へっぶしんです。

 昨日は、1年で数回しかない連休の2日目でした^^;

 サービス業という性質上、週2回の休みはだいたい確保できるのですが、平日と日曜日の組み合わせになるので、なかなか連休が取れません^^;

 そのような中で、昨日はあまりやることもなく、午前中は寝て過ごすというもったいない時間の使い方をしてしまいました^^;反省した午後は、カフェに行って、夜と霧新版 [ ヴィクトル・エミール・フランクル ]を、一気に読みました♪

 1日で1冊を読破するのは久しぶりです^^

 前回の〜戦争とそれに巻き込まれる人について考える〜 『アンネの日記』(アンネ・フランク、深町眞里訳)を読んでに引き続き、第二次世界大戦中に行われた蛮行であるナチスドイツによるホロコーストを生き抜いた精神科医のヴィクトール・E・フランクルによる回顧録的な小説です。

 戦争という、人類がその残虐性と無意味さを認識していながら無くすことのできない愚行について、その究極的な悪、絶対悪であるホロコーストについて知り、考えなければ、未来志向的に生きることができないのではないかと感じています。

 自らの平和主義を深めるためにも、とても有益な一冊でした。

 平和を愛する方には、一度は手に取っていただきたいです。




著者は、ヴィクトール・E・フランクルです。

1905年にウィーンに生まれ、ウィーン大学を卒業。在学中よりアドラー、フロイトに指示し、精神医学を学び、第二次世界大戦後中にナチスにより強制収容所に送られた体験を、戦後まもなく『夜と霧』新版に記す。1955年からウィーン大学教授。人間が存在することの意味への意志を重視し、心理療法に活かすという、実存分析やロゴテラピーと称される独自の理論を展開する。1997年9月歿

 主な著書に、『夜と霧』、『死と愛』、『時代精神の病理学』、『精神医学的人間像』、『識られざる神』(以上、邦訳、みすず書房)、『それでも人生にイエスと言う』、『宿命を超えて、自己を超えて』、『フランクル回想録』、『〈生きる意味〉を求めて』、『制約されざる人間』、『意味への意志』(以上、邦訳、春秋社)

 いつもの悪い癖で、頼みすぎて読めなくなる状況を避けるようにします。



  世界的にも有名なナチスのユダヤ人強制収容所について、今まで一冊も読んだことがありませんでした。人類の愚行というのは、ここまで酷いものだということに戦慄を覚え、平和の尊さを実感しました。日々のストレスなんて大したものではないと思い知らされました。

 著者の精神科医であるビクトール・E・フランクル氏は精神科医で、心理学の視点から客観的にユダヤ人強制収容所内で起こっているホロコーストの被害者たちの状況を分析されています。具体的に目の前で起こっとを、客観的な視点を持ちながら見るということは、大変な知性と自己抑制能力が必要なことです。このような人間の究極的な悪と善について、想像するのも困難ではありますが、多くの人が知ろうとすることが平和な世界を作っていくためには必要なことなのではないでしょうか。

 著者は、強制収容所に収容される人たちの心理的段階を3段階に分けています。
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・施設に収容される段階
・まさに収容所生活そのものの段階、
・そして収容所から出所ないし解放の段階」(本書P.11)
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 ・施設に収容される段階

 まず最初にユダヤ人収容者たちは、映画『シンドラーのリスト』で映像化された光景を見たこともある方も多いかと思いますが、貨物列車にすし詰めにされて移送させられます。貨車1台に80人も乗せられていたようです。

 筆者がアウシュビッツ強制収容所についたときに最初の「選別」が行われたようです。なんともおぞましい話ですが、ドイツ軍の将校のわずかな左右を指す指の動きによって、90%の人がいきなりガス室送りになったようです。その後、収容者たちは恩赦願望という根拠のない願望に取りつかれます。筆者の説明によると、死刑を宣告された人間が、死刑直前に恩赦で許されると妄想することのようです。しかし、その楽観的な期待はひとつひとつ打ち消されていき、最後はそれを笑い飛ばすやけくそのユーモアと好奇心をもつようになるそうです。

 すべての身ぐるみをはがされ、無一文になり、体中の毛まで剃られ、まさに裸一貫の状態にされた収容者たちの心情はどのようなものだったのか、想像すらできません。

 この時のユダヤ人収容者たちの心理を、
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 異常な状況では異常な反応を示すのが正常なのだ。精神医学者の立場からも、人間は正常であるほど、たとえば精神病院に入れられるといった異常な状況に置かれると異常な反応を示すことは、充分に予測できる。強制収容所の被収容者の反応も、異常な精神状態を示しているが、それ自体は正常な反応であって、このようなじょうきょうとの関連において見るかぎり、典型的な感情の反応なのだ。(本書P.31〜P.32)--------------------------
と記しています。

・まさに収容所生活そのものの段階、
 強制収容所の収容者たちの第二の心理段階として、感情の抹殺が起こるようです。これは、たとえば大切な人の突然の死などの信じられない出来事が起こるときに呆然となることの拡大版のように思えます。

 本書の記述では、
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十二歳の少年が運び込まれた。靴がなかったために、はだしで雪の中に何時間も点呼で立たされたうえに、一日じゅう所外労働につかなければならなかった。その指は凍傷にかかり、診療所の医師は壊死して黒ずんだ足指をピンセットで付け根から抜いた。それを被収容者たちは平然と眺めていた。嫌悪も恐怖も同情も憤りも、見つめる被収容者からはいっさい感じられなかった。苦しむ人間、病人、瀕死の人間、死者。これらはすべて、数週間を収容所で生きたものには見慣れた光景になってしまい、心が麻痺してしまったのだ。(本書P.35)
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 これは、以前に読んだ〜過去を直視して、考えたくないことを考える〜 『『夜と霧』ビクトール・フランクルの言葉』(諸富祥彦)を読んで(過去記事)の本にも取り上げられていた箇所です。想像するだけでも恐ろしい光景にもかかわらず、強制労働による疲労に加えて満足に食事を与えられない飢餓状態にあり、さらに殴られ罵倒され続けた人間は、正常な心の持ちようを捨て去るしかないようです。レベルは全く違いますが、昨今の虐待されている子どもにも、似たような心理状態がみられるのではないでしょうか。人として生きるために必要な食事・睡眠・住居を奪われて、人間性を喪失していく強制収容所の収容者たちの様子がこれでもかというくらいに描き出されています。

・そして収容所から出所ないし解放の段階」
 最後は、解放されてからの心理状態ということですが、最初は自分が解放されたという実感が全く持てずに、うれしいという感情を持つに至るまでに時間がかかるようです。さらに家族との再会に一縷の希望を託して家に帰ると、そこに家族がいなかったという喪失の感情に襲われるようです。実際に強制収容所からは、ほとんど生還できなかったようです。前回書いた〜戦争とそれに巻き込まれる人について考える〜 『アンネの日記』(アンネ・フランク、深町眞里訳)を読んででも、《隠れ家》生活の半ばで捕まった8人のうち静観できたのは、アンネの父親ひとりでした。著者も生存率は5%だと本書の中で記しています。

 このような何百万人も及ぶ大量虐殺が、歴史上では何度も繰り返されています。ホロコーストやジェノサイドといった愚かな行為を誘発するような戦争は、絶対にあってはならないと強く感じました。


 この本で最も感銘を受けた箇所は、「精神の自由」(本書P.109〜P.113)というところです。人間は、どのような極限状態に陥っても、ふるまいに関しては、自分で決められるというところです。個人的には、ハードルの高すぎる態度ですが、自らが飢餓状態にあるにもかかわらず、それよりもつらそうな人にパンを分ける。自分が疲労困憊で、話したくもない時でも、周囲に暖かい言葉をかける。などの行為を選ぶことがでる自由は、何人も奪えないということです。

 したがって、死人も見ても無感動になり、死んだ仲間の身に着けているもので、自分のものよりましなものをはぎ取るのか、そのようなことはしないのかという判断を下すのは自分だということです。このようなエビソード、考え方は、今の日本でも必要なことのように感じます。太平洋戦争時においては日本の国民感情にも、差別思想が蔓延したり、無茶な戦争遂行に疑問を持たずに積極的に協力したりといった、自らの判断を放棄するような感情が蔓延しました。

 平和を願うなら、たとえ自分の周囲の考え方と違っても、空気が読めないと言われても、疑問に思うことは自分が納得できるように考えて態度を決めることが大切だと痛感しました。自らの行動を、自らの責任において、自分で考えて行うことは、とても困難です。しかし、その困難に立ち向かわなければ、平和を維持することは難しいのだと思い知らされました。

 よろしければ、こちらのくりっくをよろしくお願いします。