断する独自の「郊外社会学」を展開している。主な著書に『下流社会』『下流同盟』『ファスト風土化する日本』『東京は郊外から消えていく!』などです。




 初版が2005年で、13年前に書かれた本ですが、提起された問題は今でも解決に向かっていない。それどころか、格差は拡大し固定化に向かっている。日本は高度経済成長期からバブル崩壊まで培われてきた、1億総中流意識(実際はそうでもなかったようだが)が崩壊に向かっている。本書の「はじめに」では、「「中流化」から「下流化」へ」という見出しで、中間層の意識が「下」向かっていることを指摘している。ここで言う「下」の意識とは、「食うや食わずの状態」ではなく、「何か足りない」という程度のものだと筆者は指摘している。

 第1章 「中流化」から「下流化」へ
 第2章 階層化による消費者の分裂
 第3章 団塊ジュニアの「下流化」は進む!
 第4章 年収300万円では結婚できない!?
 第5章 自分らしさを求めるのは「下流」である?
 第6章 「下流」の男性はひきこもり、女性は歌って踊る
 第7章 「下流」の性格、食生活、教育観
 第8章 階層による居住地の固定化が起きている?




 中流の下流化が起きている中で、国民の生活がどのように消費私生活をしているかという消費論が、本書が書かれた13年前には存在しなかった。そこに筆者は問題意識をもち、本書を書いたとのことだ。特に、当時の30代の「下流化傾向」に着目し、人口の多い世代でかつ社会や消費の趨勢に影響を与えやすい世代にスポットライトを当てている。




 私が以前に本書を読んだときは、年収300万では結婚できない?というところに敏感に反応したからでした。すでに結婚しており、むすめもいるときに、自分の年収が結婚できるぎりぎりの状況だと書かれていることに、焦燥感を覚えました。どうしても今の世の中では、自分の価値を年収で規定してしまうところがあるように思います。少なくとも私には、そういうところが多分にあります。報道での平均給与を見て、落ち込むことがしばしばありました。いまだに、自分の世帯年収が中間層の上位に位置しているという事実を、自分で受け入れられないでいます。身の回りの人間が、自分以上の収入を得ているからです。


 しかし、厚生労働省の賃金の統計を見る限りでは、何回見ても中間層の上位の世帯年収を得ています。よく聞く話として、階層間での分断が起きているということが、私の実感とデータとの乖離にあるのかもしれません。私立の中高一貫校を出て、大学を卒業して、就職・結婚を経る中で、自分と同じような道を歩いてきた人間に囲まれているだけなのかもしれません。そして、上記の年収300万以下の生活をしている人間が見えなくなっているだけなのかもしれません。


 非正規職員で、年収300万円以下の生活をして、職場と自宅を行き来しているだけの人と出会う可能は、考えてみるとかなり低いようにも思えます。また、家族で外食に行っても、周りで外食をしている人たちもまた、私と同じような階層の人たちばかりで、外食すらできない厳しい生活状況の人が目に入らない可能性は大いにあります。


 さすがに、電車に乗り合わせている人の年収が見た目でわかるわけではないので、やはり社会が分断されているがために、下流化している人には合わなくなっているように感じます。また、SNSで古い友人と再びつながることはありますが、頻繁にSNSに投稿をアップする人は、それなりの生活をしている人で、生活に苦しんでいる人が自分の窮状をSNSにアップすることもないでしょう。ですから、友人と書いた中にも、やはり苦しい生活をしていてSNSに近況をアップすることができない人もいるのかもしれません。


 様々なブログを見ていると、結婚しているだけで勝ち組だと判断している記事も見受けられます。現在は、20代の約半数が非正規で働いているともいわれています。そのため、外に遊びに行くこともできず、収入が低いがために恋人もできない人もいるという記事も目につきます。本書が書かれてから13年たち、メインに扱われていたロスジェネ世代が、40代中盤に差し掛かっている中で、相対的貧困率が15%になっています。親の収入が低いために就学援助を受けている児童が、7人に1人という状況です。


 また、私の若かりし頃は、個性的であることが強調され、自分らしさとは何かということを追求することがよしとされる時代でした。ところが、下流化している人ほど、この自分らしく生きたいという思考が強いとのことです。私自身、自分らしくありたいという意識が強くあります。しかし、仕事をしているうえでは、顧客からの信頼を得るためにも、頼れる存在という演技をしています。素の自分を職場でさらけ出すことなどは、とてもできません。そんなことをしたら、誰からも信頼されないと感じるからです。


 この世の中、TPOに合わせて自分を演じることくらいは必要だと考えています。本書に書かれている「自分らしく生きたい」とアンケートに回答した人が、どの程度の意識で「自分らしく」というものを考えているのかはわかりません。もし、日常生活のすべての場面で、素の自分をさらけ出して生きていくことが「自分らしく」生きることであるのであれば、それは単に社会性がないということになるでしょう。しかし、私自身も社会性があると自信を持って言い切ることはできませんが、少なくとも仕事の上では求められる姿を演じられるように努力します。ただ、その演技を日常生活のすべてで行うことは当然に困難で、家ではダメな自分をさらけ出していますし、友人といるときに変な気をつかうこともなく、素の自分をさらけ出しています。上記のアンケートでの「自分らしく生きたい」が、私のレベルでの「自分らしさ」であれば、いくらでもいるのではないでしょうか。


 さらに、団塊ジュニアの親である団塊世代では、「自分らしさ」を大切にしている人ほど、階層意識が高いようです。団塊世代と団塊ジュニア世代では、「自分らしく生きたい」という意識において、階層意識が逆転しているという現象はとても不思議でした。


 最後に、私自身は自分に、今の自分は恵まれていないわけではないと言い聞かせ続けています。就職活動の時は、100社に応募し、30社に落ちるという平均的な活動の末に、企業規模を妥協してベンチャー企業に入社してしまった自分を責めました。ボーナスもまともにもらえなかった20代の時は、大企業に就職した友人との収入の格差に、自分の未来を見失いかけました。今も、むすめの学校の保護者会の前のママ友とランチをすると、自分はやはり最下層の生活をしているのではないかと不安になります。


 それでも、やはりむすめを私立の通わせている生活は、そもそも子どもを塾に通わせることも厳しい家庭があると聞くと、悪い生活ではないのかなとも思えます。自分の意識をもっと上げて、体を壊さない範囲で仕事もやっていこうという気持ちになりました。

 よろしければ、こちらのくりっくをよろしくお願いします。

下流社会 新たな階層集団の出現 (光文社新書) [ 三浦展 ]

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『格差が遺伝する』(三浦展)を読んで 〜格差社会を考える〜

格差が遺伝する! 子どもの下流化を防ぐには (宝島社新書) [ 三浦展 ]

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(2018/10/17 08:36時点)
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 へっぶしんです。

 最近のテーマは、中学受験と格差社会です。中学受験をできる家庭が、格差社会で上層に位置しており、社会全体はどのようになっているのか。という問題意識で本を読み続けています。読めば読むほどげんなりするのですが、いまの日本社会はどうなっているのか、これからどうなるのか、自分はどのように生きていけばいいのか。などを考え続けています。



 著者の三浦展氏は、一橋大卒業後にパルコ・三菱総合研究所を経て独立しカルチャースタディー研究所を設立。家族、消費、都市問題などを横断する独自の「郊外社会学」を展開している。主な著書に『下流社会』『下流同盟』『ファスト風土化する日本』『東京は郊外から消えていく!』などです。





 本書は子どもの成績について、経済面・親の学歴・祖父の学歴・母親のタイプなどから分析をしています。その中で、子どもの成績を決めるのは、収入の格差だけではなく、生活の質の格差も大きな要因になっていると結論付けています。

 第1章 子どもの成績は親の経済力に比例する
 第2章 母親が子供の成績を左右する
 第3章 食生活が成績の上下を分ける
 第4章 頭の良い子はどんな子か
 第5章 「生活の質」の格差が階層の固定化を生む
 第6章 子どもを中学受験させる親、させない親
 第7章 母親たちの満足と不満
 参考  母親の4タイプと子どもの成績



 筆者は『下流社会』で、格差それ自体は否定せずに、格差の拡大について問題視し、さらに格差が固定化して子どもに再生産されることを問題として指摘しています。本書はそのような状況の中で2007年、約10年前に書かれました。

 この親の格差が子どもに受け継がれていくことが、本書のテーマになっています。




 格差社会を考えるときに、どうしても自分の位置はどこなのかということが気になってしまいます。典型的な日本人の横並び志向なのでしょうか。だから、厚生労働省の国民生活基礎調査などで世帯年収の分布を見たり、賃金構造基本統計調査などを見たりしてしまいます。そうすると普通だと思っていた自分の生活が、実は贅沢だったという衝撃の事実に気づかされます。自分の生活が普通だと思う根拠としては、世帯年収が1000万に満たないからというものであり、裕福と普通の線引きを1000万という数字を基準に考えているからです。しかし、日本全体の統計の数字を見ると、自分の家庭がある程度上位に位置しています。正直、「ウソだろ」という信じられない気持ちになるのですが、一方で、多少仕事がきつくても耐えようというモチベーションにもつながります。そして、妻がフルタイムで働いてくれていることに感謝の気持ちもわいてきます。


 その中で、自分自身がむすめを持つ一人の親としてどう責任をもって、どうしてやれるのかを考えます。以前も書きましたが、むすめ(「難関」中高一貫校在籍)は親(「有名」中高一貫校出身)に似ずに頑張って学校に通っています。保護者会の前にママ友ランチ会に一人で乗り込むという暴挙をしたのですが、そこでの話では我が家は最下層ではないかと思えてしまいます。自分が育った環境では、我が家の収入が十分には思えず、むしろ足りないように感じてしまうのです。中高の友人はもちろん、大学の友人も当たり前のように自分よりも収入が高いのです。さらに、私自身の仕事も高所得層向け(世帯年収800万以上)のサービス業をしていることもあり、統計上の中央値に来るような平均的な生活をしている人と出会える機会がほとんどありません。だから、政府の統計を見ながら、自分の生活は悪いものではないと思い込むしかないのです。




 そこで、自分自身の教育観や実際に家庭で行っている教育について、むすめに対して不足しているのではないかという恐怖感が常に付きまといます。本書を読んで、統計では子どもの学力は母親がその多くをになっているという結果を見て、妻の行動がむすめに良い影響を与えていることに感謝の念がわきました。ダメな自分を支えてくれているのは家族なんだと改めて気づかされました。

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格差が遺伝する! 子どもの下流化を防ぐには (宝島社新書) [ 三浦展 ]

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(2018/10/17 08:36時点)
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『格差社会の結末』(中野雅至)を読んで 〜格差を考える〜

格差社会の結末 富裕層の傲慢・貧困層の怠慢 (ソフトバンク新書) [ 中野雅至 ]

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(2018/10/7 14:57時点)
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 へっぶしんです。

 ちょっと古い本で、2006年8月が初版です。このころは小泉政権の終わりころです。本書では、小泉政権を、センセーショナルではあるが、政策の中身は中曽根政権や橋本政権が進めた新自由主義路線の延長線上であるにすぎないと述べています。

 小泉政権のころは、結構ブログかいてましたね。懐かしいです。前回のモリタクと尾木ままのときもそうでしたが、ホリエモンが世間をにぎわしていましたね。

 その後、何度か転職して、ブログを書くということを忘れた日々を送っていました。生活もカツカツでした。今は繁忙期は忙しいものの、平日の何もない日の勤務は、そこまで忙しくないので、ちょこっとした文章なら書く時間があります。収入も、いまだかつてなく安定しています。ただ、職場のパワハラが半端ないので、年に1回の人事異動で人間が入れ替わってほしいと願いながら日々働いています。

 では中身ですが、格差社会をまず

 ・職業威信
 ・学歴威信
 ・金銭(所得)

 の3つに分類し、金銭(所得)の格差について書くと定義しています。

 その中で、所得格差については、若年者の格差が広がっていることに言及しています。しかし、10年前はそこまで格差は広がっていなかったようです。しかし、私のような、ロスジェネ世代の就職難の人間に、正社員として働くチャンスを与えるべきという意見が書かれていましたが、そのような政策はなかったように思います。

 私は、たまたま恵まれていたのか、ほぼ正社員として働いてくることができました。しかし、今の職場でも、同年代のアルバイトがたくさんおり、プライベートの話をゆっくりする機会もないので、どのような生活をしているのかは謎です。収入を考えると大変そうに思うのですが、私の周りでは、正社員は大変だから今のままでいいやという考えの人が多いように感じます。

 本書が書かれた10年後の今は、小泉政権時と同じように、「景気回復」が続いており、株価だけはバブル崩壊後の高値を更新しています。しかし、格差が縮まったかというと、開く一方で、就学援助を受ける世帯が増加の一途をたどり、6〜7人に1人という割合にまで増えています。さらに、20代の若者の就業形態は、売り手市場といわれている割には、半数が非正規社員になっており、若者でも勝ち組と負け組が大きく分かれています。

 中には、収入にこだわらずに、できる生活をしようなどという言説も出てきています。多様性の一つとして、お金のかからない生活を選ぶのであればよいのですが、選択肢が限られた中で、選ばざるを得ずに選んだ道であれば、話が違ってくるのではないでしょうか。また、湯浅誠さんの比喩で、椅子の足りない椅子取りゲームというのがありましたが、現在はさらに正社員という椅子が少なくなっているように感じます。そして、選ばなければ仕事はあるという強弁が幅をきかせています。

 筆者の考える行政政策の方向とは全く違う方向に進んでいます。



 教育についても、やはり東大入学者の親の平均年収の高さを上げており、それについは、先日も書きましたが、公立中高一貫校・国立・私立の中高一貫校出身者が約7割を占めるに至っています。もちろん、東大だけが人生の成功を物語るものではありません。ただのひとつの指標にすぎませんが、東大入学者の親の平均年収が上がり続けているのは、事実としては間違いがないのです。

 そして、高収入の家庭ほど教育に対する関心が高く、逆に所得が低い家庭は教育に関心が薄い傾向にあるようです。収入格差の固定化ということが言われていますが、まさに、「あきらめてしまっている」家庭が増えしまっていないかと危惧しています。

 さらに機会(チャンス)も低所得の家庭には少なくなってしまっているのではないでしょうか。中学受験は年収800万が最低限といわれており(公立中高一貫のみの受験は除く)、高校受験に関しても、東京では、塾通いせずに、難関校に進学するのは至難の業ではないでしょうか。さらには、私立大学の学費が年間150万もかかるとなると、収入の低い世帯に生まれた子供は、育つにつれて進学意欲が低くなるのではないでしょうか。

 教育格差が広がり、企業でも人材研修の費用が下がり続けいているようです。そうすると、小学生から塾通いをして中高一貫校に入り、そこから難関大学に進むというのが、社会のアッパー、ミドルアッパーの定番進路になるではないでしょうか。

 私自身も、私立の中高一貫校の出身で、最近気づいたのですが、平均年収以下で生活をしている人が、視界に入らないのです。仕事柄、BtoCのサービス業をしていますが、顧客層はまさにアッパー・ミドルアッパーで、普通の収入の世帯の方は見かけません。同級生もSNSに頻繁に投稿するリア充自慢の人たちは、見ていて、収入が違うな^^;という印象です。

 私が危惧しているのは、この「見えない」という現象です。社会が分断されてしまい、平均的な収入の友達がいません。友達と遊ぶたびに、ちょっと妬ましいという感情を抱きながら、時のたつのは早いものだと感傷に浸っています。

 戻ります。結局、格差を埋めるには、ある程度の累進課税の強化、企業が「正しく」稼ぐこと、生活保護世帯(勤労世帯)の人への職業訓練の充実などを進めるというものでした。とくに筆者は、厚生労働省での勤務経験があり、職業訓練については、公務員の感覚では、一般企業が求めているスキルが分からず、職業訓練を受けたとしても就業につながらないケースが多いことを問題として挙げています。

 これを、まさに民間委託して、一般企業を知る一般企業で、職業訓練を行う。企業側では、採用する人間のスキルを明示することを提案しています。確かに、就職・転職活動をしている際に、企業が求める人物像に自分を近づけて面接をするわけですが、この「人物像」がずれると採用につながりません。しかし、これを「人物像」よりもさらにわかりやすい、「スキル」にして詳細に書けば、企業側も求職者側もわかりやくなるのではないでしょうか。

 さらに、派遣労働に対しては、筆者は反対しています。私自身も、最初に入った会社は、人材サービスの会社に正社員として入り、大手電機メーカーに「派遣」されましたが、職場内で一緒に仕事をしているにもかかわらず、みんな賃金がバラバラでした。とくに、職場の正社員が私の1.5倍程度と高く、世の中を恨んだのをよく覚えています。どれだけ、仕事で貢献をしても、所属している会社の規模や収益が低いために、自分よりもできない人間が、自分よりも給料が良いのを目の当たりにしていました。自分が、企業の雇用の調整弁になっていると自覚しながら働くのは、気分の良いものではありません。さらに、将来の見通しがつかないという閉塞感が大きかったです。派遣の禁止と、同一労働同一賃金は、とても大事な政策ではないでしょうか。

 今の会社では、顧客への営業・イベントの企画を正社員が行い、正社員指揮のもと運営がなされます。そういった意味では、きわめてまっとうな会社でよかった思います。規模や責任の重さなどに疲れてはいますが。。。

 最後に、筆者は後半では、バブルの崩壊で、社会の信頼が失われたと書いています。この信頼の回復が、今後の日本に必要なものだとのことのようです。社会保険庁の年金の問題がありましたが、不正をする役人と年金システムの信頼性は別物なので、きちんと分けて考える必要があると述べています。また、行政改革については、改革すべき点は山のようにあるので、どのように改革し、改革した後はどうなるのかを明確に示して、一気にやるべきだと述べています。これは、国会議員の怠慢だと指摘しています。

 確かに、マスコミの報道を見ていると、官僚に自浄作用がないというような指摘がありますが、官僚の仕事は、憲法・法律を施行していくことで、法律を作る・システムを作り上げるのは、国会の仕事です。ということは、結局は、自分の望むような社会になってもらうためには、選挙が重要になるという結論になるのではないでしょうか。

 とくに中間層・貧困層が、自民党を支持して自分の首を絞めるような残念な投票活動をしない判断力を、有権者がつけていかなければならないのではないでしょうか。

 ・・・・結論がありきたりすぎる。。。

 よろしければ、こちらのくりっくをよろしくお願いします。



『中学受験 わが子をつぶす親、伸ばす親』(安田 理)を読んで中学受験を考える

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 へっぶしんです。

 最近の読書は、格差社会と中学受験に偏りまくってます。

 格差社会は、資本主義経済というものが弱肉強食の社会であり、数少ない強者が多数の弱者を搾取する社会だから、その中で自分が生き残るためにも、社会の仕組みをしっかりと知らなければと思い読んでいます。

 他方で、その資本主義社会の中で、勝ち組にしか許されない中学受験について、自分も経験し、むすめも経験し、自分の同級生やむすめの同級生のアッパーぶりの見聞をするにつけて、結局何なのか、私にとっては何だったのかが総括しきれていないので、繰り返しいろいろなものを読んでいます。

 本書では、親の中学受験へのかかわり方が書かれており、専業主婦の母親向けというのが、メインターゲットになっています。2007年初版なので、学校が古く、すでに校名が変わっているところもありました。校名変更の原因は、私立の中高一貫校も資本主義社会の中で、自校の差別化に必死になっているからでしょう。変化の激しい業界なのだなと感じました。さらに、男子校・女子校だったところが、共学化しているところがあり、変化の速さに、新たな驚きを得ました。

 親が子どもに中学受験をさせるのは、難関大学信仰があるからでしょうが、それにしても、やりたくない子供を中学受験に駆り立てるとは恐ろしいですね。私は12歳の時に自ら望んで塾に入り、中学受験をしたので、何とも言えませんが、本書の中に出てくる母親には、頭が下がります。メインターゲットが、専業主婦と書きましたが、共働き夫婦の母親の場合は、睡眠4時間で頑張る方もいらっしゃるようです。子供の学歴のために、自分が睡眠4時間の生活をするなんて、想像できません。

 私も、共働き家庭に育ったので、塾での夕食は母親に買ってきてもらっていましたが、ほとんど放置だったので、そこまではしていなかったようです。むすめの場合も、妻の起床時間が早いため、睡眠時間自体は短かかったようですが、通勤時間や隙間時間で仮眠をとっていたようです。そして、私が最悪の父親だったのかもしれませんが(現座進行中で最悪の父親なのかもしれませんが)、休日はほとんど外食し、むすめには自分で受験すると言ったんだから、塾の宿題の時間は、自分で捻出しろと言っていました。中学受験のために、すべてを犠牲にする気にはなれなかったからです。それでも、むすめは最難関の学校に受かってしまいました。

 本書には、親とのかかわり方が書いてありますが、我が家では、小4の時点で、妻が宿題を一緒にやることを放棄し(算数が理解できなくなった)、丸つけだけはやるもののあとは、塾の担当任せでした。

 私も中学受験を経験していたので、妻が宿題を一緒にやることを放棄することに対しては、別段、何の問題も感じませんでした。子供としては、親が分からない問題を自分が解けるということが、とてつもないやる気に直結することを経験を通して知っていたからです。本書にも書いてありましたが、完ぺきな親になる必要は全くないのです。

 さらに、私の経験にはないことなのですが、親戚が通う学校について、あれこれ噂することを母親が必要以上に気にするようです。私は自分の子供なのだから、自分以上にはならないと思うのですが、どうしてそれ以上を期待してしまうのかは、正直理解出ませんでした。まだまだ、親が子どもを思うときには、難関大学に行き、一流企業に就職する・持っていれば高収入が見込める資格を取得する。といったキャリアパスを、子どもに願っているのでしょうか。

 ちなみに私がむすめに望んでいることは、国公立大学に進んでくれることです。理由は明白で、大学には行ってほしいが、私立大学の学費(文系で年間150万)を出せる自信がないからです。

 よろしければ、こちらのくりっくをよろしくお願いします。 

『父と子の中学受験ゲーム』を読んで中学受験やその先の東大信仰を考える

 へっぶしんです。

父と子の中学受験ゲーム【電子書籍】[ 高橋秀樹 ]

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 読みました。

 私自身が「有名」中高一貫校の出身で、むすめも無事に「難関」中高一貫校に通学しています。私自身の受験は、自分から受験を言い出して、どうでもいいと考えている私の親に金と労力を提供させたという、子供の自己満足受験でした。

 むすめの受験ではほとんど何もせずに、むすめの第一志望が残念だった時に、父子で抱き合って残念な涙を流しているのを見て、そこまで家族一丸となるものなんだなと、むすめの受験が終わってから反省しました。だから、この本を読んで、筆者の父親としての奮闘ぶりに頭が上がりませんでした。

 後半部分のエッセー的な振り返りのところでは、算数ができる女の子の話や筆者の次男の恋愛の文が12歳の男の子にはわからない話などは、読み物として楽しく読ませていただきました。

 さて、中学受験に関する本が多いのですが、こと私立の中学の受験に関しては、まず考えなければならないのが、受験層の最低の世帯年収が800万以上だと各種の情報で出ていることです。これは、むすめを私立に通わせている(通っていた私も含めて)実感するところです。(データがなく申し訳ありません)

 むすめは、周囲の友達との会話から、自分が世の中の最下層の家庭で育っているように錯覚しています。私も、普通のサラリーマン共働き家庭だったので、貧しい家庭で育っていると勘違いしていました。

 そして、中学受験を考えるときに避けて通れないのが、大学への進学実績です。進学校を志望する場合には、東大への合格実績を気にしてしまうのではないでしょうか。そもそも同年代のことたちの中で3000人しか(3000人も?)合格できないにもかかわらず。。。

 で、逆に東大に通っている学生・家庭の情報が東大のホームページで「学生生活実態調査」というのに載っていたので、気になる部分を切り取ってみました。

 まずは、出身校です。具体的な学校は、東大合格ランキングとかをググればわかると思うのですが、こっちのほうが衝撃ですね。

東大生活実態調査‗出身校
















 私が大学受験したころから、これに近い形になっていたと思うのですが、過半が私立の中高一貫校出身なんですね。私の親世代の公立のトップ校⇒東大というのは、もう都市伝説ですね。その他の公立学校に、都道府県立の高校が入るのでしょうが、20%しか(20%も)いません。中学受験に対して、カネで学歴を買うという批判がありますが、的を射ているように感じます。

 ま、データから受ける印象は人それぞれなので、それはいいのですが。国立大学附属も、東京では学芸大・筑波大・お茶の水女子大・東大の附属がありますが、いずれも中学受験での入学者が多くを占めています。一部で、小学校・高校からの入学者がいるといったところではないでしょうか。

 そうすると、公立中高一貫校と国立附属を含めると、東大入学者の70%くらいが中学受験の経験者となります。(少々雑ですが)

 ここからは、東大に行きたければ中学受験をすべきだということになるのではないでしょうか。先ほども述べましたが、私立の中学受験には、各種の情報と私自身・むすめの経験を合わせても、世帯年収800万は必要なのにもかかわらずです。そうしないと30%のマイノリティーになってしまうというのは、果たして健全な状態なのでしょうか。。。東京都内でも、場所にもよりますが80%くらいは公立中学に進学するのにです。

 そして、東大進学者の親の年収の分布です。
東大生活実態調査‗年収

































 本書では、筆者はこの状況は普通だと言い切っていましたが、私は違和感を覚えます。モリタクと尾木ママのところにも書きましたが、親の平均年収が1000万を越えている状況が果たして正常といえるのでしょうか。

 年収750万未満が20%弱いるから、希望はあるといえるのでしょうか。素直にこれを見ると、中高一貫校に通う裕福な家庭の子供が、東大進学には圧倒的に有利ということにはならないでしょうか。

 高学歴を手にした裕福な家庭に生まれた子供は、そのまま高所得を維持して、アッパーな状態を続けるとなると、富裕層の固定化が起きているという言い方ができてしまうのではないでしょうか。

 ここから、努力でどうにかなるというデータの見方ができるのでしょうか。

 よろしければ、こちらのくりっくをよろしくお願いします。 

































































『忍び寄るネオ階級社会』(林信吾)を読む

 へっぶしんです。

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 最近は、格差社会という言葉に異様に執着しています。

 最近まで自分のキャリアパスが報われていないと、社会を恨んでいました。大学卒業時に就職活動せずに、卒業して人生初の「浪人」(無職)という立場になった瞬間に、自分の社会的な存在意義に危機感を覚えて、就職活動を開始しました。しかし、ロスジェネ世代の私は、企業から相手にされませんでした。

 たぶん100社くらいエントリーしたのではないでしょうか。そして、30・40社をうけるという、当時としては極めて普通の状況だったのですが、会社の規模をどんどん落としていき、ようやく内定をもらったのは社員20名くらいの零細企業でした。

 零細企業を否定する気は全くありませんが、やはり待遇ということを考えると、まじめに就職活動をして大手に就職していった友人と比べると、あまりにも見劣りをするものでした。それでも、必死に働きました。多くの会社が間に入る偽装請負の状態で、大手電機メーカーのエンジニアたちと仕事をしました。

 そこでも、同じ仕事をしている現場のプロパーの社員の将来の展望と、自分の展望には大きな差が存在しました。さらには、同じ仕事をしているにもかかわらず、年収の差に悔しい思いをしながら仕事をしていました。

 ただ、昔の記事をあさっていただければどこかにあると思うのですが、大手メーカーが海外製品のプロジェクトに入ることになり、香港に180日・ロンドンに30日の海外出張に行くことができました。会社の金で海外に行けていた当時は、海外旅行をするのをばかばかしく思っていました。

 そのころのプロジェクトは激務でした。周りとの待遇などは、海外に行けて、海外で働けているという状況であまり考えなくなっていました。しかし、その大手メーカーの部長の勤務状況を見ていて、自分が目指している姿とは違うのではないかと思うようになました。結局、会社を3年で辞める若者になりました。

 それはさておき、何度もアップしていますが、最近見つけた厚生労働省の「国民生活基礎調査」での世帯年収の棒グラフを見て、それでも自分は恵まれており、それなりの収入を得てきたという事実を知るに至り愕然としました。

 自分が新卒時に就職活動をしなかったつけを10年以上も払い続けて、そのまま一生を終えるのかと、人生をあきらめていました。ま、投資でその分を埋めるしかないとやっきにもなっていますが。ところが、自分がそこそこ恵まれているということを知ることができ、自分の周りにはいない平均的な人たちはどのような生活なのかと、最下層に近い生活をしていると思い込んでいたのに、実は恵まれている方の層にいることに、この年になって気づきました。

 まあ、今はサービス業の会社で仕事をしており、自分よりも収入が高い層をターゲットにサービスを展開しているので、毎日、上には上がいることを見せつけられてはいるのですが。

 それはさておき、本書では、1億総中流という社会はもともとからして幻想だった。高度経済成長期にも格差は存在していた。もともと存在していた格差が、バブル経済の崩壊を機に目に見える形で、出てきただけだということです。

 そして、イギリスに10年滞在した筆者の経験をもとに、イギリスの階級社会についての記述があり、さらに日本がイギリス型の階級社会に近づいていると警鐘を鳴らしています。格差社会と階級社会は、厳密には違っており、簡単に言えば競争社会で収入に大きな格差がある社会が格差社会で、この格差が世代間で固定化される社会が階級社会だと筆者は主張しています。

 イギリス型格差社会では、最下層の労働者は、親から義務教育終了と共に働くということを刷り込まれ、仕事にプライドを持てずに低賃金の仕事をし、さらには教育レベルが低いために自分よりも下の人間を排斥する人間になるようです。

 その例として、筆者がイギリスで事務所の机を発注した時の例が書かれていますが、イギリスに滞在経験のある私の友人も、水道工事を依頼した際に来たイギリス人の業者がひどく、部品がないからということで平気で修理を後回しにされたと言っていました。友人から聞いた当時は、その友人は本書の中の「ロンドン村」の上位に位置するエリートで、イギリス人を馬鹿にする話し方をしていたので、話半分で聞いていましたが、本書によって、イギリス人の労働者階級の仕事の仕方と妙に一致する部分がありました。

 また、教育においては、イギリスの上層の階級の子供は小学校から私立に行き、さらには大学入試でも優遇受けるということと、公立の学校のほうが低く見られているということには驚きました。これも、私の母親から、イギリスに住む友人が、子供を公立の学校に入れようとしたところ、そんなところに行かせたら友達付き合いを辞めると言われた友人の話と、符合しました。

 よく日本の政治家が、「努力すれば報われる社会」ということを言いますが、先ほども書いたように、日本でも東大入学者の家庭の平均年収が1000万を超えている状態になっています。

 本当の意味で、努力すれば報われる社会になってほしいものです。



 よろしければ、こちらのくりっくをよろしくお願いします。 
 


『教育格差の真実』という尾木ママとモリタクの対談本で格差社会を考える

 へっぶしんです。

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 懐かしのモリタクと尾木ママの本を読みました。格差拡大が続き、富めるものがさらに富めるという世の中になっています。拡大し続ける格差の実態を、教育という方面にスポットを当てています。ただ、時事ネタが古くて、懐かしいニュースが満載です。2008年が初版で、小泉内閣による新自由主義政策などが書かれています。

 新自由主義については、モリタクが簡潔にまとめてくれています。

 ・規制緩和と民営化
  政府が小さくなり、セーフティーネットが崩壊して弱者が救われなくなります。そのうえで弱肉強食の社会になります。

 ・大企業や富裕層へは減税をして、庶民に増税
  具体的には、法人税を下げ、累進課税を緩和します。そして、消費税を増税します。

 ・格差拡大社会のなかで、富裕層だけが高学歴になる仕組みを作る
  公教育のレベルを下げる。
  中学受験などがいい例ですね。私立中学に通わせるには、世帯年収が最低でも800万必要らしいです。
  現在の私立大学の学費は、文系で150万くらいになっています。一般家庭では奨学金を使わないと、自宅通学でもつらいのではないでしょうか。

 いまだに安倍政権の下で新自由主義政策が、強力に推し進められていますね。

国民生活基礎調査29年度グラフ

























 東大生の親の平均年収が1000万を超えているというのも、一般の平均年収の倍の収入がある家庭に生まれないと、高学歴を得られないという格差が、厳然として存在していることの証左ですね。

 この本は、この中で特に教育について書かれているのですが、学校選択制度によって学校間格差が広がったり、さらには地域格差が広がったりするとのことです。学力別クラス編成の弊害なども書かれています。また、日本の教育制度の中で育ったエリートには、教養はつかないということも面白いところではないでしょうか。

 一時、ヒルズ族などともてはやされていた人たちは、お金の使い方が決まっていて面白くないとのことでした。

 結局は、学校が劣化し、塾に頼らざるを得なくなり、塾に通わせられる家庭の子供が高学歴になる。塾に通わせられない家庭の子供が、高学歴になるのは難しいという社会になっているということでした。

 弱肉強食の社会での勝者は、一握りの人でしかありません。しかも生まれた家が裕福であればあるほど、競争に有利になります。そんな社会は、生きずらくて仕方ないのではないでしょうか。多くの普通の人が幸せに暮らせる、北欧型の社会民主主義のような社会に、日本が方向転換してくれることを願ってやみません。

 よろしければ、こちらのくりっくをよろしくお願いします。


ラディカル・デモクラシー(1)

 へっぶしんのニュースや日記です。

 先日紹介した「ラディカル・デモクラシー(ダグラス・スミス)」を読んでいるが、楽しくて仕方がない。そこで書評は書かないといったが、興味深い個所を取り上げて考察を加えることにする。あくまでも断片的なトピックを取り上げるため、本書の全体的な内容がわかるようにはならないことを最初にことわっておく。

 まだまだ第一章が終わらないのだが、民主主義という言葉が権力者達に都合のよいように使われ、言葉本来の意味を失っているかということを実証しながら問題の提起が行われている。

 第一章 ラディカル・デモクラシー 名称の修正が必要なわけ(P29)

「人民(ピープル)を再定義する(a)」
 民主主義はふつう人民(ピープル)による統治と定義される。これをラディカルな意味に解することを免れる古典的方法として、奴隷と女性、異人種、貧乏人、ある種の他集団を「ピープル」から除外してその意味を狭めると言うやり方がある。どこの国であれ中産階級や上層階級が「ピープルズ・パワー」を支持するとき、その「ピープル」とは彼ら自信を意味すると相場が決まっている。彼らが民主主義を要求しても、召使いや労働者を供給してくれる階級、自分達の富や社会的地位の拠り所である剰余を生み出す階級に権力を取れとよびかけているわけではない。
 しかし、いうまでもなく民主主義(デモクラシー)の「デモス」とはもともと市民の中でもっとも貧しい、もっとも数の多い階級を意味したのであり、その当初の意味において民主主義とはその階級による支配を意味したのである。中産階級による支配は、その善し悪しは別として民主主義ではなく中産階級支配と、その内容通りに呼ばれるべきである。

 民主主義という言葉は歴史的に見て、酷使され、手垢にまみれ、本来の意味を失っていたかを、はっと思い出せる力のある文章だ。普通に民主主義という言葉を使うときに、「人民(ピープル)による統治」と、置き換えたときに意味の通じる場合がどれだけあるか疑問だ。そして権力者達によって歪められてる民主主義という言葉をもう一度、本来的な意味として捕らえなおす必要性を意識せざるを得なくなる。

「人民(ピープル)を再定義する(b)」
 支配政党や政権を目指す政党は、「ピープル」を「その政党の支持者」であると再定義して民主的であることを自ら実証しようとすることがある。「ピープル」はイデオロギー的概念となり、そのイデオロギーを受け入れない人々は範疇に入れないのである。「ピープルの敵」とみれられるか、あるいは単に目に見えない、なきに等しい存在になることもある。政府を支持するほんの一握りの少数集団を「ピープルの真のスポークスマン」だと称する独裁政権にこれを見ることが出来る。これはせいぜい数十か数百のデモに「ピープルによる抗議行動」という見出しをつけて報じる野党の機関紙にも当てはまる。

 今の小泉政権に当てはめると、笑ってしまうくらい文中に登場する独裁政権の性質と一致してしまう。小泉首相に読んでもらいたい文章だ。現実を見ると、小泉政権の新自由主義路線を支持しているのはほんの一握りの集団であり、残りの大多数は新自由主義という概念すらわからずイメージだけで支持しているのではないか。客観的に見ると、民主制度いう仮面をかぶった国家が日本であり、小泉内閣であることに気付かされる。そして、民主主義をまっとうに履行している国家など全世界を見渡しても存在していないことにも気付かされる。

「人民(ピープル)を再定義する(c)」
 そのバリエーションとして、ピープルが正しい意識を持ちさえすればこう考えるはずだとか、そう考えるべきだという立場を代表するのがわが党であると、自負する場合もある。政治教育を試みるという立場に立てばなにも悪いことではない。問題が生じるのは、「ピープル」が生身の人間ではなく理論的な抽象でしかないところで、みずからをピープルの権威を後ろ盾とした政党、ピープルの真の声を代弁する政党として登場するときである。そうした政党が政権を取っても、ピープルが政権を取ったことにはならない。

 これも民主主義を装うどこの国でも同じだ。常日頃から、「民主主義=人民(ピープル)による統治」だということを理解しなおし、国民として民主主義を勝ち取るために政治に関与していかなければならないのではないか。(しかしながらこの意味での政治への関与は単なる庶民の我々では、選挙に行くというくらいしか関与のしようがないのも事実だが。。。)

是非是非のお勧め本です。

すきやすきや
大新聞不読
STOP_KOIZUMI4

NO_CHANGE_9

『ラディカル・デモクラシー』のご紹介

 へっぶしんのニュースや日記です。

 久々に更新しますが、大学時代のゼミで取り扱った本を紹介します。久しぶりの眠りからさめたその本は、埃をかぶっていたのは言うまでもありません。そして開いてみてびっくりしました。なんと、赤いペンで、線を引いてあるではないですか。

 「俺も、少しは勉強したんだな〜。」

 と思っていたら、線を引いてあるのは、約300ページの本の最初の100ページにも及びませんでした。

 「俺って何も変わってないな。」

 と、安心しました。

 久々にページをめくってみて、思っていたよりも難しくなくて、もう一回読んでみようという気になりました。(前半部分だけがもう一回で、後半部分はおそらくはじめて読むことになります。)

 本の内容としては、「民主主義って何?」ということがテーマになっています。「民主主義の定義を言ってください。」、といわれたら、明確に答えられない方が、殆どではないでしょうか。私もその一人ですが、そもそも学問として、民主主義の定義というものはあるのでしょうか?

 国民主権とも違う、基本的な人権の尊重とも違う、法の下の平等でもない。では、民主主義とは。。。その回答が、この本で見つかるのかを楽しみに読み進めて見ます。書評を書く能力がないので、紹介のみ致します。ここまででおもしろそうだと思った方は、ご自分で読んでみて下さい。できればその書評を私が読んでみたいです。。。

ラディカル・デモクラシー―可能性の政治学
第1章 ラディカルデモクラシー
第2章 民主主義に反する開発・発展
第3章 機械の反民主主義
第4章 民主主義の傷だらけの伝統
第5章 民主主義の徳
結論 ペルセポネーの帰還

そもそも民主主義って何でしょうか。。。

すきやすきや
大新聞不読
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「国富消尽〜対米隷従の果てに〜」のご紹介

ブログネタ
小泉首相の選挙後の政策 に参加中!

 へっぶしんのニュースや日記です。

 遅ればせながら国富消尽を読んでいるが、日本政府の対米隷属ぶりには、開いた口がふさがらない。日本政府のやっていることは、日本の米国への売却の行為に他ならない。それを推し進めているのが小泉政権だ。

 章立てのみ記載し、出来るだけ多くの方にこの本を読んで頂きたい。





 国富消尽〜対米隷従の果てに〜

 第一章 着々と進む日本企業買収の環境整備 − 二00五年M&A協奏曲の教訓

 第二章 外資によるM&Aの新時代 − 危機に立つ日本的経営

 第三章 郵政民営化の真実 − 狙われる日本の個人金融資産

 第四章 深く静かに進む米国のに日本改造 − 司法・医療・教育まで米国化されるのか

 第五章 アメリカの対日圧力を振り返る − アメリカ型システムの押し付けはこうして制度化した

 第六章 二十一世紀の日米金融バトル − 日本は「マネー敗戦」の構造から抜け出せるか

 第七章 日本のポストグローバリズム戦略 − アングロサクソン的価値観への対抗軸を求めて

 

 近いうちに章ごとに感想を書いていきたいと思うが、いつになるかはわからないので期待しないで下さい。

読んでみたいと思った方、クリックをお願いします。

すきやすきや
大新聞不読
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拒否できない日本を読んで〜まだ途中です〜

ブログネタ
小泉首相の選挙後の政策 に参加中!


 へっぶしんのニュースや日記です。

 今朝から拒否できない日本(関岡英之、文春新書)を読み始めたのだが、読んでいくうちに怒りがこみ上げて来た。

 今朝読んだ内容を簡単に説明すると、中国とアメリカの建築家のグローバルスタンダードの合意に関する内容と、そのグローバルスタンダードの日本への適用の過程(建築法の【改悪】)に関する記述だ。中国とアメリカで建築の市場を相互開放し、その基準をグローバルスタンダードとして世界に適用しようとする試みがある。(アメリカは他にも弁護士や会計士なども自国の制度の焼き直しをグローバルスタンダードにし、政界に市場開放を迫ろうとしている)

 この建築に関するグローバルスタンダードが、地震大国の日本にいかに不適切であるかを説き、現在既に適用されている基準があまりに危険かを説いている。

 詳しくは、下部に抜き出した個所を読んでいただければご理解いただける。1998年に行われた建築基準法の大改悪が、現在の耐震基準を満たさない構造設計書の偽造問題との因果関係を拒めないことを暗示している。構造設計書の偽造問題は、姉歯一級建築士やヒューザー、日本ERI、総合経営研究所など個別に攻撃されている個人や企業だけの問題ではないのである。1998年の建築基準法の改悪に関する問題で、上記の著書「拒否できない日本」は今回の問題が発覚する以前(2004年4月初版)に書かれているにもかかわらず、見事にこの危険性を指摘しているのである。

答申書の奇妙な記述
 ところが、建築基準法の改正内容を検討してきた建築審議会の答申書を読んでみると、なんだか様子が変なのだ。なんとも奇妙な記述にぶつかって私は困惑させられた。その答申書には、新しい性能基準(※1)は「国民の姓名、健康、財産の保護のため必要最低限のものとする必要がある」と書かれているのだ。これは「最大限の間違いではないか、と私は目を疑った。あのような恐るべき被害(※阪神大震災での建築物倒壊のこと)を繰り返さないためには、建築基準法に関する規制の強化こそが必要だと考えるのが普通ではないか。 
しかし答申書にははっきりと「最低限」と書かれている。もし誤植ではないとすると(実際に誤植ではないのだが)、これは阪神・淡路大震災をきっかけとした、建物の安全性への国民の不安の高まりという現実とどう考えても矛盾する。私はこの素朴な疑問にすっかり囚われてしまった。そして調べていくうちに、大震災がきっかけになったと思い込んでいた建築基準法の改正には、もっと別の大きな別の背景があったことがわかってきた。
※1 1998年6月の建築法の大改正で、建築基準をそれまでの建築物の建築方法を細かく規定している「仕様規定」から建築材料の性能を規定する「性能規定」に変更。(これは建築基準の大幅な緩和を意味する変更)

 確かに構造計算書が偽造されることまでは予見はできていなかったにしても、建築基準法の「仕様規定」から「性能規定」への変更が、今回の構造設計書の偽装を見抜けなかったことと関連しているのは事実である。国会は建築市場のグローバルスタンダード適用のために、安全性を軽視する選択を行ったのだ。その結果、審査が煩雑になる基準の適用により、審査基準を満たさない設計書を見過ごし、地震大国の日本にとって大変な驚異なである「耐震基準を満たさない建築物の激増」を惹起した。素人にはわからないところで、安全性が担保されない建築物が激増している現状の責任を誰が取るのだろうか。国民が選んだ国会議員のしたことだから国民の自己責任になるのだろうか。

 しかもこの建築基準法の改悪は、阪神・淡路大震災から3年後の出来事で、国民は耐震に関する基準の強化を行ったと理解したのではないだろうか。国民の生活を脅かし、経済的な損失を与える政策を実行してきた日本政府への不信は募るばかりである。

 さらには、ここまで大変な状況にあるにもかかわらず、昨日のNHKの自民党小泉内閣支持率は58%だそうな。国民に事実を伝えないテレビ報道の結果が、国民の生活を脅かす政策をする政府に対しての高支持率につながっているのは明白である。個人ではどうにもできないくらいに国が腐敗しているのだ。テレビを見るのをやめよう。新聞は批判的に読もう。時間がかかっても、さまざまな出来事を自分で材料を探してから判断しよう。安易に流されないようにしなければ、自分で自分の首を締め付けることになるだろう。

 

大新聞不読
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建築基準法を見直すべきと思った方、クリックをお願いします。

小泉政権は国民の生活を脅かしていると思った方、クリックをお願いします。

耐震基準を満たさない建築物が氾濫したのは日本政府の政策の責任だと思った方、クリックをお願いします。

ちょうちんな気分

へっぶしんのニュースや日記です。

今日は、本を買ってきました。

ちなみにブロガー同盟のちょうちん記事です。

どうも行動が遅いようで、買おう買おうと思ってから2、3週間くらい時間が過ぎ去ってしまったのではないかと思います。

いろいろなブログを見ながら、面白そうな本を探しているのですが、今回買おうと思っているのは、

アマゾンでは、一年くらい在庫切れになっており、アマゾンから出版社には発注されていなかったということが最近話題になった本です。アメリカの利益にならない本で、小泉改革がいかにアメリカへの売国行為なのかが書いてあるようです。ちなみに、これはアメリカから日本に提出される公文書である「年次改革要望書」というものを元にして書かれているようです。歴代自民党総理大臣の売国ぶりを検証したいと思います。
ちなみに、この本を紹介していたブログは、世に倦む日日です。
相当有名なブログなので、一読してみてはいかがでしょうか。
これも世に倦む日日で紹介されていた、佐藤優さんというムネオ議員の事件で逮捕され、外務省のラスプーチンと呼ばれた方の執筆した本です。
外交の理論に弱いへっぶしんに新しい視点を与えてくれんるのではないか?などと誇大な希望に胸を膨らませています。
すらすら読めるかどうかの自信すらないのですが。。。
森田実氏のHPで紹介されている本で、日本は本当に財政危機なのか?という視点から経済学者が、メスを入れる本です。
実は、森田氏のHPの記事は少々かたい文体で、読むのに少し疲れます。ですので、森田氏曰く、「本書は、理論的にも実証的にも、きわめて水準の高い経済政策書である。しかも平易で読みやすい。一般家庭の主婦の皆さんに読んでほしい本である。」とおっしゃっていますが、読みやすいかどうかは忘れたころにレポートします。
 (1)日本の財政危機ではなく、政策危機だ。
 (2)財政再建の緊縮政策が、さらなる財政悪化を引き起こす。
 (3)日本国内は大幅な投資不足で、名目GDPが伸びない。
 (4)世界一の債権国日本は、自分のために自分のカネを使え。
 (5)「日本再興投資枠」100兆円で、赤字国債は解消。
 (6)いま日本経済に必要なのは、積極的な投資減税と公共投資である。

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株式上達セミナー−これで成功は約束された(林輝太郎)_2

へっぶしん:今日も株の話です。

今読んでいるでいる本ですが、株をやるにあたっての上手な人と下手な人について書いてあります。
今日は、材料(ニュース)についての部分を読みました。
株をやっているとどうしてもニュースを見てあがるか下がるかを判断してしまいます。
しかし株が上手な人は、殆どの材料をチップ(木片)といって、相手にしないそうです。
なぜなら、
・株を買おうとしているときは、強材料(上がりそうなニュース)ばかりを追ってしまう。
からだそうです。
情報を客観的に判断するには、
・過去はどうであったか
・良い材料と悪い材料を比較するとどうなるか?
を冷静に判断することだそうです。
それには常日頃から、自分が手がけている銘柄(会社)の資料をスクラップしておく必要があります。
単に買った、売ったでは継続して利益をあげることはできないんですね。


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先日も紹介しましたが、今日の本です。

ドラゴン桜

先週のヒマなときに衝動買いしたドラゴン桜9冊。

週末ですべて読んでしまいました。

私にはいまさら関係ない大学受験の話ですが、読んでいると自分でも東大にいけそうな気がしてきました!!!

 

今の自分になんら関係ない話ですが・・・

 

なぜ東大なのか?

今の社会で、東大を出れば間違いなく人生の出世のレールに乗れるのか?

 

このような疑問を見事にストレートに投げつけています。

もちろん、いろいろな人の人生で、東大を出ている、出ていないが全てではありません。

が、高い目標を持ち、常に挑戦している姿勢を持ち続け、努力しつづけることは人生において大変重要なことです。

 

東大を象徴として、挑戦し続ける大切さについて書かれていると思えば、学歴アレルギーの方でも読めるのではないでしょうか。

 

学歴が必要なのではなく、エリートになることが重要なのでもありません。

常に目標を持ち、目標に向かって努力していくことが大事なのです。

 

何の目的ももたず、ただ漫然と日々を過ごしていた高校生が、東大という高い目標を持ち、悩みつつも目標の達成に向かって努力していく姿は大変面白かったです。

 

ただ、ここで大事なのは、努力というのはただ単に苦しいものではありません。

 

楽しく努力する必要があります。

勉強が嫌いな人が、嫌いなままただ闇雲に勉強しても無駄な努力に終わるでしょう。

楽しく勉強をするための工夫が必要です。

 

そこまで踏み込んだ内容になっているところに、単なる漫画ではなく、ホリエモンや京大の教授、教育評論家などの著名人の高い評価を得ている所以ではないでしょうか?

 

皆さんも読んでみてください。

 


ドラゴン桜 (1)

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