へっぶしんのニュースや日記

格差社会に疑問を感じながら日々を過ごしています。 まともに働いても給料が減り続けるので、副業で投資をして資産を築こうと株と投資信託、FXをしています。 趣味の読書とアイネット証券のループイフダンの日々の成績について書いていきます。

自民厚生労働部会、生活保護費の一部削減で一致

ブログネタ
小泉首相の選挙後の政策 に参加中!

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小泉改革の一環として、弱者切捨の方程式を証明すべく生活保護を国から地方へ責任転嫁しようとしています。

この税源を委譲した場合に、生活保護に地域格差が出るのではないかと心配です。

人口が過疎化をたどっている地区で生活保護を必要とする人にとっては、まさに死活問題では?

また生活保護に関する問題なので、憲法25条の規定に触れそうです。

憲法25条に規定してある生存権の解釈としては、

 憲法二五条一項は「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」と規定しているが、この規定が、いわゆる福祉国家の理念に基づき、すべての国民が健康で文化的な最低限度の生活を営みうるよう国政を運営すべきことを国の責務として宣言したものであること、また、同条二項は「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」と規定しているが、この規定が、同じく福祉国家の理念に基づき、社会的立法及び社会的施設の創造拡充に努力すべきことを国の責務として宣言したものであること、そして、同条一項は、国が個々の国民に対して具体的・現実的に右のような義務を有することを規定したものではなく、同条二項によつて国の責務であるとされている社会的立法及び社会的施設の創造拡充により個々の国民の具体的・現実的な生活権が設定充実されてゆくものであると解すべきことは、すでに当裁判所の判例とするところである(最高裁昭和二三年(れ)第二〇五号同年九月二九日大法廷判決・刑集二巻一〇号一二三五頁)。

ということで、国民である個人を具体的に補償する必要性は否定しているが、現状の国が生活保護者を一括して負担している状態から、地方へ税源とともに責任を委譲した場合に、この生存権をないがしろにしているのではないかという批判をもろにうけるでしょう。

社会的立法及び社会的施設の創造拡充

→これを後退させる試みですね。

生活保護に対して地域格差を認め、都市への人口の一極集中・地方の過疎化がさらに進む懸念を増大することがわかりきっています。

悪意さえ感じるニュースです。

弱者は死んでください!!

生活保護は、政府が責任を持つべきと考える方、クリックをお願いします。

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引用記事(日経新聞より)

自民厚生労働部会、生活保護費の一部削減で一致
 自民党の厚生労働部会は17日午前の会合で、国と地方の税財政改革(三位一体改革)に関する国の補助金削減をめぐり、生活保護費の一部を削減する厚生労働省の方針を支持する方向で大筋一致した。厚労省案について地方側は「生活保護費は今後増加が予想され、税源を移譲されても裁量拡大につながらない」と反対しているため、今後、地方と協議して理解を求めていく方針だ。
 同日午前の文部科学部会・文教制度調査会合同会議では、補助金削減を巡って義務教育費国庫負担金制度の堅持を求める方針を全会一致で確認した。

「改憲賛成、戦争反対」の矛盾

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いろいろなブログを見ていると、「戦争反対だが、9条は変えるべき」、「9条を変えたからといって、それが戦争をすることになるとは限らない」という意見をよく見かけます。

本当に9条の変更(自衛権の明記)を支持して、戦争反対という立場が成り立つのでしょうか?

  • 国が軍隊を持つ目的は何か?

  • そもそも軍隊の主たる活動は何か?

    これを考えれば自衛権を憲法に明記すれば、戦争賛成の立場となることがわかるでしょう。

  • 国は、戦争することを目的として軍隊を持ちます。(自衛戦争でも戦争にはかわりありません)

  • 軍隊の活動の主たるものは戦争です。

    従って軍隊の平和利用というのは、本来目的から視線をそらすための目くらましに過ぎないと考えます。

    次に自衛権について、

  • 自衛権と認めるとは、どういうことでしょうか?

    もちろん自衛のための戦争を認めることになります。

    自衛のための戦争とは何かを考えるときに、アメリカのイラクに対する宣戦布告を思い出してください。(ちなみに太平洋戦争勃発の引き金になった日本の中国派兵は、「現地の日本人の保護」のためだったそうだ。)

    「イラクの大量破壊兵器の脅威」を高らかに宣伝していたではないですか。

    国際世論に対して、自衛戦争(アメリカのみならず世界全体)であるという言い方でイラク戦争を開戦しました。

    アメリカはイラク戦争を自衛戦争とも取れる理由で開戦しました。

    そしてアメリカの主張していた大量破壊兵器製造の工場なるものは存在しませんでした。(今のところ発見されていません。)

    大儀なくはじめられた侵略戦争が現在どうなっているのでしょう?

    相手政府を破壊しても戦争が終わらない泥沼化の様相を呈しています。

    いつまで占領地にとどまればいいのでしょうか?

    太平洋戦争が終わって60年を経ても未だに日本にはアメリカ軍がいます。

    60年後のイラクにもアメリカ軍がいるのでしょう。

    結局のところ、世界への脅威を宣伝し、あたかも自衛戦争であるかのような形態をとってはじめたのは単なる侵略戦争でした。

    従って自衛権を認めるということは、侵略戦争をも認めることになります。

    かつて侵略であることを明言して始まった侵略戦争があったでしょうか?

    私は、新憲法の制定に反対します。(憲法の改正ではなく、現憲法の破棄・新憲法の制定だと考えています

    憲法9条2項を変えた先に何があるのかをもう一度考える必要があるのではないでしょうか?

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  • なべ

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    昨日は、家で鍋をしたのですが、シメは乱暴にもらーんめんにしました。

    ラーメンをすするむすめと、ポーズをとるむすめです。

    らーめん シメのラーメンです。
    今日は控えめに食べてます。
    これでもいつもよりは上品です。
    ぽーじゅ(^^)v このポーズ色っぽいでしょ?

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    押し付けられた憲法という主張の悲しみ

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    現在の新憲法制定を支持する論調で、「(GHQに)押し付けられた憲法だから自分達で新しく憲法をつくる」という主張があります。

    なんと悲しい主張でしょうか。。。

    涙が出るほど悲しい主張だと思うのですが、結構まじめな顔をして言う人が多いです。

    私が悲しいと思う理由その1

    「押し付けられた憲法」論を掲げると、「押し付けられた憲法」を60年もの年月をかけて後生大事にしてきたという、自己の独立心の不足、他者支配への従順性(極言すれば奴隷根性)を肯定することになる。

    押し付けられたもの(憲法)を60年も変えずに、自分の手で作り直そうとしなかったのなら、日本人のおろかさを証明することに他ならない。

    したがって、自虐的主張になるのである。

    太平洋戦争後に制定された現憲法は、GHQの意向があったのは確かだが、あくまでも日本人の手で日本人の憲法として作成されたものである。

    だから、60年もの年月にわたり変更する必要性も無く未だ輝きつづけているのである。

    私が悲しいと思う理由その2

    「押し付けられた憲法」を支持する方たち(これは殆どが改憲論者に入ると思っている)は、9条が日本人(しかも幣原首相)によって持ち込まれたという事実を見ていない。

    GHQの意向には9条のような徹底した平和条項は入っていなかったのである。

    したがって現行の日本国憲法9条は、GHQの意向とはまったく関係が無く、日本人が自主的に盛り込んだ条項である。

    この条項を新憲法案(無血革命案?、クーデター案?)により変更することは、GHQの意向と日本人自らの意志との調整によって出来上がった憲法の日本人自らの意志の部分を放棄することになる。

    「押し付けられた憲法」だから新しい憲法を作成すると主張するのはかまわないが、過去に勝ち取った成果っである現行憲法9条の平和主義の理念を放棄するのは、自己否定に他ならないのである。

    以上の2点から見えてくるのは、自らの手で自らの憲法を作成するという主張の裏に、あまりにも理不尽な自虐、自己否定が見えてくるのである。

    表向きのみよさそうに見えるプロパガンダだが、裏を返せば恐ろしいものである。

     

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    改憲論

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    憲法改正の限界について調べてたのですが、さまざまな論があり、まとめるのが厳しそうです。


    憲法改正の無限界説

    憲法の条文に上下は無く、憲法の改正に限界が無いとする説。


    限界説

    憲法の改正が及ばない範囲について、さまざまに主張されています。

    名古屋大学の浦部先生、京都大学の土井先生が限界論者として出ていますが、二人の意見は大幅に異なります。

    浦部先生の説(改正が及ばない限界点をおそらく一番広く取っている説)。

    憲法の基本原理に関する部分の変更は、国の基本方針の変更に他ならないので、現行憲法の否定になる。

    現行憲法の基本原理を損なわず、継続性が認められる変更のみ可能。

    ex.前文(憲法の基本原理)

         9条2項(平和主義と一体)

       96条(最高法規、硬性憲法の性質)

    は、変更不可。

    土井先生の説(折衷説的な色合いが濃い)

    国民主権が損なわれる可能性のある変更のみ不可

    無限界説の問題点

    ・国民主権の原則や96条の改正手続きが変更可能であり、最高法規である憲法の安定性を損なう虞れがある。


    限界説の問題点

    憲法の条文に上下があることになる。

    可変の規定と不可変の規定の境界が人によって異なり、曖昧である。

    これらの説を評価しようとしたときに、国の最高法規である憲法が、無限界に変更できるというのは、やはり受け入れ難いと思う。

    また、憲法の基本原理(前文の変更、国民主権、平和主義、基本的人権の尊重)を変えるような変更を加えるのであれば、国の基本的な理念を変更することになるのだから、新しい憲法の制定というべきと考える。

    さらには、硬性憲法として規定されている現在の改憲に関する規定96条の変更も、現行憲法を質的に変化させる変更になり、憲法そのものの変更になると考えられるため、現行憲法を破棄する性格を有すものと考える。

    よって、浦部説が一番妥当なのではないだろうか。

    最後に、浦部先生の意見では、憲法の変更に関する国民投票法が制定されていない現状に鑑み、立法に不作為があるのではないかという考えに対しては、改憲が必要ない現状で、国民投票法を立法化する必要性は無いと述べられている。

    この意見も、妥当と考える。

    (参考)

    http://www.sangiin.go.jp/japanese/kenpou/keika_g/159_07g.htm

     

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    危機一髪で父からの細菌兵器爆弾の被弾免れる

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    おとといの夜は、実の父親に1ヶ月間に作られた豆腐という自爆テロ未遂を受けたへっぶしんです。

    道路を隔てた実家に戻り、10年の眠りについていた本を取り出して読みながら実の父と話していました。

    当然に?ビールを飲んでいたのですが、実の父つまみが欲しくなったと見えて、冷蔵庫から問題の細菌兵器を取り出しました。

    何の疑いも無く、二つに切られた豆腐を差し出す父。

    へっぶしん、ビール片手に読書中だったので、そのままにしていたのですが、

    「あれ?これすっぱいぞ?」

    と、父親。

    市販のすっぱい豆腐など食べたことありません。

    「賞味期限確認したら?」

    と、へっぶしん。

    老眼の父、賞味期限が見えません。

    仕方が無いので、細菌兵器の器を確認したところ、

    10.01

    今日が何月何日なのかがわからなくなってしまうくらい思考が停止しました。

    見事に父は、自爆しました。

    昨日仕事に行けたのかは確認が取れていません。

     

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    100円玉

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    久しぶりにむすめネタを書きます。

    今日、夕食を食べ終わって、布団にうつぶせになっていたら、むすめが乗っかってきました。

    パタパタやって!!!」

    といっているのですが、へっぶしん、何のことかわかりませんでした。

    カミさんに、

    「ぱぱ、パカパカやってっていってるよ!!!」

    と怒鳴られるまで、むすめが何を要求しているのかわかっていませんでした。

    ぱかぱか・・・。

    へっぶしん、馬になりました。

    デパートの屋上の100円の乗り物を意識しながら、

    お~う~ま~の お~や~こ~は~

    と、ジャイアンばりの美声で歌いながら、

    100円玉の乗り物になっていました。

    1年位前までは、1年の半分を海外で過ごし、日本に帰ってきても、仕事が終わって家に帰ってもむすめ&カミさんはオヤスミ中。。。

    仕事に行くときは、むすめはまだ夢の中。

    それから比べると、今は天国です。

    100円玉の乗り物でも。。。

    今日はうれしかったので、ビールがおいしいです。

     

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    撤退歴史認識

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    当ブログに立ち寄り、意見を頂いた方々に感謝しつつ、歴史認識の議論から撤退いたします。

    【理由】

    本日、ホロコーストについてウィキペディアを読んだのですが、

    ・ホロコーストは政治的解決が図られており、事実認識に疑問がある

     →ガス室でのユダヤ人殺害はなかったという科学的な批判は非常に有力だが、これが歴史認識につながっていない(よって歴史認識が政治的解決を見て終焉している)

    ・ホロコーストの再検証は、各国の法律で禁じられている(禁固刑の罰則まで科されている模様)。

    ・ホロコーストの批判論と南京大虐殺の否定論の論拠が非常に似通っている。

    ・従軍慰安婦、南京大虐殺についても議論の余地はいくらでもある。

     →従軍慰安婦の強制連行の件

      強制は無かったという証明はできないし、全てが強制連行によるものでもなかった。(グレーゾーンのものをいくら議論しても平行線である)

    ・南京大虐殺

     →おそらく10万人弱の中国人が犠牲になっていることは異論が無いと思う

      しかし、民間人か軍人かが今からでは区別が不可能(さらに議論が、ゲリラ戦術の是非と日本の開戦方法の関係になっていく)

    などです。

    個人が議論してもどうしようもない問題だと思うにいたり、議論が空疎に思えて仕方なくなりました。

    http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9B%E3%83%AD%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%88

    ホロコーストの疑問点というところをと、今までの議論を比較するとわかると思います。

    これを読むと、東京裁判を再検証する意義すら見つかりません。

    ご参加いただいた皆さんには大変申し訳ありませんが、以上の理由で議論を打ち切らせていただきます。

    靖国神社とA級戦犯については、改めて後日書きます。

     

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    フランスの暴動

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    フランスの暴動について、インターネットで簡単に調べてみたのですが、どうもい以下の理由で広がっているようです。

    日経新聞

    ・暴動の背景にある都市郊外に住む移民の貧困や雇用差別の問題

    読売新聞

    ・移民が多い郊外で問題化している失業や貧困

    朝日新聞

    ・移民社会の失業や貧困とともに、テロ対策の一環でイスラム社会に対して強化された警察活動への不満

    しんぶん赤旗

    ・失業・貧困・差別

    という形で書かれています。

    事件の発端は、

    警察に追われていると思い込んだアフリカ系少年3人が変電所に逃げ込み、2人が感電死した事件

    です。

    フランスの事情通でないので、どうしてここまで暴動が飛び火するのかはわかりませんが、移民問題、貧困問題、差別(これは雇用での差別が強いようです)という社会問題のはけ口としての暴動のようです。

    また、移民の2世や3世の若者の暴徒化が進んでいるようで、貧困、雇用差別なの問題の根が深いように思われます。

    どのような解決が図られるのかを注目してみていきたいです。

     

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    飽きずに靖国問題

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    ブログを書いていていいところは、考え方の違う方々と顔を合わせずに、感情的にならずに議論できるところだと思い始めたへっぶしんです。

    しかし自分もそうですが、太平洋戦争の解釈については、考えの違う方々との議論でやっぱり双方が感情的になってしまっています。

    向き合って議論していると、怒鳴ってしまいそうなくらい私も感情的になりやすい人間です。

    靖国神社の内閣総理大臣の参拝については、反対の立場ですが、自分の意見を違うことを言われるとどうしても感情的になってしまいます。

    なので、同じ敗戦国ドイツに似たような問題があったと仮定して考えてみます。

    是非是非、訪問していただいた方にはコメントを残して欲しいと思います。

    現在のドイツで、ヒットラーやヘルマンゲーリング、ハイリンヒ・ヒムラー、ラインハルト・ハイドリヒなど(全員でなくともよい)が、一般の戦死者とともに合同で祭られている施設があり、そこにユダヤ人の第二次世界大戦時の問題点、迫害されても仕方が無かったとする見解を広めるための博物館があったとする。

    そこにドイツ首相が、

    「二度と過ちを犯さないために、ドイツ国家の礎となった方々に祈ります。」

    といって、何度も訪問したらとしたら日本ではどのように受け止めるだろうか。

    さらには、「ナチスに戦犯はいない。」という政府公式見解を発表したら、支持できるだろうか。

    フランスやポーランドの世論はどうなるだろうか。

    是非、想像して、コメントに残していただければと願います。

     

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