へっぶしんのニュースや日記

格差社会に疑問を感じながら日々を過ごしています。 まともに働いても給料が減り続けるので、副業で投資をして資産を築こうと株と投資信託、FXをしています。 趣味の読書とアイネット証券のループイフダンの日々の成績について書いていきます。

捏造大好きな産経新聞、科学的な態度が皆無

 昨日、投票率の下限の定めのない問題だらけの国民投票法が可決されたが、そのスピンアウトを狙いながらも、本気で福島の原発事故の火消しに躍起な政府と、ネトウヨのご用達である産経新聞。記事を出すたびに世間に恥をさらし続けているわけだが、科学的な態度にも問題がある。この新聞は、体裁だけを一般紙にまねたゴシップ紙なのだろうか。
 科学的な態度というのは、たとえば、幽霊は存在するかという問いですぐにわかる。存在を証明できているのであれば、存在するが正解になる。目の前に呼び出すことに成功すれば、証明の完了である。では、ないことの証明はどうすればよいのだろうか。これは、それぞれの事象が、幽霊ではなく別のものであることを証明できればそれでよい。悪魔の証明といわれており、幽霊には様々な形態があるので、全てつぶさなければならないので、ないことの証明はとてつもなく困難である。したがって、幽霊を呼び出すことに成功していない、全ての事象について否定できていない場合は、わからない、というべきである。これが、真摯な科学的態度というものである。
 さて、産経さんは、「美味しんぼの鼻血の描写」は、科学的根拠がないと言い切っている。低線量の内部被曝に関しては、人体に様々な箇所が少しずつ破壊されるので、鼻血の原因となる様々な事象をしらみつぶしに調査し、全てが関係ないという証明が必要になる。そこまで、調べたのだろうか。関係ないと言っている学者を連れてきて、そう言わせているだけではないだろうか。また、実際に描写が事実であるのかどうかについても、調べているのだろうか。福島原発でばら撒かれた放射が蓄積している、低線量被曝をし続けている人たちを取材した上で、そのような人はいないといっているのだろうか。

 福島のかたの国会での証言。http://www.youtube.com/watch?v=k7kZRRkR6Xg

 放射能との関連は不明だが、福島の子供たちが震災後に突然鼻血を出すことは事実のようだ。したがって、美味しんぼで問題になる前から、福島や原発近辺に住まれている方々が鼻血で悩んでいることを否定することは誰にもできない。また、専門家の中には、低線量被曝と鼻血の関連性を指摘する医療の専門家すら存在する。自信をもって、低線量被曝と鼻血は関係ないと言い切っている専門家は、どこまで理論的な反論をつぶせているのだろうか。声高に叫んでいるだけでないことを祈る。
 ここまで述べてきたように、低線量被曝と鼻血の関係を否定することは容易ではない。また、過去の事例と今回の福島の事例において、鼻血に関しては地域的に特殊で特徴的に現れている事象である。したがって、関連性に関しては、あると考えて調査すべきではないだろうか。今の段階では、わからないことを調べもせずにないと決め付ける、科学的な態度が皆無の宗教の信者みたいな態度はいかがなものか。

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http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/140513/dst14051312110006-n1.htm

閣僚から批判相次ぐ 復興相「風評被害招く」
2014.5.13 12:11
12日発売の小学館「週刊ビッグコミックスピリッツ」に掲載された漫画「美味しんぼ」の一場面(宮崎瑞穂撮影)

12日発売の小学館「週刊ビッグコミックスピリッツ」に掲載された漫画「美味しんぼ」の一場面(宮崎瑞穂撮影)

 小学館の「週刊ビッグコミックスピリッツ」の漫画「美味しんぼ」で主人公らが東京電力福島第1原発を訪問後に鼻血を出すなどの描写があった問題について13日、閣僚から批判が相次いだ。

 根本匠復興相は記者会見で「漫画とはいえ、地元の不安や風評被害を招きかねない内容で、誠に遺憾だ」と述べ、「今後も関係省庁や自治体との連携を密にしながら、不安の払拭に努めたい」と強調した。

 太田昭宏国土交通相は「言論の自由は大事だが、福島に住んでいる人の心情を理解する必要がある」と指摘。下村博文文部科学相は「被曝の影響については、科学的知見に基づいて伝えることが重要だ。風評被害が広がらないよう文科省としても説明していきたい」と述べた。

改憲したい人の恥ずかしい珍説

 昨日は、憲法記念日。産経さんは、現行憲法の中身というか、憲法そのものの理解がないようだ。その無理解を世にさらしたいらしく、とてつもなく恥ずかしい新憲法案を独自に作成しているが、この記事も見出しからして赤面ものだ。
 「護憲植えつけた」という表現で、基礎知識の不足を暴露している。憲法とは現在の日本国家の最上位にある法規範である。法律を遵守すべき人々(全日本国民)、特に法律を遵守しなければならない人々(公務員:総理大臣・国会議員を含む)が、最高法規として法律の上位にある憲法を守るのは当然のことだ。特に、内閣総理大臣・国会議員を含む公務員には、憲法遵守義務が課されている。日本国籍を持つ者ならば憲法を守ることが当然であり、護憲という考え方は、あえて言う必要のない至極当然のことである。それを「植えつけた」という否定的な表現をとる言論機関とはいかがなものか。そもそも、憲法を守る意思のないことを表明するということは、クーデターを扇動することを目的とする言論機関ということになるのではないだろうか。下手をしたら、「公共の福祉」に反する可能性すら出てくる。上記の表現だけをとっても、間違いなく反政府的な言論機関であると言える。
 次に、文中の「憲法は神聖にして侵してはいけない」という意味不明の表現だ。国民主権原理に照らすと、国民の責務は「政府に憲法を守らせること」にある。「侵してはいけない」とは、いったいどういうことなのだろうか。クーデターを扇動する言論機関を分析するために、国民主権、基本的人権の尊重、平和主義という、憲法の三大原則について上記の表現で、書き換えてみる。
 ・国民主権は神聖にして侵してはいけない
 ・基本的人権は神聖にして侵してはいけない
 ・平和主義は神聖にして侵してはいけない
 これを政府に守らせようとすることが、そこまでおかしいことなのだろうか。上記の三点の記述を見て、違和感を覚える人間がいるだろうか。当然のことではないか。さらに、記事にある表現を、憲法の三大原則に当てはめて書き換えてみる。これは、「憲法は」という主語をその三大原則に具体的に書き換えるだけ、つまり抽象語を具体的な言葉に置き換える作業である。したがって、なんら発言者の意図を変えることにはならないことを付け加えておく。むしろ、論者の意図を具体化するための作業である。

「 『国民主権は神聖にして侵してはいけない、基本的人権は神聖にして侵してはいけない、平和主義は神聖にして侵してはいけない』という考えを植えつけたのは朝日新聞だ。」

 どうだろうか。事実誤認もはなはだしいし、憲法に謳われている三大原則は、学校教育の場でも、裁判の場でも当然に意識的に植えつけている。朝日新聞だけがやっているわけではない。現在の日本国家の柱となる理念だから当然である。百田氏は、国民主権も、基本的人権の尊重も、平和主義もおかしなものだと表明している。学校もおかしいし、裁判所もおかしいし、さらには、法律を守ることはおかしいし現在の政府は倒すべき対象だということにならないか。法律の上位に位置する憲法を全否定しているのから、そこまで言われても仕方がないのではないだろうか。下記の産経の記事は、とてつもなく反政府的な記事であることをご理解いただけただろうか。


憲法フォーラム出席の百田尚樹氏 「護憲植え付けたのは朝日」「NHKにややこしいのがいる」
「永遠の0(ゼロ)」などの著作で知られる作家でNHK経営委員の百田尚樹氏が3日、都内で開かれた公開憲法フォーラムに出席し、改憲に慎重な朝日新聞を重ねて批判した。「『憲法は神聖にして侵してはいけない』という考えを植え付けたのは朝日新聞だ。憲法とは世界の状況や生活様式の変化によって変えていくものだ」と述べた。  このほか、百田氏の歴史認識をめぐる発言を理由にケネディ駐日米大使がNHKの取材を拒否したと共同通信が報じたことに対し「大嘘だ。NHKの中にややこしいのがいる。そういうのが共同の記者に語ったらしい」と不満を爆発させた。

出生前診断

今、NHKのクローズアップ現代の出生前診断についての番組を見ている。正直、見ていて気分が悪くなった。私自身は、男であり、子供を産むことができない。しかし、娘を持ち、娘の母親である妻を見ていると、子供を持つことは人間の根本的な幸せであると実感している。
 さて、出生前診断だが、私の娘は健常児として生まれたが、そもそも妻が妊娠して出産に至るまでに性別判定すらしなかった。まして、障害の有無を考えることもしなかった。生まれる前に調べるという行為自体が感覚的に受け入れられなかったからだ。そうはいっても、現在の日本の政治を考えると、障害児の親になるということは、親自身が社会的にハンディキャップを負うことになる。それは、今の自民党政権が、障害児は社会のハンディキャップだと考えており、その子供・親に対する保護を社会の負担だと考えているからだ。しかしながら、生まれてくる障害児は当然に命を持っているのであり、障害の有無でその重さを選別されるべきでない。さらに、個人的な経験ではあるが、特別支援学校でサポートをしたことがある。そのときに会った重度の障害をもった子供の母親たちはとても明るく、心の内の悩みを顔に出さず、学校の先生とともに子供成長を喜ぶ生き様を見せてくれた。決して毎日がばら色でもなく、悩むことも多く、子供にかける時間や労力はとても重いことが想定されるが、けして暗い顔はしていなかった。
 ここからは推論をすることしかできないが、今のような資本主義を極めんとする市場原理社会では、知らず知らずのうちに命に値段をつけているのではないだろうか。自らの年収や生命保険の額、資産の額などなど。しかし、重度の障害を持っている人間は、当然にそのような市場原理主義社会には適合しない。むしろ、市場原理主義の社会においては、存在自体がマイナスだ。それでも、人として生命をもっている。だから、生きているだけで尊いということを実感できるのは、そのような子供の親だけではないだろうか。特別支援学校に行ったときにそのように感じた。
 だから、女性が妊娠したときに、生まれる前に障害を持っているかどうかを判断すべきではないのではないか。命の尊さを、障害の有無で判断すべきではないのではないか。そのように考えると、生まれる前に、傷害の有無で出産の判断をするということに、おぞましさを感じた。命を選別するということに、拒否感を覚えた。命を、目先の経済的な価値観に基づいて判断することに疑問を感じた。大切なのことは、たとえ障害をもった人間であっても、人間らしく、人として人生を全うできる社会を作り上げていくことではないだろうか。障害者を差別し、隔離し、国の財政の負担であるという判断をする基準が間違っているのではないだろうか。
 以上が、私が感じた違和感である。

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集団的自衛権について

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 集団的自衛権についての報道があまりにも雑なので、そもそも集団的自衛権とは何かを明確にしたい。内田樹先生の受け売りになるのだが、個別的自衛権と集団的自衛権が分かれたのは、帝国主義の時代の植民地獲得競争のころになる。欧米が、植民地争奪戦を繰り広げているときに、宗主国が植民地を守るために発動できる権利として集団的自衛権という概念が生まれた。たとえば、イギリスの植民地であったインドが攻められたときに、イギリス本国からインドへ派兵することを正当化するための概念だということだ。
 これが、1945年の第二次世界大戦終了後から始まる東西冷戦下で、概念が変遷する。資本主義国である西側陣営と、社会主義国(と当時は言っていたが、国家の制度・内実はとても社会主義を実現したものではなかった)である東側陣営が、ヨーロッパで各陣営への取り込みであるオセロゲームをはじめた。そこで、西側を牽引していたアメリカと、東側を牽引していたソ連が、それぞれの陣営の国に派兵するときの大義名分として集団的自衛権という概念を使ったのだ。
 さて、日本がアメリカの戦争に参加する大義名分はなんだろうか。まさか、上記の集団的自衛権ではないことは、明白ではないだろうか。また、集団的自衛権という概念が、国際貢献という言葉とまったくリンクしないことも明白ではないだろうか。
 

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日本未来の党に仕方なく期待するしかない

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 極右政党ばかりの選挙になってしまい気が滅入っていたところで、すこしほっとする動きがでた。ただし、小沢一郎の政治理念に対しては、私は懐疑的だ。15年前であれば、タカ派のイメージでどちらかというと右よりの政治家という理解だった。しかし、この小沢一郎が左寄りに見えてしまっているところに、現在の日本の政治の病的なまでの右急旋回の鮮やかな軌跡が見て取れる。それでも、脱原発、反TPP、反消費税など、日本の自滅への流れに楔を打つ内容の政策には期待せざるを得ない。消極的ではあるが、ここしかよりどころがないように思える。

 そんな微妙な朗報に対して、読売新聞のあわてぶりがおもしろい。よっぽど小沢新党(これが小沢新党であることは論を待たない)の動きを把握できていなかったのだろう。笑えるのでここに紹介しておく。

日本未来の党 「卒原発」には国政を託せない(11月29日付・読売社説)

 国力を衰退させる「脱原発」を政治目標に掲げる政党に、日本の未来を託せるだろうか。

 日本未来の党が、正式に発足した。代表に就任した嘉田由紀子滋賀県知事は「卒原発プログラム」を作成し、徐々に原発を減らして10年後をめどに原発ゼロにする意向を示した。

 「脱増税」「脱官僚」「品格ある外交」など抽象的な言葉ばかりを掲げている。経済や社会保障、安全保障といった重要なテーマでさえまだ政策がない政党だ。

 嘉田氏が「この指止まれ」と呼びかけたように見えるが、実態は国民の生活が第一の小沢一郎代表や、民主党を離党して新党を結成した山田正彦元農相らが根回しをして、合流を決めたものだ。

 空疎なスローガンと、生き残りのために右往左往する前衆院議員たちの姿には、政治家の劣化を痛感せざるを得ない。

 嘉田氏が掲げる「卒原発」は脱原発と大差はない。それだけでは願望に過ぎず、無責任である。

 電力の安定供給や代替エネルギー確保、経済・雇用対策、原子力の人材育成などについて現実的な計画を明確に示すべきだ。

 結党に際して発表した「びわこ宣言」には「原発事故の潜在的リスクが最も高いのは老朽化した多数の原発が集中立地する若狭湾に近い滋賀県」とある。電力供給の恩恵を受けておきながら、原発立地自治体への配慮が不十分だ。

 滋賀県の利害のために国政に進出するとの発想も改める必要がある。嘉田氏は知事と党首との兼務が可能かどうか悩んだという。政党運営の経験がないだけに、両立には困難が伴うに違いない。

 小沢氏が名称にもこだわった政党をあっさり捨てても、驚くには当たるまい。党首として前面に出たくなかったのだろう。その分、未来の党の公約原案には小沢氏の従来の主張が反映されている。

 日本維新の会と連携できず、民主党離党組の党だけでは選挙戦で埋没する。クリーンイメージの嘉田氏を「表の顔」に担ぎ出して巻き返そうと考えたようだ。相変わらずの小沢流である。

 「決められない政治」で既存政党に対する国民の不信感が高まる中、急ごしらえの新党の離合集散が目立っている。だが、新党は、国政を担う能力に疑問符が付き、政策も大衆迎合色が濃厚だ

 有権者はそのことを十分理解した上で、新党の真価を見極めることが重要である。

2012年11月29日01時32分  読売新聞)

 嘉田氏が掲げる「卒原発」は脱原発と大差はない。それだけでは願望に過ぎず、無責任である。

 読売新聞が掲げる原発推進は、いざ事故がおきたときの想定がされておらず、電力不足や電気料金への言及についても、夏場の電力不足を乗り切った実績の無視や事故リスクを無視した試算に基づいており、福島の事故をまったく反省していない。原発への安全性についての議論が不十分なままで、拙速に大飯原発を再稼動をしたことへの危険性がまったく考慮されておらず危険極まりない。

 滋賀県の利害のために国政に進出するとの発想も改める必要がある。嘉田氏は知事と党首との兼務が可能かどうか悩んだという。政党運営の経験がないだけに、両立には困難が伴うに違いない。

 大阪府の利害を装った国政への進出の発想も改める必要がある。橋下氏が大阪市長と党首の兼務に悩んだかどうかは定かではないが、市長の仕事を放り出して全国遊説に飛び回っている姿を見ると、無責任との叱責を免れ得ない。

 とは、書かないのである。

 「決められない政治」で既存政党に対する国民の不信感が高まる中、急ごしらえの新党の離合集散が目立っている。だが、新党は、国政を担う能力に疑問符が付き、政策も大衆迎合色が濃厚だ

 これは、日本維新の怪のことですよね。。。。

 有権者には、世界的な政策軸と日本の政策軸のズレを冷静に見極めた投票行動を期待したい。。。

いづれにしても、こんなささやかな期待しかできないところに、日本の政治の末期的な症状が見て取れる。

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甲状腺機能、10人が変化 福島の子供

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 なんとも痛ましい事態がやってきてしまった。産経は隠蔽するかなと思ったのだが、いちおうWeb版に載っていたのでメモです。

甲状腺機能、10人が変化 福島の子供 信州大病院調査(10月4日付・産経)

 長野県松本市の認定NPO法人「日本チェルノブイリ連帯基金」と信州大病院が福島県内の子供130人を対象に実施した健康調査で、甲状腺ホルモンが基準値を下回るなど10人の甲状腺機能に変化がみられたことが4日、同NPOへの取材で分かった。

 同NPOによると、福島第1原発事故との関連ははっきりしない。

 健康調査は7月末から8月末にかけて実施。原発事故で福島県から避難し、長野県茅野市に短期滞在していた当時0歳から16歳の子供が医師の問診と、血液、尿の検査を受けた。

 甲状腺は成長に関する甲状腺ホルモンなどを分泌。子供は大人よりも放射性ヨウ素が集まりやすく、蓄積すると甲状腺機能低下症や甲状腺がんになる可能性が高まる。

 私は専門家ではないので、放射能の人体被害についてはあまり知らない。しかし、甲状腺機能に障害が出るということは何度か報道で目にした。しかも子供の甲状腺のガンの危険性が高いことも何度となく聞いた。放射能が漏れ続け、汚染の実態は正しく報道されているのか。健康調査はしっかりと行われているのか。今回の報道では、NPOが主催している健康診断での結果である。これは本来、国が責任をもって健康調査を行い、原発の人災被害の対策をしっかりとすべきことではないのか。国の調査でこういったことが出てこないと、現在の国の情報の開示や放射能汚染対策について疑問に思わざるをえない。また、NPOの組織では限界があるが、このような草の根的な活動を今後もぜひとも地道に行っていただきたいものである。

 私自身、この報道には気持ちが暗くなりましたが、問題意識を共有していただける方、こちらをクリックしてください。

朝霞公務員宿舎の建設凍結

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 今朝は、昨日野田首相が行った朝霞公務員宿舎の凍結についての社説が多い。読売、産経、東京新聞をそれぞれ読んでみたが、一番まともな記事は東京新聞だ。ついで、読売新聞、むごいのが産経新聞の主張だ。

 内容については順次コメントしたいが、東日本大震災の緊急時にもかかわらず、どさくさにまぎれてとんでもないというのが、各社の共通認識のようだ。しかし、朝霞の公務員宿舎の廃止に言及しているのは東京新聞のみで、読売・産経はあくまでも東日本大震災の緊急時には公務員宿舎の建設をすべきでなく、ほとぼりが冷めるまで待つべきといった主張のようだ。

 また、増税問題も絡んでくることで、問題が多岐にわたっており、微妙なニュアンスにも気をつけて読みたい。

公務員宿舎 凍結でなく原則廃止に(10月4日付・東京新聞社説)

 野田佳彦首相が安住淳財務相に対し、埼玉県朝霞市の公務員宿舎建設を少なくとも五年間は凍結するよう指示した。一歩前進だが、建設再開の可能性が残る凍結ではなく、廃止を原則とすべきだ。

 東日本大震災の被災者向け住宅の整備が遅れる中、なぜ公務員だけが優遇されるのか。そんな国民の率直な気持ちを受け止めないわけにはいかなかったのだろう。

 国会などで建設再開が問題視された朝霞の公務員住宅は、米軍基地跡地に十三階建て二棟、計八百五十戸を建設する計画で、総工費は百五億円だ。

 二〇〇九年十一月、行政刷新会議の事業仕分けで公務員宿舎の在り方を検討する間、事業を凍結するとされたが、所管する財務省が昨年十二月に事業再開を決め、今年九月から工事が再開された。

 震災で財政状況はこれまで以上に厳しさが増し、震災復興のため国民に増税を強いなければならない状況だ。社会保障財源の確保や財政健全化のための消費税率引き上げの動きも加速している。

 民間では社有社宅を廃止したり、借り上げ社宅への転換を進める企業が多くなっている。そんな時代になぜ巨額の税金を使って公務員宿舎を自前で整備する必要があるのか。建設再開の背景に、国家公務員は別格だという特権意識があったのなら見過ごせない。

 財務省は、十二カ所の宿舎を廃止し、跡地売却収入から朝霞の宿舎建設費を差し引いた十億〜二十億円の税外収入が確保できるとして理解を求めていたが、震災後のより厳しい財政状況は考慮されておらず、踏み込んで計画を見直すべきだった。

 安住氏は東京都中央、港、千代田三区の公務員宿舎は危機管理用を除き原則廃止することや幹部用宿舎は建設しないことも提案し、首相は了承した。当然の判断だ。

 ただ、朝霞宿舎の建設凍結が五年間とされたのは、震災の集中復興期間だからだという。これでは五年後に建設を再開すると言っているようなものだ。

 そもそも公務員宿舎が必要なのか、本質論から議論すべきだ。もちろん必要な宿舎もあろうから、朝霞を含め原則廃止とし、危機管理や勤務形態上どうしても必要な戸数だけ最小限整備すればよい。

 それ以外の宿舎用地は売却し、増税による国民負担を少しでも圧縮すべきだ。朝霞宿舎建設の五年間凍結を増税のためのアリバイにしてはならない。

 まずは公務員宿舎は、特権階級の象徴ではないかと考えるので、凍結ではなく廃止に言及しているこの社説は一定の評価を与えてしかるべきと考える。しかし、国家の財政状況の悪化が止まらないという問題意識はよいのだが、そこでの増税が消費税に限られているかのような記述があり、これが残念だ。東京新聞のほかの記事も参照したが、税制についての具体的な提言が見当たらなかったのが残念だ。消費税の増税の話が出てくると、決まってヨーロッパ諸国との比較が始まる。しかし、ヨーロッパの税制は、個人の所得税においては累進課税が日本よりもきつくなっていることを書いて欲しいものである。また、法人税についても、他の先進国と比較する時は法人税単体についてのみでしか語られない。法人税についても、会社負担の社会保障と含めて他国と比較して欲しいものである。ヨーロッパ諸国の法人税のみを比較すれば、確かに日本の法人税は高いが、社会保障負担を含めた実行税率では、日本はけして高くない。このことを指摘する大手新聞は皆無に等しい。(東京新聞は地方紙だが。)財政を語るときは、正確な国際比較が必要だ。

朝霞公務員宿舎 説明不足が招いた建設凍結(10月4日付・読売社説)

東日本大震災の復興と被災者支援に取り組んでいるさなかである。建設を見合わせるのは、やむを得まい。

 建設の是非が焦点になっていた埼玉県朝霞市の国家公務員宿舎「朝霞住宅」は、少なくとも集中復興期間の5年間凍結することで決着した。野田首相が、安住財務相に指示した。

 先の臨時国会で自民、公明両党が建設見直しを求めていた。

 ねじれ国会では、自公両党の協力が欠かせない。復興策を柱とする第3次補正予算編成に関して3党協議を呼びかけている以上、国会対策の上でも建設凍結が必要と首相は判断したのだろう。

 先月着工した朝霞住宅は、13階建て2棟の計850戸で、建設費は約105億円に上る。

 周辺の宿舎を廃止し、建設費を上回る売却益を得る計画だ。850戸のうち半数以上は単身者用で幹部官僚ではなく、自衛官や警察官らの入居を想定している。

 老朽化した宿舎の建て替え自体は、おかしなことではない。

 問題の発端は2009年11月、行政刷新会議の「事業仕分け」にある。朝霞住宅を含む国家公務員宿舎建設が問題になった。枝野経済産業相は当時、一部を除き公務員に宿舎を提供することに「合理性」はないと強く批判した。

 政府は、賃貸住宅の借り上げや家賃補助など他の支援策もあることから、朝霞住宅を含む計画を凍結し、再検討することとした。

 ところが、政府は昨年12月、5年間で国家公務員宿舎を15%削減する方針を示す一方で、朝霞住宅建設の凍結解除を決めた。

 首相が財務相時代に財務省の政務三役を中心に検討した結果だが、建設する「合理性」を国民に十分説明してこなかった。

 その後、震災が起き、被災者の住宅確保が優先課題となった。朝霞住宅については何事もなかったかのように計画を推進しようとしたことが、国民に不信感を抱かせ、混乱を招いたのではないか。

 安住財務相は朝霞住宅の方針転換に合わせて、東京都中央、港、千代田3区の公務員宿舎は危機管理担当者用を除き、原則廃止、売却する意向を示した。幹部用宿舎は建設しないという。これで、野党側にも理解を得たい考えだ。

 自民党には、今回のてんまつについて「ぶれる政治の一端」と冷ややかな見方がある。だが、状況に応じて従来の政策を柔軟に軌道修正するのは、大切なことだ。

 それが、政権運営の“安全運転”も可能にするだろう。

 この社説は注意して読まなければならない。開口一番、「建設を見合わせるのは、やむをえまい。」である。また、「建設する「合理性」を国民に十分説明してこなかった。」という記述もある。結局は、公務員宿舎の建て替えには反対ではないのだ。あくまでも、今回の東日本大震災の緊急時には不適切だという論旨だ。また、結びは「それが、政権運営の”安全運転”も可能にするだろう。」である。結局は政権に擦り寄り、さらにはその後ろに控えている官僚に対して遠慮しているのだ。社説であるにもかかわらず要旨は1行だけ。ことの経緯を淡々と記述しているだけで、主張というものがほぼない。誰に向かってかかれたものかといえば、政府要人と官僚だろう。多くの一般の読者を無視している点で、この会社は大丈夫か?という疑問をもってしまう。それでも産経よりはまともなのだが。

公務員宿舎凍結 政治家も身削る姿見せよ(10月4日付・産経・主張)

 批判が強まっていた埼玉県朝霞市の国家公務員宿舎建設について、野田佳彦首相が5年間の凍結を決めた。当然の措置だが、あまりにも遅きに失していないか。

 政府は東日本大震災に伴う復興増税などで新たな負担を国民に強いようとしている。ならば、宿舎問題にとどまらず直ちに公務員人件費や国会議員定数削減などに着手する必要がある。政治家や公務員がまず自ら身を削る姿勢を見せなくてはなるまい。

 3LDKで家賃4万〜5万円などとされる朝霞の宿舎建設は、公務員の利便を図るため、建設費105億円をかけて行われる。その一方で、大震災で家族や家、職業を失った多くの被災者たちが深刻な窮状を訴えている。

 首相は内閣の最大の使命について「復旧・復興の加速化」と述べている。だが、先の臨時国会では、建設計画について「特段、変更するつもりはない」と答弁していた。その後、与野党や国民の反発を受けてようやく方針転換したというのでは情けない。

 3日の建設地視察後の安住淳財務相との協議では、東京都千代田、中央、港3区の宿舎の原則廃止・売却方針でも一致した。

 危機管理用の宿舎は必要だが、各省庁でどれだけの戸数が要るのか十分に詰めるべきだ。家賃補助など、事業仕分けでも指摘された宿舎に代わる方式も再検討してほしい。財務省内に研究会を置いて見直すやり方では、手前みそにならないか。

 議員歳費を毎月50万円削減する措置は9月末までの6カ月で打ち切られた。先の国会で一部の政党から延長法案が出されたのに、多くの政党や政治家が口をつぐんだ。これでは、公務員人件費の削減を断行するにも腰が引けよう。政党助成金も見直すべきだ。

 定数削減では民主党が衆院80、参院40削減をマニフェスト(政権公約)に掲げ、自民党も国会議員総定数72減などを公約してきた。だが、具体的な法案化作業は先送りされてきた。

 各党の利害が絡んで調整は簡単ではないが、それを理由に立法府が自らを律することができないというなら、被災者や国民の不信は増すばかりだ。民主、自民両党幹部は次期国会や来年の通常国会までに実現する考えを表明している。早急に与野党協議で具体案をまとめなくてはならない。

 公務員宿舎の建設凍結から、公務員人件費、議員歳費、国会の定数削減に言及しているのだが、比較対照がバラバラで支離滅裂である。公務員宿舎については、先にも述べたが、あまりにも特権的な扱いであるので必要最低限にとどめるべきというところは納得できる。

 しかし、公務員人件費については、国際比較が必要だ。果たして日本の公務員人件費は高いのか。この疑問を解決するには他国と比較するしかない。必要だを乱発しても全く説得力がない。検討しなければならないのは、あくまでも民間とかけ離れた特権的な扱いである。つまり、公務員制度のあり方こそが問題であり、天下りやさらには渡りなどで、一部の高級官僚が税金から退職金を何度も受け取り、さらに仕事をせずに財団法人・公益法人に職を得ていることが問題だ。また、この天下り問題は、キャリアが定年をまっとうできない環境にあることも原因の1つになっているだろう。ただ闇雲に、公務員をキャリアもノンキャリアも混同して論じる公務員の人件費の語り口には全く同意できない。

 次に、議員歳費と国会の定数削減だが、まず第1に、行政府と立法府を混同している。ここも、話が支離滅裂だと指摘する所以である。また、議員歳費については、問題は正しく使われているかということではなかろうか。個人的には、今の日本の問題点は、強力な行政府に対して立法府の意向があまりに通らない状況にあると考えている。つまり、国会議員が正しく活動できているか。国会議員の数は足りているのかという問題に帰着する。議員歳費を有効に使っていない、私服を肥やすような議員がいるとしたら言語道断である。問題意識がずれている感が否めない。また、議員削減に対しては、国民1000人あたりの議員数をきちんと比較した上で論じる必要があるが、これを全くやっていない。それでは説得力がない。

 結局のところ、問題点の切り分けが全くなされておらず、ただただ無分別に羅列しただけで、論理性が極めて低いといわざるをえない。

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復興増税・・・・・・・・

 へっぶしんのニュースや日記です。

 全く更新せずに、月日ばかりがたってゆく。もうすぐ、また1歳年をとる。もう誕生日がめでたいことなのかどうかがわからなくなっている。しかし、私は年をとり、世間は動いてゆく。更新をサボっていた間に、日本の根幹を揺るがす大震災に、とんでもない人災の福島原発事故が起こった。

 被災者の方々には、ただただお見舞いを申し上げるしかない。東京生まれ・東京育ちの私には、実感できることが少ないが、友人の妻の実家が被災したという話は数多く聞いた。聞くたびに心が悼んだ。義父・義母を亡くした友人、義弟を亡くした友人。数を上げればきりがない。そして、復興支援に現地へ赴く友人。そんな中で、自分のことで精一杯の自分に自問自答の日々が続いている。

 それにしても権力者とは恐ろしいもので、この緊急時に及んで社会の不正義を拡大させ、富の配分を弱者から強者へ移行しようとしている。さらには、日本の一致団結を連呼して、その実態を覆い隠そうとしている。

 国家財政の危機に直面している欧米(日本も大丈夫なわけではないだろうが・・・・・・)の富裕層たちは、自らの税率の低さ(日本よりは累進課税がきつい・・・・)では、国家財政がたちゆかなくなることを危惧し、自ら所得税の増税を受け入れる発言が相次いでいるようだが。日本では累進課税には全く手をつけず、さらには法人税を減税。その分を、逆進性(富裕層には痛手がなく、所得が少ない人ほど痛手を受ける性質)のある消費税の増税でまかなおうとしている。大企業に減税したところで、内部留保がたまるだけで、経済の発展が望めるわけではないことは言うまでもないことである。

大手新聞を検索するのがメンドウなので、赤旗の主張を紹介する。いったい、この国の金持ちの頭はどうなってしまっているのだろう。。。。。。。。

 誤解のないように付け加えるが、残念ながら選挙において共産党に投票したことは一度もない。

この違い なに?

欧米大企業トップ われらに増税を 繁栄分かち合おう

日本経団連 われらに減税を 庶民には増税

 日本では、民主党政権も自公勢力も、財源といえば消費税増税など庶民に負担を求める主張ばかりです。しかし欧米では、財政危機打開の財源として、富裕層や大企業の経営者自身が「われわれに課税せよ」と声をあげています。

 口火を切ったのは世界最大の投資持ち株会社「パークシャー・ハサウェイ」のウォーレン・バフェット会長兼最高経営責任者(CEO)。米紙ニューヨーク・タイムズ(8月15日付)への寄稿で、これまでの行き過ぎた資産家減税に触れ「億万長者にやさしい議会によって長い間甘やかされてきた」とし、大資産家への増税を提案しました。

 これに呼応し、企業経営者や投資家でつくる米国の非政府組織(NGO)「繁栄の分かち合いをめざす実業家」が「景気浮揚のため最高税率を引き上げよ」とバフェット氏へ支持を表明。エールフランスKLM会長らフランスの大企業トップ16人も「われわれに課税せよ」と題するアピールを発表したほか、ドイツの資産家50人のグループ「資本課税を求める資産家たち」は、最富裕層への2年間の課税強化で1000億ユーロ(約10兆5000億円)の税収増が見込めると提案しました。

 こうした提案が相次ぐ背景には、福祉予算の削減や庶民増税などの緊縮策では財政危機を打開できないという危機感があります。  各国の政界も動き始めています。

 オバマ米大統領は8日の上下両院合同会議の演説で「バフェット氏は、みずからの税率が自分の秘書より低いと激怒し、改善を求めている」と述べ、4470億ドル(約35兆円)にのぼる雇用対策の財源を大企業・資産家への課税強化でまかなう考えを表明。スペインでは3年前に廃止した富裕税の復活が検討されているほか、韓国でも、来年実施の法人税率引き下げ対象から大企業を除外すると報じられています。

 経団連は14日、税制「改正」に関する提言を発表しました。東日本大震災の復興財源に消費税を充てることを求める一方、法人税については減税の実施を改めて要求しました。

 復興財源について提言は、消費税を「選択肢として排除すべきではない」と強調しました。消費税率については、2015年度までに10%まで段階的に引き上げることを提起しました。その際、1回の引き上げ幅を「少なくとも2〜3%とすべきである」としています。そのうえで20年代半ばまでに10%台後半に引き上げることを求めています。  個人所得税の最高税率の引き上げについては、「経済活力に悪影響を及ぼす可能性」を挙げ、拒否しました。

 法人税については、実効税率の5%引き下げの実行を改めて要求。震災復興財源対策としては、3年間に限り、引き下げた5%分を限度に付加税を課す方式などを提起。「純増税を行うことは絶対に容認できない」としています。

 今後の法人実効税率については25%程度にまで引き下げることを求めています。

 目を覆いたくなることだが、現実を直視しなければならないと思った方、こちらをクリックしてください。

検察をめぐる2つの事件とその矛盾した報道

 へっぶしんのニュースや日記です。

 ここのところ世間をにぎわせている検察問題を取り上げたい。大きな問題点は2つある。両方とも大阪地検特捜部を舞台に起きており、関連しているが、下記に引用する読売新聞の社説は見事に矛盾している。舌の根も乾かぬうちにとはこのことを言うのではないだろうか。個人的には、後のほうに起こった検察審査会の審査に非常に危惧を覚えている。

前特捜部長逮捕 やはり組織的な隠蔽だったか(10月2日付・読売社説)

 もはや個人犯罪ではなく、組織ぐるみの様相が強まってきた。

 郵便不正事件を巡る大阪地検特捜部の主任検事による押収資料改ざん事件で、上司だった当時の特捜部長と副部長が、犯人隠避の疑いで最高検に逮捕された。

 故意の改ざんと知りながら過失として問題を処理し、地検の検事正らに「問題はない」と虚偽の報告をした疑いが持たれている。

 捜査機関の責任者が犯罪をもみ消したことが事実であれば、極めて悪質であり、検察の自殺行為にも等しい。最高検は、事実関係や動機の解明を急ぐべきだ。

 先に証拠隠滅容疑で逮捕された主任検事は、これまでの調べに対し、フロッピーディスクの意図的な改ざんを認めた上で、副部長や特捜部長にも同様の報告をしていたと供述している。

 同僚検事らも、主任検事が改ざんした可能性を特捜部長らに伝えたと証言している。

 一方、特捜部長らは、主任検事から「故意ではなかった」との説明を受けて、それを信じたと主張している。主張の食い違いに最高検は、任意捜査では真相解明が難しいと判断したのだろう。

 犯人隠避罪での立件には、主任検事による意図的な改ざんと認識した上でもみ消しを図ったことの立証が必要だ。その際、証拠の中心は主任検事らの供述にならざるを得ない。

 郵便不正事件の無罪判決で、供述に頼る強引な捜査の問題点が露呈したばかりだ。個々の供述を丁寧に吟味し、特捜部内でどのようなやりとりがあったのか、精緻(せいち)な捜査を尽くしてもらいたい。

 動機の解明も重要なポイントだ。もみ消しで、組織防衛と保身を図ったのか。

 主任検事が改ざんしたのは、厚生労働省元局長の村木厚子さんの無罪を証明する可能性があるデータだった。

 冤罪(えんざい)を作り出すことも意に介さないような改ざんを、組織的に隠蔽(いんぺい)したのであれば、検察の「正義」を自ら否定する行為である。

 地検の上層部をはじめ、上級庁の大阪高検や最高検も管理責任は免れない。厳正な処分が行われなければならない。

 政界汚職事件を摘発し、検察組織の中で「花形」と言われてきた特捜部は、今や「解体論」にまでさらされ、存亡の危機にある。

 検察はまず捜査結果を国民につまびらかにすべきだ。その上で、外部の意見も聞きながら、組織の抜本改革を進める必要がある。

検察審再議決 小沢氏「起訴」の結論は重い(10月5日付・読売社説)

 強制起訴により、法廷に立たされる民主党の小沢一郎元代表の政治的責任は極めて重大だ。小沢氏にけじめを求める声が強まるのは確実で、民主党の自浄能力も問われよう。

 小沢氏の資金管理団体「陸山会」をめぐる政治資金規正法違反事件で、東京第5検察審査会は、小沢氏について2度目の「起訴すべき」との議決を出した。裁判所の指定する弁護士が今後、小沢氏を強制起訴する。

 小沢氏は、「裁判の場で私が無実であることが必ず明らかになると確信している」との談話を発表し、公判で争う意向を示した。

 ◆検察の捜査は「不十分」◆

 事件では、小沢氏と、既に起訴された石川知裕衆院議員ら元秘書との間で、政治資金収支報告書への虚偽記入について共謀が成立するかどうかがポイントだった。

 石川議員は捜査段階で、虚偽記入の方針を小沢氏に報告し、了承を得たと供述した。だが、検察は供述調書に具体性や迫真性が欠けると判断し、有罪を立証するには不十分だと結論づけていた。

 これに対し、第5検察審は「不自然なところはない」として、石川供述の信用性を認めた。陸山会の土地取引に関する小沢氏の説明の変遷にも言及し、「不合理で信用できない」とした。

 小沢氏らに対する検察の再捜査についても、「形式的な取り調べの域を出ていない」と不十分さを批判した。

 「有罪の可能性があるのに、検察官だけの判断で起訴しないのは不当で、公正な刑事裁判の法廷で黒白をつけるべきだ」とする検察審の指摘を、検察は重く受け止めなければならない。

 裁判では、検察は自らの不起訴の判断に拘泥せず、検察官役の弁護士に協力する必要がある。

 小沢氏は、9月の民主党代表選に出馬した際、検察審が「強制起訴」を議決した場合の対応について、「何もやましいこともないので、離党したり、辞職したりする必要はない」と語っていた。

 国会議員といえども、公判で無罪を主張する権利は無論、否定されるものではない。

 だが、小沢氏は鳩山前政権で民主党幹事長を務め、強大な権力を保持していた。先の代表選では敗北したが、今も、政府・与党内で影響力を持っている。

 小沢氏が刑事被告人になりながら、従来と同様に政治活動を続ければ、国民の政治不信は増幅されよう。刑事責任の有無とは別に、その政治的・道義的な責任は重いと言わざるを得ない。

 自民党の谷垣総裁は、小沢氏について「議員辞職すべきだ」と表明した。石川議員も民主党を自主的に離党しており、小沢氏は今後、与野党から、様々な形で政治的けじめを促されるだろう。

 ◆説明責任も果たさず◆

 小沢氏は今年1月の石川議員らの逮捕以来、事件への関与について国会で1度も説明してこなかった。5月には一時、衆院政治倫理審査会に出席する意向を示したが、6月に幹事長を辞任した後は、一切応じようとしていない。

 小沢氏が説明責任を果たさないことへの国民の批判は強い。9月上旬の読売新聞の世論調査でも「検察の捜査で不正はなかったことが明らかになった」とする小沢氏の説明について、85%が「納得できない」と回答している。

 この問題に関する政府・与党の反応は鈍い。

 仙谷官房長官は、「刑事訴訟手続きの一つのプロセスだから、コメントは差し控えたい」と述べるにとどめた。菅首相も従来、幹事長辞任で区切りをつけたという理屈で、小沢氏の国会招致に否定的な見解を繰り返してきた。

 民主党内では、小沢氏の事件でも、鳩山前首相の資金管理団体の虚偽献金事件でも、2人の責任を問う声がほとんど出なかった。政治とカネの問題に対する民主党の自浄能力には、大きな疑問符が付いている。

 ◆民主の自浄能力に疑問◆

 自民党など野党側は、小沢氏の辞職勧告決議案の国会提出や証人喚問要求を検討している。民主党は、早期に対処方針を決めることを迫られる。

 民主党内では、検察審査会制度の見直しを求める声が根強くある。小沢氏自身も一時、「素人の人がいいとか悪いとかいう仕組みがいいのか」と発言した。

 だが、2度目の議決をした審査員11人は、1度目の議決時のメンバーと全員が入れ替わっている。法律的な助言を与える弁護士も交代しており、慎重な審議が行われたと言えよう。

 大阪地検特捜部検事による証拠改ざん事件が検察審の審査に与える影響も懸念されたが、「強制起訴」議決は改ざん疑惑が発覚する前の先月14日だった。無責任な検察審批判は慎むべきだろう。

 簡単に上の要旨を抜き出してみると下記にようになるかと思われる。

前特捜部長逮捕 やはり組織的な隠蔽だったか

 供述に頼る強引な捜査の問題点が露呈したばかりだ。

 冤罪(えんざい)を作り出すことも意に介さないような改ざんを、組織的に隠蔽(いんぺい)したのであれば、検察の「正義」を自ら否定する行為である。

 

検察審再議決 小沢氏「起訴」の結論は重い

 ◆検察の捜査は「不十分」◆

 検察は供述調書に具体性や迫真性が欠けると判断

 第5検察審は「不自然なところはない」として、石川供述の信用性を認めた。

 「有罪の可能性があるのに、検察官だけの判断で起訴しないのは不当で、公正な刑事裁判の法廷で黒白をつけるべきだ」

 小沢氏が刑事被告人になりながら、従来と同様に政治活動を続ければ、国民の政治不信は増幅されよう。刑事責任の有無とは別に、その政治的・道義的な責任は重いと言わざるを得ない。

 無責任な検察審批判は慎むべきだろう。

 

 さて、大前提だが、上記の2つの事件、つまり村木事件と小沢氏の陸山会事件を担当した検事は同一人物だ。つまり、「冤罪を作り出すことも意に介さないような改ざんを」証拠に対して行った検事が作成した供述調書を基に、検察審査会が判断をしている。しかし「第5検察審は「不自然なところはない」として、石川供述の信用性を認めた。」。果たして、この事実をどう見るべきだろうか。供述調書自体の信用性はいかがか。根本的な問題が問われている。

 次に、一番問題視していることだが、「有罪の可能性があるのに、検察官だけの判断で起訴しないのは不当で、公正な刑事裁判の法廷で黒白をつけるべきだ」という意見だ。刑事司法の根本を否定しているこの考えを広めたいメディアに対して、非常に危機感を覚える。「疑わしきは被告人の利益に」、「推定無罪」など、刑事司法においては、「裁判で白黒をつける」必要はない。まずは完全に黒いことを捜査機関が立証し、その立証に無理がないかを裁判で争うのだ。「おまえ怪しいからちょっとこい」といわれて、逮捕され、拘留され、「怪しいから裁判で白黒つけよう」等と一般人が言われたら、人生が破滅する。少なくとも仕事を失い、家庭を失うことになるだろう。「怪しいから」で、起訴されたらたまったものではない。つまり、「国民目線の刑事司法」など、不要だ。必要なのは、10/2付けの主張にあるように、国家機関が暴走しないために国民が監視することだ。マスメディアはそのために存在する。したがって、10/5付けの方で「無責任な検察審批判は慎むべきだろう。」等といっているが、無責任でもかまわないと考える。国民が監視しているというメッセージが伝わり、国家機関が暴走しないような歯止めになる範囲であれば、発言の責任は多少軽くてもかまわない。そもそも、取調べの前面可視化が行われていない現在の状況で、責任ある供述調書の検証など厳密には不可能であり、無責任に批判するなというのであれば、何も語るなというに等しい。これでは、メディアとしてあまりにお粗末であろう。自らの責務を放棄したに等しい。

 結局のところ、陸山会事件などと大げさに報道しているが、大本になった政治資金規正法違反に関しては、小沢氏は無罪なのだ。検察は、小沢氏の犯罪を立証できなかった。つまり、小沢氏は違法行為を行っていない。にもかかわらずマスメディアが必死になって、事件を取り上げる理由はどこにあるのか。「小沢氏が刑事被告人になりながら、従来と同様に政治活動を続ければ、国民の政治不信は増幅されよう。刑事責任の有無とは別に、その政治的・道義的な責任は重いと言わざるを得ない。」これに尽きるだろう。小沢氏を政界から抹殺したいというマスメディアの意思が読み取れる。ただそれだけの話しではないか。個人的には、小沢氏を支持するわけではないが、この事件に関しては、反マスメディアという心情のほうが勝ってしまう。そのような、悪意のある偏向報道だ。一度は特捜部の解体論にまで言及しながら、その元凶になった検事の作成した供述調書にはなんの疑問も持たない。並べて読んでみると、あまりにも不自然ではないか。

 特捜部の証拠捏造、検察審査会、小沢氏問題の構図をご理解いただけた方、こちらをクリックしてください。

【整形】
HTMLで書いていたのだが、社説の引用部分がわかりづらいことに気付いたので、修正する。(2011.10.2)

NHKに意見・・・・・

 へっぶしんのニュースや日記です。

 朝から、NHKのニュースで不快な嘘の報道があったので、NHKにメールしました^^;

 内容をUPしておきます。何度か本文を確認したのですが、誤字があり、恥ずかしい限りです^^;

 ニュースを見ていたところ、菅首相の成長戦略の実行を強調への原稿の箇所で「嘘」がありましたので、指摘させていただきます。 法人税の実行税率が、諸外国と比べて低いという報道は、「嘘」になります。法人税の実効税率とは、社会保障の企業負担分を法人税に含めた企業負担の割合を言います。この定義からすると、ヨーロッパ、アメリカと比べても、日本の法人税の実効税率はむしろ安いです。 公共放送として、報道に「嘘」があることは問題化と思いますので指摘させていただきます。真摯なご対応を期待いたします。 また、どのようにご対処いただけるのか、返信いただけましたら幸いです。

 NHKって、、、、、と思った方こちらをクリックしてあげてください。


参考:http://ameblo.jp/wadahideki/entry-10528323795.html
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