へっぶしんです。

 世間では、インフルエンザが大流行しています。皆様も、ご自愛いただければと願っています。そうはいいながらも、現在の新自由主義の最終局面ともいえる社会状況の中で、自分の体をいたわりながら働くというコントロールができる状況なのかという疑問も持ってしまいます。


 1月の繁忙期がひと段落し、2月の繁忙期が目の前に迫っています。5時に起きて午前様になる日が数日あります。体調管理のしようもなく、起きて、仕事して、帰って1杯飲みながら夕食を取り寝るだけという、「健康で文化的な最終限度の生活を営む権利」はどこに行ったんだ?という生活が、1月に続き待っていると思うと若干うんざりします。ただ、休みはとれるので、睡眠時間だけは削らないようにします。


 前回に引き続き、去年読破した文庫本43巻立てのローマ人の物語(1) ローマは一日にして成らず 上 (新潮文庫) [ 塩野七生 ]の著者の塩野七生さんのマキャベリに関する小説の2巻・3巻を読みました。

 やはり、小説は面白いですね。次は、塩野氏の随筆(『男たちへ』)を読み始めています。日曜日にアップできればいいなと思います。




 著者は塩野七生氏です。

 学習院大学文学部哲学科を卒業後にイタリアに遊学され、多数の著書を書かれています。全巻読破したいくらいなのですが、多すぎます^^;

 主な著書に
ルネサンスの女たち (新潮文庫) [ 塩野 七生 ]

チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷 (新潮文庫) [ 塩野 七生 ]

海の都の物語(1) ヴェネツィア共和国の一千年 (新潮文庫) [ 塩野七生 ]

ローマ人の物語(1) ローマは一日にして成らず 上 (新潮文庫) [ 塩野七生 ]

など多数あります。

[概要]
 第2巻ですが、「マキアヴェッリは、なにをしたか」というテーマで、君主論にその必要性が書かれている常備軍の創設に奔走する姿や、外交に従事する姿、忙しい仕事の隙間でのロマンスなどが書かれています。君主論が書かれるに至った、マキャベリの仕事ぶりや、当時のフィレンツェの時代背景についてとても興味深く読むことができました。

 ちなみに、巻末の解説は、佐藤優氏が書かれています。国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて (新潮文庫) [ 佐藤優 ]の宣伝か?と思えるくらいに、佐藤氏とマキャベリの共通点を上げて、マキャベリに共感できる理由を挙げられているのが、いろいろな意味で面白かったです。


 塩野氏の本を読むと、イタリアを旅したくなってしまいます。いつかは、ヴェネツィア・フィレンツェ・ミラノ・ナポリなどのイタリア一周旅行をすることが、密かに人生の目標になってしまいそうです。もしかしたら、もうなっているかもしれません。

 また君主論自体の評価について、従来の冷血な政治技術のようなイメージから、マキャベリの人間性に触れるにつれて、倫理と政治技術を切り離した、ルネサンスの産物だという塩野氏の主張が自然に理解できるような気がします。

 さらにイタリアが都市国家で分裂している間に、フランス・スペイン・イギリスが、絶対王政を確立していき、イタリアの都市国家が統一できずに時代の敗者になっていく過程が理解できます。同時代の日本では、1467年の応仁の乱以降の戦国時代から、織田信長の登場の辺りの時代であり、ヨーロッパと日本の歴史が類似しているような親近感をイタリアに覚えてしまいます。


 中世から近代への過渡期のヨーロッパで、都市国家フィレンツェの崩壊と運命を共にするように生きたマキャベリの生涯について、共和国書記官に任命されるところから第2巻が始まります。また、歴史上の偉人にしばしばあるように、死後にゆるぎない名声を獲得したマキャベリでしたが、生前の給与は中流程度だったようです。その給料で仕事に情熱を燃やすマキャベリの姿を、塩野氏は温かい視線で記述していきます。その仕事ぶりを、「欲張り婆さんみたいになんでもかかえこんで」と表現されていて、なんともほほえましく読めます。


 中世から近世への過渡期の都市国家フィレンツェでの官僚としてのマキャベリの仕事内容は、「政治、経済、軍事、外交のすべてのことがマキアヴェッリに入り、マキアヴェッリから出ていくようなものであった。彼がもっていなかったものは、国家を代表するに足るほどの官位と、政策決定の権利だけだったのである。」という、マルチに活躍するジェネラリストの官僚としてのものだったようです。


 このマキャベリの仕事ぶりが、まるで目の前で展開されているような生き生きとした筆致で描かれています。500年の時を経て、君主論の著者が目の前で仕事をしているかのような錯覚にとらわれる物語を、皆様もご一読いただければと思います。


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