へっぶしんです。

 久しぶりにテレビを見ていて考えさせられました。羽鳥慎一モーニングショーのそもそも総研「日本人が知っておくべきこと」で、ウーマンラッシュアワーの村本さんと、ジャーナリストでシリアでテロリストにとらわれていた安田純平氏が出ていました。

 その中で玉川氏が、テレビでは視聴率が理由で、視聴者が必要としていない情報は伝えられないと発言していました。そのために、原発問題、シリア問題などに時間を割けないということのようです。

 それに対して村本さんは、テレビは真実を伝えるのではなく、人々を安心させる情報を伝えているとコメントしていました。だから、嫌韓・嫌中のニュースを見て安心するのだと。そして、聞きたくない情報にたいしては、心を閉ざすのだと話していました。

 さらに、今の日本人には心の余裕がなくなっていて、不安になっている。その不安を解消するのが、嫌中のニュースだと分析していました。安田純平さんも交えて、バブルのころは、もっと中南米の紛争のニュースを報道していたとも、話されていました。

 今の日本人は、海外の出来事に興味を持つだけの心の余裕がないんだなと、なるほどなと思いながら見ていました。

 こんな群集心理い陥っている人々には、第二次世界大戦の大日本帝国軍の蛮行を振り返って、反省して未来に生かそうというようなことを考える余裕はないんだなと^^;

 こんなことを考える余裕があるだけ、私はマシなのでしょうか^^;

 毎晩、酒ばかり飲んでいるただの飲んべいで、給料が少なくて不満に思っているなんてのは、小さいことなんでしょうね^^;

 気も小さいですが。。。

 さて今回は、第二次世界大戦でのナチスドイツのユダヤ人迫害の被害に遭い、そこから生き延びた精神科医の著書からの名言集です。




 著者は諸富祥彦氏です。

 筑波大学・大学院を卒業後に千葉大学教育学部の助教を経て、明治大学の文学部教授をされている教育学博士の方です。

 主な著書に
『知の教科書 フランクル』
『ビクトール・フランクル 絶望の果てに光がある』
『フランクル 「夜と霧」』
『』
などがあります。

[概要]

帯より

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ナチス収容所を生き延びた精神科医の152のメッセージ

 たとえ今、あなたが、
 人生に絶望しているとしても、
 人生があなたに絶望することはない

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〔目次〕
第1章 強制収容所での体験
第2章 愛することについて
第3章 生きることの「むなしさ」について
第4章 人生の「苦しみ」について
第5章 生きる意味について
第6章 仕事について
第7章 幸福について
第8章 時間と老いについて
第9章 人間について
第10章 神について
第11章 生きるのがつらい人へ - 心理療法的助言と苦しみへの対処法


 『夜と霧』-------------------------------------------------

 無感動・無感覚になる囚人たち


 収容所での生活が長期化するにつれて、囚人たちは信じ難いほど無感動かつ無感覚になっていった。仲間が鞭で打たれてサデイステイックに痛めつけられる様子を見ても、あるいは、囚人がそこで漏らした尿や糞の上に何時間も立たされたり、寝かされたりしている光景を見ても、多くの人はまったく意に介さなくなっていった。


 関心があるのは、食べることだけ


 いつも殴り続けられ、痛めつけ続けられている囚人たちは、自分の心を守るために無感動・無感覚にならざるをえなかった。あらゆる行動と生活は、ただ一つ、命を守るという目的に集中していった。
 囚人たちのあいだでは、食べ物についての会話がただひたすら繰り返されていた。一日に一回だけ配給されるさずかなパンについて、それをどのように分けて食べるか、ひたすら話が続いていった。

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 ユダヤ人の強制収容所の内部の状況が克明に記されていて、想像を絶する状態に恐怖を覚えました。また著者は、このような過酷な状況にもかかわらず、周囲を客観的に見ているられるという驚異的な精神力の持ち主だと、驚嘆せざるを得ません。


 一日一回の食事で、強制労働をさせられて、おそらくは疲労と空腹で意識も朦朧としてしまうのではないかという状況下で、周囲の人間を観察し続け、後世にこのような言葉を残したのは、まさに偉業ではないでしょうか。


 異動があってから、職場の人間関係が最悪になって、会社には仕事をこなしに行くだけになっている日常に不満があります。評価される可能性がほとんどなく、8割の人が非正規雇用のため、雑務がのしかかってきて本来の仕事を圧迫し続けています。そして、正社員なんだからという魔法の言葉により、スーパーマンのような仕事ぶりを要求されます。モチベーションが上がるわけないという環境で、低いモチベーションで日々を送っています。

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 そんな私に突き刺さった言葉は、

 どんな悲惨な状況にあっても
 
 あなたがどんな人間になるかは

 「あなた自身が決める」ことができる
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 です。

 これに続けて書かれている文が、


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 つまり人間はひとりひとり、このような状況にあってもなお、収容所に入れられた自分がどのような精神状態になるかについて、なんらかの決断を下せるのだ。典型的な「被収容者」になるか、あるいは収容所にいてもなお人間として踏みとどまり、おのれの尊厳を守る人間になるかは、自分自身が決めることなのだ。

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 ナチスの強制収容所に入れられてもなお、自分自身の気の持ちようで、自らの尊厳を守ることができるという筆者の強い精神性に心を打たれます。ここまで、自己制御ができるなんて、驚嘆に値しますね^^;

 少しくらい、いやなこと上がるくらいで音をあげてしまう自分が恥ずかしくなります^^;

 まさに奴隷的な労働を強いられて、報酬さえもなく、ただ生きることに望みを託すという状況を生き抜いた人間の、なんという力強い言葉でしょうか。


 死体が転がっていて、その死体から衣服や靴をはぎ取って、自分のものと変えるという行動をするような、まさに生き地獄と言っていい状況でも、自らも同じことをするのか、自分は人間としていたいから衣服をはぎ取るような非人間的な行為は慎むのかという選択はできるということです。想像するだけで気分が悪くなるような状況においても、典型的な「被収容者」、つまり奴隷的な心情を持ち、行動をする。ほとんどの人は、そうなってしまうのではないでしょうか。そのような状況においても、冷静に人間観察を続け、終戦まで生き残った著者の言葉は、胸に刺さります。

 究極的には、自分の自由を守れるのは、自分でしかないということになってしまうようですね。

 私自身も、自らの自由を守るためにも、考え方を変えていきたいです。


 このブログを読んでいただいた方には、是非、本書もご一読いただき、過去の人のなせる蛮行と、それを生き抜いた一人の偉人の言葉をかみしめてください。


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