へっぶしんです。仕事の最繁忙期が一段落しつつあり、休日のたびに体調を崩しています^^;

 人の幸せとは何か、憲法25条で定めている「健康で文化的な最低限との生活を営む権利」、つまりは生存権とは何かを考えながら、格差について読んでいます。

 日本では、会社に滅私奉公するのが一般的な男性の姿ですが、私は会社に人生をささげるつもりは毛頭ありません。そもそも会社という組織は、人の人生をサポートるするためにあるのです。仕事一筋の人生なんて、薄っぺらい、寂しい人生を歩むのはゴメンだと思っています。

 利用す対象でしかない会社という組織に、人生を圧迫されているという悲しい現実と向き合いながら、日本に、世界的に広がっている格差がどうにかならないかと日々考えています^^;


 まずは事実の確認から始めたいのですが、日本の子どもの相対的貧困率は、調査以来約15%前後を行ったり来たりしています。1学年で約100万人と考えると、貧困にさらされている子どもは約15万人います。子どもを18歳までだとすると、約270万人の子どもが貧困の中で育っていることになります。


 朝日新聞の取材班が取材したルポでは、親が高校生のバイト代を巻き上げてパチンコに行っている事例などもあります。そして、その親も貧困の中で育っているのだと。家庭の事情で進学をあきらめる子どもが、この日本に相当数いるという事実を直視しなければいけません。


 さらには『貧困世代』で藤田氏は、若者に対して社会福祉として住宅政策を行っている国と、そうでない国を比べると、婚姻率・少子化の度合いに有意な差がでると指摘しています。また、現在の弱肉強食の新自由主義を放置すると、貧困世代(藤田氏の定義では39歳以下のバブル崩壊後に社会参加した世代)の多くの人々が、将来貧困に陥り、今よりも社会保障費が膨らむ危機的な状態になると指摘しています。


 藤田氏は踏み込んで、社会の構造が若者を貧困に追いやっていると主張しています。住むところを追われて、藤田氏のNPOに支援を求めに行く若者は、特別な存在ではないと指摘しています。現在の大学への進学率は、50%程度です。なんとその半分が、奨学金を利用しているとのことです。私が大学生の頃は、アメリカでは奨学金で大学を出て、社会に出るときには500万くらいの借金を背負っているという話を聞いていました。そして、アメリカはひどい社会だなと対岸の火事のように感じていました。しかし今の日本も、約25%の若者が当時のアメリカと同じような状況になっているようです。借金を500万も背負って社会に出て、非正規雇用で年収200万しか稼げなかったとしたら、実家で暮らしていても苦しいのではないでしょうか。


 また大学進学者の半分もの若者が、奨学金(給付型ではないので、平たく言えば借金)に頼らざるを得ないのは、学費の高騰にあると藤田氏は指摘しています。OECD加盟国の中で、GDP比での国の教育支出が最低の日本では、大学・専門学校などが若者を借金漬けにしてから社会に出すという構図になってしまっているようです。


 このように、日本学生機構が若者を食い物にして、企業が非正規雇用の低賃金で若者を食い物にする。そんな国になってきているようです。バブル崩壊直前の1980年から比べると、日本の世帯年収の中央値は、100万円強も下がっています。にもかかわらず、政府は景気は良いと言い、経済は成長していると強弁しています。


 客観的な数字を基にして、社会のゆがみを指摘しながら、ひとつひとつ社会問題に対処していかないと、気付いた時には手遅れになっている危険があります。すでに政府がやることなすことが、後手後手に回っています。少子化の問題などは、30年前から指摘されていながら、問題が深刻化する一方です。本当に一般的な家庭を直視できる政治家が、民主的に官僚に指示を出せるようになってほしいものです。




 格差・貧困が、世界を覆う新自由主義政策の下で、深刻化しています。インドネシアでは、消費税をなくしたところ経済が良くなったとのことです。新自由主義の権化になり下がっている日本政府の「常識」を一生懸命に理解して内面化しようとすればするほど、普通の人は自分の首を絞めることになります。

 また、サンプルの少ないメディアの電話での世論調査は、怪しさを増すばかりです。なき各支持率は、大手メディアのものと地方新聞社のもので大きな乖離が出ています。

 周りの意見ではなく、自分でデータを見ながら社会の動向を考えなければいけない状況になっているようです。




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