へっぶしんのニュースや日記

格差社会に疑問を感じながら日々を過ごしています。 まともに働いても給料が減り続けるので、副業で投資をして資産を築こうと株と投資信託、FXをしています。 趣味の読書とアイネット証券のループイフダンの日々の成績について書いていきます。

読書?

〜大規模な宗教戦争の始まり〜 『十字軍物語(一)』(塩野七生)を読んで




 へっぶしんです。

 3か月も更新をさぼってしまったので、本日は頑張ります♪

 なんせ読み終わった本が3か月分もたまっていますからwリビングの一隅に読み終わった本が積まれていて、家族から「早く片付けろ」という無言のプレッシャーを、日々受け続ていますし。。。

 割と好きな世界史のなかでも、十字軍の物語を読み始めました。ヨーロッパの中世というと、大学受験で世界史を使った人でも印象が薄いのではないでしょうか。雑に位置づけると、十字軍によって、古代ギリシア・ローマの文物が、イスラム側からキリスト教側に還流したために、ルネサンスの原因になったのが十字軍です。

 塩野氏の物語があまりも巧みなので、500ページの文庫本を、3日で読んでしまいました^^;

 9連休の3分の1を塩野氏に捧げてしまいました^^;



 作者は塩野七生氏です。


 塩野七生氏は、学習院大学文学部哲学科を卒業後にイタリアに遊学され、多数の著書を書かれています。全巻読破したいくらいなのですが、多すぎます^^;

 主な著書に
ルネサンスの女たち (新潮文庫) [ 塩野 七生 ]

チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷 (新潮文庫) [ 塩野 七生 ]

海の都の物語(1) ヴェネツィア共和国の一千年 (新潮文庫) [ 塩野七生 ]

ローマ人の物語(1) ローマは一日にして成らず 上 (新潮文庫) [ 塩野七生 ]

など多数あります。

[概要]

裏表紙より

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 戦争を書くのを避けていては、歴史は書けません。歴史とは、良くも悪くも戦争の歴史なのですから。しかも、西洋史上での十字軍は、これがあったからそ古い時代が終わり、新しい時代が始まることになるほどに、重要な歴史上の事件なのです。
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  ゆっくりと味わいながら読みたかったのですが、次の展開が気になって、一気に読んでしまいました。



 ヨーロッパの中世の物語ですが、権威はあるが権力を持たないローマ教皇と、権力を持ちながらも権威の正当性をローマ教皇に担保してもらうしかない、神聖ローマ皇帝やフランス王などの諸侯たちを中心に書かれています。中世の社会の構造は、日本と似ていますね。そして、日本では平清盛が平氏の全盛を気づいたとに鎌倉幕府が誕生しようとする時期に、第一回十字軍が結成されます。

 ローマ教皇により権威を付与されて、権力の正当性を担保されていたヨーロッパの諸侯と、天皇による権威の付与によって権力の正当性を担保されていた日本の武家政権の構造がそっくりですね。世界史というのは、奇妙な一致を示すものだと、本書を読んで改めて気づきました。

 時は1077年のカノッサの屈辱で、ローマ教皇であるグレゴリウス7世が、神聖ローマ帝国皇帝のハインリヒ4世を破門したために、ハインリヒ4世が、カノッサで赦しを乞うことになりました。この事件で、教皇の権威の高さが再確認されたということまでは、世界史を勉強すれば知っていることになるでしょう。そこから先を楽しく読めるのが塩野氏の史料にあたる真摯さと、筆力によるものになります。

 神聖ローマ帝国の皇帝といえども、中世の社会の中では中央集権を発揮して強大な権力を持っているわけではないために、教皇から破門されると、周囲の諸侯からそっぽを向かれてしまうため、権力を維持できません。そのため、カノッサの屈辱において、ローマ法王から破門を解いてもらう必要がありました。

 ところが、神聖ローマ皇帝のハインリヒ4世も、強大な権力者であり、ひとりの人間です。ローマ教皇に対する恨みは終生消えるものではありませんでした。そのため、グレゴリウス7世に圧力をかけ、ローマにいられない状況に追い込みます。結局、グレゴリウス7世は、ローマにもどることができずに世を去ることになります。そのあとを継いだローマ教皇がウルバヌス2世です。前教皇の失敗を目の当たりに見ていた、ウルバヌス2世は、神聖ローマ帝国皇帝のハインリヒ4世により失墜させられた権威を回復すべく、聖地エルサレムを奪還するための十字軍の結成を提唱します。

 熱烈なカトリックへの信仰心から参加する諸侯や、部屋住みで領土の無いために領土欲に燃える諸侯などの6人の中心人物がエルサレムを奪還してエルサレム王国を建設するまでが描かれています。


 人間の世界というのは、古代から進歩しているのかという疑問を、ローマ人の物語の中でつぶやいていた塩野七生氏ですが、私もローマ人の物語を読みながら同じような感想を抱いています。神聖ローマ帝国やフランスの王朝、カスティリヤ王国、ハンガリー王国、ビザンツ帝国、ローマ教会などの自己中心的な領土争いや、逆に盲目的なキリスト教信仰など、物語として読むと、現代でも似たようなことが再現されているように思えてなりません。

 見た目の政治制度こそ変わっていますが、人間の対面のコミュニケーションや精神性・欲と理性など、個々人の精神面やパブリックやプライべーでのふるまい方など、人間の中身が進化しているのかと疑問に思ってしまうほど、塩野氏の物語の中の登場人物たちは生き生きと描かれています。

 夏休みが終わってしまうと、読書に避ける時間が極端に減りますが、なんとか2巻以降を読む時間を作りたいです。


 よろしければ、こちらのくりっくをよろしくお願いします。







〜中学生の5割が教科書を理解できない〜 『AI vs 教科書が読めない子どもたち』(新井紀子)を読んで

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 へっぶしんです。

 前回、書評を書いたのがゴールデンウィーク中だったようで、どれだけ更新をさぼっているんだという話ですね^^;

 ゴールデンウィークが終わり、仕事に戻った時に妻の父(私にとっては義父)が亡くなりました。その関係で、家庭内でやることが増え、仕事も繁忙期になり(っていつも繁忙期のような…)、ブログを更新できなくなってしまいました^^;

 1度さぼると、後回し・後回しになり、気が付けば3か月も更新をしていないという状況になってしまいました。

 昨日、義父の納骨も終わりひと段落したので、読み終わった本の山に恐怖感を覚えながら、書評(できの悪い読書感想文)を更新します^^;




 作者は新井紀子氏です。

 
  国立情報学研究所教授で、その中の社会共有知研究センター長を務められ、一般社団法人「教育のための科学研究所」の代表理事・所長もされています。

 東京都出身で、一橋大学法学部・イリノイ大学数学科を卒業、イリノイ大学5年一貫制大学院数学研究科を単位取得退学、東京工業大学より博士(理学)を取得、専門は数理論学です。

 2011年より人工知能プロジェクト「ロボットは東大に入れるか」プロジェクトディレクタを務めます。2016年より読解力を診断する「リーディングスキルテスト」の研究開発を主導されています。

 主著に「ハッピーになれる算数」「生き抜くための数学入門」「数学は言葉 (Math stories) [ 新井紀子(数学) ]」「コンピュータが仕事を奪う [ 新井紀子(数学) ]」などがあります。



 数学を専門として、AIで東大に合格するためのプロジェクトをされている著者の経験から、AIと人間の未来について書かれています。20年後に47%の仕事がAIにとって代わられて、失業者が増えるという説に対して、著者は肯定的な立場をとっています。

 著者が開発に携わった「東ロボ君」は、大学入試の模試で偏差値57をたたき出しました。AIに仕事を奪われないためには、それ以上の能力が必要になります。現在、4年制大学への進学率が約50%です。偏差値57という数字はその中の上位約20%にあたります。4年生大学に進学する生徒と、しない生徒の能力が同等だとすると、約80%の人がAI以下の能力ということになります。厳しい見方をすれば、4年制大学に進学する生徒の方が、しない生徒よりも能力が優れているので、世の中の約90%の人がAIの能力に勝てずに、仕事を奪われることになります。

 しかし、AIにとってかわられた分の仕事が新たに想像されるという説には、筆者はくみしていません。AIが得意なことと、苦手なことを分析すれば、人間が訓練しなければならない能力が見えてくるというのが筆者の立場です。

 AIが得意なことは、数学の中でも「統計」「確率」に関する分野です。苦手なことは、「論理」です。そこで、著者が注目したのが、読解力です。AIは、言葉の意味を理解することができないようです。そのため、「東ロボ君」は、数学では東大模試(※)で偏差値76をたたき出しながら、センター模試では、英語・国語の偏差値は50程度しか出せなかったようです。
 ※東大模試は、2次試験の記述式で、6問が出題される中で4問を完答したとのことです。さらに東大模試とセンター模試では受験層が違うため、単純に偏差値同士の比較はできませんが、偏差値が出にくい東大模試での偏差値76は驚異的な数字だとの理解で間違いありません

 現在の状況では物事の意味をAIに理解させることは、かなり厳しいようです。だから、AIに仕事を奪われないためには、AIの苦手な読解力をつけることが不可欠になるというのが筆者の主な主張になります。

 では、中高生の読解力はどうなのかということで、AIに模試を受けさせ続けた「東ロボ君」開発チームが「リーディングスキルテスト」を開発します。この結果が衝撃的で、中学生の半分が教科書を読めていないということが判明します。さらに、高校生では、偏差値の高い学校に通っている生徒ほど、読解力が高いことが判明します。もともと読解力がある生徒は、教科書を読んで勝手に理解して、勝手に学力をつけます。一方で、教科書が読めない生徒は、学校で授業を受けていても、先生が何を言っているかも理解できずに、学力がつきません。

 恐ろしい結果ですね。


  AIにできるのは、ビックデータを検索して、確率的に正しいと思われる答えを出すことです。そのため、限定された条件での答えを出していくことにはめっぽう強いです。一方で、条件を限定できないような状況で最適解を出していくことは苦手です。

 したがって、規格品を作るような職業はAIにとって代わられる代表的な仕事です。生活をしているうえで実感できることでもありますが、電話のオペレーターなどは、ほとんどがAIで代替が可能な業務です。また、銀行・証券会社の窓口も不要になるようです。さらには、税理士もなくなる職業の上位にあります。(税理士に関しては、税法が変わるたびに大量の作業が必要になりそうなので、微妙ですが)

 逆に、AIが苦手とする職業が、コミュニケーションの能力を求められる仕事や、定型化が難しい仕事です。医療・教育関係が多くを占めています。さらには、整備・設置・修理の第一線監督者というのもあります。個別的・具体的に物事を見ることはAIには苦手です。

 今からも可能であれば、上記のようなスキルを身につけていく必要があるのではないでしょうか。さらに、自分の子どもに対しても、つけさせたいスキルですよね。


 よろしければ、こちらのくりっくをよろしくお願いします。



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〜読書で論理的思考力を鍛える〜 『東大読書』(西岡壱誠)を読んで


「読む力」と「地頭力」がいっきに身につく 東大読書 [ 西岡 壱誠 ]
「読む力」と「地頭力」がいっきに身につく 東大読書 [ 西岡 壱誠 ]


 へっぶしんです。

 ゴールデンウィークも終わりにさしかかっていて、1年に2回しかない休みの1回目が終わろうとしていることに対して、若干憂鬱になっています^^;

 今年のゴールデンウィークは、色々と親戚関係で問題があったために、家族での旅行には行けませんでした^^;



 作者は西岡壱誠氏です。

 
 東京大学3年生(現在は4年生?)。歴代東大合格者ゼロの無名校のビリ(元偏差値35)だったが、東大受験を決意。あえなく2浪が決まったがけっぷちの状況で「『読む力』と『地頭力』を身につける読み方」を実践した結果、みるみる成績が向上し、東大模試全国4位を獲得。東大にも無事に合格した。

 現在は家庭教師として教え子に「『読む力』と『地頭力』を身につける読み方」をレクチャーする傍ら、1973年創刊の学内雑誌『ひろば』の編集長も務める。また、人気漫画『ドラゴン桜2(1) (モーニング KC) [ 三田 紀房 ]
』に情報提供を行う「ドラゴン桜2東大生プロジェクトチーム『東龍門』」のプロジェクトリーダーを務め、受験や学習全般に関してさまざまな調査・情報提供を行っている。

 著書に
超カンタンなのにあっという間に覚えられる! 現役東大生が教える 「ゲーム式」暗記術 [ 西岡 壱誠 ]

読むだけで点数が上がる! 東大生が教えるずるいテスト術 どんな試験でもすぐに使えるテストの裏技34 [ 西岡 壱誠 ]

現役東大生が教える「ゲーム式」暗記術 超カンタンなのにあっという間に覚えられる! / 西岡壱誠 【本】

がある。



 前半に書いてあった、本を読むための準備というところに関しては、当然のことが書いてありましたが、後半部分の自分で疑問を持って論理の先の道筋を推測したり、自分で問題を設定しながら読むといったようなことは、したことがなかったので、目からうろこでした。

 ただ、本の帯に書いてあった、・早く読める・内容を忘れない・応用できるの3点のうちで、早く読めるというところがどこに書いてあったのかわかりませんでした。

 また、気になってしまったのは、「ドラゴン桜」のコラムでもあったのですが、「なので」を順接の接続詞として使用しているのが、とても気になりました。

 接続助詞の「・・・なので」を、口語の世界では、文頭に持ってきてしまって、接続詞のように使っていますが、文章で出会うと違和感が大きいです。

 ・・・・どうでもいいことですが。。。


 本を読むにあたって、事前の情報収取から始まって、読みながら気になったことをメモ・付箋をして、最後に疑問をまとめて、自分なりの結論・感想をアウトプットする方法を、わかりやすくかつ丁寧に解説しています。

 根気をもって、本書に書いてあることを実践し続ければ、論理的思考力を鍛え続けられること間違いなしです。

 ただ、言うは易し、行うは難しといったところで、わかりやすく具体的に、読書の方法が書かれていますが、実際に行うのはとても大変そうです。


 よろしければ、こちらのくりっくをよろしくお願いします。



「読む力」と「地頭力」がいっきに身につく 東大読書 [ 西岡 壱誠 ]
「読む力」と「地頭力」がいっきに身につく 東大読書 [ 西岡 壱誠 ]

〜モンゴルの草原に思いをはせる(4)〜 『遠雷〜チンギス紀四』(北方謙三)を読んで

チンギス紀 四 遠雷 [ 北方 謙三 ]
チンギス紀 四 遠雷 [ 北方 謙三 ]


 へっぶしんです。

 4巻立てだと思っていたら、連載継続中で5巻が7月に発売予定とのことで、ショックを受けています^^;

 7月が待ち遠しいです。

 ゴールデンウィークは、義父のお見舞いに行ったり、昨日は初めてメーデーのデモに参加してきました。様々な会社で不当解雇などの問題が起こっていたり、関西では労働組合を潰すために、政財界が一体となって中小企業や労働者を潰しにかかっているということを知り、改めて日本社会の病の深さを実感しました。

 このまま使い捨ての労働者で終わりたくありません^^;



 作者は北方謙三氏です。

 
 1947年佐賀県唐津市生まれ。中央大学法学部卒業。

 81年『弔鐘はるかなり (集英社文庫)』でデビュー。

 83年『眠りなき夜 (集英社文庫)』で第4回吉川英二文学新人賞、85年『渇きの街 (集英社文庫)』で第38回日本推理作家協会賞長編部門、91年『破軍の星 (集英社文庫)』で第4回柴田錬三郎賞を受賞。

 2004年『楊家将(下) (PHP文庫)』で第38回吉川英治文学賞、05年『水滸伝完結BOX (集英社文庫)』で第9回司馬遼太郎賞、07年『【中古】独り群せず /文藝春秋(文庫)』で第1回舟橋聖一文学賞、10年に第13回日本ミステリー文学大賞、11年『楊令伝「全15巻+読本」 (集英社文庫)』で第65回毎日出版文化賞特別賞を受賞。

 13年に紫綬褒章を受章。

 16年、第64回菊池寛賞を受賞。『【中古】三国志[文庫版]【文庫版 三国志全13巻+三国志読本 計14巻  全巻セット』、『史記 武帝紀 時代小説文庫 7巻セット[本/雑誌] / 北方謙三/〔著〕』ほか、著書多数。



 第4巻では、モンゴル族の統一を目指すテムジンが、外交に目覚めていく過程が描かれています。メルキト族と領土を接していて、場合によっては対立する同じモンゴル族のジャンダラン氏のジャムカと連携して、さらにはケレイト王国のトオリル・カンと同盟を結び、メルキト族のトクトアと戦争をするも、トクトアの奇策により戦争は大敗に終わります。

 そして、徐々に明らかになってくる父イェスゲイの非業の死の真相にも近づきつつあります。

 様々な物語が、並行して進んでいきます。草原の遊牧民の台風の目となりつつあるモンゴル族チャト氏のテムジンが、時代を切り開く準備を着々と進めていく様子が描かれています。

 まだまだ勢力が弱い中で、大きくなるためにテムジンが準備をしていることは、現代の社会での四半期決算に追われる会社人間にとっては、一つに警鐘になりうるように感じます。


 遠雷でのテーマは、情報ということにあるように思えます。テムジンは、モンリク・ダイル父子とボオルチュを使って、交易網の整備とともに、各国の状況や出来事を知るための情報網の整備も同時に行っています。


 さらには、父の非業の死の真相をつかむために、狗眼一族に近づき臣下にしていきます。その中で、避けられえぬ玄翁との戦いに備えて、動きの読みずらい玄翁の細かな動静を探ります。


 ケレイト王国の軍師についての情報も、徐々に得つつ、大国である金・西遼の思惑を探っていくことになるでしょう。金に動かされているタタル族の衰退により、ケレイト王国に食指を伸ばす金。


 それぞれの国の細かな思惑が、5巻ではどのように展開されていくのか楽しみです。


 よろしければ、こちらのくりっくをよろしくお願いします。



チンギス紀 四 遠雷 [ 北方 謙三 ]
チンギス紀 四 遠雷 [ 北方 謙三 ]

〜モンゴルの草原に思いをはせる(3)〜 『虹暈〜チンギス紀三』(北方謙三)を読んで

チンギス紀 三 虹暈 [ 北方 謙三 ]
チンギス紀 三 虹暈 [ 北方 謙三 ]


 へっぶしんです。

 ゴールデンウィークになりましたね^^

 私のゴールデンウィークは、昨日からだったのですが、昨日は昼飲みをして、夕方から22時ころまで寝てしまい。そこから寝られなくなり、夜通し起きていて、先ほど14時から16時まで昼寝をしてしまいました^^;

 いきなりダメ人間の生活に陥っていますw

 ただ、読書だけは欠かさずにしているので、チンギス紀の第3巻を読み終えました。明日か、明後日には、4巻も読み終わると思います。



 作者は北方謙三氏です。

 
 1947年佐賀県唐津市生まれ。中央大学法学部卒業。

 81年『弔鐘はるかなり (集英社文庫)』でデビュー。

 83年『眠りなき夜 (集英社文庫)』で第4回吉川英二文学新人賞、85年『渇きの街 (集英社文庫)』で第38回日本推理作家協会賞長編部門、91年『破軍の星 (集英社文庫)』で第4回柴田錬三郎賞を受賞。

 2004年『楊家将(下) (PHP文庫)』で第38回吉川英治文学賞、05年『水滸伝完結BOX (集英社文庫)』で第9回司馬遼太郎賞、07年『【中古】独り群せず /文藝春秋(文庫)』で第1回舟橋聖一文学賞、10年に第13回日本ミステリー文学大賞、11年『楊令伝「全15巻+読本」 (集英社文庫)』で第65回毎日出版文化賞特別賞を受賞。

 13年に紫綬褒章を受章。

 16年、第64回菊池寛賞を受賞。『【中古】三国志[文庫版]【文庫版 三国志全13巻+三国志読本 計14巻  全巻セット』、『史記 武帝紀 時代小説文庫 7巻セット[本/雑誌] / 北方謙三/〔著〕』ほか、著書多数。



 第1巻の火眼は、チンギスハンの幼少期が描かれ、第2巻の鳴動は、モンゴル族の統一に向かってモンゴル族のキャト氏の首領としての足場固めが描かれていました。


 第3巻では、何度も死の淵に追いやられながらも、しぶとく生き残り、ついにモンゴル族内のタイチウト氏の有力者のひとりトドエン・ギルテを倒しました。もう1人の有力者であるタルグダイも戦で右腕を切り落とし、戦意を喪失しました。数の上では、テムジンが集められる2千5百の兵に対して、2万人の兵を動員できるタイチウト氏ですが、首領が内政重視の対外的には消極的政策に転じています。


 さらには、他部族のメルキト族のダレル・ウスンを討ち、いよいよモンゴル族を統一して外に出る勢いをつけたところで3巻は終わっています。


  テムジンがキャト氏を束ねるようになってからの特徴は、後方部隊の充実と、交易路の確保、鉄の生産体制の構築という軍の調練一辺倒のモンゴル族にあっては得意な政策をとっています。交易の重要性を認識している他部族(メルキト族・ケレイト王国など)はあるものの、鉄の生産に目を向ける首領はいませんでした。


 それまでは、交易についてもあまり積極的はなかったモンゴル族にあって、上記の政策を行ったのは、第1巻での幼少時代に、金国で過ごして、中国の文化に触れ、さらに『史記本記』を読んだ経験からきているように思います。


 第3巻では、他に中国の文化を知る人物として、50騎だけの軍隊で何度も2度もテムジンの軍を壊滅に追いやった玄翁がいます。


 謎多き人物やなかなか気持ちよく勝利できないテムジンのキャト氏に、ハラハラドキドキの第3巻です。次の第4巻でどんなラストが待っているのかが、気になって仕方ありません^^;


 よろしければ、こちらのくりっくをよろしくお願いします。



チンギス紀 三 虹暈 [ 北方 謙三 ]
チンギス紀 三 虹暈 [ 北方 謙三 ]

〜モンゴルの草原に思いをはせる(2)〜 『鳴動〜チンギス紀二』(北方謙三)を読んで

チンギス紀 二 鳴動 [ 北方 謙三 ]
チンギス紀 二 鳴動 [ 北方 謙三 ]


 へっぶしんです。

 ゴールデンウィークに向けて、仕事のペースが緩やかになってきていて、読書のペースが上がっています^^

 ただ、何が悲しきサービス業なので、業務時間中はぎりぎりの人員配置で、目が回るような時間を過ごします。落ち着いた作業時間やじっくりと顧客とコミュニケーションをとるという時間が、なかなか取れません^^;

 そんな状態で、売り上げが悪いと言われてもね。。。

 という不満は、変わらぬままです。

 アーリーリタイアを夢見ていますが、いつになることやら。それどころか、定年後もバイトとして働く羽目になったらどうしようと、先行きを悲観してしまうこともあります^^;



 作者は北方謙三氏です。

 
 1947年佐賀県唐津市生まれ。中央大学法学部卒業。

 81年『弔鐘はるかなり (集英社文庫)』でデビュー。

 83年『眠りなき夜 (集英社文庫)』で第4回吉川英二文学新人賞、85年『渇きの街 (集英社文庫)』で第38回日本推理作家協会賞長編部門、91年『破軍の星 (集英社文庫)』で第4回柴田錬三郎賞を受賞。

 2004年『楊家将(下) (PHP文庫)』で第38回吉川英治文学賞、05年『水滸伝完結BOX (集英社文庫)』で第9回司馬遼太郎賞、07年『【中古】独り群せず /文藝春秋(文庫)』で第1回舟橋聖一文学賞、10年に第13回日本ミステリー文学大賞、11年『楊令伝「全15巻+読本」 (集英社文庫)』で第65回毎日出版文化賞特別賞を受賞。

 13年に紫綬褒章を受章。

 16年、第64回菊池寛賞を受賞。『【中古】三国志[文庫版]【文庫版 三国志全13巻+三国志読本 計14巻  全巻セット』、『史記 武帝紀 時代小説文庫 7巻セット[本/雑誌] / 北方謙三/〔著〕』ほか、著書多数。




  第1巻の火眼では、 モンゴル族の統一を目前にして父イェスゲイが殺され、テムジン一家は没落します。その後、テムジン一家の属するキャト氏を抱き込もうとタイチウト氏のトドエン・ギルテが弟に近づきます。異母兄弟は、タイチウト氏の陰謀とは気づかずに、タイチウト氏に近づこうとします。その弟をテムジンは殺害して、タイチウト氏の干渉を逃れるために、一人金国へ旅立ちます。


 第2巻は、金国から戻ったテムジンがキャト氏を立て直しながら、妻を娶ります。広大なモンゴルで繰り広げられる戦と数々の陰謀の中で、キャト氏をモンゴル族統一へと導く基礎を築くまでが、巧みに描写されています。

 「鳴動:大きな音を立てて動くこと」

 まだまだ大きな音にはなっていませんが、大山が鳴動しそうな予感を秘めたところで、第2巻が終わります。




 モンゴル族の馬と共に生きる姿は、未だに古き生活を守るモンゴル人に受け継がれています。蒼き狼の子孫たちの過去の栄光であるモンゴル帝国が作られている過程が、躍動感をもって描写されています。厳しい冬と短い夏の日々を、定住することなく遊牧を行いながら暮らしています。私の悪い癖で、本を読むとすぐに感化されて、今はモンゴルの草原に行ってみたくて仕方なくなっています。


 モンゴルの夏の草原を、厳しい寒さに耐えながら暮らす厳冬の生活を想像してしまいます。馬と共に生き、羊を飼いながら暮らし、馬乳酒で体を温める生活にあこがれてしまいます。


 ローマに行きたくなって、ヴェネツィアに行きたくなって、フィレンツェに行きたくなって、今はモンゴルにあこがれています。いつか海外旅行を繰り返せる日々が来るといいなと願っています^^;


 よろしければ、こちらのくりっくをよろしくお願いします。



チンギス紀 二 鳴動 [ 北方 謙三 ]
チンギス紀 二 鳴動 [ 北方 謙三 ]

〜モンゴルの草原に思いをはせる〜 『火眼〜チンギス紀一』(北方謙三)を読んで

チンギス紀 一 火眼 [ 北方 謙三 ]
チンギス紀 一 火眼 [ 北方 謙三 ]



 へっぶしんです。

 モンゴル帝国を築いたチンギスハンの歴史小説です。雄大なモンゴルの草原から出現した巨大帝国の創始者のチンギスハンが、モンゴル族キャト氏を率いることになるまでが書かれています。

 歴史ものは昔から大好きで、平日の午前中に読み始めると、仕事に遅刻しそうになるほど時間を忘れてしまいます^^;




 作者は北方謙三氏です。

 
 1947年佐賀県唐津市生まれ。中央大学法学部卒業。

 81年『弔鐘はるかなり (集英社文庫)』でデビュー。

 83年『眠りなき夜 (集英社文庫)』で第4回吉川英二文学新人賞、85年『渇きの街 (集英社文庫)』で第38回日本推理作家協会賞長編部門、91年『破軍の星 (集英社文庫)』で第4回柴田錬三郎賞を受賞。

 2004年『楊家将(下) (PHP文庫)』で第38回吉川英治文学賞、05年『水滸伝完結BOX (集英社文庫)』で第9回司馬遼太郎賞、07年『【中古】独り群せず /文藝春秋(文庫)』で第1回舟橋聖一文学賞、10年に第13回日本ミステリー文学大賞、11年『楊令伝「全15巻+読本」 (集英社文庫)』で第65回毎日出版文化賞特別賞を受賞。

 13年に紫綬褒章を受章。

 16年、第64回菊池寛賞を受賞。『【中古】三国志[文庫版]【文庫版 三国志全13巻+三国志読本 計14巻  全巻セット』、『史記 武帝紀 時代小説文庫 7巻セット[本/雑誌] / 北方謙三/〔著〕』ほか、著書多数。




  広大な版図を持つモンゴル帝国を築いたチンギスハンが、父イェスゲイの死を機に没落していくキャト氏を守るために、弟を殺して旅に出る。そして、金の街の妓楼で働きながら『史記』を読み、成人直前の14歳で家に戻るまでの物語です。


 壮大なモンゴルの草原の厳しい自然環境の中で、馬とともに暮らし、まとまり切れないモンゴル族の状況が描かれています。


 個人的には、歴史小説が大好きで、中学生の時に司馬遼太郎氏の『竜馬がゆく』、吉川英治氏の『三国志』を読みました。両書ともその後も、2回ずつ読んでいます。


 北方謙三氏の小説は、恥ずかしながら今回が初めてですが、広大なモンゴルを舞台にした物語は読みごたえがあります。


 ゴールデンウィークを控えて、第1巻を読み終えましたが、残り3冊を味わうように読みたいです。

 よろしければ、こちらのくりっくをよろしくお願いします。



チンギス紀 一 火眼 [ 北方 謙三 ]
チンギス紀 一 火眼 [ 北方 謙三 ]

〜新自由主義に生活が奪われる〜 『政府はもう嘘をつけない』(堤未果)を読んで

政府はもう嘘をつけない (角川新書)[本/雑誌] / 堤未果/〔著〕
政府はもう嘘をつけない (角川新書)[本/雑誌] / 堤未果/〔著〕



 へっぶしんです。

 堤未果氏の著書は結構読んでいるので、サクッと読めました。それにしても、新自由主義の社会に生きていて、企業は命よりもカネを優先しているのだなと切に感じました。堤氏の新作は常にチェックをしていかなければならないですね^^;




 著者は、堤未果氏です。

 国際ジャーナリスト。東京都生まれ。ニューヨーク市立大学大学院国際関係論学科修士号取得。国連、アムネスティ・インターナショナルNY支局員、米国野村證券を経て現職。日米を行き来し、各種メディアで発言、執筆・講演活動を続けている。多数の著書は海外で翻訳されている。

 『報道が教えてくれないアメリカ弱者革命 なぜあの国にまだ希望があるのか [ 堤未果 ]』で日本ジャーナリスト会議黒田清新人賞、『ルポ貧困大国アメリカ (岩波新書) [ 堤未果 ]』(3部作)で日本エッセイストクラブ賞、新書大賞受賞。近著に『沈みゆく大国アメリカ(逃げ切れ!日本の医療) (集英社新書) [ 堤未果 ]』(2部作)『政府は必ず嘘をつく (角川新書)[本/雑誌] / 堤未果/〔著〕』など。

 さらに、『日本が売られる (幻冬舎新書) [ 堤未果 ]』でも、記事を1本書いています^^




  新自由主義の脅威が世界を覆っていますね。1%の富裕層が社会の富の99%を所有する世の中になっているアメリカを、必死の形相でマネをする日本はどこに向かおうとしているのでしょうか。アメリカでは、すでに5割の人がフルタイムでの労働ができずに、低賃金で働かされています。大学を出るために、地獄の学生ローンを組んでいる学生が7割にも達し、奨学金を返済できずに破産する若者が増えています。給付型の奨学金がほとんどない日本でも、同じ流れになっていくでしょう。


 第2章では、「日本に忍びよる「ファシズムの甘い香り」」と題して、緊急事態条項について書かれています。この辺の情報は、普通にフォローしているので目新しいことはあまりなかったのですが、現政権の改憲案に滑り込んでいる内容は、先進諸国の中でも突出して酷い内容のようです。自然災害が起こった時に、内閣の出す政令が法律と同等の権限を持つようになるようです。自然災害で、緊急事態条項が発せられれば、内閣が立法権をも掌握し、衆議院の解散が停止するようになるとのことです。この一旦出された緊急事態宣言は、最低でも100日続くということで、他の先進国は最長でも30日のような決め方になっているようです。

 どこまで、内閣に国家権力を掌握させれば気が済むのでしょうか。自民党の改憲案が通ってしまったら、独裁国家日本が誕生してしまいます。この強力な国家権力の掌握度は、北朝鮮と同等だということです。それでも現自民党政権を支持し続ける奴隷根性の染みついた日本の有権者のメンタリティを、これから変えていくことはできるのでしょうか。


 第3章では、海外のニュースも実は、必要な情報を正しく流そうとはしていないということが書かれています。新自由主義によって、多国籍化した企業は、現在は国よりも国際社会に対して発言力を持ちつつあります。第1章では、多国籍企業のロビイストによるアメリカ政権の掌握の仕方が解説されていました。巨大資本により牛耳られているマスメディアは、自らに不利なニュースは出さずに、真実の側面にあることばかりを報道して、民衆を操作しているとのことです。


 このことは、共謀罪の成立過程や水道事業民営化法案の成立過程でもまざまざと見せつけられていました。個人的には、報道の自由度ランキングがウナギ下がりの日本だけの現象かと思っていましたが、欧米でも似たようなことが起こっているようです。


 信じたくない状況が、先進国でも起こり続けているようです。


 このマスメディアの報道の仕方で気になったのが、アイスランドで起きた「鍋とフライパン革命」です。個人的にアイスランドという国名を聞いたのが、パナマ文書の流出で首相が辞任したというニュースでした。それ以前のリーマンショックでの国家破産については、あまり知りませんでした。リーマンショックでの国家破産で、IMFが医療の切り下げを要求したことをきっかけにして、アイスランドで政府反対運動が盛り上がり、政権が辞任。そこから新憲法を成立させて、「カネより命」の国に生まれ変わったとのことです。


 「カネより命」の国とは、国民の税金を高負担にして、医療・教育を充実させる政策をするということです。日本では残念ながら、公教育のレベルが低く、大学受験に関しても、けっして今日の高い人間が通りやすい制度にはなっていません。さらに、何度か記事で書いたように思うのですが、国内で一番良いと位置づけられている東京大学の入学者の内訳は、公立も含む中高一貫校出身者が7割にもなります。教育は、ほとんど自己負担の国なのです。


 私の理想的な国家像は、分厚い中間層に支えられた福祉国家です。つまり、戦後の復興を遂げる中で成し遂げられたバブル前の日本が理想的だと思っています。しかし今の日本は、中曽根内閣以降に、次々と新自由主義政策が取り入れられ、戦後の復興の中で縮小した格差を拡大させ続けています。私は、一握りのエリートではありませんので、今のような世の中にはNoと言いたいです。健全にひとりの市民として生活しようとすることができなくなり、ほとんどの市民が(すでにアメリカでは半数)貧困にあえぐような社会は、健全ではないはずです。


 今、安倍政権によって壊されようとしているのは、世界に誇る共助の制度である国民皆保険制度です。だれもが安心して医療を受けられる制度が壊され、ひとにぎりの富裕層だけが分厚い医療を受けらるような民間企業の医療保険だけになってしまったらどうなるのかを、政治に疎い日本の有権者に、少しでもいいから想像してほしいです。


 このような多国籍企業による「命よりカネ」が大事な世の中への変化を少しでも止めていきたいです。


 久しぶりに格差社会についての記事になりましたが、カネにより良識・倫理観が破壊されている世の中にシフトチェンジしている日本に住んでいて、恐ろしく思っているのは、私には貧困層が見えないことです。周りを見渡すと、世帯年収の上位2割以上の人しか見えません。平均世帯年収である460万円程度の収入で暮らしている人すら、近くにいないのです。


 分断化された社会はとても不健全です。道徳心の強い日本人の国民性のおかげで、犯罪率は高くなっていないようですが(感覚なのでソースはありません)、外国人技能実習生の制度などで、日本の常識を持ち合わせない外国人を大量に受け入れれば、犯罪率も上がり、凶悪犯罪が増えることが予想されます。


 今の自民党政権がすごい勢いで推進している新自由主義政策を受け入れるということは、自分の生活を破壊し、自ら貧困層へダイブする自殺行為です。普通の生活を普通に営んでいきたければ、政治に目を向けて、現在の世界情勢を考え、アイスランドの「鍋とフライパン革命」を見習うべきではないでしょうか。

 よろしければ、こちらのくりっくをよろしくお願いします。



政府はもう嘘をつけない (角川新書)[本/雑誌] / 堤未果/〔著〕
政府はもう嘘をつけない (角川新書)[本/雑誌] / 堤未果/〔著〕

〜19世紀のロシア貴族の生活に思いをはせる〜 『アンナ・カレーニナ』(トルストイ、木村浩訳)を読んで



 へっぶしんです。

 なかなか仕事が落ち着かないのと、文豪の名著を相手にしていたので、なかなか更新ができませんでした^^;

 19世紀のロシアの言わずと知れた文豪のトルストイの名作です。日本では幕末から明治の初期にあたる年代を生き、ロシア革命直前に没したトルストイが見ていた貴族の生活が、まるで目の前で展開されているかのように感じました。 

 古典的な名著は味わい深いですね。




 著者は、トルストイです。

 19世紀ロシア文学を代表する巨匠。ヤースナヤ・ポリャーナに地主貴族の四男として育つ。

 ルソーを耽読し大学を中退後、暫く放蕩するが、従軍を機に処女作『幼年時代 (岩波文庫) [ レフ・ニコラエヴィチ・トルストイ ]』等を発表、賞賛を受ける。

 帰還後、領地の農民の教育事業に情熱を注ぎ、1862年の幸福な結婚を機に『戦争と平和(全6冊セット) (岩波文庫) [ レフ・ニコラエヴィチ・トルストイ ]』『アンナ・カレーニナ(上巻)改版 (新潮文庫) [ レフ・ニコラエヴィチ・トルストイ ]』を次々に完成。

 後、転機を迎え、「神と人類に奉仕する」求道者を標榜し、私有財産を否定、夫人との不和に陥る。

 '99年『復活(上) (岩波文庫) [ レフ・ニコラエヴィチ・トルストイ ]』を完成。1910年、家での10日後、鉄道の駅長官舎で波乱の生涯を閉じた。




 19世紀のロシアを舞台に、黄昏時の貴族の世界が書かれています。テーマは、生と死、愛と嫉妬、友情などの人生における人間関係で起こりうることを、様々なストーリーで描写しており、緻密な構成で読者を飽きさせない名作です。

 文庫本なのに、3冊合わせて2400ページくらいあり、読みごたえが抜群にありました。

 主役のアンナの兄のオブロンスキーが、浮気がもとで離婚の危機に直面している場面から始まりました。愛を何とか取り繕い切った兄に対して、妹のアンナは愛に殉じます。

 19世紀の貴族の結婚観が生き生きと描かれています。アンナは20歳年上の夫と結婚し、良い妻を演じ続けますが、ヴロンスキーと出会ってしまいます。ヴロンスキーと新の愛に目覚めてしまったアンナは、夫であるカレーニンと暮らしていくことはできなくなります。この辺りのアンナの心境を、男の私が推し測ることはできません。しかし理性では、倫理的には、問題のある不倫ですが、その禁断の恋の渦中にあるアンナの心境が緻密に描写されています。

 また、アンナの親友で、ストーリー最初で夫オブロンスキーに浮気されてしまったドリイ婦人は、アンナの禁断の恋、禁断の生活を客観的かつ冷静に見つめます。夫との愛は冷めてしまい、5人の子どもに囲まれて、自らのことは後回しにして家庭を切り盛りする生活に疲れたときに、アンナに会いに行きます。しかし、アンナとヴロンスキーの生活を目の当たりにして、いてもたってもいられなくなり、家庭に戻ります。家族の温かさを知るものと、恋に生きていても家族のぬくもりを実感できないアンナとの対比は、深く考えさせられました。理想の女のアンナと、一般的な主婦のドリイですが、この2人が互いに理解し合う親友だという設定も興味深いです。

 そして、トルストイが自らを重ねていたという田舎貴族の理想主義者のリョービンは、ドリイの妹のキチィと、紆余曲折は経たものの理想的な結婚をします。しかし、その生活はあまりに現実的でした。理想と現実の間に葛藤を重ねながら、自らの領地の農事経営に没頭して、一家の長としての務めを果たしていく姿に、地味に感動しました。

 リョービンの生活の中でも、あまり馬の合わない新進気鋭の学者である兄コズヌイシェフとのなんとなくうまくいかない距離感と、心ではつながっているが、放蕩のはてに病死する兄ニコライの対照的な人生という対比も考えさせられました。

 複線的なストーリーと緻密な構成が、素晴らしかったです。さすがは、古典的名著です。


 格差社会の話や中学受験の話ばかりで、小説を読んでなかったなと思い、ここ2,3か月は小説が増えています。人間とは何なのかを、物語を通して考えていますが、貴族についての考え方が若干変わったように思います。


 領地の民とともに地に足をつけて生活する貴族もいれば、19世紀のロシアでは、モスクワ・ペテルブルグで豪華な生活をしている貴族もいる。立派な人間もいれば、堕落した人間もいる。様々な貴族がおり、ひとくくりにしてはいけないのだと、今更ながらに気づきました。


 また、生涯勉強を続けなければならないなと、小説を読んで改めて思いました。特に現代の技術の進歩から背を向けてはならないなと。ただ、何でもかんでも新しいものが優れていて、古いものは淘汰される運命にあるわけではなく、新しさと引き換えにして、大切なものを失い続けているかもしれません。特に現代の核家族化による家族の結びつきの弱まりには気を付けなければいけないと、危機を感じました。


 私はサービス業という仕事の性質上、ここのところほとんど友人づきあいができていません。家族とは、なんとか週2回の休日にまとまった会話ができるくらいです。近くに住んでいるにもかかわらず、実家には月に1回か2回しか顔を出しません。


 アンナ・カレーニナでの貴族の交友の仕方を見ていると、現代では失われてしまいつつある濃厚な人間関係の大切さに改めて気づきました。

 よろしければ、こちらのくりっくをよろしくお願いします。



〜第二次世界大戦のナチスのホロコーストを想像する〜 『夜と霧』(ビクトール・E・フランクル、池田香代子訳)を読んで

 へっぶしんです。

 昨日は、1年で数回しかない連休の2日目でした^^;

 サービス業という性質上、週2回の休みはだいたい確保できるのですが、平日と日曜日の組み合わせになるので、なかなか連休が取れません^^;

 そのような中で、昨日はあまりやることもなく、午前中は寝て過ごすというもったいない時間の使い方をしてしまいました^^;反省した午後は、カフェに行って、夜と霧新版 [ ヴィクトル・エミール・フランクル ]を、一気に読みました♪

 1日で1冊を読破するのは久しぶりです^^

 前回の〜戦争とそれに巻き込まれる人について考える〜 『アンネの日記』(アンネ・フランク、深町眞里訳)を読んでに引き続き、第二次世界大戦中に行われた蛮行であるナチスドイツによるホロコーストを生き抜いた精神科医のヴィクトール・E・フランクルによる回顧録的な小説です。

 戦争という、人類がその残虐性と無意味さを認識していながら無くすことのできない愚行について、その究極的な悪、絶対悪であるホロコーストについて知り、考えなければ、未来志向的に生きることができないのではないかと感じています。

 自らの平和主義を深めるためにも、とても有益な一冊でした。

 平和を愛する方には、一度は手に取っていただきたいです。




著者は、ヴィクトール・E・フランクルです。

1905年にウィーンに生まれ、ウィーン大学を卒業。在学中よりアドラー、フロイトに指示し、精神医学を学び、第二次世界大戦後中にナチスにより強制収容所に送られた体験を、戦後まもなく『夜と霧』新版に記す。1955年からウィーン大学教授。人間が存在することの意味への意志を重視し、心理療法に活かすという、実存分析やロゴテラピーと称される独自の理論を展開する。1997年9月歿

 主な著書に、『夜と霧』、『死と愛』、『時代精神の病理学』、『精神医学的人間像』、『識られざる神』(以上、邦訳、みすず書房)、『それでも人生にイエスと言う』、『宿命を超えて、自己を超えて』、『フランクル回想録』、『〈生きる意味〉を求めて』、『制約されざる人間』、『意味への意志』(以上、邦訳、春秋社)

 いつもの悪い癖で、頼みすぎて読めなくなる状況を避けるようにします。



  世界的にも有名なナチスのユダヤ人強制収容所について、今まで一冊も読んだことがありませんでした。人類の愚行というのは、ここまで酷いものだということに戦慄を覚え、平和の尊さを実感しました。日々のストレスなんて大したものではないと思い知らされました。

 著者の精神科医であるビクトール・E・フランクル氏は精神科医で、心理学の視点から客観的にユダヤ人強制収容所内で起こっているホロコーストの被害者たちの状況を分析されています。具体的に目の前で起こっとを、客観的な視点を持ちながら見るということは、大変な知性と自己抑制能力が必要なことです。このような人間の究極的な悪と善について、想像するのも困難ではありますが、多くの人が知ろうとすることが平和な世界を作っていくためには必要なことなのではないでしょうか。

 著者は、強制収容所に収容される人たちの心理的段階を3段階に分けています。
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・施設に収容される段階
・まさに収容所生活そのものの段階、
・そして収容所から出所ないし解放の段階」(本書P.11)
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 ・施設に収容される段階

 まず最初にユダヤ人収容者たちは、映画『シンドラーのリスト』で映像化された光景を見たこともある方も多いかと思いますが、貨物列車にすし詰めにされて移送させられます。貨車1台に80人も乗せられていたようです。

 筆者がアウシュビッツ強制収容所についたときに最初の「選別」が行われたようです。なんともおぞましい話ですが、ドイツ軍の将校のわずかな左右を指す指の動きによって、90%の人がいきなりガス室送りになったようです。その後、収容者たちは恩赦願望という根拠のない願望に取りつかれます。筆者の説明によると、死刑を宣告された人間が、死刑直前に恩赦で許されると妄想することのようです。しかし、その楽観的な期待はひとつひとつ打ち消されていき、最後はそれを笑い飛ばすやけくそのユーモアと好奇心をもつようになるそうです。

 すべての身ぐるみをはがされ、無一文になり、体中の毛まで剃られ、まさに裸一貫の状態にされた収容者たちの心情はどのようなものだったのか、想像すらできません。

 この時のユダヤ人収容者たちの心理を、
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 異常な状況では異常な反応を示すのが正常なのだ。精神医学者の立場からも、人間は正常であるほど、たとえば精神病院に入れられるといった異常な状況に置かれると異常な反応を示すことは、充分に予測できる。強制収容所の被収容者の反応も、異常な精神状態を示しているが、それ自体は正常な反応であって、このようなじょうきょうとの関連において見るかぎり、典型的な感情の反応なのだ。(本書P.31〜P.32)--------------------------
と記しています。

・まさに収容所生活そのものの段階、
 強制収容所の収容者たちの第二の心理段階として、感情の抹殺が起こるようです。これは、たとえば大切な人の突然の死などの信じられない出来事が起こるときに呆然となることの拡大版のように思えます。

 本書の記述では、
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十二歳の少年が運び込まれた。靴がなかったために、はだしで雪の中に何時間も点呼で立たされたうえに、一日じゅう所外労働につかなければならなかった。その指は凍傷にかかり、診療所の医師は壊死して黒ずんだ足指をピンセットで付け根から抜いた。それを被収容者たちは平然と眺めていた。嫌悪も恐怖も同情も憤りも、見つめる被収容者からはいっさい感じられなかった。苦しむ人間、病人、瀕死の人間、死者。これらはすべて、数週間を収容所で生きたものには見慣れた光景になってしまい、心が麻痺してしまったのだ。(本書P.35)
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 これは、以前に読んだ〜過去を直視して、考えたくないことを考える〜 『『夜と霧』ビクトール・フランクルの言葉』(諸富祥彦)を読んで(過去記事)の本にも取り上げられていた箇所です。想像するだけでも恐ろしい光景にもかかわらず、強制労働による疲労に加えて満足に食事を与えられない飢餓状態にあり、さらに殴られ罵倒され続けた人間は、正常な心の持ちようを捨て去るしかないようです。レベルは全く違いますが、昨今の虐待されている子どもにも、似たような心理状態がみられるのではないでしょうか。人として生きるために必要な食事・睡眠・住居を奪われて、人間性を喪失していく強制収容所の収容者たちの様子がこれでもかというくらいに描き出されています。

・そして収容所から出所ないし解放の段階」
 最後は、解放されてからの心理状態ということですが、最初は自分が解放されたという実感が全く持てずに、うれしいという感情を持つに至るまでに時間がかかるようです。さらに家族との再会に一縷の希望を託して家に帰ると、そこに家族がいなかったという喪失の感情に襲われるようです。実際に強制収容所からは、ほとんど生還できなかったようです。前回書いた〜戦争とそれに巻き込まれる人について考える〜 『アンネの日記』(アンネ・フランク、深町眞里訳)を読んででも、《隠れ家》生活の半ばで捕まった8人のうち静観できたのは、アンネの父親ひとりでした。著者も生存率は5%だと本書の中で記しています。

 このような何百万人も及ぶ大量虐殺が、歴史上では何度も繰り返されています。ホロコーストやジェノサイドといった愚かな行為を誘発するような戦争は、絶対にあってはならないと強く感じました。


 この本で最も感銘を受けた箇所は、「精神の自由」(本書P.109〜P.113)というところです。人間は、どのような極限状態に陥っても、ふるまいに関しては、自分で決められるというところです。個人的には、ハードルの高すぎる態度ですが、自らが飢餓状態にあるにもかかわらず、それよりもつらそうな人にパンを分ける。自分が疲労困憊で、話したくもない時でも、周囲に暖かい言葉をかける。などの行為を選ぶことがでる自由は、何人も奪えないということです。

 したがって、死人も見ても無感動になり、死んだ仲間の身に着けているもので、自分のものよりましなものをはぎ取るのか、そのようなことはしないのかという判断を下すのは自分だということです。このようなエビソード、考え方は、今の日本でも必要なことのように感じます。太平洋戦争時においては日本の国民感情にも、差別思想が蔓延したり、無茶な戦争遂行に疑問を持たずに積極的に協力したりといった、自らの判断を放棄するような感情が蔓延しました。

 平和を願うなら、たとえ自分の周囲の考え方と違っても、空気が読めないと言われても、疑問に思うことは自分が納得できるように考えて態度を決めることが大切だと痛感しました。自らの行動を、自らの責任において、自分で考えて行うことは、とても困難です。しかし、その困難に立ち向かわなければ、平和を維持することは難しいのだと思い知らされました。

 よろしければ、こちらのくりっくをよろしくお願いします。

〜戦争とそれに巻き込まれる人について考える〜 『アンネの日記』(アンネ・フランク、深町眞里訳)を読んで

 へっぶしんです。

 毎日少しずつ昼間が長くなってくることを実感し、春の訪れを感じられるようになりましたね。

 ここのところ、中学受験・格差社会はどこに行ったのかというくらい、読む本のテーマがずれてきています^^;

  今回は、第二次世界大戦という人類の負の出来事に巻き込まれて15歳でその生涯を閉じざるを得なかった『アンネの日記』(A.フランク)を読みました。

 私自身、人と感性がずれているのか、ヒトラーのナチスドイツによる陰惨なユダヤ人迫害の被害について考えるというよりも、アンネ・フランクというひとりの少女の知性に驚嘆しました。

 日記の中には、将来はジャーナリストか作家になりたいと記されていました。この少女が、ユダヤ人迫害から生き抜いて、ジャーナリストになったらどれだけ活躍したかと想像すると、戦争というものがもたらす災禍を恨まざるを得ません。

 この年になるまで、この名著を一度たりとも読んだことがなかった自分を深く恥じ入りました。

 戦争という人類が克服できない愚行について考えるためにも、人として生きるためには一度は読むべきでしょう。まだ読んだことのない方には、是非ともご一読いただければ幸いです。




 著者は知らない人はいないと思うのですが、アンネ・フランクです。

 [カバー裏より]
 1929年6月12日、ドイツのフランクフルトで裕福なドイツ系ユダヤ人仮定の次女に生まれる。1933年、迫害を逃れ一家はオランダのアムステルダムに移住し、1942年7月、姉マルゴーの召喚を機に一家は隠れ家生活に入る。ついに1944年8月4日、密告により連行されたアンネはアウシュヴィッツ、ついでベルゲン=ベルゼンに送られ、そこでチフスのため15年の生涯をおえた。1945年2月末から3月はじめと推定される。1942年6月12日から44年8月1日まで書きつづけられた日記は、永遠の青春の記録として、いまも世界中の人びとの胸をうってやまない。



  アンネの日記は、仮想の友達に宛てて書くという形式で書かれています。父親の会社の四階建ての建物の三階と四階部分に3世帯で暮らします。この日記を読むまでは全く知らなかったのですが、オランダ人の支援者が多数存在して、生活に必要な物資の調達を引き受けていました。そして、その支援者の誰かか、もしくは支援者の周囲にいる人間の密告によって、ゲシュタポに捕まってしまいます。

ナチスドイツによるユダヤ人迫害により、強制収容所で15という年齢で命を落とした、ひとりの天才少女による日記が、終戦から約75年たった現在においても戦争の悲惨さを伝え続けています。

 家族や同居人との確執に揺れる少女が、ナチスの影におびえながら《隠れ家》で生活する息苦しさが良く表れていると思える1節を抜き出してみます。

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1943年11月8日、月曜日夜

 親愛なるキティーへ

 あなたがもしもわたしの手紙の山をつぎつぎに読み返すことができたら、きっと、それらを書いた時の気分が、あまりにもまちまちなのに驚くことでしょう。これほど周囲の雰囲気に左右されやすいというのは、けっして感心したことじゃありませんけど、でもこれはわたしばかりじゃないんです。ここではみんなそうなんです。たとえば、なにかの本に夢中になっているときなど、わたしはまずしっかり心を落ち着かせてからでなくては、ほかのみんなの仲間に加わることができません。そうでないと、みんなからちょっとおかしくなったと思われるのがおちですから。たぶんお気づきでしょうけど、目下のところわたしは、ちょっとした鬱状態です。なぜそうなのかはうまく説明できませんけど、たぶん、わたしが臆病だからでしょう。そしてこれが、このところわたしがしょっちゅうぶつかっている問題なんです。

 きょうの夕方、ベップがまだここにいるとき、入り口の呼び鈴が長く、けたたましく、突き刺すようになりわたりました。わたしはたちまち真っ青になり、急な腹痛と、激しい動悸とに襲われましたすべてが強いおびえからくる症状です。

 夜になって、ベッドにはいると、自分がパパやママと別れて、たったひとり地下牢にいるような気がしてきます。ときには、路傍をさまよっていたり《隠れ家》が火事になったり、夜中に兵隊がやってきて、わたしたちを連行していったりする場面が目に浮かび、つい絶望のあまりベッドの下にもぐりこんで、身を隠してしまうことを想像します。すべてを実際に目の間で起こっているようにまざまざと見てとり、そのあともずっとこういうことが、じきに現実になるかもしれない、という恐怖から逃げられません。

 ミープはよくわたしたちに、ここがこんなに静かで、ひっそりしているのは、うらやましいと言います。それはそうかもしれませんけど、彼女がわたしたちをとりかこむさまざまな恐怖のことに気がついていないのです。

 いつかまたいい世の中がきて、私たちが普通に暮らせるようになるなんて、とても想像がつきません。もちろんわたしだって、「戦争が終わったら」なんてことをよく話題にはしますけど、それはたんなる空中楼閣、けっして実現することのない夢なんです。

 この《隠れ家》に住むわたしたち八人、この八人がわたしには、黒い、黒い雨雲にかこまれたちっぽけな青空のかけらのように思えます。わたしたちのたっているこの円い、はっきり境界を区切られた地点は、いまのところまだ安全ですけど、周囲の黒雲はだんだん近づいてきますし、迫りくる危険からわたしをへだてているその円は、しだいに縮まってきています。いまでは、危険と暗黒とにすっかりとりまかれているので、わたしたちは必死で逃げ道をもとめて、おたがい同士ぶつかりあっているのです。下界を見れば、そこでは人間同士が戦っていますし、上を見れば、そこは平穏で、美しい。けれどもいっぽう、その巨大な黒雲はわたしたちをさえぎり、上へも下へも行かせてくれずに、突き破れない壁さながら、前に立ちふさがっています。それは私たちを押しつぶそうとしていますが、まだそこまではいたっていません。わたしにできるのはただ、泣きながら祈ることだけです。「どうかあの黒い輪が後退して、わたしたちの前に道がひらけますように」と。

 じゃあまた、アンネより

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 戦争の陰惨さと、《隠れ家》での生活の息苦しさ、さらには空襲の恐怖などが、ものの見事に表現されています。これを書いたのが、弱冠14歳の少女だとは恐れ入るばかりです。世界に向けて、戦争の悲惨さを訴え続けるこの日記の価値を今まで知らなかった自分に恥じ入るばかりです。





 戦争とはかくも悲惨なものだということを、常に考えて、平和な日本に生まれ育ったということに感謝しながら日々を過ごさなければと強く思いました。しかし、現在の日本は、このような過去の悲惨な戦争を忘れようとしているように感じることが多々あります。また、一定の人たちは、戦争を相対化して語るさまが目につきます。古代から繰り返され、人類が辞めることができていない戦争というものが無い世界になることを願ってやみません。

 戦争を肯定する人たちは、もっと戦争によって引き起こされる個々の悲惨な物語に目を向けるべきです。そして、けっして戦争というものを相対化して考えることをしないでほしいです。たとえば、アメリカが正義のために戦っていて、日本だけが協力しないのはおかしいという言い方です。戦争は絶対悪だから、たとえアメリカが正義のための戦争をしていたとしても、他に取るべき手段があるにも関わらず、暴力である武力に訴えての問題解決方法は容認できない。という風に堂々と主張できる世の中になるように、日本人として努力していかなければならないと強く思いました。

 また、日本人として、太平洋戦争における旧日本軍の数々の蛮行を忘れてはいけないし、迷惑をかけた周囲の国々の方々の怒りに鈍感に生きてはならないと決意しました。ナチスによるユダヤ人迫害は、対岸の火事ではありません。同盟国であった当時の日本でも、非人道的な捕虜の虐待があり、南京大虐殺という蛮行を行い、植民地であった韓国・台湾の人々への従軍慰安婦問題・徴用工問題など、未だに解決できていない問題が山積しています。これらの負の歴史を真摯に受け止めて、未来に向かって戦争の悲惨さを子どもたちに伝えながら、自らの中にある差別意識などを払拭しながら生きていきたいです。

 よろしければ、こちらのくりっくをよろしくお願いします。

〜思い出の映画満載の息子との対談〜 『ローマで語る』(塩野七生)を読んで



 へっぶしんです。

 気が付けば、もう3月ですね。仕事の繁忙期も終わり、そろそろ友人と飲みに行く約束でも取り付けて、旧交を温めようかと思い始めました。

 ここのところ、中学受験・格差社会はどこに行ったのかというくらい、イタリア在住の作家の塩野七生氏の本ばかり読んでいます^^;

 またもや、去年読破した文庫本43巻立てのローマ人の物語(1) ローマは一日にして成らず 上 (新潮文庫) [ 塩野七生 ]の著者の塩野七生さんのエッセイです。

 今回は、イタリアで映画製作にかかわっている塩野七生氏の息子であるアントニオシモーネ氏との親子の映画に関するエッセーです。塩野七生氏は、読書と同等のレベルで映画を鑑賞されているようで、映画はあまり見ない私には、知らない映画ばかりでした^^;

 ただ、一時期は映画をよく見ていて、その当時の映画についても語られていたので、懐かしかったです。




 著者は塩野七生氏と息子のアントニオシモーネ氏です。

 塩野七生氏は、学習院大学文学部哲学科を卒業後にイタリアに遊学され、多数の著書を書かれています。全巻読破したいくらいなのですが、多すぎます^^;

 アントニオシモーネ氏の方は、大学で考古学を学ばれた後に映画製作の仕事に就かれているようです。

 主な著書に
ルネサンスの女たち (新潮文庫) [ 塩野 七生 ]

チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷 (新潮文庫) [ 塩野 七生 ]

海の都の物語(1) ヴェネツィア共和国の一千年 (新潮文庫) [ 塩野七生 ]

ローマ人の物語(1) ローマは一日にして成らず 上 (新潮文庫) [ 塩野七生 ]

など多数あります。

[概要]

裏表紙より

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歴史と文化に造詣の深い塩野七生とその息子アントニオ・シモーネが、世界中の映画を語り尽くす! 戦争下における人間の尊厳を描く『戦火のかなた』、作家の毒と狂気に満ちた『カポーティ』、知力を駆使して悪を欺く『スティング』など、芸術作品から娯楽映画まで
世代とジャンルを越えて心に刺さる名作60作品以上を徹底分析。”最初で最後の共演”と明言する、稀世の親子対談集。
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 塩野七生氏と息子の対談ですが、現在(5年ほど前)のイタリアの状況なども、アントニオシモーネ氏の仕事の状況を通してわかる部分があり、映画よりもイタリアの政治経済の状況の方に興味を持って読んでしまいました^^;


 最初に紹介されているのが、イタリア映画の「戦火のかなた 」です。イタリア人の視点で制作された反戦映画です。第二次世界大戦では、日独伊三国同盟で、日本とともに敗戦国になったイタリアでしたが、イタリア降伏時の混乱については想像すらしていませんでした。

 イギリスがイタリア南部にあるシチリア島からイタリア本土に北上していき、ナチスドイツとともにこれを防いでいる途中に降伏して、イタリア国内にいるドイツ軍とイタリア兵が、イタリア北部に取り残されるとい悲劇が起きたようです。戦争による悲劇を探せば枚挙にいとまがありませんが、だだの一般人である私は、やはり戦争はできる限り防いでほしいものだと願うばかりです。どのような戦争でも、被害を被るのは庶民で、勝っても負けても得をするのは権力者だけなので、常に反戦の意思を表示していきたいものです。

 様々な映画が紹介されていますが、私が見た映画で印象に残っていたものも紹介されていました。これもイタリア映画ですが、「ライフ・イズ・ビューティフル」は、第二次世界大戦時にアウシュビッツ強制収容所に送られた親子が、収容所内で起こす捧腹絶倒の喜劇です。お腹を抱えて笑った後のラストシーンで涙する傑作でした。もう一度見てみたくなりました。

 親子の対話で、ここまで映画について語れるというのもすごいなと思いました。


 最も印象に残ったのは、結局は映画ではなく、塩野七生氏と息子のアントニオシモーネ氏が、仕事観について語っている部分でした。 ちょっと引用してみます。
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アントニオ いや、ボクはそうは考えない。「陽の下に新しきことなし」が、人間社会の真実を映し出しているということには賛成です。だけどそれだからあきらめて何もしない、というわけにはいかない。塩野さんの世代ならば、生涯の仕事はやり終えたと言えるのだからそれでいいでしょう。生涯の仕事をやり遂げるということは、それによって自信も確立したということですからね。
 しかし、ボクの世代はそうはいかない。自信を確立していく手段である仕事でさえ、容易には期待できなくなった世代ですよ。仕事の性質からしてボクは初めからそれを期待していなかったけど、普通の若者ならば望む、定職や終身雇用なんて夢の夢になった時代です。
 五十代の失業も悲劇です。しかし、職業に就く機会さえも初めから与えられない若者の悲劇は、どういう悲劇になるんだろう。
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 2015年が初版になっているので、約5年ですが、イタリアにおいても定職に就いたり、終身雇用を望むのは夢の夢になっているというところは、日本と同じような状況なのだなと感じました。弱肉強食で富めるものはますます富み、貧しい家庭に生まれたら、階層を逆転できる希望をほとんど持つことができない新自由主義が世界を席巻しているのだなと、気分が重くなりました。

 前回書いた〜塩野七生氏の日本への提言〜 『日本人へ』(塩野七生)を読んでで、塩野七生氏がイタリア職人の技術について語られていましたが、職人の技術などは一朝一夕で身に就くものではなく、それこそ一生をかけて技を磨くものです。にもかかわらず、グローバル化によって消費者の性向も変わり、とにかく安いものが好まれるようになってしまいました。しかも中間層の没落が続いており、よいものを買い求めようにも、生活するのに精いっぱいで、よいものを作っても売れない時代になってしまっています。

 映画のテーマの話で、労働環境などが語られたところに敏感に反応してしまいましたが、塩野七生氏の息子の社会を見る視点に共感しました。

 読書の利点は、知らない人の感じることや考えることに共感できる点だなと、改めて思いました^^


 よろしければ、こちらのくりっくをよろしくお願いします。






〜過去を直視して、考えたくないことを考える〜 『『夜と霧』ビクトール・フランクルの言葉』(諸富祥彦)を読んで




 へっぶしんです。

 久しぶりにテレビを見ていて考えさせられました。羽鳥慎一モーニングショーのそもそも総研「日本人が知っておくべきこと」で、ウーマンラッシュアワーの村本さんと、ジャーナリストでシリアでテロリストにとらわれていた安田純平氏が出ていました。

 その中で玉川氏が、テレビでは視聴率が理由で、視聴者が必要としていない情報は伝えられないと発言していました。そのために、原発問題、シリア問題などに時間を割けないということのようです。

 それに対して村本さんは、テレビは真実を伝えるのではなく、人々を安心させる情報を伝えているとコメントしていました。だから、嫌韓・嫌中のニュースを見て安心するのだと。そして、聞きたくない情報にたいしては、心を閉ざすのだと話していました。

 さらに、今の日本人には心の余裕がなくなっていて、不安になっている。その不安を解消するのが、嫌中のニュースだと分析していました。安田純平さんも交えて、バブルのころは、もっと中南米の紛争のニュースを報道していたとも、話されていました。

 今の日本人は、海外の出来事に興味を持つだけの心の余裕がないんだなと、なるほどなと思いながら見ていました。

 こんな群集心理い陥っている人々には、第二次世界大戦の大日本帝国軍の蛮行を振り返って、反省して未来に生かそうというようなことを考える余裕はないんだなと^^;

 こんなことを考える余裕があるだけ、私はマシなのでしょうか^^;

 毎晩、酒ばかり飲んでいるただの飲んべいで、給料が少なくて不満に思っているなんてのは、小さいことなんでしょうね^^;

 気も小さいですが。。。

 さて今回は、第二次世界大戦でのナチスドイツのユダヤ人迫害の被害に遭い、そこから生き延びた精神科医の著書からの名言集です。




 著者は諸富祥彦氏です。

 筑波大学・大学院を卒業後に千葉大学教育学部の助教を経て、明治大学の文学部教授をされている教育学博士の方です。

 主な著書に
『知の教科書 フランクル』
『ビクトール・フランクル 絶望の果てに光がある』
『フランクル 「夜と霧」』
『』
などがあります。

[概要]

帯より

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ナチス収容所を生き延びた精神科医の152のメッセージ

 たとえ今、あなたが、
 人生に絶望しているとしても、
 人生があなたに絶望することはない

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〔目次〕
第1章 強制収容所での体験
第2章 愛することについて
第3章 生きることの「むなしさ」について
第4章 人生の「苦しみ」について
第5章 生きる意味について
第6章 仕事について
第7章 幸福について
第8章 時間と老いについて
第9章 人間について
第10章 神について
第11章 生きるのがつらい人へ - 心理療法的助言と苦しみへの対処法


 『夜と霧』-------------------------------------------------

 無感動・無感覚になる囚人たち


 収容所での生活が長期化するにつれて、囚人たちは信じ難いほど無感動かつ無感覚になっていった。仲間が鞭で打たれてサデイステイックに痛めつけられる様子を見ても、あるいは、囚人がそこで漏らした尿や糞の上に何時間も立たされたり、寝かされたりしている光景を見ても、多くの人はまったく意に介さなくなっていった。


 関心があるのは、食べることだけ


 いつも殴り続けられ、痛めつけ続けられている囚人たちは、自分の心を守るために無感動・無感覚にならざるをえなかった。あらゆる行動と生活は、ただ一つ、命を守るという目的に集中していった。
 囚人たちのあいだでは、食べ物についての会話がただひたすら繰り返されていた。一日に一回だけ配給されるさずかなパンについて、それをどのように分けて食べるか、ひたすら話が続いていった。

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 ユダヤ人の強制収容所の内部の状況が克明に記されていて、想像を絶する状態に恐怖を覚えました。また著者は、このような過酷な状況にもかかわらず、周囲を客観的に見ているられるという驚異的な精神力の持ち主だと、驚嘆せざるを得ません。


 一日一回の食事で、強制労働をさせられて、おそらくは疲労と空腹で意識も朦朧としてしまうのではないかという状況下で、周囲の人間を観察し続け、後世にこのような言葉を残したのは、まさに偉業ではないでしょうか。


 異動があってから、職場の人間関係が最悪になって、会社には仕事をこなしに行くだけになっている日常に不満があります。評価される可能性がほとんどなく、8割の人が非正規雇用のため、雑務がのしかかってきて本来の仕事を圧迫し続けています。そして、正社員なんだからという魔法の言葉により、スーパーマンのような仕事ぶりを要求されます。モチベーションが上がるわけないという環境で、低いモチベーションで日々を送っています。

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 そんな私に突き刺さった言葉は、

 どんな悲惨な状況にあっても
 
 あなたがどんな人間になるかは

 「あなた自身が決める」ことができる
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 です。

 これに続けて書かれている文が、


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 つまり人間はひとりひとり、このような状況にあってもなお、収容所に入れられた自分がどのような精神状態になるかについて、なんらかの決断を下せるのだ。典型的な「被収容者」になるか、あるいは収容所にいてもなお人間として踏みとどまり、おのれの尊厳を守る人間になるかは、自分自身が決めることなのだ。

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 ナチスの強制収容所に入れられてもなお、自分自身の気の持ちようで、自らの尊厳を守ることができるという筆者の強い精神性に心を打たれます。ここまで、自己制御ができるなんて、驚嘆に値しますね^^;

 少しくらい、いやなこと上がるくらいで音をあげてしまう自分が恥ずかしくなります^^;

 まさに奴隷的な労働を強いられて、報酬さえもなく、ただ生きることに望みを託すという状況を生き抜いた人間の、なんという力強い言葉でしょうか。


 死体が転がっていて、その死体から衣服や靴をはぎ取って、自分のものと変えるという行動をするような、まさに生き地獄と言っていい状況でも、自らも同じことをするのか、自分は人間としていたいから衣服をはぎ取るような非人間的な行為は慎むのかという選択はできるということです。想像するだけで気分が悪くなるような状況においても、典型的な「被収容者」、つまり奴隷的な心情を持ち、行動をする。ほとんどの人は、そうなってしまうのではないでしょうか。そのような状況においても、冷静に人間観察を続け、終戦まで生き残った著者の言葉は、胸に刺さります。

 究極的には、自分の自由を守れるのは、自分でしかないということになってしまうようですね。

 私自身も、自らの自由を守るためにも、考え方を変えていきたいです。


 このブログを読んでいただいた方には、是非、本書もご一読いただき、過去の人のなせる蛮行と、それを生き抜いた一人の偉人の言葉をかみしめてください。


 よろしければ、こちらのくりっくをよろしくお願いします。



〜塩野七生氏の日本への提言〜 『日本人へ』(塩野七生)を読んで

日本人へ(国家と歴史篇) (文春新書) [ 塩野七生 ]
日本人へ(国家と歴史篇) (文春新書) [ 塩野七生 ]

 へっぶしんです。

 2月の繁忙期を、ほぼ乗り切りました^^;

 若干気が抜けてて、今日の休みもネットを見たり、カフェに行って読書をしてきたりした後、昼寝をしてしまいました。^^;せっかくの休みをもったいない過ごし方をしてしまいました。


 3回連続になっていますが、去年読破した文庫本43巻立てのローマ人の物語(1) ローマは一日にして成らず 上 (新潮文庫) [ 塩野七生 ]の著者の塩野七生さんのエッセイを読みました。

 随筆(エッセイ)なので、サクサク読めましたが、塩野氏の海外から日本を見たときの視点が面白かったです。




 著者は塩野七生氏です。

 学習院大学文学部哲学科を卒業後にイタリアに遊学され、多数の著書を書かれています。全巻読破したいくらいなのですが、多すぎます^^;

 主な著書に
ルネサンスの女たち (新潮文庫) [ 塩野 七生 ]

チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷 (新潮文庫) [ 塩野 七生 ]

海の都の物語(1) ヴェネツィア共和国の一千年 (新潮文庫) [ 塩野七生 ]

ローマ人の物語(1) ローマは一日にして成らず 上 (新潮文庫) [ 塩野七生 ]

など多数あります。

[概要]

帯より

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 ローマの衰亡は500年

 日本の衰亡は20年

 ならば、どうする?

(混迷の時代に希望の灯をともす 「ことば・言葉・ことば」43本

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表紙の内側

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 日本人へ 国家と歴史篇

 夢の内閣をつくってみた。大臣たちは、私が慣れ親しんできたローマの皇帝にする―治者とは?戦略とは何か?現代日本が突き当たる問題の答えは、歴史が雄弁に物語っている。大好評『日本人へ リーダー篇』につづく21世紀の「考えるヒント」。
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 私と共通の好みが、本の帯が好きだということです。これは、妻には理解されないので、フェチになるのでしょうか。出版社が本を売るために、必死になってひねり出した本の紹介で、とても力の入ったものではないでしょうか。

 だから本の内容への期待が膨らむ、力強いことばのように感じています。なかなか、自分の好みを言葉にするのは難しいのですが、簡単に自己分析をしてみました。


 自分で自分を守ろうとしない者を誰が助ける気になるか。
 -ニコロ・マキアヴェッリ


 本編の冒頭で著者の塩野氏が引用した、『君主論』で有名なマキャベリの言葉です。塩野氏自体は、日本は憲法を改正して自衛隊によって、国を防衛すべきだと考えています。この考え方については、私は受け入れられないのですが、塩野氏のローマ史を書かれた経歴からは、主張の根拠は理解ができます。


 また、塩野氏の著作がいつ書かれたのかを、きちんと追っていないので何とも言えません。しかし、塩野氏が興味を持っているマキャベリ自体も、16世紀のイタリアの都市国家では当然であった傭兵制度を批判して、自国であるフィレンツェに常備軍を持たせることに情熱を傾けた人であることを考慮すると、国家が自衛軍を持つというのは当然という発想を持たれているのでしょう。


 さて本書は、43編の短いエッセイからなっています。


 これを大きく3つの章に分けています。

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 機)換颪糧畄爐箸蓮⊃雄爐欠乏するから起こるのではなく、人材はいてもそれを使いこなすメカニズムが機能しなくなるから起るのだ。
 (「『ローマ人の物語』を書き終えて」より)


 供〔瓦寮府をつくってみた。大臣たちは、私が慣れ親しんできたローマの皇帝にする。
 (「夢の内閣・ローマ篇」より)


 掘 屬呂犬瓩妨斥佞△蠅」とは、最後まで「言葉ありき」なのである。
 (「仕分けで鍛える説得力」より)
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 なんだか、これだけで本の内容が手に取るようにわかってしまいそうで、編集の緻密さに舌を巻いてしまいます。ちなみに私は、巻き舌ではしゃべりません。。。


 2010年に初版が発行されているので、10〜15年前の日本の状況について書かれています。全体的には、政治の話が多いのですが、塩野氏の政府間としては、改革好きであるように思えます。また、安定した政局が、改革を貫徹するためには必要なので、与党は安定多数を持っている状態がいいと考えられています。


 逆に政権基盤の弱い内閣は、よろしくないと考えられているようです。


 ただ、現代の状況についての見方は大変に柔軟で、一時帰国されたときに、懐かしの民主党政権の「仕分け」を見られた時には、官僚の説得力の無さに驚愕されたと感想を述べられています。ここでも、改革という動きを相対化して、どうすれば改革を貫徹できるかといった視点から意見を書かれています。内容について細かく把握をして、一つ一つを取り上げるといった思考の仕方はしていないように感じました。


  「ブランド品にはご注意を」という1編では、現在のイタリア製のブランド品について書かれいます。イタリア製のブランド品で、MADE IN ITALYにして良いのは、イタリア政府はその製品の30%がイタリア国内で作られていればよいという基準にしているようです。さらにその30%のイタリア国内でも、ブランドの下請けで作業をする人が、不法入国の中国人が使われているようです。したがって、現在では70%を中国で作り、残りの30%をイタリア国内で製造している「正規品」も、日本にはMADE IN ITALYとして輸入されているようです。最近は、ブランド品をありがたがる風潮がなくなり、安ければいいという風潮の方が幅をきかせています。そのような状況の中でなんともグローバルな状況になっているものだと思いました。


 これが書かれていた15年くらい前ですら、こんな状況で、今では服であれば外注先は中国ですらなくて、ベトナムやインドネシアなどの、さらに人件費の安い地域に工場が移動している。


 この中で、塩野氏が危惧されていたのが、熟練の職人の喪失です。日本でも、伝統的工芸品を作る技術を持った若者が育たないことが問題になっており、熟練の職人の喪失は文化の喪失にもつながるので、私も心配をしていることで、共感を覚えました。また、安かろう悪かろうの商品に囲まれて育つと、じっくりと腰を落ち着けてものごとに取り組む姿勢や、深く考える姿勢を失ってしまうのではないかと心配になります。


 次にイタリアの難民の事情ですが、「昔・海賊、今・難民」という1編が印象に残りました。ヨーロッパの中でも、地中海のアフリカ方面に向けて長靴状(私はロングブーツだと思っている)に突き出ている地形のため、政情不安のモロッコ、アルジェリア、チュニジア、リビアなどから、ゴムボートなどに乗って難民が押し寄せているそうです。最近の日本に老朽化した漁船に乗ってくる北朝鮮の難民と重ねて考えてしまいました。


 ただ、地中海の南端にあるアフリカ諸国と北朝鮮が重なったことに興味を覚えたのではなく、千年のベネツィアの歴史を書いた塩野氏の著作である海の都の物語(1) ヴェネツィア共和国の一千年 (新潮文庫) [ 塩野七生 ]
で書かれていた、イスラム教徒の海賊の出発地と、難民の出発地が重なるという箇所に興味を覚えました。古代ローマ帝国が衰亡してからの中世のヨーロッパは、フランス・スペインでは絶対王政に向かって、強大な王権を確立していき、イギリスが追随しました。しかし、ドイツ・イタリアは、領邦国家や都市国家が残っており、統一国家の建設が遅れていきます。そこにローマ教皇の権威が絡み、イタリアは、フランス・スペインからの圧力と、イスラム教国のオスマン帝国の海軍に徴集されることがある北アフリカの海賊の脅威にさらされ続けていきます。


 その北アフリカ諸国から、今度は難民の脅威にさらされているというのは、歴史の皮肉でしょうか。それとも、地政学的に切っても切れない関係にあるために起きている現象でしょうか。それにしても、人口5000万人のイタリアに、年間50万人もの難民が押しかければ、政治的な問題に発展するのも致し方ないことでしょう。


 随筆を読むと、いろいろなことが想像できて、とても楽しい時間を持てますね♪


 このブログを読んでいただいた方には、是非、本書もご一読いただければ幸いです。


 よろしければ、こちらのくりっくをよろしくお願いします。

日本人へ(国家と歴史篇) (文春新書) [ 塩野七生 ]
日本人へ(国家と歴史篇) (文春新書) [ 塩野七生 ]

〜マキアヴェッリはなにを考えたか〜 『わが友マキアヴェッリ(3)』(塩野七生)を読んで


 へっぶしんです。

 本日2本目ですが、お出かけの時間が迫っています。そのため、先ほどの1本目を軽くリライトするレベルにとどめます^^;

 仕事でもないのに、時間に追い立てられています。


 前回に引き続き、去年読破した文庫本43巻立てのローマ人の物語(1) ローマは一日にして成らず 上 (新潮文庫) [ 塩野七生 ]の著者の塩野七生さんのマキャベリに関する小説の2巻・3巻を読みました。

 やはり、小説は面白いですね。次は、塩野氏の随筆(『男たちへ』)を読み始めています。日曜日にアップできればいいなと思います。




 著者は塩野七生氏です。

 学習院大学文学部哲学科を卒業後にイタリアに遊学され、多数の著書を書かれています。全巻読破したいくらいなのですが、多すぎます^^;

 主な著書に
ルネサンスの女たち (新潮文庫) [ 塩野 七生 ]

チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷 (新潮文庫) [ 塩野 七生 ]

海の都の物語(1) ヴェネツィア共和国の一千年 (新潮文庫) [ 塩野七生 ]

ローマ人の物語(1) ローマは一日にして成らず 上 (新潮文庫) [ 塩野七生 ]

など多数あります。

[概要]
 第3巻ですが、「マキアヴェッリは、なにを考えたか」というテーマで、君主論が書かれている現場の実況中継のような物語です。フィレンツェの政府を追われ無職になったマキャベリが、著作をしていく過程が生き生きと描かれています。

 3回目ですが、巻末の解説は、佐藤優氏が書かれています。国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて (新潮文庫) [ 佐藤優 ]の宣伝か?と思えるくらいに、佐藤氏とマキャベリの共通点を上げて、マキャベリに共感できる理由を挙げられているのが、いろいろな意味で面白かったです。


 情熱をもって取り組んでいた官僚としての仕事を、メディチ家のフィレンツェ復帰に伴い失職したマキャベリですが、復職すべく仕官運動の一環として書き上げたの君主論です。その後、フィレンツェ政府から小間使いのような仕事をしたり、ローマ法王から依頼されて『フィレンツェ史』を書いたりと、人間マキャベリの晩年が生き生きと描かれています。

 また、友人と国際政治の情勢から身の回りのことまで書いた、往復書簡の紹介などもあり、偉大な政治思想家とは思えないほどの人間味あふれる物語に、まるで当時のフィレンツェにいるかのような錯覚に陥ります。


  3巻目はいよいよ、政治思想の大著である『君主論』が書かれる物語です。


 失業して無職になり、郊外に引っ越して、自らの境遇を友人に書き綴った往復書簡から、仕官運動のために書き上げた『君主論』、オリチェラーリの園の弟子たちに捧げる『政略論』、メディチ家出身のローマ方法に依頼されてまとめた『フィレンツェ史』など、大著が書かれていく過程を暖かな視線で、まるで母親が息子を見守るかのような筆致で、物語られています。


 この楽しい物語を、是非、皆様と共有したいです。



 よろしければ、こちらのくりっくをよろしくお願いします。






〜マキャベリはなにをしたか〜 『わが友マキアヴェッリ(2)』(塩野七生)を読んで


 へっぶしんです。

 世間では、インフルエンザが大流行しています。皆様も、ご自愛いただければと願っています。そうはいいながらも、現在の新自由主義の最終局面ともいえる社会状況の中で、自分の体をいたわりながら働くというコントロールができる状況なのかという疑問も持ってしまいます。


 1月の繁忙期がひと段落し、2月の繁忙期が目の前に迫っています。5時に起きて午前様になる日が数日あります。体調管理のしようもなく、起きて、仕事して、帰って1杯飲みながら夕食を取り寝るだけという、「健康で文化的な最終限度の生活を営む権利」はどこに行ったんだ?という生活が、1月に続き待っていると思うと若干うんざりします。ただ、休みはとれるので、睡眠時間だけは削らないようにします。


 前回に引き続き、去年読破した文庫本43巻立てのローマ人の物語(1) ローマは一日にして成らず 上 (新潮文庫) [ 塩野七生 ]の著者の塩野七生さんのマキャベリに関する小説の2巻・3巻を読みました。

 やはり、小説は面白いですね。次は、塩野氏の随筆(『男たちへ』)を読み始めています。日曜日にアップできればいいなと思います。




 著者は塩野七生氏です。

 学習院大学文学部哲学科を卒業後にイタリアに遊学され、多数の著書を書かれています。全巻読破したいくらいなのですが、多すぎます^^;

 主な著書に
ルネサンスの女たち (新潮文庫) [ 塩野 七生 ]

チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷 (新潮文庫) [ 塩野 七生 ]

海の都の物語(1) ヴェネツィア共和国の一千年 (新潮文庫) [ 塩野七生 ]

ローマ人の物語(1) ローマは一日にして成らず 上 (新潮文庫) [ 塩野七生 ]

など多数あります。

[概要]
 第2巻ですが、「マキアヴェッリは、なにをしたか」というテーマで、君主論にその必要性が書かれている常備軍の創設に奔走する姿や、外交に従事する姿、忙しい仕事の隙間でのロマンスなどが書かれています。君主論が書かれるに至った、マキャベリの仕事ぶりや、当時のフィレンツェの時代背景についてとても興味深く読むことができました。

 ちなみに、巻末の解説は、佐藤優氏が書かれています。国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて (新潮文庫) [ 佐藤優 ]の宣伝か?と思えるくらいに、佐藤氏とマキャベリの共通点を上げて、マキャベリに共感できる理由を挙げられているのが、いろいろな意味で面白かったです。


 塩野氏の本を読むと、イタリアを旅したくなってしまいます。いつかは、ヴェネツィア・フィレンツェ・ミラノ・ナポリなどのイタリア一周旅行をすることが、密かに人生の目標になってしまいそうです。もしかしたら、もうなっているかもしれません。

 また君主論自体の評価について、従来の冷血な政治技術のようなイメージから、マキャベリの人間性に触れるにつれて、倫理と政治技術を切り離した、ルネサンスの産物だという塩野氏の主張が自然に理解できるような気がします。

 さらにイタリアが都市国家で分裂している間に、フランス・スペイン・イギリスが、絶対王政を確立していき、イタリアの都市国家が統一できずに時代の敗者になっていく過程が理解できます。同時代の日本では、1467年の応仁の乱以降の戦国時代から、織田信長の登場の辺りの時代であり、ヨーロッパと日本の歴史が類似しているような親近感をイタリアに覚えてしまいます。


 中世から近代への過渡期のヨーロッパで、都市国家フィレンツェの崩壊と運命を共にするように生きたマキャベリの生涯について、共和国書記官に任命されるところから第2巻が始まります。また、歴史上の偉人にしばしばあるように、死後にゆるぎない名声を獲得したマキャベリでしたが、生前の給与は中流程度だったようです。その給料で仕事に情熱を燃やすマキャベリの姿を、塩野氏は温かい視線で記述していきます。その仕事ぶりを、「欲張り婆さんみたいになんでもかかえこんで」と表現されていて、なんともほほえましく読めます。


 中世から近世への過渡期の都市国家フィレンツェでの官僚としてのマキャベリの仕事内容は、「政治、経済、軍事、外交のすべてのことがマキアヴェッリに入り、マキアヴェッリから出ていくようなものであった。彼がもっていなかったものは、国家を代表するに足るほどの官位と、政策決定の権利だけだったのである。」という、マルチに活躍するジェネラリストの官僚としてのものだったようです。


 このマキャベリの仕事ぶりが、まるで目の前で展開されているような生き生きとした筆致で描かれています。500年の時を経て、君主論の著者が目の前で仕事をしているかのような錯覚にとらわれる物語を、皆様もご一読いただければと思います。


 よろしければ、こちらのくりっくをよろしくお願いします。





〜マキャベリに興味のある方は必読〜 『わが友マキアヴェッリ(1)』(塩野七生)を読んで



 へっぶしんです。


 体調を崩さないように、仕事はほどほどにしたいものです^^;


 仕事が繁忙期に入り、早朝から深夜にかけての勤務があったり、もともと不定期だった休みが少なくなったりで、読書の時間が取れずに更新が滞りがちになっています^^;


 3月になれば、少しは落ち着きます。それまでは、更新頻度が落ちます。

 もともとは小説好きなのですが、本棚の中身は格差社会に関するもの、中学受験に関するもの、脳科学やメンタルに関するものが多くなっています。


 現在は、去年読破した文庫本43巻立てのローマ人の物語(1) ローマは一日にして成らず 上 (新潮文庫) [ 塩野七生 ]の著者の塩野七生さんのマキャベリに関する小説を読んでいます。久々の小説なので、読むペースは速くなるはずなので、仕事が忙しい時期にはちょうどいいかもしれません。




 著者は塩野七生氏です。

 学習院大学文学部哲学科を卒業後にイタリアに遊学され、多数の著書を書かれています。全巻読破したいくらいなのですが、多すぎます^^;

 主な著書に
ルネサンスの女たち (新潮文庫) [ 塩野 七生 ]

チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷 (新潮文庫) [ 塩野 七生 ]

海の都の物語(1) ヴェネツィア共和国の一千年 (新潮文庫) [ 塩野七生 ]

ローマ人の物語(1) ローマは一日にして成らず 上 (新潮文庫) [ 塩野七生 ]

など多数あります。

[概要]
 第1巻は、マキャベリが生まれる前後のイタリアの状況からマキャベリがフィレンツェ政府の書記官に就任するまでが書かれています。文芸復興や人文主義が花開いたイタリアのルネッサンスの中心のフィレンツェの状況と、マキャベリと切っても切れないメディチ家のコシモ・デ・メディチとロレンツォ・デ・メディチについて書かれた後に、サヴォナローラが登場し、いよいよマキャベリが書記官として登場します。

 さらに、若きマキャベリを取り巻く家庭環境や父親の年収のレベルなどを「遊び」で調査した結果などが書かれています。

 ちなみに、巻末の解説は、佐藤優氏が書かれています。国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて (新潮文庫) [ 佐藤優 ]の宣伝か?と思えるくらいに、佐藤氏とマキャベリの共通点を上げて、マキャベリに共感できる理由を挙げられているのが、いろいろな意味で面白かったです。


 マキャベリが登場するまでのイタリアの特にフィレンツェのルネッサンスが華やかなりしころの空気が、あたかもそこにいたかのような錯覚を起こさせるような筆致で描かれています。ローマ人の物語で、ヨーロッパ中を見てみたくなり、海の都の物語で、ぜひともヴェネツィアに海側から入ってみたくなり、今度はフィレンツェに1度は行ってみたくなっています。塩野さんの筆力には、脱帽するしかありません。

 イタリアへの憧憬をかきたてられる渾身の3冊を、ぜひともいろいろな方々と共有したいものです。


 中世のヨーロッパをたぐいまれなる文筆力で描かれ、マキャベリズムとも呼ばれる現実主義的な政治・経済思想を生み出した中世から近代にかけてのヨーロッパのイタリアのルネッサンスに憧憬をかきたてられ、イタリア旅行をしたくてたまらなくなりました。


 キリスト教の教会に縛られたヨーロッパの中世前期の空気から解放されて、生き生きとした人文主義の花開いたイタリアの空気を満喫しながら、少ない休みの日を癒されています。


 それにしても15世紀から16世紀にかけての中世から近代(日本では近世)に向けての時代は、ヨーロッパも日本も戦乱の時代で、各国が統一国家建設に向けて躍動的に動いていた時代んなんだと感慨深くなりました。


 マキャベリが生まれたのが1469年で、このあたりの日本での大事件は、1467年の応仁の乱です。イタリアでルネッサンスの花が開いているときに、フランスは絶対王政への道をひた進み、日本でもまた室町幕府の権威が失墜して、戦国時代から1603の江戸幕府成立を待つまでの戦乱の世の中になっているのですね。


 日本が戦乱の世の中で織田信長を待っている間に、マキャベリが『君主論』を書き上げていたのですね。


 現在は2巻を読み始めていますが、おそらくはあっという間に読んでしまうでしょう。次の休みは水曜日なので、それまでに2巻を読了できればと思っています。



 よろしければ、こちらのくりっくをよろしくお願いします。








〜好景気を実感できない方は必読〜 『底辺への競争』(山田昌弘)を読んで



 へっぶしんです。

 久しぶりに、格差と社会と中学受験という本来のテーマに戻り、格差社会について読みました。

 個人的には、会社員として働いても、周りの人間よりも生活レベルが低いように感じていて、生活が苦しいと思っています。その実感を、論証してもらえた気がする一冊です。

 現在の日本では、中間層は階層転落の恐怖とともに生活を送らざるを得ない社会状況になっているようです。我が家も、共働きで何とか日々の生活をやりくりしていますが、私か妻のどちらかが働けなくなったら現在の生活を維持できなくなります。どちらかの両親の介護が必要になり、その料金を払わなければならなくなったら、現在の生活を維持できなくなります。

 今の生活を維持するのが精いっぱいで、ここから生活が良くなるという希望は持てません。筆者の主張しているように、今の生活が維持できなくなったらという恐れとともに日々の生活を送っています。

 なぜこのような状況になっているのかが書かれている本書を、ぜひご一読ください。




 著者は山田昌弘氏です。

 東大文学部を卒業後に東大の大学院社会学研究科博士課程を単位取得後に退学されて、現在は中央大学の文学部教授をされています。

 主な著書に、
【中古】近代家族のゆくえ—家族と愛情のパラドックス【中古】

家族のリストラクチュアリング 21世紀の夫婦・親子はどう生き残るか [ 山田昌弘 ]

【中古】 パラサイト・シングルの時代 ちくま新書/山田昌弘【著】 【中古】afb

希望格差社会 「負け組」の絶望感が日本を引き裂く (ちくま文庫) [ 山田昌弘 ]

【中古】 新平等社会 「希望格差」を超えて / 山田 昌弘 / 文藝春秋 [文庫]

など多数あります。

[目次]
序章  「底辺への競争」とは何か
第1章 下流化する中年パラサイト・シングル
第2章 パラサイト・シングルが発見された時代
第3章 多様化とリスク化にさらされる若者
第4章 「格差」にさらされた最初の世代
第5章 高止まりする非正規化・未婚化
第6章 日本以外でも増えるパラサイト・シングル
第7章 「底辺への競争」の末路
終章  脱「底辺への競争」に向けて


帯より

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 「底辺への競争」から逃げきれるか?
 15年ほど前にアメリカでベストセラーになった『The Race To The Bottom』(2000年、日本未訳)という論考があります。(中略)
(著者の)トネルソン氏は、グローバリゼーションが進む中、
世界規模で繰り広げられる経済競争によって、
労働者の賃金も社会保障も、
最低水準まで落ち込んでいく様相を
「底辺への競争」と名付けました。(「はじめに」より)
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 私は、帯が大好きなのですが、本を売るためのキャッチフレーズとして、本の内容をとてもコンパクトにまとまっています。そして、いつも衝撃的です。


 本書のタイトルでもある「底辺への競争」は、アメリカの本の日本語訳のようですが、私の生活の実感をとてもよく言い表しているように感じます。


 その中で、第5章の高止まりする非正規化・未婚化の内容が特に、私の日々の実感と重なりました。


 1970〜1979年生まれのアラフォー世代が、最初に格差を経験した世代で、「底辺への競争」の先頭を走っている世代だと筆者は定義しています。バブルがはじけた後に就職活動をして、大量のフリーターを生み出し、努力しても給料が上がらずに食べていくのが精いっぱいという生活を強いられている層と、正社員になれた層で格差が広がっているとのことです。


 そして、そのアラフォー世代を見て育ったアラサー世代の特徴として、女性に専業主婦志向が復活していると著者は指摘しています。「結婚せずに、恋に仕事に充実した人生を送る中年女性なんて、結局、メディアの中にしかいなかった」(『クロワッサン症候群』松原淳子、1988年、文芸春秋)から、「安定した収入の男性と結婚した女性ほうが、いい生活をしているじゃないか。結局、結婚しなかった女性は負け犬じゃないか」(『負け犬の遠吠え』酒井順子、2003年、講談社)へと女性の意識が変化した中で結婚適齢期を迎えているのがアラサー世代だということです。そのために、専業主婦志向が復活しているというのが筆者の見解です。それも難しいと悟っているのが二十歳前後の女性で、共働きを続けられる一般職志向が復活しているとのことです。


 さらに、今の大学生に「大学を卒業して、何になりたいか」と聞くと、「正社員」と答える学生が多いそうです。筆者は、中央大学の教授をされていますから、難関大学の学生の目標が正社員になることというのは、何とも夢のない社会だなと残念になります。


 結婚に関しては、アラサー世代では、「あきらめる」という意識をもつ人が増えているようです。正社員でないと、結婚生活を営むことができない社会になってしまい、就職に失敗してしまった人は将来に夢を持てずに、結婚をあきらめていくという状況が今の日本だということです。


 これよりもさらに悲惨な世代が、現在の二十歳前後の世代で、1990年代のバブル崩壊後の不況で親がリストラなどにあったために小さなころから格差社会を生きてきた世代です。アラサー、アラフォー世代は、自分が就職できなくても、親にパラサイトするという逃げ道があったが、二十歳前後の世代では、親も頼れない世代だと筆者は指摘しています。この世代は、若いころから生活が破たんしていて、それが再生産される社会になる危険性があると、筆者は警告しています。 


 現在の日本では、少子化が進んでいるために、少子化対策が急務となっています。しかし現実は、二歩も三歩も先を行っているようです。現在の正規雇用・非正規雇用の比率はおおむね6:4くらいになっています。本書では、エビデンスとしてのデータが示されていませんが、このところの「好景気」で、若者の比率に限っては若干の改善がみられるようです。しかし、様々な本やインターネットのコラムなどで示されていますが、年収300万が結婚をできるかどうかのラインになっているようです。あくまでも統計上のデータでの話ですが。そうすると、正社員になれなければ結婚ができない社会だと言えます。4割の若者が、結婚が現実的でない状況で社会に放り出されるというのは、とても残念です。


 自分の境遇を嘆いている場合ではない状況になっていることに驚きを隠せません。結婚できることが、勝ち組の条件になる社会というのは、あまりにも悲しいです。しかし、高齢化も相まって、若者が夢を持って将来を語れる世の中ではなくなっているようです。


 団塊世代が75歳以上の働くことができない高齢者になり、団塊ジュニア世代には就職難の影響で結婚できなかった層が形成されて、少子化が止まらなくなった。さらにその子供たちである現在の二十歳前後の世代は、社会に出た時点で、生活が破たんしている層がある。


 少しでもいいから、もっと希望の持てる社会になってほしいなと、強く願います。

 よろしければ、こちらのくりっくをよろしくお願いします。


〜自由貿易主義に疑問を持っている方は必読〜 『経済と国民』(中野剛志)を読んで


 へっぶしんです。

 今回は難しめの本です。自由貿易万能主義が、世界を覆っていました。トランプ大統領の登場で、この流れは変わっています。しかし、TPPなどの関税を引き下げての自由貿易を推し進めようと動きが、まったくなくなったわけではありません。

 そんな風潮を一刀両断するような内容になっています。

 自由貿易主義に疑問を抱いている方は、ぜひ読んでほしい一冊です。




 著者は中野剛志氏です。

 東大を卒業後に通産省(現経産省)に入省されて、その後に評論家になられています。

 主な著書に、

TPP亡国論【電子書籍】[ 中野剛志 ]

富国と強兵 地政経済学序説 [ 中野 剛志 ]

 があります。

「目次」
序章  自由貿易という逆説
第一章 理論と実践
第二章 科学とヴィジョン
第三章 プラグマティズムとナショナリズム
第四章 力量と運命
第五章 国家理性と経済ナショナリズム
終章  リスト追悼



 自由貿易推進派は、関税を撤廃すればそれぞれの国で得意とする分野で利益を上げるので、経済の効率が良くなり関係する国々がWinWinの関係を構築できると主張しています。


 しかし本書では序章で、主流派経済学の基礎的な理論であるリカードの定理の前提を説明して、あり得ない前提に立った現在の自由貿易論を糾弾しています。


 リカードの定理の前提
・世界には二国、二財、一つの生産要素(労働)のみが存在する
・生産は規模に関して収穫不変(生産要素の投入量をn倍にしたとき、生産量もn倍になる)
・労働は完全雇用されている
・労働は国内を自由に移動できる
・運送費用はゼロである
        などなど


 これだけですべてを語ることはできませんが、たとえば「生産要素の投入量をn倍にしたときに生産量もn倍になる」という機械的な前提では、生産過程が効率化されていき生産量が上がっていくという「収穫逓増」を説明できません。この前提をそのまま適用すると、現在の企業が目を血走らせて行っている業務の効率化・合理化を説明できません。企業は、無駄な努力に血道をあげているのでしょうか。


 しかし現実の政治では、TPPなどの自由貿易の協定を結べば各国のGDPは増大すると結論付けて、自由貿易を推進する強力な流れが存在します。この流れに対して著者は、「完全雇用」という仮定が自由貿易推進派の理論的な誤りだと指摘しています。


 どこかの国でも成長産業に労働者を移行させていくという議論がありましたが、工場で組み立て作業をしている人が、製造業は縮小するからITのプログラマーに転職させればいいという発想に無理があるという批判があったのを思い出します。自由貿易をすれば、たとえば農業が弱い国は、農家に従事している人を別の成長産業に移して、その産業が成長することによって経済的効果を上げるということになります。結果、農業が弱い国の食料自給率はゼロになります。こんな暴論があり得ないことは、誰にでもわかることでしょう。実際に、TPPの経済効果に、失業によるマイナスを加えて計算したところ、日本とアメリカは、GDPが減少するという試算結果もあるようです。


 ところで自由貿易に対立する考え方として、保護貿易があります。アメリカのトランプ大統領が、アメリカの伝統的な自由貿易政策から、自国の産業を保護するために貿易額が輸入超過になっている国々に対して、関税を引き上げると発言して、保護貿易政策に舵を切っています。


 歴史的に1800年代の欧米では、自由貿易を推進していた時期は不況であり、保護貿易が主流になった時期は好景気だったと筆者は主張しています。ただし個人的には、保護貿易も万能ではありえず、1929の世界恐慌の時は、欧米各国がブロック経済政策を実施して経済の再生を図る過程で、植民地を持たない経済弱者の国家である日独伊がファシズム国家となり、第二次世界大戦に発展した歴史を忘れてはいけないと考えています。


 本書では、このような自由貿易と保護貿易の経済政策の歴史を踏まえながら、自由貿易論を批判したフリードリッヒ=リストの思想を紹介しています。


 本書での自由貿易への批判は、私の感覚ととても合っていました。企業が利益を上げ、株価が上がる一方で、労働者に支払われる実質賃金は見事な右肩下がりを描いているのが日本の現状です。


 企業内部留保は400兆円に達しているにもかかわらず、それが賃金には反映されません。少々古い擁護になりますが、産業の空洞化が進んでいるため、製造業で熟練労働者を必要としない作業は海外へオフショアされます。結果、国内の雇用が減り、労働者条件が切り下げられることになっています。自由貿易は、このような産業の流れを推し進めます。

 上述していますが、自由貿易がダメだから保護貿易が良いという安直な結論を出すつもりはありません。しかしTPPのように複数の国で一緒になって関税を撤廃するという協定には、違和感を覚えます。江戸幕府が1858年にアメリカ総領事と井伊直弼の間で結んだ、関税自主権のない不平等条約である日米修好通商条約を皮切りにして、安政の五か国条約が次々と結ばれました。1868年以降の明治政府では、この不平等条約の改正交渉を地道に続けましたが、陸奥宗光が領事裁判権を撤廃させられたのは、1894年で条約締結から36年です。さらに関税自主権に至っては、1911年に小村寿太郎がアメリカ相手に回復するまで53年間もの年月をようしています。貿易に関して関税をかけることは、その国が弱い産業を守る役目を果たします。TPPのような協定は、日本の弱い産業を壊滅に導きます。とりわけ、衰退の止まらない農業にとどめを刺す危険性が高いです。

 程よい、関税を相手の国ときちんと交渉して決めていくということが大切なのではないでしょうか。

 よろしければ、こちらのくりっくをよろしくお願いします。

〜人間関係がうまくいかずに生きづらさを抱えている方は必見〜 『マインドフルネス&スキーマ療法』(伊藤絵美)を読んで


 へっぶしんです。

 職場での人間関係がうまくいかずに、メンタルが体調に出てしまい、自分で何とかしようとしている中で、読んだ本です。BOOK1については、過去の記事に書いています。

 認知行動療法に基づくマインドフルネスをできるようになったら、次はスキーマ療法に取り組むことになります。ま、私自身はうつ症状で済んでいて、病院に行くほどではないと思っています。それにしても、このようなメンタルにかかわる本を読むにつけ、会社の上司という人種は、なぜ真逆の態度をとるのかが不思議に思えてきます。

 多くの企業が、従業員のメンタルを壊すために活動しているとしか思えません。部下や従業員のメンタルを壊して得られるものは何なのかを、会社経営者や管理職の人たちには真剣に考えてほしいものです。




 著者の伊藤絵美氏は、洗足ストレスコーピング・サポートオフィス所長をされているそうです。(興味がある方はググってみてください。不親切でごめんなさい。。。)臨床心理士、精神保健福祉士で、慶應義塾大学の大学院を卒業されているそうです。

 一回見てもらおうかと思ったのですが、料金的にちょっと。。。という感じでした。健康保険が使えないカウンセリングだと、それくらいしてしまうよな。。。ということで、私のサイフでは無理そうでした。



  さて本書は、ケアする人も楽になる マインドフルネス&スキーマ療法 BOOK1 [ 伊藤 絵美 ]。の続編です。

 認知行動療法によって、自らの感情とそれに伴う自動思考をメモして(外在化・見える化)することを繰り返して、身の回りに起こる様々なことに伴う自分の感情を客観視できるようにします。

 たとえば、ネトウヨに絡まれると即キレるのはなぜか?といったことをメモに書きだしてみます。怒りはどこから来るのかを考えてみます。ま、この例だと、考える必要もありませんが。で、自分が怒っているということを自覚します。さらに怒っている自分を、幽体離脱して上から見るというイメージをしてみます(マインドフルネス)。その怒っている自分をまるごと受け止めて、著者の書き方によると、ウンコを流すイメージで怒りを流します。

 これを自分の中に起こる不安や恐怖の感情が出たときに繰り返します。そうすると、自分の感情を丸ごと受け止められるようになるようです。

 これだけのことでも、メンタルが大きく傷ついている人には、1年から1年半くらいの時間がかかるようです。職場での私は、どれくらいかかるのでしょうか^^;人事異動を待つ方が早いかもしれません。

 このように、日常で起こる様々な出来事から生まれる自分の感情をうまく処理できるようになったら、スキーマ療法に進みます。

 スキーマについては、本書内では、
1.見捨てられスキーマ
2.不信・虐待スキーマ
3.「愛されない」「わかってもらえない」スキーマ
4.欠陥・恥スキーマ
5.孤立スキーマ
6.無能・依存スキーマ
7.「この世には何があるかわからないし、自分はそれらにいとも簡単にやられてしまうスキーマ
8.巻き込まれスキーマ
9.失敗スキーマ
10.服従スキーマ
11.自己犠牲スキーマ
12.「ほめられたい」「評価されない」スキーマ
13.否定・悲観スキーマ
14.感情抑制スキーマ
15.完璧主義的「べき」スキーマ
16.「できなければ罰されるべき」スキーマ
17.「オレ様・女王様」スキーマ
18.「自分をコントロールできない」スキーマ

 これらの過去のつらい体験から作られた早期不適応スキーマから作られるモードを、ハッピースキーマに書き換えていくというのが、簡単に言えばスキーマ療法です。

 このスキーマが作られる過程を思い出す作業は、メンタルが壊れてしまった人には過酷なものなので、まずは安心できる状況を確保します。

 そのうえで、過去のトラウマを思い出しながら、乗り越えられるイメージを繰り返し自分に植え付けていくという地道な作業を繰り返しますので、とても時間がかかります。それだけ、幼少期から思春期にかけてのつらい体験は、その後の人生に大きな影を落とし続けるのですね^^;トラウマおそるべしです。

 このような若干理解しにくいものを、架空の人物を使いながらわかりやすく書かれている本書は、専門家でない私のような人間にもとても理解しやすかったです。

 メンタルがやられていることを自覚している私のような人間だけでなく、なんか人間関係がうまくいかないな、くらいにしか思っていない方でも、一度読んで、自分の過去を振り返ってみるといいのではないでしょうか。




  読んでいて思ったことは、今までもずいぶん自分でハッピースキーマを作って、自己防衛していたんだなということです。特に今の職場に移動になってからは、上司の2人とそりが合いません。というか2人とも職場で怒声を上げたり、機嫌が悪い時は態度が尊大になり上からものを言ったりするので、そのような態度を大の大人にするということに反発を覚え、心を開けないのです。もちろん売り上げは右肩下がりで、さらに上司の機嫌は悪くなります。そして、私への当たりは強くなります。失敗は私のせい。。。やってられません。

 そのせいで、家を出ようとすると胸が圧迫されるような感覚になり、早めに職場の最寄り駅に行き、職場に入ってもいいかなと思えるまで、カフェで時間を潰しています。心に余裕があるときなどは、読書をしますが、心に余裕がない時はひたすらスマホをいじっています。

 そのようなメンタルが崩壊寸前の状況の中で、厚生労働省の国民生活基礎調査での平均世帯年収を見て、自分は恵まれている方なんだから、職場での状況は仕方がない。と必死に自分い言い聞かせています。

 あるいは、大学の在学中に就職活動をしなかったために、零細企業に就職することになり、その後の年収の伸び悩み(実は収入はそこまで悪くなかった)に悩み、世間を恨んでいました。しかし、現在は曲がりなりにも1部上場企業で正規雇用で働けているんだから、恵まれている方だと言い聞かせています。

 このようなことを、スキーマ療法では、カードに書いて早期適応スキーマによるマイナスモードが起動したときに、カードを読んで自分を落ち着かせる。自分のマイナスモードが起動する特定の状況に対して、対処方法をカウンセラーが教え、繰り返し大丈夫なことを確認するという方法で、メンタルが落ち込み切らないように対処するようです。

 そうしたことを通して、小さな成功体験を積み重ねて、誰も信じられないという状況から、信じられる人もいるというように意識を変えて、生きづらさを解消していくとのことです。

 本書での架空の人物も、最後は職場でスキルアップを成し遂げて、仕事と人生にやりがいを感じてハッピーエンドになっています。

 私自身も仕事にやりがいを感じているものの、人間関係がどうにもならず、メンタルが崩壊寸前になっています。せめてもの自己防衛で、自分で認知行動療法を続けて、ハッピースキーマを作れるようにしていきたいです。

 よろしければ、こちらのくりっくをよろしくお願いします。


〜団塊世代で学生運動をしていた方は必見〜 『昔、革命的だったお父さんたちへ』(林信吾・葛岡智恭)のまとめ


 へっぶしんです。

 私自身は、不動産業とは関係のないサービス会社員ですが、今日は休みです♪

 起きてから、FXのチェックと1月からの利益のまとめを作ってみて、そのあと本を読んでいたら、いい時間になってしまいました^^;

 もっと休日を楽しまないといけませんねw

 この後は、私の休日恒例の家族で飲み会です^^




 著者の林信吾氏は、以前の記事でも取り上げた『しのびよるネオ階級社会』を書かれています。本書は、なんとなくタイトルが面白かったので、買って読んでみました。大学を入ってすぐに辞めて、イギリスで10年間生活されていた方です。その後はジャーナリストとして執筆活動をされているとのことです。


 前半は、団塊の世代の方たち(私の父にあたる世代ですね^^;)の社会史のようなものが書かれています。その後に、成人した団塊世代の社会の状況があり、現在はどうなっているのか、団塊の世代の方がへの提言という内容になっています。

 著者の方が、イギリスで階級社会を肌で感じられた経験からか、現在の格差社会に対しての批判的な書き口にとても共感を覚えます。



 さて本書ですが、1946年の終戦直後から1948年までに生まれた世代を団塊世代として、この世代の方々が育ち、社会での主役として活動していた時代について書かれています。


 まずは、60年の安保改定についてですが、このころは団塊世代の方々はまだ小学生だったはずです。安保改定を反対した方々をプレ団塊世代と呼び、この世代で学生運動をリードした人たちについては、左翼運動ではあるもののマルクス主義(どちらかというと理論派)ではなくレーニン主義(行動主義に近い)に基づいた運動であったということと、エリート意識のなせる業だったと評価している。


 それにしても、その中に西部邁がいるというのが良くわからないですね。エリート学生としての責任から、民衆に伍するのではなく、自らを「適宜に助言や指針を与えることで社会の発展に寄与する」という立場だと自覚して言論活動を行っているようです。なんとなく、鼻持ちならないですね。


 プレ団塊世代はこれくらいにして、いよいよ60年の後半に団塊世代の方がたの活躍が始まります。大学生になった団塊世代の方々は、ベトナム戦争の激化に加えて1970年の安保改定や1972年の沖縄返還などの政治的な出来事の中で学生生活を送ることになります。


 この中で、まだ日本に返還されずにアメリカの占領下にあった沖縄から、ベトナムへ爆撃機が飛んでいるという事実に対して、反対しないということは黙認(賛成)することだという風潮が蔓延する中で、学生生活を送ったようです。そのような社会の雰囲気の中で、東大闘争や日大闘争が起きています。


 この辺は、細かくネタ晴らしをしても仕方がないので、結局は大多数のノンポリ(特に政治的に主張を持たない人)も、空気を読んでヘルメットとゲバ棒を持っていたと、団塊世代の方の著書を引用しています。


 その後の団塊世代の方々は、企業戦士になり、会社の空気に合わせて仕事をして定年を迎えます。


 仕事をしているときには、バブル景気とその崩壊があり、今に至っています。


 ここから、著者の提言が始まります。現在の格差社会(ただし初版が2005年で15年前)に生きるのは、団塊世代の方々の孫になり、年金をもらって人生を全うするまえに、もう一度、現在の社会に目を向けるべきだと提言しています。



 私自身、父親がもろに団塊世代で、団塊ジュニア世代の少し年下なのですが、世代間格差を大きく感じています。

 いまだに世帯年収が、高卒同士の共働きだった両親の75%しかありません。我が家も夫婦二人でフルタイムの共働きにもかかわらずです。そして本にも出てきますが、大学を卒業するときは、まさに就職氷河期でした。前にも書いたかな。。。30社落ちるのが当たり前で、酒に溺れながら、「オレは社会から必要とされていないのか?」などと思いながら、就職活動をしたのを覚えています。

 世代間の格差で言えば、年金に関しては、個人的には自己防衛をしないと間違いなく下流老人になる未来が待っていると思っています。だからできもしない投資を一生懸命やっているわけで、つつましい生活をして必死に貯金をためても、穏やかな老後は来ないと確信しています。

 さらには、わが父は、暴力的なところは一切ない平和主義者ですが、正真正銘の左翼です。社会党の地方の専従の職員でしたから。思想的にはかなり左巻きです。村山政権になって、自衛隊は合憲だという発言を受けて、社会党を去りましたし。。。

 だから、父はいまだにフルタイムで働いていますが、「あんたの敗北があって、今があるんだ。労働者は死ぬまで働くんだよ。」と平気で父に言っています。もちろん親子の関係が安定しているから言えるのであって、これを関係のない人に言ったら激怒必至の暴言であることは承知していますが、ニュースを見ながら父と飲んでいると、二人して「こんな格差社会になっちゃって。。。」と空気が暗くなります。そして、政権への呪詛が。。。

 このように、今回の本に関しては、15年前に団塊世代向けに書かれていますが、社会状況は当時に輪をかけて悪くなっています。若者の半分が非正規雇用になり、結婚さえ許されない低賃金(年収200万くらい)で働かされています。正規雇用で会社に入れたとしても、すごい勢いで歯車として働かされて、消耗しています。

 1%の富裕層が社会の99%の富を独占する社会が、もうそこまで来ています。みんなで危機感を共有したいです。

 よろしければ、こちらのくりっくをよろしくお願いします。



〜家族や自分を発達障害ではないかと疑ってる方必見〜 『高次脳機能障害・発達障害・認知症のための邪道な地域支援講座』(粳間剛)を読んで


 へっぶしんです。

 最近は中学受験と格差社会というテーマからずれまくっていますが、新たに・密かに加わってきた脳科学についての本です。最近はやたらめったらに発達障害という言葉が独り歩きして、何でもかんでも発達障害に結びつけてしまう風潮があるような気がします。大袈裟ですかね^^;


 今回も、前回同様に、脳は回復する 高次脳機能障害からの脱出 (新潮新書) [ 鈴木 大介 ]での参考文献に上がっていた本で読みやすそう打と思い購入した本です。私の過去記事はこちら

 マンガということで、読みやすいだろうなと思い買ったのですが、とても字が多いです。それと、医療・教育・介護についている専門家向けに書かれているので、予備知識なしに読むには努力が必要です。

 そのため、読むのにかなり時間がかかってしまいました。ただしタイトルにも書いたように、自分の家族や自分自身を、「何でもかんでも発達障害に結びつける」のはよくないので、そのためには正確な知識を身に着ける必要があります。もし、身近に発達障害ではないかと疑うような人がいるのであれば、まずは自分で正確な知識を身に着ける必要があるのではないでしょうか。

 そういう意味では、脳の構造と実際に出てくる障害の見方と対処がコンパクトにまとまっているという言い方もできる一冊です。医療・教育・介護に従事されている専門家の方でなくとも、時間をかけて読めば何とかなりますので、発達障害なのではという不安のある方には、じっくりと読んでほしいです。




 著者の粳間剛氏は、医師・医学博士の方です。精神科医で、主に高次脳機能障害・発達障害・認知症の専門外来をされているようです。

 長年、脳画像を一日中見られていたそうです。お医者さんって、変わっていますね。子の方だけかもしれませんが。



 さて本書は、「邪道な」とタイトルにあるように、オーソドックスな診断方法をとらずに、発達障害でも認知症でも外傷性の脳疾患でも、起きている症状から逆算して治療をしましょう。というような内容がメインになっています。

 そのために、脳について専門知識がない人向けに(もちろん私も入ります)、脳の構造の説明が分かりやすく書かれています。久しぶりに高校の生物の授業を受けたような感覚になりました。脳の内側から外側へと、進化していくというところなど、懐かしいなぁと思いながら読みました。

 ところどころで、脳疾患を患っている人向けの支援方法が、そのまま一般社会で過ごすうえでも通用する方法になっていそうに感じました。第6回の問題行動への支援の方法(発達障害児にたいして)で、ポジティブな行動支援というところは、日常でも会社でも、そのまま使えそうです。

 褒める、叱るの有効性について書かれている箇所で、発達障害児は「きちんと座っていなさい」という指示が理解できないのだそうです。子育て論でもよく書かれていますが、「ちゃんとしなさい。いい子にしなさい」という指示は、普通の幼児でも理解できないようですね。

 そこで、立ち歩いた発達障害児を叱っても、叱った人がいなくなると結局問題行動を起こすとのことです。逆に、黙って座れているときに褒めると、黙って座ることができるようになるようです。

 私も子どもを持つ親なので、子どもが小さかった頃のことを思い出すと、1回や2回でできるようになるとは思えませんが、繰り返し繰り返し、できたことを具体的に褒めることは、叱るよりも効果があることは体験的に理解しています。私自身は、ダメ親・毒親です。たとえば、子どもをほとんど褒めたことがなく、子どもが低学年の時は「パパは私が頑張っても全然褒めてくれない」と、妻に訴えていたそうです。

 それはさておき、普通のことができているときに褒めるということは、普段の生活・仕事の中でも大切なことではないでしょうか。家事をしてくれている妻に対して、当たり前だから褒めようがないとか、ウチの子は褒めるところがないとか、よく聞きますよね。私は当然に、そう思っています。しかし、相手が気持ちよく当たり前のことをするには、当たり前のことを具体的に褒めることで、モチベーションを上げることにつながるのではないでしょうか。

 このように普段の生活で、試してみたくなるような支援方法がいくつか書かれています。専門家以外の方でも、参考になることが満載です。



 身近な方に対して、もしかしたら発達障害なのでは?という思いを持った方には、ぜひ一度、本書を手に取っていただきたいです。

 よろしければ、こちらのくりっくをよろしくお願いします。


〜生きづらさを抱えて生活している人へ〜 『マインドフルネス&スキーマ療法(1)』(伊藤絵美)を読んで


 へっぶしんです。

  中学受験と格差社会を中心のテーマとして、本を読み続けているつもりなのが、いつの間にか脱線して、メンタルをケアするために、みたいな路線に変わっています^^;

 最近、上司に叱責されると胸が圧迫されるような感覚になり、仕事に行きたくないという気持ちにさいなまれることが多くなっています。毎日、会社に入りたくないのです^^;

 仕事が楽しくて楽しくて仕方がないという人以外は、多かれ少なかれ仕事に行きたくないという気分になることはあるでしょう。それが、ほとんど毎日になってしまい、 メンタルがやられているなと感じている日々をおくる中で出会った本が、脳は回復する 高次脳機能障害からの脱出 (新潮新書) [ 鈴木 大介 ]でした。私の過去記事はこちら

 この『脳は回復する』の参考文献に上がっていたので、とりあえず買って読んでみました。
 
 まずは、帯に書いてある「生きづらさ」という言葉が、今までの自分を振り返った時に、ぴたりとはまるように思えました。何度か転職をして、ようやく安定した企業に勤めることができているにも関わらず、職場で人間関係をうまく構築できず、社内で自分のことを相談できる人を作れていません。また、以前から「問題解決型の会話」ができずに、いろいろと仕事上での失敗を繰り返してきました。今に至っては、ストレスとうまく付き合えずに、胸が圧迫さるような身体症状を感じるまでになっています。

 私と同じように、仕事で追い込まれているなと感じている方には、ぜひ自己防衛のためにも自分の心理状態を外在化(メモに書きだし)して、それに対処するための行動の仕方を身につけてほしいです。

 さらに、仕事上では左遷されるかもしれないという状態に追い詰められています。 カミさんに相談したら、「別にいいんじゃない?勤務地が近くなるし♪」と軽く返されて、ずいぶん救われています。このメンタルが追い込まれている状況が、「気の持ち方」で変わるのかに興味があります。

 ま、仕事自体は、会社に残れて人間関係のストレスが軽減すれば部署にはこだわらないのですが、たはして私の状況は、周囲の環境からくるものなのか、自分で自滅してしまっているのかという疑問を解決したいのです。



 著者の伊藤絵美氏は、洗足ストレスコーピング・サポートオフィス所長をされているそうです。(興味がある方はググってみてください。不親切でごめんなさい。。。)臨床心理士、精神保健福祉士で、慶應義塾大学の大学院を卒業されているそうです。

 一回見てもらおうかと思ったのですが、料金的にちょっと。。。という感じでした。健康保険が使えないカウンセリングだと、それくらいしてしまうよな。。。ということで、私のサイフでは無理そうでした。



 さて、本書は、慢性的な「生きづらさ」を抱えた架空の人物に対して、認知行動療法を通して自己を見つめて、対症療法を繰り返しながら問題の核心に迫っていくストーリー仕立てになっています。理論を論理的に説明されると、かなり難しくなりそうなものを、事例をもとにわかりやすく解説しています。


 そのなかで、マインドフルネスという「自分の体験を自分の体験としてしっかり受け止め、味わい、手放すこと」を練習します。最初の自分自身の体験という部分が、環境(ストレス要因)に対しての自分の行動に至るまでの自分自身を細分化(「認知」、「気分・感情」、「身体反応」、「行動」)して書き出し、分析をする(セルフモニタリング(自己観察))ということになりそうです。それを味わい、手放すのですが、ストレス要因に対して、味わって、手放すことができるようになれば、ずいぶん楽に生活できそうです。


 「環境」⇒上司からの叱責
      ↓
 「認知」   ⇒「始まったよ。いつまで続くんだ。」
 「気分・感情」⇒不愉快・恐れ
 「行動」   ⇒聞いている振り。
 「身体反応」 ⇒胸の圧迫


 といった、「外在化」(見える化)をします。


 この感情を、受け止めて(本の中の例だと、このマイナス思考を「うんこ」に喩えている)、手放す(トイレで流すと喩えている)。というのが、マインドフルネスのやり方のようです。


 これを年単位にわたって行い、「認知」(自動思考)の傾向を分析し、自分の体験や思考・感情と向き合うことを繰り返すようです。


 そして、スキーマ療法に移ります。(BOOK2へ)となっています。




 年単位で、自分の体験や思考・感情をセルフモニタリングできるかどうかが不安になりました。とりあえず、注文したBOOK2を読み、自分でできるスキーマ療法みたいな本も読みながら、セルフモニタリングをやってみます。

 なんとかメンタルがつらいのを直したいですから。。。

 よろしければ、こちらのくりっくをよろしくお願いします。




〜これからの就活生・仕事でストレスが大きい人必見!!人とつながる経済・消費〜 『100万円で家を買い、週3日働く』(三浦展)を読んで

100万円で家を買い、週3日働く (光文社新書) [ 三浦展 ]

価格:864円
(2018/11/21 16:21時点)
感想(0件)



 へっぶしんです。

 中学受験と格差社会を中心のテーマとして、本を読み続けています。わりと読むことの多い、三浦展氏の著書を読みました。

 新自由主義とグローバリゼーションが一体となって、格差社会を進行させています。自分の労働が会社に搾取されていると感じる方は多いのではないでしょうか。さらには、会社の合理化や効率化によって、1日働くとヘトヘトになっている方、メンタルがぎりぎりの状態で働いている方も多いと思います。もちろん、私もその一人です。もっと仕事がゆるくなってほしいと願っているのですが、そんなことは無理だということも会社内での話を聞いていると理解せざるをえません。

 何度も書いていますが、私の仕事はサービス業なので、お客様が休みの時間・曜日に働くことになります。幸いにして日曜日は特別なイベントがなければ休めるのですが、土曜日は毎週毎週、目が回るくらい忙しいです。イベントを午前と午後で2つずつ同時に回すこともあります。その合間の時間を縫って、営業電話をかけることも珍しくありません。なぜそんなに忙しいかというと、職場の正社員の比率が2割程度だからです。極限まで人件費を削って、最大限に利益を出すためのシステムに組み込まれていることを、肌で感じているのです。

 正社員になれば勝ち組かというと、仕事でメンタルを壊さなければという条件付きになるのではないでしょうか。私は、大きな責任とストレスにさらされ、毎日・毎週・毎月がギリギリの精神状態で働いています。追い打ちをかけるように、ミスをすれば上司の暴言が待っています。勤務時間だけが午後から終電までという短い時間で済んでいます。せめてもの救いです。もちろん、標準の勤務時間からはみ出た分は、無賃労働になります。

 そんななかで、目に留まったのが本書でした。むすめが私立中学に通っていて、学費がかかるため、簡単に会社を辞めるわけにはいきませんが、いつかは会社を辞めて、新自由主義的な要素の少ない、人とのつながりを最大限に重視した生活というのを模索したいです。



 著者の三浦氏につきましては、過去の記事(『都心集中の真実』)などで触れていますので、興味がある方は参照してみてください。



  さて、本書は『第四の消費』の生活を実践している人たちのルポのような作りになっています。簡単に「第四の消費」について触れたいと思います。

 まずは第一の消費の時代ですが、これは1904年の日露戦争のころで〜1941年の日中戦争くらいまでで、生活の洋風化と大都市化にまつわるものと定義されているようです。

 次に第二の消費は戦後の高度成長期の時代で、資本主義の大量消費・大都市志向の消費志向のようです。

 続けて第三の消費は、オイルショックにより高度経済成長期が終わってからバブル経済の崩壊までの時代で、ブランド志向に代表されるような個性化・多様化・差別化を重視した消費行動とのことです。

 最後に今回の第四の消費ですが、ノンブランド・カジュアル・シェア志向の消費行動のことのようです。『第四の消費』読んでいないので、ネットの拾い読みでかいつまんで書いているだけなので、雑で正確性には欠けますが、おおよその要素は満たせていると思います。




 本書を読むと、現在の標準的な生活スタイルとは別の方法で、「豊かさ」を求める生活をしてる人に魅了されます。キーワードは、人と人とのつながりです。上記に書いた「第四の消費」をもう少し詳しく引用すると、「序」の見出しになりますが、

・ものの豊かさ志向から人間関係の豊かさ志向へ
・私有志向からシェア志向へ
・ゴージャス・ブランド志向からシンプル・ナチュラル・手作り志向へ
・欧米・都市志向から日本・地方志向へ
・再・生活化
・「人間の居る場所」を探す

 となります。

 私自身も生活をしていて感じるのですが、地域のコミュニティが壊れていて、近所の人の素性もわからないのが当たり前になっています。隣に住んでいる人とあいさつもしません。顔もはっきりとはわからないので、街で会っても隣人だと気づきません。そんな社会から、シェアハウスで自営業を営みながら、子育てをする。離島で年収150万で暮らす。などの生活をしている人たちを紹介しています。その底流に流れているのが、「人とのつながり」です。筆者はそれを、リアルで濃密な人間関係と表現しています。

 現代の社会では、生きていくうえでお金を無視した生き方はできません。しかし、お金を中心にものを考えていると、人間関係もぎくしゃくして、本当に人間的な、つながっているということを意識できる関係は作れないのではないでしょうか。自分の得意分野を生活にいかして、共同生活を営むというある意味、理想的かつ若干は原始的なにおいを漂わせる生活にあこがれしまいます。

 会社に頼らず、かといって厳しい競争を勝ち抜くような追い詰められた生活でもない、まさにストレスを軽減したゆるい生活をしたくなりました。

 よろしければ、こちらのくりっくをよろしくお願いします。



〜子どもの保護者・教育関係者必見!!スマホ・LINEは学力を破壊する衝撃の真実〜 『スマホが学力を破壊する』(川島隆太)を読んで


 へっぶしんです。

 中学受験と格差社会を中心のテーマとして、本を読み続けています。最近はまりつつある、 #脳トレ で有名な川島隆太先生の著作です。タイトルにも書きましたが、子どもの保護者・教育関係者必見の衝撃の事実です。時代の最先端機器が、子どものみならず、おそらく大人の脳にも深刻な打撃を与えていると思わるスマホについてです。

 自分自身、スマホの使い方に気を付けなければと強く思いました。本日は家族会議です。。。そして、一番スマホ中毒になっているのは、実は私です。。。

 今日は休日だったサービス業従事のサラーリーマンですが、午前中にブログを書く、学校が休みの娘と焼肉屋の定食でランチ、散髪をしてカフェで読書して、またブログを書いています。書き終わったら、たぶん居酒屋で夕食で、正体不明になり早めの就寝になりそうな一日です。

 有意義なのか、無駄な一日だったのか。。。




 筆者は、 #脳トレ でお馴染みの川島隆太先生です。東北大学で教授をされていて、東北大学加齢医学研究所所長を務められています。

著作
川島隆太教授の脳を鍛える大人の国語ドリル 昭和の新聞記事音読・漢字書き取り60日 (川島隆太教授の脳を鍛える大人のドリル) [ 川島 隆太 ]
【中古】現代人のための脳鍛錬 /文藝春秋/川島隆太 (新書)
さらば脳ブーム(新潮新書)【電子書籍】[ 川島隆太 ]

我が家の本棚にある著作
2時間の学習効果が消える! やってはいけない脳の習慣 (青春新書インテリジェンス) [ 川島隆太 ]
「本の読み方」で学力は決まる 最新脳科学でついに出た結論/松崎泰/榊浩平/川島隆太

 衝撃的な帯になっていますが、「スマホをやめるだけで偏差値が10上がります。」となっています。実際に内容を読んでみると、仙台市と提携して小中学生のデータを解析すると、スマホをやればやるほど学力が下がり、LINEはさらに大きく学力を下げることが実証されています。

 最近の小中学生は、机に向かいながらスマホで複数のアプリを立ち上げて、音楽・ゲーム・LINEなどをしながら勉強をしているようです。

 このながら勉強が、学習の効率を下げ、さらには学力を破壊していると著者は警鐘を鳴らしています。原因は、マルチタスキングにあり、人間の脳は、一つのことしかできないようになっているようです。たしかに、2つの難しいことを同時にやろうとすると、パフォーマンスが上がる場合はあるようなのですが、スマホと勉強には、そのような親和性はないようです。

 人間の能力として"Use it,lise it."というものがあるようで、20代の若者でも、1か月の間、寝たきりの生活をすると筋力が大幅に低下して、骨密度も下がるというものです。ところが、スマホの学力に及ぼす影響は、この"Use it,lose it."を上回る"destroy it."だと著者は主張しています。

 子どもの保護者の方・教育関係の仕事をされている方々にはぜひ本書をご一読いただき、スマホについて考えていただきたい一冊です。


 〔目次〕
 はじめに
 第一章   スマホを使うだけで学力が下がる!?
 第二章   睡眠不足が成績低下の原因か
 第三章   スマホが先か、学力が先か
 第四章   LINE等インスタントメッセンジャーの影響
 第五章   テレビやゲームの影響
 第六章   どれだけの生徒がスマホ等を長時間使用しているのか
 第七章   勉強中のスマホ使用の実態
 第八章   メディア・マルチタスク
 第九章   スマホが脳発達に悪影響を与えている?
 第一〇章 スマホの依存度評価
 終章    スマホにまつわる雑感
 参考資料
 おわりに



  本書の内容については、家族でスマホの使い方について話し合いを行わなければならないと痛切に感じました。私自身、スマホをいじっていると、気が付いたら30分くらいたっていたというようなことが頻繁にあります。むすめも、勉強しているときにスマホが机の上にあることはありませんが、同じ室内にスマホがある状況で勉強しています。間違いなく学力を下げる学習環境になっています。


 おそらく、家族でスマホについて話し合うと、一番私がバッシングを受けることになりそうですが、私自身もスマホとの付き合い方を変えないとならないと痛感しました。そして、対面のコミュニケーションを増やす必要を感じています。仕事についても、ビジネス書に書かかれている「対面>電話>メール」という原則は、脳科学的にも実証されていると感じる内容です。サービス業で、お客様との対面の状況が多いものの、プライベートでは、引きこもり・インターネットという生活が多いので、家でPCの前に座る時間を極力減らして、読書の時間を増やす必要がありそうです。


 さて、子どもの学力に与えるスマホの破壊力ですが、スマホの使用時間が1時間以内であれば、スマホを持っていない子どもよりも学力が高くなるようですが、1時間を越えると見事に学力が下がっていきます。したがって、我が家でもむすめについては、夜のスマホの使用に関しては「禁止」にします。たぶん、スマホを使う時間は、夕食前までで、それ以降はリビングで充電というルールにしようと考えています。スマホの悪影響は、寝る前の使用で、睡眠の導入を妨げる危険性があるので、部屋への夜の時間の持ち込みは「禁止」がよさそうです。




 私自身は、高校生の頃はポケベルを持っていましたが、たいしてメッセージが来ないにもかかわらず、ひたすらポケベルを気にしていて、机に向かっても気もそぞろだったように記憶しています。そんな状況で、勉強しても集中できるわけはないですよね^^;大学生になると、PHSから携帯を持つようになり、常に着信がないかを気にしていたように思います。個人的に、電子機器への依存体質が強いように感じますし、ゲームも始めると時間を忘れて続ける性格は今も続いています。ですから、これが小中学生や高校生であれば、学力に与える影響は深刻なものになるでしょう。


 また、ながら作業=マルチタスクについても、サービス業に従事する私は、出社時間が午後になることが多いため、午前中はテレビでニュースを流しながらTwitterをやり、インターネットでもニュースを閲覧するということをしています。個人的には、ネットで見るニュースやコラムは頭に入ってこないなと感じていました。この感覚が、本書で紹介されているアメリカでの研究で実証されているようです。ですから、ニュースについては、テレビで確認をして(新聞を読むのはさすがにおっくうなのです)、PCを上げながらということをしないようにします。


 最後にむすめの学習については、大学受験をしなければならないむすめの学力を破壊させないためにも、スマホの利用については、家族としっかりと話し合って、厳格にルールを守るようにします。これによって、一番生活が変わるのは私なのですが。。。



 よろしければ、こちらのくりっくをよろしくお願いします。

〜住む地域でも格差が拡大しているのですね〜 『都心集中の真実』(三浦展)を読んで


 へっぶしんです。

 中学受験と格差社会を中心のテーマとして、本を読み続けています。別に読書家というわけではありませんが、テーマに沿った本をネットで探しては買って読んでいます。そして、最近は本棚から本があふれ始めてきて再配置や家族へマンガの処分を頼むとかの整理をしなければならなくなってきています。


 今の世の中は、欲望を全肯定する新自由主義社会に突入しており、「稼ぐことは悪いことか?」などと大真面
目な議論が行われた時代もありましたよね。資本主義を基本として社会ができている以上、稼がなければ生活ができないので、当然に稼ぐことは大切です。しかし、儲かれば何でもいいというのとは、話が違うのは当然の話です。また、欧米には「ノーブレス・オブリージュ(高貴なるものの義務)」という考え方があります。これは、生まれたときの家の環境で、その後の人生の有利不利が決まるという当然の状況に対して、上流階級に生まれた人は相応の社会還元の義務を負いましょうね。という考え方です。


 最近のニュースを見ていると、日本にはまったく馴染みのない考え方ですね。


 さて、今回は、東京都の特別区(23区)内の人口の動きについての本です。少し視野を広げて、市部について書いた内容もありますが、あくまでも都心部との対比というかたちでの記述でした。




 筆者は、私の本棚ではお馴染みの三浦展(みうら・あつし)氏です。一橋大学社会学部を卒業された後に、パルコでマーケティング誌の編集長を務められた後に、三菱総合研究所勤務を経て、カルチャースタディーズ研究所を設立されています。精力的に調査・著作活動をされています。主な著作に

【中古】 あなたの住まいの見つけ方 買うか、借りるか、つくるか / 三浦 展 / 筑摩書房 [単行本]【ネコポス発送】
下流社会 新たな階層集団の出現 (光文社新書) [ 三浦展 ]
東京郊外の生存競争が始まった! 静かな住宅地から仕事と娯楽のある都市へ [ 三浦展 ]
第四の消費 つながりを生み出す社会へ (朝日新書) [ 三浦展 ]
【中古】ファスト風土化する日本 郊外化とその病理 /洋泉社/三浦展 (新書)

などなど、多数あります。


 内容はかなりマニアックで、「大久保1丁目では20歳の87%が外国人」、「東雲1丁目だけで子どもが2400にん増加」、「女性未婚者増加数は港区港南で1300人」など、特別区と市部だけではなく、町の丁目までみて、特徴的な動向を分析されています。


 格差社会に興味を持って読むと、ハイクラスは港区や中央区、千代田区の都心に住む傾向があるようです。そして、23区内でも住む地域によって収入の格差が広がっていて、3倍もの差があると指摘されています。


 あとがきにも、かなり控えめな目立たない女子のように、こそっとマニアックな内容になったと書かれていますが、かなりマニアックな内容になっています。興味を持たれた方は是非ご一読いただきたいです。

 〔目次〕
 はじめに
 第1章 大久保1丁目では20歳の87%が外国人!!
 第2章 港区と足立区の格差は1.57倍から3.06倍へ
 第3章 中央区の30−50代の未婚女性は6000人も増えた!
 第4章 多摩市の出生率1.16は渋谷区の1.07とさして変わらぬ低水準
 第5章 郊外に可能性はあるのか?
 あとがき



 本のメインテーマから離れて、自分が興味を持ったところを拡大化して読むという、自由な読み方を続けています。今回は、私の読書のメインテーマである格差社会にからみ、第2章の所得格差と居住地についてに興味を集中させました。というか、そこしか見えない状態で読みました。


 港区と足立区の収入の格差が、現在は3.07倍あるようです。この事実は、衝撃的なのか、今の時代では当然なのか。そして、港区に住んでいるアッパークラスはどのような仕事をしているのか。さらには、高齢化率の自治体による差異はどうなっているのか。などが書かれており、格差という言葉に執着している私としては、おもちゃを与えられた子どものように、むさぼり読みました。


 ただ、統計調査だけでは不明なことも多く、新たな興味をそそられる記述もありました。2節のタイトルですが、「「自由複業者」が都心を豊かにしている?」となっています。「自由複業者」ってなんだ?アッパークラスの仕事が変わってきているのか?という疑問です。これに対して著者は、


 ・ITエンジニアだが、ライターでもあり、写真もとるし、デザイナーでもある
 ・筆者⇒著述家でもあり、プランナーでもあり、メディアを作ることもある
  ※筆者は、「国勢調査」には、「調査研究」と書いているようです


 というように、いくつかの種類の仕事を、自営業で掛け持ちしており、主副の関係ではなく、それぞれが収入の柱になるような「複」業の人が多いようです。23区全体でも非雇用者に占める割合は53%もいるとか。どうやって稼いでいるのでしょうか。。。


 このあたりのルポのような記事があればいいのですが。


 あとはこの章では、最近人気になりつつある地域なども書かれており、変貌し続ける都市の中で、これから栄えるところと、若干後退している場所などが書かれています。





 最後に、89ページに特別区内の生活保護世帯の受給率が高い区のグラフが載っています。1位台東区、2位足立区、3位板橋区、4位荒川区となっています。トップの台東区は、なんと7%を越えています。特別区であっても、7%を超える世帯が生活保護を受けているというは衝撃です。


 捕捉率というのがあり、日本ではこれがかなり低いようなので、生活保護を必要とする人は、実際に生活保護を受けている人の数倍はいるようです。この捕捉率を考慮すると、貧困・格差社会が確実に進行しているという事実につきあたります。


 みんなが安心して暮らせる社会になってほしいです。 



 よろしければ、こちらのくりっくをよろしくお願いします。

『脳は回復する』(鈴木大介)を読んで 〜高次脳機能障害に興味を持つ〜


 へっぶしんです。

 相変わらず格差社会と中学受験(教育関係)をキーワードに本を読み続けています。

  今回は、テーマから若干ずれてしまっていますが、以前に読んだ





 で、阿部彩氏の対談相手になっていて、貧困問題において精力的に最貧困層に陥ってしまっている若者たちを取材されていた鈴木大介氏の著書を読みました。

 『貧困を救えない国』の中で、鈴木氏が繰り返し話されていた最貧困層に陥ってしまった女性の精神科への通院歴の高さと高次脳障害の関連性に興味を持ちました。そして、鈴木氏自身が脳梗塞を患い、高次脳機能障害に陥ってから、仕事に復帰できるまでに回復した過程について書かれている本書を手にすることにしました。


 若干、迂遠なのですが、格差社会⇒最貧困層⇒高次機能障害という、論理性の薄い関連性ですが、脳科学・高次脳機能障害も読書のテーマに加わってしまいそうです^^;




 著者は、最貧困層の若者への取材を通したルポを中心に書かれている鈴木大介氏です。


 著書には、『最貧困女子』『脳が壊れた』などがあります。


 著者の脳梗塞による高次脳機能障害の経験と多くの最貧困層に陥ってしまっている若者への取材経験から、貧困層の若者と高次脳機能障害を持つ人間の生きづらさに気づいたこと、高次脳機能障害の治療法への提言などが書かれています。

 おそらく、認知症の介護をされている方や、社会を逸脱している若者、社会不適応で職にうまくつけていない人、不登校の子どもを抱える家庭、勉強しているのに極端に成績が悪い子どもの保護者などの方々の参考になることが多く含まれているように思います。

 そのような悩みを抱えている方がたへの示唆に富んだ内容になっています。一度、本書を手に取られてはいかがでしょうか。


 〔目次〕

 序章  脳コワさんになった僕
 第一章 号泣とパニックの日々
 第二章 僕ではなくなった僕が、やれなくなったこと
 第三章 夜泣き、口パク、イライラの日々
 第四章 「話せない」日々
 第五章 「受容」と、「受容しないこと」のリスク
 第六章 「脳コワさん」伴走者ガイド
 あとがき



 どうも私の読書は、著者のもっと伝えたいことからわき道にそれて、自分の興味のあることに理解を集中させる癖があるようです。本書では、著者自らが経験した高次脳機能障害の辛さと、その回復の過程を書くことにより、同様の苦しみを味わっている人をいかに救うかの行政への提言や、医療関係者への提言が主たるテーマになっています。


 そのなかで、私が興味を持ったのが第四章の「話せない」日々です。自分の思いが伝えられない、交渉事ができない。免許更新の窓口で、自分の状況をうまく説明できない苦しさが書かれています。私のずれた興味は、この中の交渉ごとについての箇所に集約されていきます。


 私自身は、特に問題を起こすことなく学校を卒業して、普通に会社勤めを続けています。しかし、高次脳機能障害とまでは行きませんが、こと仕事に関する交渉事が極端にダメなのです。高次脳機能障害の苦しさの中で、反論できないというところがありました。私自身も、反論をすることが極度に苦手です。言おうと思えば言えるのですが、おそらく私が相手の意見に反論してしまうと、相手との人間関係が終わります。


 つまりは、キレてしまうのです。そこで、どういえば相手の気分を害すことなく、相手に反論をしながら自分の意見を伝えられるかを考えているうちに、相手に畳みかけられて、交渉が決裂してしまうのです。著者は、この部分を感情の脱抑制と表現しています。これに関して、私の感情の制御能力は、一般の人に大きく劣るのではないかと日々の仕事の中で感じているのです。





 上記の内容について、著者は言語聴覚士から聞いた専門用語では、「問題解決的会話の困難」という症状のようで、「食い下がって説明する」ことと表現しています。さらに、「訪問販売に拒否の意思が伝えられず」と書いていますが、私もできません。。。インターホン越しに断ることが精一杯です。おそらく、高次脳機能障害になると、それすらもできないのでしょうが。あとは、営業電話も一般生活ではできません。会社では、「営業の電話ですか?」と聞いて、「では、本社におかけください」と言って切ることができますが、プライベートではできない場合があります。また、「本社の電話番号を聞かれる」と、本社の代表番号を調べて教えてあげてしまいます。これは、「自分でお調べください」と突き返すもののようですが、このようなQ&Aが頭に入っていないとできないのです。つまりは、マニュアル的に拒否の意思表示の仕方が分かっているものに関しては拒否できるのですが、突発的に拒否の意思表示をせまられた場合には、ほとんど拒否できません^^;


 著者の「問題解決的会話」の方法は、
  「まず第一に、相手の観察だ。相手の口調や態度、それまでの言動を観察し、相手がどんな意見を持っているのかを推察する。そのうえで、その相手にどんなトーン、どんな言葉の選択、どんな内容の切り口で説得を開始すればいいのかをいくつかの候補の中から選択し、いざ発話。」
 とのことです。


 私、この中で「いくつかの候補の中から選択」が全くできません。ほとんど、単線的な反応になってしまいます。だから、その前のどんな切り口でということに考えがまったく及びません。さらに著者は、これがうまくいかなくても、「再アプローチ」をするために「相手にパラダイムシフトを起こさせるようないい切り口やたとえ話はないのかと」考えるようですが、普通に会話をしているスピードの中で、このようなことを考える余裕は、私にはありません。


 これを読んでしまうと、私はコミュ障なのか?と思ってしまいます。


 と、全く本文のテーマとかけ離れたことを考えながら読んでしまいました。


 この辺りについては、さらに本書で紹介されている参考文献を読み進めていきたいです。読書のテーマがずれていき、脳科学や発達障害が加わってきそうですね^^; 



 よろしければ、こちらのくりっくをよろしくお願いします。


『やってはいけない脳の習慣』(川島隆太)を読んで 〜スマホ・ゲーム・LINEは学力を破壊するのか…〜


 へっぶしんです。

 相変わらず格差社会と中学受験(教育関係)をキーワードに本を読み続けています。

 今回は教育関係ということで、前回に引き続き川島隆太氏が監修している著書を読みました。スマホによって子どもの学力が破壊されているという衝撃のデータを見て、我が家でもスマホの使い方についてのルールを設定しなければならないと痛感しました。


 一昔前にゲーム脳という本が世間をにぎわしたことがありました。当時はまだ科学的なデータがそろっておらず、大バッシングが起きたと記憶しています。もしかすると2chでの炎上を、世間のバッシングと勘違いしただけかもしれませんが。。。


 しかも、その時はPCゲームにはまっていて、廃人寸前だったので、ポジショントーク的な理解で、自分に有利な「ゲーム脳などない」という情報だけを信じ込んでいたのかもしれません。むすめだけではなく、自分自身を制御するためにも、スマホの使い方には気を付けるようにします。




 著者は、ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、その昔、「脳トレ」という任天堂DSのソフトを出していた川島隆太氏が監修して、東北大学の加齢医学研究所で助教をされている横田晋務(よこた・すすむ)さんが本文を執筆されています。

 帯には、「脳の解析データを見て絶句し、自分の子どもにスマホを与えたことを大いに後悔しました」と、本書を監修された川島隆太氏のコメントが載っています。


 仙台市の7万人の児童への調査結果から導き出された衝撃のデータです。お子様の教育に興味をお持ちの親御様、全国の教育に関係する仕事をされている皆様には、ぜひ本書を手に取ってご一読を願いたいです。


〔目次〕
 はじめに
 第1章 学習効果を打ち消す「スマホ脳」の衝撃
 第2章 MRIで解明! 脳が変形してしまう危険な習慣
 第3章 脳のやる気スイッチ「線条体」を活動させる方法
 第4章 自己肯定感の高い子ほど学力が高い、のはなぜ?
 第5章 朝食のおかずが増えるほど、脳はよく成長する!
 第6章 習慣は、生まれつきの脳力に勝る!?
 おわりに



 本書で気になった章は、第3章のやる気(モチベーション)にかかわる部分です。これは、子どもの勉強だけではなく、自分自身の仕事にかかわるモチベーションにも関係し、職場の周囲の人たちのやる気の個人差の大きさはどこかる来るのか、自分のモチベーションが落ちているときにどうすればやる気を出せるのか、などを知りたくなりました。

 心理学では、モチベーションは内発的動機付けと外発的動機付けにわかれます。その中で、もっともやる気が出るのは、内発的動機付けである、自分が成長できると感じられたり、それ自体を楽しいと感じられたりということが重要です。ちなみに、我が家のむすめは、勉強自体は嫌いではないのですが、やはり勉強自体が楽しくてしょうがないというレベルではないです。それでも、中学受験でたまたま受かった最難関校に通い、殺人的なカリキュラムにどうにかついていっています。ただ、天文学的な蔵書を誇る図書館が大好きで入り浸っているようです。本だけは子どものころから大好きで、放っておいても枕元から本がなくなることはありません。

 前回の川島氏の著書の『「本の読み方」で学力は決まる』の記事で書きましたが、むすめの本好きはどれだけ忙しくても読み聞かせを続けてくれた妻のおかげです。私自身も少しはむすめに読み聞かせをしましたが、小さい頃はストーリーではなく、ひたすらページをめくり続けようとするむすめに怒りを覚えたのを今でも覚えています。言葉を覚えたころのむすめに、次にやった私の読み聞かせは、ストーリーを変えるということでした。むすめにはすこぶる評判が悪く、「パパが読むと話が違う!」と嫌がられたものでした。

 長くなりましたが、次に外発的動機付けです。これは4段階に分かれるようで、この外発的動機付けの細分化までは知りませんでした^^;


 ,笋蕕気譴
  もっとも効果の低い動機付けで、「やらないと怒られるから宿題をやる」というものです。私自身も、母親に「勉強しなさい!」といわれると、そろそろ勉強しようなきゃなといった気持ちが、魔法でもかけられたように雲散霧消したのを覚えています。おそらく、親が最も行ってはいけない、子どもの勉強をする気を根こそぎ削ぐのが、「勉強しなさい!」というマイナスオーラ前回の魔法の言葉ではないでしょうか。強制力で人を動かそうとしても、誰も心から従ってくれないのですね。社会人も対人関係において気を付けなければなりませんね。私自身も、職場で人にものを頼むときには、強制力を伴うような言い方はしないように気を付けないと、いつの間にか周りから嫌われているという事態を招きかねませんね。


 ⊆分の考えをもとに行動する
  次の外発的動機付けは、「みんながやっているから勉強する」です。,龍制力よりは、自主性が出ています。ただし、まだまだ自分からやろうという積極性は見られませんね。これでは、机に向かっていても、やっている振りをするだけで効果的な学習に向かう可能性は低いですね。


 2礎佑あると考えて行動する
  これは、「頑張って成績を上げよう」といった前向きな考えに基づいて、机に向かうような状態です。社会人であれば、仕事をするときはこの辺のレベルのやる気が出発点になっているのではないでしょうか。自分を振り返ると、上司に強く叱責されてやれと言われたことは、ほとんど手につきません。期限を守れないこともよくあります。これは、最悪レベルの,離皀船戞璽轡腑鵑納茲螻櫃るからでしょう。ただ、顧客から頼まれたことは、結構必死に取り組みます。おそらくこのレベルのやる気が発動されているのでしょう。管理職の方には、指示の仕方ひとつが部下の仕事の成果が決まるということに留意してほしいものです。


 す佑┐襪泙任發覆自然に行動する
  最終段階の高い外発的動機付けで、「これは何のためにやるのか?」などとは考えずに、自然に体が動く状態とのことです。おそらく、成績が高い子どもや職場で頭一つでている仕事ができる人のやる気は、少なくともこのレベルになっているのではないでしょうか。私などは、まだまだこのレベルで仕事をしている状態は少ないです。ただ、仕事自体は嫌いではないので、真摯にお客様に向き合って、お客様の求めに応じられるように努力はしたいと思っています。なかなかうまくいかないのは、職場の人間関係が悪いからでしょうか。。。




 さて、上記の4つの外発的動機付けから、親として子どもが何事にもやる気を出すような声かけを考える必要があるのではないでしょうか。ここまで書いてきて、自分には後悔の念しかありませんが。。。皆様はいかがでしょうか。


 まずは、何事にもプラスになる目標を共有して、できたこと(経過)をほめて、やる気レベルから物事をスタートさせて、自然に取り組むまでほめ続ければ、やる気レベルがい砲覆蝓∈埜紊漏擇靴いらやるという内発的動機付けにつながっていくのではないでしょうか。


 そんなに簡単に物事が進めば、人生は楽でしょうがないとは思いますが、ないも考えないで目の前に起きていることに生の感情をむき出しにしてケンカなどしている場合は、まさに「親の鏡としての子ども」ということになってしまいますね。


 むすめに対して申し訳ない思いでいっぱいになってきました。。。

 子どもの成績が思うように上がらない、言っても言っても机に向かってくれない、勉強のことでケンカが絶えない、といった悩みを抱えている子どもの保護者の方(私もですがw)には、ぜひご一読いただきたい1冊です。

 



 脳科学の本は、茂木健一郎さんがよくテレビに出ていた時に何冊か読んだことがあります。最近は研究者に費用対効果にコミットして結果を出す圧力がかかっていて、逆に研究レベルが下がっているという話を耳にしますが、本書を読んでみるとやはり、様々な研究手法を用いてデータのを裏付けるべく、逆に調査結果をデータで証明するという地道な研究をされている研究者の方々がいらっしゃるなと感じました。また、いろいろな意味で、科学の進歩は早いものだとも感じました。

 私の本棚で眠っていた茂木健一郎さんの本は、


 です。テレビで「アハ体験」とかの紹介をしていたころが懐かしいですね。

 その他で、私の本棚で眠っていた脳科学関係の本です。






 よろしければ、こちらのくりっくをよろしくお願いします。




『貧困を救えない国 日本』(阿部彩・鈴木大介)を読んで 〜貧困者の実態について知る〜


 へっぶしんです。

 相変わらず格差社会と中学受験(教育関係)をキーワードに本を読み続けています。

 今回は格差関係で、貧困について読みました。本の帯に「わが国の貧困一九〇〇万人の現実」とありました。厚生労働省がまとめている国民生活基礎調査の統計によると、相対的貧困率が15.7%(約7人に1人)になっているようです。(前からそうだったのかもしれませんが)

 で、相対的貧困率とは、「等可処分所得の半分以下の収入で生活する人」という良くわからない定義ですが、雑に理解すると税引き後の収入という言い方で、当たらずとも遠からずといったイメージになります。そうすると、世帯収入の中央値が442万ですから、相対的貧困に陥っている人の税引き前の年収は約221万円ということになります。「世帯」年収です。。。東京に住んでいると、アルバイトでもそれくらい稼げそうな気がしてしまいますが、この感覚が強者のおごりなのだということに多くの人に気づいてほしいです。私自身も、世帯年収では上位の方に入るのにもかかわらず、中の下くらいの生活レベルだと感じています。とんでもない錯覚ですね^^;

 本書では、触法の少年少女の現場取材が豊富な鈴木大介氏と貧困問題を研究されている阿部彩氏の対談本です。面白いことに、国の政策提言などをしている阿部氏の政治感覚に違和感を覚える箇所があり、日本のトップエリートである大学の研究者でも、政治感覚は疎いのだなと上から目線になってしまいました。

 上から目線にになっている私自身は、そこらへんの会社で働いているただのサラリーマンなのですが。。。

 本書を読んでいる限りでは、地方の貧困や貧困の連鎖の問題は、すでに日本に重くのしかかっているように感じます。実際の取材の結果や生活保護の世代間継承なのど問題を、改めて世に問う良書ではないでしょうか。

 ぜひ、手に取っていただいて、ご一読をお願いします。



 著者の阿部彩氏は、社会政策学者です。首都大学東京の教授をされていて、『こともの貧困』『子供の貧困供戮覆匹涼書があります。

 対談相手の鈴木大介氏は、『最貧困女子』『脳が壊れた』『脳は回復する』などの著書があります。

 上述していますが、現場からは遠ざかってしまっている研究者の阿部氏と、現場で取材を積み重ねる鈴木氏の対談は示唆に富む内容になっています。


 まえがきでは、貧困の定義として、「単に低所得で貧しいだけではなく・・・そこから自力で抜け出すのも困難な状態」と定義しています。それと、格差をテーマにした本によく出てくるのですが、私も含めて「今の日本に貧困などあるのか」と疑問を感じている人たちの存在に警鐘を鳴らしています。


 まえがき
 第1章 間違いだらけの「日本の貧困」
 第2章 なぜ貧困を放置してはいけないのか?
 第3章 誰が貧困を作っているのか?
 第4章 メディアと貧困
 第5章 精神疾患が生み出す貧困
 第6章 地方の貧困と、政治を動かす力
 第7章 財源をどこに求めるか
 第8章 支援者の問題
 第9章 貧困対策を徹底的に考える
 対談を終えて




 印象に残ったのは、第4章のメディアと貧困のところです。権力に対しての批判を辞めてしまった大手メディアの腐敗ぶりに比べて、ネットのメディアは左右ともに活発だと思っていました。(右の権力マンセーは気持ち悪いですが)

 しかしネットメディアにしても、売れるコンテンツを書いているため、本質的に貧困を考えたり、本気の貧困問題の解決を目指したりする記事は多くないということでした。プロのライターである以上、どうしても売れる記事を書く必要があり、書きたい記事と売れる記事が違う場合には、売れる記事の方を書いてしまうものなのか、認識が甘かったな。と、残念に思いました。

 それでも、本書のように貧困問題を世に知らしめるための良書も存在するし、鈴木大介氏が単なる売文家でははく、自身の問題意識を世に知らしめて、何とか世の中に影響を与えたいという熱意のある文筆家もいらっしゃり、やはり大手メディアを批判しながらネットメディアで良質な記事を探していきたいです。




 よろしければ、こちらのくりっくをよろしくお願いします。

『「本の読み方」で学力は決まる』(川島隆太)を読んで 〜むすめが小さかった頃を思い出す〜


 へっぶしんです。

 相変わらず格差社会と中学受験(教育関係)をキーワードに本を読み続けています。

 今回は教育関係ということで、読書と学力の関係について読みました。どちらかというと、幼児の子供を持つ親向けに書かれているものです。特に母親の読み聞かせについて書かれています。この辺りが、私自身がむすめに読み聞かせていたので、「母親向け」になってしまうところに若干の違和感を覚えます。

 父親のデータも欲しかったなと。

 そして、むすめに読み聞かせをしていたころを思い出すとともに、妻も忙しい中でよく、むすめに読み聞かせをしてくれていたなと感謝の念も覚えました。



 著者は、ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、その昔、「脳トレ」という任天堂DSのソフトを出していた川島隆太氏が監修して、東北大学の医学系の大学院の学者さんである松泰(まつざき ゆたか)氏と榊浩平(さかき こうへい)氏が執筆されています。

 こんなのもあるんですね^^;






 はじめにで、子どものの学習成績は読書習慣の有無と関係があると、本書結論を先取りして述べています。さらに、子どもの読書習慣は、幼児期の読み聞かせにさかのぼると述べています。そして、仙台市教育委員会と山形県長井市と共同プロジェクトで大規模な統計データをとり、それを本文内で論証していきます。

 ただ、新書ですので、カチカチに硬い文章ではなく、コラムをはさみながら読みやすく構成されています。


 はじめに
 第1章 最新脳解析が実証!
      読書が学力を左右していた衝撃の事実
 第2章 スマホやゲーム、睡眠、本の読み方・・・
      読書の効率を上げる習慣、下げる習慣
 第3章 本を読まないと脳がダメになる!?
 第4章 「読み聞かせ」が子どもと大人の脳を鍛える
 第5章 親子関係を変える「読み聞かせ」力
 第6章 脳の構造を変える!
      親子コミュニケーションの脳科学
 おわりに




 個人的には、むすめの年齢もあり、第1章に書かれている読書と学力の関係についての部分が気になりました。学力を上げるために最も効果のある読書の時間は、1日に1〜2時間で、2時間以上の読書は逆に学力が下がるという衝撃(?)の結果も出ています。

 ただ、1日に2時間以上の読書は、こどものほかの活動時間をうばってしまい、他の子とのコミュニケーションやさらに学習時間が加わると、睡眠時間が削られるからではないかと、筆者は推論しています。

 そのため、学力と睡眠時間の関係についても調べたところ、睡眠時間と学力にも相関関係が認められるという結果が出ています。さらに、スマホをする時間と読書の時間・学習時間にも相関関係が認められるとのことです。小学生は8〜9時間、中学生は7〜9時間の睡眠をとっている子の学力が最も高くなっています。

 やはり、睡眠は重要ですね。最近は、仕事帰りがほとんど深夜な私が、家に帰る時間になっても電気がついていることが多いので、本書を見せて、睡眠時間をきちんとコントロールするように言わなければいけませんね^^;



 脳科学の本は、茂木健一郎さんがよくテレビに出ていた時に何冊か読んだことがあります。最近は研究者に費用対効果にコミットして結果を出す圧力がかかっていて、逆に研究レベルが下がっているという話を耳にしますが、本書を読んでみるとやはり、様々な研究手法を用いてデータのを裏付けるべく、逆に調査結果をデータで証明するという地道な研究をされている研究者の方々がいらっしゃるなと感じました。また、いろいろな意味で、科学の進歩は早いものだとも感じました。

 私の本棚で眠っていた茂木健一郎さんの本は、


 です。テレビで「アハ体験」とかの紹介をしていたころが懐かしいですね。

 その他で、私の本棚で眠っていた脳科学関係の本です。






 よろしければ、こちらのくりっくをよろしくお願いします。


『辞めるなキケン』(森永卓郎)を読んで 〜年収300万円時代が本当に来るのか?〜

辞めるなキケン! 年収300万円未満時代の会社との付き合い方 (文芸社文庫) [ 森永卓郎 ]

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(2018/10/28 10:55時点)
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 へっぶしんです。

 相変わらず格差社会と中学受験をキーワードに本を読み続けています。

 今回は、森永卓郎が警鐘を鳴らしている年収300万円時代の到来について考えました。アメリカでは、1%の富裕層が社会の富の99%を独占しており、残りの99%の人間は社会の富の1%しか持てないという状況に向かっているとのことです。

 日本の政治や社会が、アメリカを目指しているのは、今までの本でも紹介をしていると思いますが、まさか年収300万にはならないだろうというのが個人的な実感です。

 しかし、日々のニュースなどに接していると、労働者の非正規雇用が40%を超えているという報道があったり、金融広報中央委員会の「家計の金融行動に関する世論調査〔単身世帯調査〕では平均貯蓄額が942万円なのに中央値が32万円で2478世帯中で貯蓄額が0が1160世帯もあったりという情報に触れると、格差社会が確実に進行しているのではないかと感じます。




 著者の森永卓郎氏は、以前はよくテレビで見かけましたが、最近は干されているのか、テレビではあまり見なくなりました。格差社会の進行に警鐘を鳴らし、年収300万でも楽しく生きようと提唱していますが、本人の年収は3000万という皮肉(三浦展氏)を言われている人でもあります。

 東大卒の経済アナリストで、獨協大学経済学部教授(発刊当時なので今はどうでしょう)。




 まえがきでは、2011年の「就業形態の多様化に関する総合実態調査」の内容に触れて、平均月給が正社員が32万円に対して非正社員は15万円と、正社員の47%とのこと。非正規雇用の比率が4割に達していると指摘しています。つまり、正社員であれば生活ができるが、非正規雇用になると普通に家族を持って生活することは困難であると筆者は述べています。

 したがって、正規雇用の正社員であることは「小さな幸せ」であり、「小さな幸せ」を見つけることが大切だと主張しています。(繰り返しますが、筆者の年収は3000万円だとか。。。)


 キケン その1  転職してステップアップしたいなぁ・・・
 キケン その2  求人も多いし、今こそ転職のチャンスかなぁ。
            えぇ!? 正社員で採用してくれないんですか?
 キケン その3  若さでは負けますが、私には経験があります!
 キケン その4  こんな安月給でやってられるか! もういい、転職してやる!
 キケン その5  友達に「ウチの会社に来いよ」って誘われているんだよね
 キケン その6  ウチの会社、もう全然だめっすよ
 キケン その7  次の転職に、私の人生全てを賭けます!
 キケン その8  毎日、毎日、サービス残業で、もうウンザリですよぉ〜
 キケン その9  やっぱり、お金と幸せは比例するんじゃない?
 キケン その10 年収? そりゃあ、1000万円くらい目指したいでしょ
 キケン その11 失業? 間違っても自分だけはありえないでしょう
 キケン その12 年功序列で定期昇給より、成果主義のほうがいいに決まってるよ
 キケン その13 どうせなら、これからの成長産業に転職したいな
 キケン その14 とりあえず、上司の言うことだけやってればクビになんないよね
 キケン その15 外資系なら収入いいし安定してるし、まず間違いないよね
 キケン その16 資格持ってるから、何とかつぶしが利くはずだよね?
 キケン その17 結局のところ、「勝ち組」になればいいんじゃないの?
 キケン その18 年収300万円なんて、今さら生活れべる下げられないよ
 キケン その19 もし年収100万円台になったらどうやって生活するんですか?
 キケン その20 今年もボーナスなかったよぉ。なんか小金稼ぐ方法はないかなぁ
 キケン その21 人に言えないけど、実はオレ、鉄道オタクなんだよね
 キケン その22 いつか独立・企業の夢は捨てられないよ
 キケン その23 有給ってなんか取りずらいなぁ。仲間に悪いし、あとで忙しくなるし
 キケン その24 「カイシャ人間」をやめて楽しく生きたい。
            でも楽しい生き方がわからないんです
 キケン その25 楽しく暮らしたいけど、いつリストラされるか不安で・・・
 キケン その26 でも結局、働かないと食べていけないよなぁ





 筆者は、これからの日本社会は、1割の高給取りの「勝ち組」と9割の年収300万円以下の「負け組」の世の中になると主張しています。たとえ、1割の「勝ち組」になっても、そこは猛烈な競争社会で、職員間で足の引っ張り合いをしながら、相手を引きずりおろして自分が優位に立てる人間が勝ち残ると述べています。

 そういう競争社会だと認識して、覚悟を持って仕事をするのか、残りの9割でよいから仕事はほどほどにして、それなりの生活をしていこうよという意識で、「小さな幸せ」を見つけるのかの2択をせまり、9割でもいいでしょといっています。

 正直、同意する部分が多いです。個人的にも仕事がハードで、常にこなしきれない業務量を押し付けられて、優先順位もわからなくなり、ミスをすれば責任を追及されて責められるという日々を送っています。

 10月は、8連勤の後に1日休んで10連勤があり、ようやく今日は休みです。

 ちなみに、サービス業で月曜〜土曜に通常営業をしている関係で、私は水曜日が休みということになっています。今回の10連勤は、他の人が水曜に有給を取りたいとのことだったので、私が代わりに出たために、平日の休みを献上したのと、日曜にやる特別のイベントに参加したために、本来の休みである日曜と水曜が同時に出勤になったために発生しました。

 周りの人には、気兼ねなく休んでほしいと思っているので、代わりに出勤してくれと言われれば、極力断らないようにしています。救いなのは、1日の業務時間がそこまで長くないことです。平日であれば、朝起きてから昼くらいまでは、自由な時間があります。ただ、仕事に行きたくないなぁ〜と、日常的に思っており、メンタルは大丈夫なのかと日々自問自答しています。

 それと、何度か出している画像ですが、厚生労働省の「生活基礎調査」を見る限りでは、我が家の世帯年収は、上位のほうにあります。仕事がきついのは、それなりの収入を得ているからだと自分に言い聞かせています。

国民生活基礎調査29年度グラフ

















 これでも、日本の会社員の年収は、先進国間で比べてもそこまで安いわけではないとのことです。国際調査は、英語が読めないため自分で調べられません^^;

 それにしても、何度見ても衝撃的なのですが、世帯年収の中央値が442万円です。個人年収ではないというのが非常に怖いです。もちろん一人世帯も入っているでしょうし、子供のいる家庭の平均年収は700万円くらいとのことなので、そのくらいであれば納得がいきます。私自身もむすめが一人いるので、世帯年収が700満円くらいであれば、何とか生活ができるような気がします。

 ですから、本書では個人年収の話をしているので、年収300万円で夫婦共働きであれば、贅沢をしなければやっていけるという主張には、深く同意します。前述のように、私も職場環境が厳しいと感じており、さらには上司を見ていると、背負っている責任に対する給料は低いと感じています。そのため、社内の出世競争に参加する気もなく、上層部の人たちの足の引っ張り合いや責任のなすりつけ合いからは、距離を置いて目の前の顧客へのサービスに精を出すようにしています。

 このような本を読むたびに、仕事は大変ではありますが、まだまだ自分は恵まれているのだと思えます。

 また明日からの仕事をがんばります。。。



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『日本が売られる』(堤未果)を読んで 〜新自由主義社会の恐ろしさについて考える〜

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 へっぶしんです。

 日本がアメリカの属国のように、アメリカの言いなりになり続けていることに疑問を持つ方も多いと思います。普通に考えると、自国内に他国の軍隊が駐留し続けているということは異常なことなのですが、日本の安全保障を考えると、自前の軍隊を憲法9条で持つことができない以上はある程度は仕方がないことなのかもしれません。しかし、自前の軍隊を持たないからと言って、政治の主権を放棄する必要はないのではないでしょうか。


 もう10年以上前になりますが、拒否できない日本 アメリカの日本改造が進んでいる (文春新書) [ 関岡英之 ]に衝撃を受けましたが、日本人が稼ぎ出した富がアメリカに売り渡されている状況は、当時よりもさらに深刻になっていることに対して、本書では警鐘を鳴らしています。



 一人でも多くの方に本書を手に取っていただいて、現在の対米追従性策の愚かさについて考えていただきたいです。




 著者の堤未果氏は、ニューヨーク州立大卒でニューヨーク市立大で修士号を取得されている国際ジャーナリストの方です。数々のアメリカの新自由主義政策の矛盾を、豊富な取材をもとに書かれた著書が多数あります。

また、参議院議員の川田龍平氏を夫に持つ方でもあります。


 私が同氏の著書に興味を持ったのは、ルポ貧困大国アメリカ (岩波新書) [ 堤未果 ]を読んだ時です。シリーズを読みました。教育、医療、保健などが、新自由主義の先頭をひた走るアメリカではどうなっているのかが書かれており、日本にはマネしてほしくないと強く思ったことを覚えています。




 まえがきでは、イラク戦争に従軍した元アメリカ兵のエピソードが書かれており、非常に印象的でした。


 「「日本には前から行きたかったんだ。水と安全はタダといわれる国で、どこへ行っても安全で美味しい食べ物があるなんて最高だ。」」という他国の人間が日本に対して持っている印象が、徐々に政治によって奪われつつあることを、本書では警鐘を鳴らしています。


 現在、ほとんどの日本人が知らない「水道の民営化」や福島原発汚染土だけでなく原発の売り込みのネタとして、汚染土の引き受けをしていたり、種苗法の改悪で一部の多国籍企業が独占する遺伝子操作をした種子を有害物質であるネオニコチイドの農薬とセットで受け入れるようにになっていたりと、日本の売国政策を次々と暴露しています。


 さらに、高度プロフェッショナル法案によって、労働者の定額働かせ放題の問題も暴いています。また学校や医療、介護保険の問題についても書かれており、自分と関係ないと問題に関心を寄せていない間に、どんどんと1%の金持ちが、99%の貧困層から搾取する社会に変貌させるための日本政府の政策を列挙しています。


 ぜひとも、現在の日本、これからの日本について、国民全員考えて行動し、民主主義を守りたいです。そのためにも、本書のご一読を推奨します。


 まえがき いつの間にかどんどん売られる日本!
 第1章 日本人の資産が売られる
 第2章 日本人の未来が売られる
 第3章 売られたものは取り返せ
 あとがき 売らせない日本





 私が特に印象に残ったのは、第2章5項の「学校が売られる」です。公立学校の公設民営化やバウチャー制度の問題は、崩壊するアメリカの公教育 日本への警告 [ 鈴木大裕 ]を読んですでに知っていました。しかし、アメリカの行き過ぎた新自由主義って恐ろしいなくらいの対岸の火事くらいにしか考えていませんでした。




 ところが、すでに日本でも国家戦略特区という法律を通さずに、自治体レベルの判断で政策が決定できる制度を隠れ蓑に、日本でも実験が始まっているということです。




 何度か書きましたが、最近の読書のテーマは、格差と教育(中学受験)になっているのですが、日本の教育の崩壊の序章の幕が切って落とされていたことに驚きを隠せません。ゆとり教育の導入から始まった、新自由主義者たちが、無産市民層を奴隷化するための国民の知性を劣化させる政策が、ゆとり教育の早い段階での失敗でとん挫したと安心していました。しかし、アメリカの教育を崩壊させた公立学校の公設民営化の日本への導入の地ならしがされつつあります。


 問題点は、現在でも大阪府の中学校の非正規職員の割合が40%くらいだそうですが、これが100%になるということです。新自由主義者たちは、人件費を抑えられ、「競争によって安くて良質の教育を実現できる」というお決まりの文句を言うでしょう。しかし、下手をしたら本すらまともに買えない低賃金の教員の提供する授業がはたして「良質」なものになるのでしょうか。




 国鉄の自由化で、地方の赤字路線が廃止されて過疎化が進みました。郵政民営化では、それまで赤字ではなかった決算が、大幅に赤字になりました。民営化推進論者たちは、失敗に対して反省することなく、ひたすらに「競争化によってサービスは向上する」と繰り返しますが、日本の民営化は失敗続きです。教育まで民営化しても大丈夫なのでしょうか。


 アメリカでは、教員が生徒の成績で評価されます。さらに生徒の成績が良くないと、学校に補助金が下りなくなり学校が廃止されます。そのときに公務員である教員が解雇されます。そのために、学校は成績の悪い生徒の入学を拒否するようになり、教育難民ともいえる子供たちが発生します。


 経費を極限まで切り詰めた公設民営学校は、カリキュラムをビデオで見せるだけのものに変貌していきます。まさに教育が崩壊していくのです。


 ここまで市場原理主義が浸透し、本来であれば競争とは相容れない教育にまで費用対効果を求める新自由主義とは何なのかを考えさせられます。


 よろしければ、こちらのくりっくをよろしくお願いします。

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(2018/10/24 11:24時点)
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『下流社会』(三浦展)を読んで 〜格差の問題は意識の問題なのかを考える〜

下流社会 新たな階層集団の出現 (光文社新書) [ 三浦展 ]

価格:842円
(2018/10/17 11:19時点)
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 へっぶしんです。

 「年収300万円、貯金ゼロ、フリーター願望・・・」という衝撃のキャッチコピーで一世を風靡した一冊ですが、出た当時に読んでいました。そして、その時に誤読をして相当に落ち込んだ記憶があります。

 新聞などの「平均賃金」を見ていると、そんなんにもらっていないという印象を受ける方が多いのではないでしょうか。月収しかり、ボーナスしかりですが、自分の収入が報道される「平均」に届いたことがありません。新聞テレビでの「平均」は、一部の大企業の正社員の平均だからです。

 昔読んだ時の誤読も、そうした報道を真に受けていて政府がHPで発表している全体の統計を見ていなかったことが、原因でした。世帯年収で700万円くらいないと、まともに生活できないというようなことが書いてありましたが、それを個人年収と勘違いするという大変な誤読でした。



 さて、著者の三浦展氏は、一橋大卒業後にパルコ・三菱総合研究所を経て独立しカルチャースタディー研究所を設立。家族、消費、都市問題などを横断する独自の「郊外社会学」を展開している。主な著書に『下流社会』『下流同盟』『ファスト風土化する日本』『東京は郊外から消えていく!』などです。




 初版が2005年で、13年前に書かれた本ですが、提起された問題は今でも解決に向かっていない。それどころか、格差は拡大し固定化に向かっている。日本は高度経済成長期からバブル崩壊まで培われてきた、1億総中流意識(実際はそうでもなかったようだが)が崩壊に向かっている。本書の「はじめに」では、「「中流化」から「下流化」へ」という見出しで、中間層の意識が「下」向かっていることを指摘している。ここで言う「下」の意識とは、「食うや食わずの状態」ではなく、「何か足りない」という程度のものだと筆者は指摘している。

 第1章 「中流化」から「下流化」へ
 第2章 階層化による消費者の分裂
 第3章 団塊ジュニアの「下流化」は進む!
 第4章 年収300万円では結婚できない!?
 第5章 自分らしさを求めるのは「下流」である?
 第6章 「下流」の男性はひきこもり、女性は歌って踊る
 第7章 「下流」の性格、食生活、教育観
 第8章 階層による居住地の固定化が起きている?




 中流の下流化が起きている中で、国民の生活がどのように消費私生活をしているかという消費論が、本書が書かれた13年前には存在しなかった。そこに筆者は問題意識をもち、本書を書いたとのことだ。特に、当時の30代の「下流化傾向」に着目し、人口の多い世代でかつ社会や消費の趨勢に影響を与えやすい世代にスポットライトを当てている。




 私が以前に本書を読んだときは、年収300万では結婚できない?というところに敏感に反応したからでした。すでに結婚しており、むすめもいるときに、自分の年収が結婚できるぎりぎりの状況だと書かれていることに、焦燥感を覚えました。どうしても今の世の中では、自分の価値を年収で規定してしまうところがあるように思います。少なくとも私には、そういうところが多分にあります。報道での平均給与を見て、落ち込むことがしばしばありました。いまだに、自分の世帯年収が中間層の上位に位置しているという事実を、自分で受け入れられないでいます。身の回りの人間が、自分以上の収入を得ているからです。


 しかし、厚生労働省の賃金の統計を見る限りでは、何回見ても中間層の上位の世帯年収を得ています。よく聞く話として、階層間での分断が起きているということが、私の実感とデータとの乖離にあるのかもしれません。私立の中高一貫校を出て、大学を卒業して、就職・結婚を経る中で、自分と同じような道を歩いてきた人間に囲まれているだけなのかもしれません。そして、上記の年収300万以下の生活をしている人間が見えなくなっているだけなのかもしれません。


 非正規職員で、年収300万円以下の生活をして、職場と自宅を行き来しているだけの人と出会う可能は、考えてみるとかなり低いようにも思えます。また、家族で外食に行っても、周りで外食をしている人たちもまた、私と同じような階層の人たちばかりで、外食すらできない厳しい生活状況の人が目に入らない可能性は大いにあります。


 さすがに、電車に乗り合わせている人の年収が見た目でわかるわけではないので、やはり社会が分断されているがために、下流化している人には合わなくなっているように感じます。また、SNSで古い友人と再びつながることはありますが、頻繁にSNSに投稿をアップする人は、それなりの生活をしている人で、生活に苦しんでいる人が自分の窮状をSNSにアップすることもないでしょう。ですから、友人と書いた中にも、やはり苦しい生活をしていてSNSに近況をアップすることができない人もいるのかもしれません。


 様々なブログを見ていると、結婚しているだけで勝ち組だと判断している記事も見受けられます。現在は、20代の約半数が非正規で働いているともいわれています。そのため、外に遊びに行くこともできず、収入が低いがために恋人もできない人もいるという記事も目につきます。本書が書かれてから13年たち、メインに扱われていたロスジェネ世代が、40代中盤に差し掛かっている中で、相対的貧困率が15%になっています。親の収入が低いために就学援助を受けている児童が、7人に1人という状況です。


 また、私の若かりし頃は、個性的であることが強調され、自分らしさとは何かということを追求することがよしとされる時代でした。ところが、下流化している人ほど、この自分らしく生きたいという思考が強いとのことです。私自身、自分らしくありたいという意識が強くあります。しかし、仕事をしているうえでは、顧客からの信頼を得るためにも、頼れる存在という演技をしています。素の自分を職場でさらけ出すことなどは、とてもできません。そんなことをしたら、誰からも信頼されないと感じるからです。


 この世の中、TPOに合わせて自分を演じることくらいは必要だと考えています。本書に書かれている「自分らしく生きたい」とアンケートに回答した人が、どの程度の意識で「自分らしく」というものを考えているのかはわかりません。もし、日常生活のすべての場面で、素の自分をさらけ出して生きていくことが「自分らしく」生きることであるのであれば、それは単に社会性がないということになるでしょう。しかし、私自身も社会性があると自信を持って言い切ることはできませんが、少なくとも仕事の上では求められる姿を演じられるように努力します。ただ、その演技を日常生活のすべてで行うことは当然に困難で、家ではダメな自分をさらけ出していますし、友人といるときに変な気をつかうこともなく、素の自分をさらけ出しています。上記のアンケートでの「自分らしく生きたい」が、私のレベルでの「自分らしさ」であれば、いくらでもいるのではないでしょうか。


 さらに、団塊ジュニアの親である団塊世代では、「自分らしさ」を大切にしている人ほど、階層意識が高いようです。団塊世代と団塊ジュニア世代では、「自分らしく生きたい」という意識において、階層意識が逆転しているという現象はとても不思議でした。


 最後に、私自身は自分に、今の自分は恵まれていないわけではないと言い聞かせ続けています。就職活動の時は、100社に応募し、30社に落ちるという平均的な活動の末に、企業規模を妥協してベンチャー企業に入社してしまった自分を責めました。ボーナスもまともにもらえなかった20代の時は、大企業に就職した友人との収入の格差に、自分の未来を見失いかけました。今も、むすめの学校の保護者会の前のママ友とランチをすると、自分はやはり最下層の生活をしているのではないかと不安になります。


 それでも、やはりむすめを私立の通わせている生活は、そもそも子どもを塾に通わせることも厳しい家庭があると聞くと、悪い生活ではないのかなとも思えます。自分の意識をもっと上げて、体を壊さない範囲で仕事もやっていこうという気持ちになりました。

 よろしければ、こちらのくりっくをよろしくお願いします。

下流社会 新たな階層集団の出現 (光文社新書) [ 三浦展 ]

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(2018/10/17 11:19時点)
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『格差が遺伝する』(三浦展)を読んで 〜格差社会を考える〜

格差が遺伝する! 子どもの下流化を防ぐには (宝島社新書) [ 三浦展 ]

価格:799円
(2018/10/17 08:36時点)
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 へっぶしんです。

 最近のテーマは、中学受験と格差社会です。中学受験をできる家庭が、格差社会で上層に位置しており、社会全体はどのようになっているのか。という問題意識で本を読み続けています。読めば読むほどげんなりするのですが、いまの日本社会はどうなっているのか、これからどうなるのか、自分はどのように生きていけばいいのか。などを考え続けています。



 著者の三浦展氏は、一橋大卒業後にパルコ・三菱総合研究所を経て独立しカルチャースタディー研究所を設立。家族、消費、都市問題などを横断する独自の「郊外社会学」を展開している。主な著書に『下流社会』『下流同盟』『ファスト風土化する日本』『東京は郊外から消えていく!』などです。





 本書は子どもの成績について、経済面・親の学歴・祖父の学歴・母親のタイプなどから分析をしています。その中で、子どもの成績を決めるのは、収入の格差だけではなく、生活の質の格差も大きな要因になっていると結論付けています。

 第1章 子どもの成績は親の経済力に比例する
 第2章 母親が子供の成績を左右する
 第3章 食生活が成績の上下を分ける
 第4章 頭の良い子はどんな子か
 第5章 「生活の質」の格差が階層の固定化を生む
 第6章 子どもを中学受験させる親、させない親
 第7章 母親たちの満足と不満
 参考  母親の4タイプと子どもの成績



 筆者は『下流社会』で、格差それ自体は否定せずに、格差の拡大について問題視し、さらに格差が固定化して子どもに再生産されることを問題として指摘しています。本書はそのような状況の中で2007年、約10年前に書かれました。

 この親の格差が子どもに受け継がれていくことが、本書のテーマになっています。




 格差社会を考えるときに、どうしても自分の位置はどこなのかということが気になってしまいます。典型的な日本人の横並び志向なのでしょうか。だから、厚生労働省の国民生活基礎調査などで世帯年収の分布を見たり、賃金構造基本統計調査などを見たりしてしまいます。そうすると普通だと思っていた自分の生活が、実は贅沢だったという衝撃の事実に気づかされます。自分の生活が普通だと思う根拠としては、世帯年収が1000万に満たないからというものであり、裕福と普通の線引きを1000万という数字を基準に考えているからです。しかし、日本全体の統計の数字を見ると、自分の家庭がある程度上位に位置しています。正直、「ウソだろ」という信じられない気持ちになるのですが、一方で、多少仕事がきつくても耐えようというモチベーションにもつながります。そして、妻がフルタイムで働いてくれていることに感謝の気持ちもわいてきます。


 その中で、自分自身がむすめを持つ一人の親としてどう責任をもって、どうしてやれるのかを考えます。以前も書きましたが、むすめ(「難関」中高一貫校在籍)は親(「有名」中高一貫校出身)に似ずに頑張って学校に通っています。保護者会の前にママ友ランチ会に一人で乗り込むという暴挙をしたのですが、そこでの話では我が家は最下層ではないかと思えてしまいます。自分が育った環境では、我が家の収入が十分には思えず、むしろ足りないように感じてしまうのです。中高の友人はもちろん、大学の友人も当たり前のように自分よりも収入が高いのです。さらに、私自身の仕事も高所得層向け(世帯年収800万以上)のサービス業をしていることもあり、統計上の中央値に来るような平均的な生活をしている人と出会える機会がほとんどありません。だから、政府の統計を見ながら、自分の生活は悪いものではないと思い込むしかないのです。




 そこで、自分自身の教育観や実際に家庭で行っている教育について、むすめに対して不足しているのではないかという恐怖感が常に付きまといます。本書を読んで、統計では子どもの学力は母親がその多くをになっているという結果を見て、妻の行動がむすめに良い影響を与えていることに感謝の念がわきました。ダメな自分を支えてくれているのは家族なんだと改めて気づかされました。

 よろしければ、こちらのくりっくをよろしくお願いします。


格差が遺伝する! 子どもの下流化を防ぐには (宝島社新書) [ 三浦展 ]

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(2018/10/17 08:36時点)
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『格差社会の結末』(中野雅至)を読んで 〜格差を考える〜

格差社会の結末 富裕層の傲慢・貧困層の怠慢 (ソフトバンク新書) [ 中野雅至 ]

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(2018/10/7 14:57時点)
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 へっぶしんです。

 ちょっと古い本で、2006年8月が初版です。このころは小泉政権の終わりころです。本書では、小泉政権を、センセーショナルではあるが、政策の中身は中曽根政権や橋本政権が進めた新自由主義路線の延長線上であるにすぎないと述べています。

 小泉政権のころは、結構ブログかいてましたね。懐かしいです。前回のモリタクと尾木ままのときもそうでしたが、ホリエモンが世間をにぎわしていましたね。

 その後、何度か転職して、ブログを書くということを忘れた日々を送っていました。生活もカツカツでした。今は繁忙期は忙しいものの、平日の何もない日の勤務は、そこまで忙しくないので、ちょこっとした文章なら書く時間があります。収入も、いまだかつてなく安定しています。ただ、職場のパワハラが半端ないので、年に1回の人事異動で人間が入れ替わってほしいと願いながら日々働いています。

 では中身ですが、格差社会をまず

 ・職業威信
 ・学歴威信
 ・金銭(所得)

 の3つに分類し、金銭(所得)の格差について書くと定義しています。

 その中で、所得格差については、若年者の格差が広がっていることに言及しています。しかし、10年前はそこまで格差は広がっていなかったようです。しかし、私のような、ロスジェネ世代の就職難の人間に、正社員として働くチャンスを与えるべきという意見が書かれていましたが、そのような政策はなかったように思います。

 私は、たまたま恵まれていたのか、ほぼ正社員として働いてくることができました。しかし、今の職場でも、同年代のアルバイトがたくさんおり、プライベートの話をゆっくりする機会もないので、どのような生活をしているのかは謎です。収入を考えると大変そうに思うのですが、私の周りでは、正社員は大変だから今のままでいいやという考えの人が多いように感じます。

 本書が書かれた10年後の今は、小泉政権時と同じように、「景気回復」が続いており、株価だけはバブル崩壊後の高値を更新しています。しかし、格差が縮まったかというと、開く一方で、就学援助を受ける世帯が増加の一途をたどり、6〜7人に1人という割合にまで増えています。さらに、20代の若者の就業形態は、売り手市場といわれている割には、半数が非正規社員になっており、若者でも勝ち組と負け組が大きく分かれています。

 中には、収入にこだわらずに、できる生活をしようなどという言説も出てきています。多様性の一つとして、お金のかからない生活を選ぶのであればよいのですが、選択肢が限られた中で、選ばざるを得ずに選んだ道であれば、話が違ってくるのではないでしょうか。また、湯浅誠さんの比喩で、椅子の足りない椅子取りゲームというのがありましたが、現在はさらに正社員という椅子が少なくなっているように感じます。そして、選ばなければ仕事はあるという強弁が幅をきかせています。

 筆者の考える行政政策の方向とは全く違う方向に進んでいます。



 教育についても、やはり東大入学者の親の平均年収の高さを上げており、それについは、先日も書きましたが、公立中高一貫校・国立・私立の中高一貫校出身者が約7割を占めるに至っています。もちろん、東大だけが人生の成功を物語るものではありません。ただのひとつの指標にすぎませんが、東大入学者の親の平均年収が上がり続けているのは、事実としては間違いがないのです。

 そして、高収入の家庭ほど教育に対する関心が高く、逆に所得が低い家庭は教育に関心が薄い傾向にあるようです。収入格差の固定化ということが言われていますが、まさに、「あきらめてしまっている」家庭が増えしまっていないかと危惧しています。

 さらに機会(チャンス)も低所得の家庭には少なくなってしまっているのではないでしょうか。中学受験は年収800万が最低限といわれており(公立中高一貫のみの受験は除く)、高校受験に関しても、東京では、塾通いせずに、難関校に進学するのは至難の業ではないでしょうか。さらには、私立大学の学費が年間150万もかかるとなると、収入の低い世帯に生まれた子供は、育つにつれて進学意欲が低くなるのではないでしょうか。

 教育格差が広がり、企業でも人材研修の費用が下がり続けいているようです。そうすると、小学生から塾通いをして中高一貫校に入り、そこから難関大学に進むというのが、社会のアッパー、ミドルアッパーの定番進路になるではないでしょうか。

 私自身も、私立の中高一貫校の出身で、最近気づいたのですが、平均年収以下で生活をしている人が、視界に入らないのです。仕事柄、BtoCのサービス業をしていますが、顧客層はまさにアッパー・ミドルアッパーで、普通の収入の世帯の方は見かけません。同級生もSNSに頻繁に投稿するリア充自慢の人たちは、見ていて、収入が違うな^^;という印象です。

 私が危惧しているのは、この「見えない」という現象です。社会が分断されてしまい、平均的な収入の友達がいません。友達と遊ぶたびに、ちょっと妬ましいという感情を抱きながら、時のたつのは早いものだと感傷に浸っています。

 戻ります。結局、格差を埋めるには、ある程度の累進課税の強化、企業が「正しく」稼ぐこと、生活保護世帯(勤労世帯)の人への職業訓練の充実などを進めるというものでした。とくに筆者は、厚生労働省での勤務経験があり、職業訓練については、公務員の感覚では、一般企業が求めているスキルが分からず、職業訓練を受けたとしても就業につながらないケースが多いことを問題として挙げています。

 これを、まさに民間委託して、一般企業を知る一般企業で、職業訓練を行う。企業側では、採用する人間のスキルを明示することを提案しています。確かに、就職・転職活動をしている際に、企業が求める人物像に自分を近づけて面接をするわけですが、この「人物像」がずれると採用につながりません。しかし、これを「人物像」よりもさらにわかりやすい、「スキル」にして詳細に書けば、企業側も求職者側もわかりやくなるのではないでしょうか。

 さらに、派遣労働に対しては、筆者は反対しています。私自身も、最初に入った会社は、人材サービスの会社に正社員として入り、大手電機メーカーに「派遣」されましたが、職場内で一緒に仕事をしているにもかかわらず、みんな賃金がバラバラでした。とくに、職場の正社員が私の1.5倍程度と高く、世の中を恨んだのをよく覚えています。どれだけ、仕事で貢献をしても、所属している会社の規模や収益が低いために、自分よりもできない人間が、自分よりも給料が良いのを目の当たりにしていました。自分が、企業の雇用の調整弁になっていると自覚しながら働くのは、気分の良いものではありません。さらに、将来の見通しがつかないという閉塞感が大きかったです。派遣の禁止と、同一労働同一賃金は、とても大事な政策ではないでしょうか。

 今の会社では、顧客への営業・イベントの企画を正社員が行い、正社員指揮のもと運営がなされます。そういった意味では、きわめてまっとうな会社でよかった思います。規模や責任の重さなどに疲れてはいますが。。。

 最後に、筆者は後半では、バブルの崩壊で、社会の信頼が失われたと書いています。この信頼の回復が、今後の日本に必要なものだとのことのようです。社会保険庁の年金の問題がありましたが、不正をする役人と年金システムの信頼性は別物なので、きちんと分けて考える必要があると述べています。また、行政改革については、改革すべき点は山のようにあるので、どのように改革し、改革した後はどうなるのかを明確に示して、一気にやるべきだと述べています。これは、国会議員の怠慢だと指摘しています。

 確かに、マスコミの報道を見ていると、官僚に自浄作用がないというような指摘がありますが、官僚の仕事は、憲法・法律を施行していくことで、法律を作る・システムを作り上げるのは、国会の仕事です。ということは、結局は、自分の望むような社会になってもらうためには、選挙が重要になるという結論になるのではないでしょうか。

 とくに中間層・貧困層が、自民党を支持して自分の首を絞めるような残念な投票活動をしない判断力を、有権者がつけていかなければならないのではないでしょうか。

 ・・・・結論がありきたりすぎる。。。

 よろしければ、こちらのくりっくをよろしくお願いします。



『中学受験 わが子をつぶす親、伸ばす親』(安田 理)を読んで中学受験を考える

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 へっぶしんです。

 最近の読書は、格差社会と中学受験に偏りまくってます。

 格差社会は、資本主義経済というものが弱肉強食の社会であり、数少ない強者が多数の弱者を搾取する社会だから、その中で自分が生き残るためにも、社会の仕組みをしっかりと知らなければと思い読んでいます。

 他方で、その資本主義社会の中で、勝ち組にしか許されない中学受験について、自分も経験し、むすめも経験し、自分の同級生やむすめの同級生のアッパーぶりの見聞をするにつけて、結局何なのか、私にとっては何だったのかが総括しきれていないので、繰り返しいろいろなものを読んでいます。

 本書では、親の中学受験へのかかわり方が書かれており、専業主婦の母親向けというのが、メインターゲットになっています。2007年初版なので、学校が古く、すでに校名が変わっているところもありました。校名変更の原因は、私立の中高一貫校も資本主義社会の中で、自校の差別化に必死になっているからでしょう。変化の激しい業界なのだなと感じました。さらに、男子校・女子校だったところが、共学化しているところがあり、変化の速さに、新たな驚きを得ました。

 親が子どもに中学受験をさせるのは、難関大学信仰があるからでしょうが、それにしても、やりたくない子供を中学受験に駆り立てるとは恐ろしいですね。私は12歳の時に自ら望んで塾に入り、中学受験をしたので、何とも言えませんが、本書の中に出てくる母親には、頭が下がります。メインターゲットが、専業主婦と書きましたが、共働き夫婦の母親の場合は、睡眠4時間で頑張る方もいらっしゃるようです。子供の学歴のために、自分が睡眠4時間の生活をするなんて、想像できません。

 私も、共働き家庭に育ったので、塾での夕食は母親に買ってきてもらっていましたが、ほとんど放置だったので、そこまではしていなかったようです。むすめの場合も、妻の起床時間が早いため、睡眠時間自体は短かかったようですが、通勤時間や隙間時間で仮眠をとっていたようです。そして、私が最悪の父親だったのかもしれませんが(現座進行中で最悪の父親なのかもしれませんが)、休日はほとんど外食し、むすめには自分で受験すると言ったんだから、塾の宿題の時間は、自分で捻出しろと言っていました。中学受験のために、すべてを犠牲にする気にはなれなかったからです。それでも、むすめは最難関の学校に受かってしまいました。

 本書には、親とのかかわり方が書いてありますが、我が家では、小4の時点で、妻が宿題を一緒にやることを放棄し(算数が理解できなくなった)、丸つけだけはやるもののあとは、塾の担当任せでした。

 私も中学受験を経験していたので、妻が宿題を一緒にやることを放棄することに対しては、別段、何の問題も感じませんでした。子供としては、親が分からない問題を自分が解けるということが、とてつもないやる気に直結することを経験を通して知っていたからです。本書にも書いてありましたが、完ぺきな親になる必要は全くないのです。

 さらに、私の経験にはないことなのですが、親戚が通う学校について、あれこれ噂することを母親が必要以上に気にするようです。私は自分の子供なのだから、自分以上にはならないと思うのですが、どうしてそれ以上を期待してしまうのかは、正直理解出ませんでした。まだまだ、親が子どもを思うときには、難関大学に行き、一流企業に就職する・持っていれば高収入が見込める資格を取得する。といったキャリアパスを、子どもに願っているのでしょうか。

 ちなみに私がむすめに望んでいることは、国公立大学に進んでくれることです。理由は明白で、大学には行ってほしいが、私立大学の学費(文系で年間150万)を出せる自信がないからです。

 よろしければ、こちらのくりっくをよろしくお願いします。 

『父と子の中学受験ゲーム』を読んで中学受験やその先の東大信仰を考える

 へっぶしんです。

父と子の中学受験ゲーム【電子書籍】[ 高橋秀樹 ]

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 読みました。

 私自身が「有名」中高一貫校の出身で、むすめも無事に「難関」中高一貫校に通学しています。私自身の受験は、自分から受験を言い出して、どうでもいいと考えている私の親に金と労力を提供させたという、子供の自己満足受験でした。

 むすめの受験ではほとんど何もせずに、むすめの第一志望が残念だった時に、近くにいた父子が抱き合って残念な涙を流しているのを見て、そこまで家族一丸となるのが中学受験なんだなと、むすめの受験が終わってからたいして受験に協力しなかった自分を反省しました。だから、この本を読んで、筆者の父親としての奮闘ぶりに頭が上がりませんでした。

 後半部分のエッセー的な振り返りのところでは、算数ができる女の子の話や筆者の次男の恋愛の文が12歳の男の子にはわからない話などは、読み物として楽しく読ませていただきました。

 さて、中学受験に関する本が多いのですが、こと私立の中学の受験に関しては、まず考えなければならないのが、受験層の最低の世帯年収が800万以上だと各種の情報で出ていることです。これは、むすめを私立に通わせている(通っていた私も含めて)実感するところです。(データがなく申し訳ありません)

 むすめは、周囲の友達との会話から、自分が世の中の最下層の家庭で育っているように錯覚しています。私も、普通のサラリーマン共働き家庭だったので、貧しい家庭で育っていると勘違いしていました。

 そして、中学受験を考えるときに避けて通れないのが、大学への進学実績です。進学校を志望する場合には、東大への合格実績を気にしてしまうのではないでしょうか。そもそも同年代のことたちの中で3000人しか(3000人も?)合格できないにもかかわらず。。。

 で、逆に東大に通っている学生・家庭の情報が東大のホームページで「学生生活実態調査」というのに載っていたので、気になる部分を切り取ってみました。

 まずは、出身校です。具体的な学校は、東大合格ランキングとかをググればわかると思うのですが、こっちのほうが衝撃ですね。

東大生活実態調査‗出身校
















 私が大学受験したころから、これに近い形になっていたと思うのですが、過半が私立の中高一貫校出身なんですね。私の親世代の公立のトップ校⇒東大というのは、もう都市伝説ですね。その他の公立学校に、都道府県立の高校が入るのでしょうが、20%しか(20%も)いません。中学受験に対して、カネで学歴を買うという批判がありますが、的を射ているように感じます。

 ま、データから受ける印象は人それぞれなので、それはいいのですが。国立大学附属も、東京では学芸大・筑波大・お茶の水女子大・東大の附属がありますが、いずれも中学受験での入学者が多くを占めています。一部で、小学校・高校からの入学者がいるといったところではないでしょうか。

 そうすると、公立中高一貫校と国立附属を含めると、東大入学者の70%くらいが中学受験の経験者となります。(少々雑ですが)

 ここからは、東大に行きたければ中学受験をすべきだということになるのではないでしょうか。先ほども述べましたが、私立の中学受験には、各種の情報と私自身・むすめの経験を合わせても、世帯年収800万は必要なのにもかかわらずです。そうしないと30%のマイノリティーになってしまうというのは、果たして健全な状態なのでしょうか。。。東京都内でも、場所にもよりますが80%くらいは公立中学に進学するのにです。

 そして、東大進学者の親の年収の分布です。
東大生活実態調査‗年収

































 本書では、筆者はこの状況は普通だと言い切っていましたが、私は違和感を覚えます。モリタクと尾木ママのところにも書きましたが、親の平均年収が1000万を越えている状況が果たして正常といえるのでしょうか。

 年収750万未満が20%弱いるから、希望はあるといえるのでしょうか。素直にこれを見ると、中高一貫校に通う裕福な家庭の子供が、東大進学には圧倒的に有利ということにはならないでしょうか。

 高学歴を手にした裕福な家庭に生まれた子供は、そのまま高所得を維持して、アッパーな状態を続けるとなると、富裕層の固定化が起きているという言い方ができてしまうのではないでしょうか。

 ここから、努力でどうにかなるというデータの見方ができるのでしょうか。

 よろしければ、こちらのくりっくをよろしくお願いします。 

































































『忍び寄るネオ階級社会』(林信吾)を読む

 へっぶしんです。

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 最近は、格差社会という言葉に異様に執着しています。

 最近まで自分のキャリアパスが報われていないと、社会を恨んでいました。大学卒業時に就職活動せずに、卒業して人生初の「浪人」(無職)という立場になった瞬間に、自分の社会的な存在意義に危機感を覚えて、就職活動を開始しました。しかし、ロスジェネ世代の私は、企業から相手にされませんでした。

 たぶん100社くらいエントリーしたのではないでしょうか。そして、30・40社をうけるという、当時としては極めて普通の状況だったのですが、会社の規模をどんどん落としていき、ようやく内定をもらったのは社員20名くらいの零細企業でした。

 零細企業を否定する気は全くありませんが、やはり待遇ということを考えると、まじめに就職活動をして大手に就職していった友人と比べると、あまりにも見劣りをするものでした。それでも、必死に働きました。多くの会社が間に入る偽装請負の状態で、大手電機メーカーのエンジニアたちと仕事をしました。

 そこでも、同じ仕事をしている現場のプロパーの社員の将来の展望と、自分の展望には大きな差が存在しました。さらには、同じ仕事をしているにもかかわらず、年収の差に悔しい思いをしながら仕事をしていました。

 ただ、昔の記事をあさっていただければどこかにあると思うのですが、大手メーカーが海外製品のプロジェクトに入ることになり、香港に180日・ロンドンに30日の海外出張に行くことができました。会社の金で海外に行けていた当時は、海外旅行をするのをばかばかしく思っていました。

 そのころのプロジェクトは激務でした。周りとの待遇などは、海外に行けて、海外で働けているという状況であまり考えなくなっていました。しかし、その大手メーカーの部長の勤務状況を見ていて、自分が目指している姿とは違うのではないかと思うようになました。結局、会社を3年で辞める若者になりました。

 それはさておき、何度もアップしていますが、最近見つけた厚生労働省の「国民生活基礎調査」での世帯年収の棒グラフを見て、それでも自分は恵まれており、それなりの収入を得てきたという事実を知るに至り愕然としました。

 自分が新卒時に就職活動をしなかったつけを10年以上も払い続けて、そのまま一生を終えるのかと、人生をあきらめていました。ま、投資でその分を埋めるしかないとやっきにもなっていますが。ところが、自分がそこそこ恵まれているということを知ることができ、自分の周りにはいない平均的な人たちはどのような生活なのかと、最下層に近い生活をしていると思い込んでいたのに、実は恵まれている方の層にいることに、この年になって気づきました。

 まあ、今はサービス業の会社で仕事をしており、自分よりも収入が高い層をターゲットにサービスを展開しているので、毎日、上には上がいることを見せつけられてはいるのですが。

 それはさておき、本書では、1億総中流という社会はもともとからして幻想だった。高度経済成長期にも格差は存在していた。もともと存在していた格差が、バブル経済の崩壊を機に目に見える形で、出てきただけだということです。

 そして、イギリスに10年滞在した筆者の経験をもとに、イギリスの階級社会についての記述があり、さらに日本がイギリス型の階級社会に近づいていると警鐘を鳴らしています。格差社会と階級社会は、厳密には違っており、簡単に言えば競争社会で収入に大きな格差がある社会が格差社会で、この格差が世代間で固定化される社会が階級社会だと筆者は主張しています。

 イギリス型格差社会では、最下層の労働者は、親から義務教育終了と共に働くということを刷り込まれ、仕事にプライドを持てずに低賃金の仕事をし、さらには教育レベルが低いために自分よりも下の人間を排斥する人間になるようです。

 その例として、筆者がイギリスで事務所の机を発注した時の例が書かれていますが、イギリスに滞在経験のある私の友人も、水道工事を依頼した際に来たイギリス人の業者がひどく、部品がないからということで平気で修理を後回しにされたと言っていました。友人から聞いた当時は、その友人は本書の中の「ロンドン村」の上位に位置するエリートで、イギリス人を馬鹿にする話し方をしていたので、話半分で聞いていましたが、本書によって、イギリス人の労働者階級の仕事の仕方と妙に一致する部分がありました。

 また、教育においては、イギリスの上層の階級の子供は小学校から私立に行き、さらには大学入試でも優遇受けるということと、公立の学校のほうが低く見られているということには驚きました。これも、私の母親から、イギリスに住む友人が、子供を公立の学校に入れようとしたところ、そんなところに行かせたら友達付き合いを辞めると言われた友人の話と、符合しました。

 よく日本の政治家が、「努力すれば報われる社会」ということを言いますが、先ほども書いたように、日本でも東大入学者の家庭の平均年収が1000万を超えている状態になっています。

 本当の意味で、努力すれば報われる社会になってほしいものです。



 よろしければ、こちらのくりっくをよろしくお願いします。 
 


『教育格差の真実』という尾木ママとモリタクの対談本で格差社会を考える

 へっぶしんです。

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 懐かしのモリタクと尾木ママの本を読みました。格差拡大が続き、富めるものがさらに富めるという世の中になっています。拡大し続ける格差の実態を、教育という方面にスポットを当てています。ただ、時事ネタが古くて、懐かしいニュースが満載です。2008年が初版で、小泉内閣による新自由主義政策などが書かれています。

 新自由主義については、モリタクが簡潔にまとめてくれています。

 ・規制緩和と民営化
  政府が小さくなり、セーフティーネットが崩壊して弱者が救われなくなります。そのうえで弱肉強食の社会になります。

 ・大企業や富裕層へは減税をして、庶民に増税
  具体的には、法人税を下げ、累進課税を緩和します。そして、消費税を増税します。

 ・格差拡大社会のなかで、富裕層だけが高学歴になる仕組みを作る
  公教育のレベルを下げる。
  中学受験などがいい例ですね。私立中学に通わせるには、世帯年収が最低でも800万必要らしいです。
  現在の私立大学の学費は、文系で150万くらいになっています。一般家庭では奨学金を使わないと、自宅通学でもつらいのではないでしょうか。

 いまだに安倍政権の下で新自由主義政策が、強力に推し進められていますね。

国民生活基礎調査29年度グラフ

























 東大生の親の平均年収が1000万を超えているというのも、一般の平均年収の倍の収入がある家庭に生まれないと、高学歴を得られないという格差が、厳然として存在していることの証左ですね。

 この本は、この中で特に教育について書かれているのですが、学校選択制度によって学校間格差が広がったり、さらには地域格差が広がったりするとのことです。学力別クラス編成の弊害なども書かれています。また、日本の教育制度の中で育ったエリートには、教養はつかないということも面白いところではないでしょうか。

 一時、ヒルズ族などともてはやされていた人たちは、お金の使い方が決まっていて面白くないとのことでした。

 結局は、学校が劣化し、塾に頼らざるを得なくなり、塾に通わせられる家庭の子供が高学歴になる。塾に通わせられない家庭の子供が、高学歴になるのは難しいという社会になっているということでした。

 弱肉強食の社会での勝者は、一握りの人でしかありません。しかも生まれた家が裕福であればあるほど、競争に有利になります。そんな社会は、生きずらくて仕方ないのではないでしょうか。多くの普通の人が幸せに暮らせる、北欧型の社会民主主義のような社会に、日本が方向転換してくれることを願ってやみません。

 よろしければ、こちらのくりっくをよろしくお願いします。


ラディカル・デモクラシー(1)

 へっぶしんのニュースや日記です。

 先日紹介した「ラディカル・デモクラシー(ダグラス・スミス)」を読んでいるが、楽しくて仕方がない。そこで書評は書かないといったが、興味深い個所を取り上げて考察を加えることにする。あくまでも断片的なトピックを取り上げるため、本書の全体的な内容がわかるようにはならないことを最初にことわっておく。

 まだまだ第一章が終わらないのだが、民主主義という言葉が権力者達に都合のよいように使われ、言葉本来の意味を失っているかということを実証しながら問題の提起が行われている。

 第一章 ラディカル・デモクラシー 名称の修正が必要なわけ(P29)

「人民(ピープル)を再定義する(a)」
 民主主義はふつう人民(ピープル)による統治と定義される。これをラディカルな意味に解することを免れる古典的方法として、奴隷と女性、異人種、貧乏人、ある種の他集団を「ピープル」から除外してその意味を狭めると言うやり方がある。どこの国であれ中産階級や上層階級が「ピープルズ・パワー」を支持するとき、その「ピープル」とは彼ら自信を意味すると相場が決まっている。彼らが民主主義を要求しても、召使いや労働者を供給してくれる階級、自分達の富や社会的地位の拠り所である剰余を生み出す階級に権力を取れとよびかけているわけではない。
 しかし、いうまでもなく民主主義(デモクラシー)の「デモス」とはもともと市民の中でもっとも貧しい、もっとも数の多い階級を意味したのであり、その当初の意味において民主主義とはその階級による支配を意味したのである。中産階級による支配は、その善し悪しは別として民主主義ではなく中産階級支配と、その内容通りに呼ばれるべきである。

 民主主義という言葉は歴史的に見て、酷使され、手垢にまみれ、本来の意味を失っていたかを、はっと思い出せる力のある文章だ。普通に民主主義という言葉を使うときに、「人民(ピープル)による統治」と、置き換えたときに意味の通じる場合がどれだけあるか疑問だ。そして権力者達によって歪められてる民主主義という言葉をもう一度、本来的な意味として捕らえなおす必要性を意識せざるを得なくなる。

「人民(ピープル)を再定義する(b)」
 支配政党や政権を目指す政党は、「ピープル」を「その政党の支持者」であると再定義して民主的であることを自ら実証しようとすることがある。「ピープル」はイデオロギー的概念となり、そのイデオロギーを受け入れない人々は範疇に入れないのである。「ピープルの敵」とみれられるか、あるいは単に目に見えない、なきに等しい存在になることもある。政府を支持するほんの一握りの少数集団を「ピープルの真のスポークスマン」だと称する独裁政権にこれを見ることが出来る。これはせいぜい数十か数百のデモに「ピープルによる抗議行動」という見出しをつけて報じる野党の機関紙にも当てはまる。

 今の小泉政権に当てはめると、笑ってしまうくらい文中に登場する独裁政権の性質と一致してしまう。小泉首相に読んでもらいたい文章だ。現実を見ると、小泉政権の新自由主義路線を支持しているのはほんの一握りの集団であり、残りの大多数は新自由主義という概念すらわからずイメージだけで支持しているのではないか。客観的に見ると、民主制度いう仮面をかぶった国家が日本であり、小泉内閣であることに気付かされる。そして、民主主義をまっとうに履行している国家など全世界を見渡しても存在していないことにも気付かされる。

「人民(ピープル)を再定義する(c)」
 そのバリエーションとして、ピープルが正しい意識を持ちさえすればこう考えるはずだとか、そう考えるべきだという立場を代表するのがわが党であると、自負する場合もある。政治教育を試みるという立場に立てばなにも悪いことではない。問題が生じるのは、「ピープル」が生身の人間ではなく理論的な抽象でしかないところで、みずからをピープルの権威を後ろ盾とした政党、ピープルの真の声を代弁する政党として登場するときである。そうした政党が政権を取っても、ピープルが政権を取ったことにはならない。

 これも民主主義を装うどこの国でも同じだ。常日頃から、「民主主義=人民(ピープル)による統治」だということを理解しなおし、国民として民主主義を勝ち取るために政治に関与していかなければならないのではないか。(しかしながらこの意味での政治への関与は単なる庶民の我々では、選挙に行くというくらいしか関与のしようがないのも事実だが。。。)

是非是非のお勧め本です。

すきやすきや
大新聞不読
STOP_KOIZUMI4

NO_CHANGE_9

『ラディカル・デモクラシー』のご紹介

 へっぶしんのニュースや日記です。

 久々に更新しますが、大学時代のゼミで取り扱った本を紹介します。久しぶりの眠りからさめたその本は、埃をかぶっていたのは言うまでもありません。そして開いてみてびっくりしました。なんと、赤いペンで、線を引いてあるではないですか。

 「俺も、少しは勉強したんだな〜。」

 と思っていたら、線を引いてあるのは、約300ページの本の最初の100ページにも及びませんでした。

 「俺って何も変わってないな。」

 と、安心しました。

 久々にページをめくってみて、思っていたよりも難しくなくて、もう一回読んでみようという気になりました。(前半部分だけがもう一回で、後半部分はおそらくはじめて読むことになります。)

 本の内容としては、「民主主義って何?」ということがテーマになっています。「民主主義の定義を言ってください。」、といわれたら、明確に答えられない方が、殆どではないでしょうか。私もその一人ですが、そもそも学問として、民主主義の定義というものはあるのでしょうか?

 国民主権とも違う、基本的な人権の尊重とも違う、法の下の平等でもない。では、民主主義とは。。。その回答が、この本で見つかるのかを楽しみに読み進めて見ます。書評を書く能力がないので、紹介のみ致します。ここまででおもしろそうだと思った方は、ご自分で読んでみて下さい。できればその書評を私が読んでみたいです。。。

ラディカル・デモクラシー―可能性の政治学
第1章 ラディカルデモクラシー
第2章 民主主義に反する開発・発展
第3章 機械の反民主主義
第4章 民主主義の傷だらけの伝統
第5章 民主主義の徳
結論 ペルセポネーの帰還

そもそも民主主義って何でしょうか。。。

すきやすきや
大新聞不読
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NO_CHANGE_9

「国富消尽〜対米隷従の果てに〜」のご紹介

ブログネタ
小泉首相の選挙後の政策 に参加中!

 へっぶしんのニュースや日記です。

 遅ればせながら国富消尽を読んでいるが、日本政府の対米隷属ぶりには、開いた口がふさがらない。日本政府のやっていることは、日本の米国への売却の行為に他ならない。それを推し進めているのが小泉政権だ。

 章立てのみ記載し、出来るだけ多くの方にこの本を読んで頂きたい。





 国富消尽〜対米隷従の果てに〜

 第一章 着々と進む日本企業買収の環境整備 − 二00五年M&A協奏曲の教訓

 第二章 外資によるM&Aの新時代 − 危機に立つ日本的経営

 第三章 郵政民営化の真実 − 狙われる日本の個人金融資産

 第四章 深く静かに進む米国のに日本改造 − 司法・医療・教育まで米国化されるのか

 第五章 アメリカの対日圧力を振り返る − アメリカ型システムの押し付けはこうして制度化した

 第六章 二十一世紀の日米金融バトル − 日本は「マネー敗戦」の構造から抜け出せるか

 第七章 日本のポストグローバリズム戦略 − アングロサクソン的価値観への対抗軸を求めて

 

 近いうちに章ごとに感想を書いていきたいと思うが、いつになるかはわからないので期待しないで下さい。

読んでみたいと思った方、クリックをお願いします。

すきやすきや
大新聞不読
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拒否できない日本を読んで〜まだ途中です〜

ブログネタ
小泉首相の選挙後の政策 に参加中!


 へっぶしんのニュースや日記です。

 今朝から拒否できない日本(関岡英之、文春新書)を読み始めたのだが、読んでいくうちに怒りがこみ上げて来た。

 今朝読んだ内容を簡単に説明すると、中国とアメリカの建築家のグローバルスタンダードの合意に関する内容と、そのグローバルスタンダードの日本への適用の過程(建築法の【改悪】)に関する記述だ。中国とアメリカで建築の市場を相互開放し、その基準をグローバルスタンダードとして世界に適用しようとする試みがある。(アメリカは他にも弁護士や会計士なども自国の制度の焼き直しをグローバルスタンダードにし、政界に市場開放を迫ろうとしている)

 この建築に関するグローバルスタンダードが、地震大国の日本にいかに不適切であるかを説き、現在既に適用されている基準があまりに危険かを説いている。

 詳しくは、下部に抜き出した個所を読んでいただければご理解いただける。1998年に行われた建築基準法の大改悪が、現在の耐震基準を満たさない構造設計書の偽造問題との因果関係を拒めないことを暗示している。構造設計書の偽造問題は、姉歯一級建築士やヒューザー、日本ERI、総合経営研究所など個別に攻撃されている個人や企業だけの問題ではないのである。1998年の建築基準法の改悪に関する問題で、上記の著書「拒否できない日本」は今回の問題が発覚する以前(2004年4月初版)に書かれているにもかかわらず、見事にこの危険性を指摘しているのである。

答申書の奇妙な記述
 ところが、建築基準法の改正内容を検討してきた建築審議会の答申書を読んでみると、なんだか様子が変なのだ。なんとも奇妙な記述にぶつかって私は困惑させられた。その答申書には、新しい性能基準(※1)は「国民の姓名、健康、財産の保護のため必要最低限のものとする必要がある」と書かれているのだ。これは「最大限の間違いではないか、と私は目を疑った。あのような恐るべき被害(※阪神大震災での建築物倒壊のこと)を繰り返さないためには、建築基準法に関する規制の強化こそが必要だと考えるのが普通ではないか。 
しかし答申書にははっきりと「最低限」と書かれている。もし誤植ではないとすると(実際に誤植ではないのだが)、これは阪神・淡路大震災をきっかけとした、建物の安全性への国民の不安の高まりという現実とどう考えても矛盾する。私はこの素朴な疑問にすっかり囚われてしまった。そして調べていくうちに、大震災がきっかけになったと思い込んでいた建築基準法の改正には、もっと別の大きな別の背景があったことがわかってきた。
※1 1998年6月の建築法の大改正で、建築基準をそれまでの建築物の建築方法を細かく規定している「仕様規定」から建築材料の性能を規定する「性能規定」に変更。(これは建築基準の大幅な緩和を意味する変更)

 確かに構造計算書が偽造されることまでは予見はできていなかったにしても、建築基準法の「仕様規定」から「性能規定」への変更が、今回の構造設計書の偽装を見抜けなかったことと関連しているのは事実である。国会は建築市場のグローバルスタンダード適用のために、安全性を軽視する選択を行ったのだ。その結果、審査が煩雑になる基準の適用により、審査基準を満たさない設計書を見過ごし、地震大国の日本にとって大変な驚異なである「耐震基準を満たさない建築物の激増」を惹起した。素人にはわからないところで、安全性が担保されない建築物が激増している現状の責任を誰が取るのだろうか。国民が選んだ国会議員のしたことだから国民の自己責任になるのだろうか。

 しかもこの建築基準法の改悪は、阪神・淡路大震災から3年後の出来事で、国民は耐震に関する基準の強化を行ったと理解したのではないだろうか。国民の生活を脅かし、経済的な損失を与える政策を実行してきた日本政府への不信は募るばかりである。

 さらには、ここまで大変な状況にあるにもかかわらず、昨日のNHKの自民党小泉内閣支持率は58%だそうな。国民に事実を伝えないテレビ報道の結果が、国民の生活を脅かす政策をする政府に対しての高支持率につながっているのは明白である。個人ではどうにもできないくらいに国が腐敗しているのだ。テレビを見るのをやめよう。新聞は批判的に読もう。時間がかかっても、さまざまな出来事を自分で材料を探してから判断しよう。安易に流されないようにしなければ、自分で自分の首を締め付けることになるだろう。

 

大新聞不読
STOP_KOIZUMI4

NO_CHANGE_9

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小泉政権は国民の生活を脅かしていると思った方、クリックをお願いします。

耐震基準を満たさない建築物が氾濫したのは日本政府の政策の責任だと思った方、クリックをお願いします。

ちょうちんな気分

へっぶしんのニュースや日記です。

今日は、本を買ってきました。

ちなみにブロガー同盟のちょうちん記事です。

どうも行動が遅いようで、買おう買おうと思ってから2、3週間くらい時間が過ぎ去ってしまったのではないかと思います。

いろいろなブログを見ながら、面白そうな本を探しているのですが、今回買おうと思っているのは、

アマゾンでは、一年くらい在庫切れになっており、アマゾンから出版社には発注されていなかったということが最近話題になった本です。アメリカの利益にならない本で、小泉改革がいかにアメリカへの売国行為なのかが書いてあるようです。ちなみに、これはアメリカから日本に提出される公文書である「年次改革要望書」というものを元にして書かれているようです。歴代自民党総理大臣の売国ぶりを検証したいと思います。
ちなみに、この本を紹介していたブログは、世に倦む日日です。
相当有名なブログなので、一読してみてはいかがでしょうか。
これも世に倦む日日で紹介されていた、佐藤優さんというムネオ議員の事件で逮捕され、外務省のラスプーチンと呼ばれた方の執筆した本です。
外交の理論に弱いへっぶしんに新しい視点を与えてくれんるのではないか?などと誇大な希望に胸を膨らませています。
すらすら読めるかどうかの自信すらないのですが。。。
森田実氏のHPで紹介されている本で、日本は本当に財政危機なのか?という視点から経済学者が、メスを入れる本です。
実は、森田氏のHPの記事は少々かたい文体で、読むのに少し疲れます。ですので、森田氏曰く、「本書は、理論的にも実証的にも、きわめて水準の高い経済政策書である。しかも平易で読みやすい。一般家庭の主婦の皆さんに読んでほしい本である。」とおっしゃっていますが、読みやすいかどうかは忘れたころにレポートします。
 (1)日本の財政危機ではなく、政策危機だ。
 (2)財政再建の緊縮政策が、さらなる財政悪化を引き起こす。
 (3)日本国内は大幅な投資不足で、名目GDPが伸びない。
 (4)世界一の債権国日本は、自分のために自分のカネを使え。
 (5)「日本再興投資枠」100兆円で、赤字国債は解消。
 (6)いま日本経済に必要なのは、積極的な投資減税と公共投資である。

読書もいいのですが、ランキングも気になります。よろしければクリックをお願いします。

株式上達セミナー−これで成功は約束された(林輝太郎)_2

へっぶしん:今日も株の話です。

今読んでいるでいる本ですが、株をやるにあたっての上手な人と下手な人について書いてあります。
今日は、材料(ニュース)についての部分を読みました。
株をやっているとどうしてもニュースを見てあがるか下がるかを判断してしまいます。
しかし株が上手な人は、殆どの材料をチップ(木片)といって、相手にしないそうです。
なぜなら、
・株を買おうとしているときは、強材料(上がりそうなニュース)ばかりを追ってしまう。
からだそうです。
情報を客観的に判断するには、
・過去はどうであったか
・良い材料と悪い材料を比較するとどうなるか?
を冷静に判断することだそうです。
それには常日頃から、自分が手がけている銘柄(会社)の資料をスクラップしておく必要があります。
単に買った、売ったでは継続して利益をあげることはできないんですね。


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先日も紹介しましたが、今日の本です。

ドラゴン桜

先週のヒマなときに衝動買いしたドラゴン桜9冊。

週末ですべて読んでしまいました。

私にはいまさら関係ない大学受験の話ですが、読んでいると自分でも東大にいけそうな気がしてきました!!!

 

今の自分になんら関係ない話ですが・・・

 

なぜ東大なのか?

今の社会で、東大を出れば間違いなく人生の出世のレールに乗れるのか?

 

このような疑問を見事にストレートに投げつけています。

もちろん、いろいろな人の人生で、東大を出ている、出ていないが全てではありません。

が、高い目標を持ち、常に挑戦している姿勢を持ち続け、努力しつづけることは人生において大変重要なことです。

 

東大を象徴として、挑戦し続ける大切さについて書かれていると思えば、学歴アレルギーの方でも読めるのではないでしょうか。

 

学歴が必要なのではなく、エリートになることが重要なのでもありません。

常に目標を持ち、目標に向かって努力していくことが大事なのです。

 

何の目的ももたず、ただ漫然と日々を過ごしていた高校生が、東大という高い目標を持ち、悩みつつも目標の達成に向かって努力していく姿は大変面白かったです。

 

ただ、ここで大事なのは、努力というのはただ単に苦しいものではありません。

 

楽しく努力する必要があります。

勉強が嫌いな人が、嫌いなままただ闇雲に勉強しても無駄な努力に終わるでしょう。

楽しく勉強をするための工夫が必要です。

 

そこまで踏み込んだ内容になっているところに、単なる漫画ではなく、ホリエモンや京大の教授、教育評論家などの著名人の高い評価を得ている所以ではないでしょうか?

 

皆さんも読んでみてください。

 


ドラゴン桜 (1)

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